セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第49話

 

かつてお父さんか住んでいた言われる別荘は、京都の町に似合わない、洒落た内装だった。横幅は狭いが奥行きが長く、天井までの距離もぐっと延びている、あまり見かけない家の造りだ。

 

「なんか、想像よりずっとモダン的ね」

 

明日菜さんがそう呟きながら、すっと足を中へと進める。キョロキョロと壁一面にある本に目をやって、うへぇとげんなりとした声をあげた。

 

「確かに、ネギ君のお父さんっぽい部屋やなぁ」

 

「……? どういう意味ですか? 」

 

「真面目っぽい、てことよ」

 

部屋にある本や綺麗めな家具からは、誠実そうなイメージが浮かんだ。

……そっかお父さん、真面目だったんだ。

まるで自分が褒められたように内心喜んでいると、横から笑い声が聞こえた。くっくっと、口から溢れるでるものを抑えることができない様子で、エヴァンジェリンさんは笑っている。

 

「奴が真面目だと? そんな筈あるか」

 

「え。そ、そうなんですか? 」

 

「なんだ、マクダウェル。ネギ先生の父親のこと知ってるのか? 」

 

「…………少しな。恐らくこれらの本は周りの奴が無理矢理持たせたものだろうよ」

 

長谷川さんと会話を続けながら、エヴァンジェリンさんは棚にある本を一冊抜き出してペラペラと捲る。その様子を見た七海さんが、勝手に読まない方が、と僕に視線を一瞬寄せてから言う。

 

「いえ、いいですよ。皆さんも好きにしてください。僕は暫く部屋を探ってます」

 

気を使って注意してくれた七海さんにお礼をして、僕は皆に寛ぐように言った。沢山の本があるけど、ざっと背表紙を見る感じ素人目には理解できないものばかりだし、何より日本語で書かれたものはほとんどない。彼女達がちょっとくらい漁った所でなんのことやら分からないだろう。自分勝手で悪いとは思ったけれど、リビングらしい奥の部屋にはソファーもあるし、そこで休んでいてもらおうと思った。

 

 

二階は広いロフトのような造りになっていた。僕がそこに上がり手掛かりを集めている間、皆興味深そうに棚にある本を手に取ったり、家の中にあるものを観察したりとしていた。だけど次第に飽きてきたのか、気付けば何人かはソファーの上で雑談をしている。そんな彼女達に悪いと思いつつ、僕はなるべく早く資料に目を通していく。

 

「兄貴、なんかためになるようなものは? 」

 

「……うーん」

 

カモ君はひょこりと懐から飛び足して、一気に肩まで登り僕に耳打ちした。僕は手に持った本の一ページを捲る。

 

「……お父さんの行方の手掛かりになるものはあんまりないかも」

 

面白い本は沢山ある。お父さんがこの中の本を幾つか読んでいたと思ったら、不思議と嬉しい気持ちになる。それでも、お父さんの行方を示すようなものはなかった。

 

「長のおっさん、麻帆良の方が手掛かりがあるだろうって言ってたっけ? 」

 

「うん。その場所を示す地図が手に入っただけで収穫だよ」

 

長さんに、家の中には麻帆良の地図があると言われた。そこには、お父さんの情報を得れる場所が書いてあると。 それをここで見ても仕方ないので、とりあえず大事に持ち帰ろうと思う。

 

「……ネギ先生、ここにいましたか」

 

階段を上がってきた七海さんが、ゆっくりと体を二階へと乗り上げる。着物が重そうで、少しぎこちない動きをしていた。

 

「ここの本、少し見ても? 」

 

「ええ、構いませんけど……」

 

「あんた、読めんのか? 」

 

本を持った七海さんに向かって、カモ君が訊く。カモ君は七海さんのことが苦手意識があるのか、いつもより尖った言い方である。何でも、妙にネカネお姉ちゃんに似ている所を感じるため近寄りがたいらしい。雰囲気や格好は違うけれど、言動の節々にそう感じる気持ちは分からなくもなかった。

 

「まさか」

 

七海さんは苦笑した。

 

「流石にギリシャ語は無理です」

 

「それじゃあ……」

 

読めないなら読んでも仕方ないのではないか。そう続けようとしたが、本を見つめる七海さんの目は真剣であったため、何となく言うのが憚れた。

 

「絵と図、文章の雰囲気だけでも楽しめるものです」

 

そう呟いて、いくつかページを捲ったあと、パタンと本を閉じる。

 

「……昆虫の本なら、何語でも読める気はするんですけど」

 

「……どれだけだよ」

 

冗談のような言い方だったけど、七海さんならあり得そうな気がした。

 

「ねぇ、この写真って……」

 

不意に明日菜さんの声が聞こえた。振り替えると、机の上にある写真立てを指差している。七海さんに釣られて他の生徒達も二階へと上がってきたようだ。少し古そうなその写真には数人映っていて、中央にいる赤髪の青年がお父さんであることはすぐに分かった。

 

「真ん中のがネギ先生の父さんか。……イケメンだな」

 

「ですが、今のネギ先生のほうがイケメンですわ」

 

「………………そうか」

 

「ちょっと! なんですの、こいつはもうだめだな、みたいなその感じ! 」

 

 

 

「長、お若いですね」

 

「ほんまやなぁ。うちお父様の昔の写真見るの初めてや。……ふふ、かっこええなぁ」

 

皆が写真について何か話をしている中で、明日菜さんと七海さんだけは何も喋らずにじっと写真を見つめていた。

 

「……どうかしましたか? 」

 

「……んーん」

 

明日菜さんは首を振った。

 

「何でもないわ。七海こそどうしたの? 」

 

「…………アルビ……」

 

「アルビ? 」

 

「……いや、何でもない。気にしないでくれ」

 

自分の呟きを訂正するように言ってから、七海さんは写真から目を離した。…………しかし、アルビ、とは何だったんだろう。

 

 

「ぼーや、何か分かったのか」

 

エヴァンジェリンさんも遅れて階段を登ってきて、僕に尋ねた。いつの間にか全員が二階にいて、さっきまで広く感じていた場所が一気に窮屈に感じる。

 

「特になさそうです」

 

「そうか。まぁ、そんなものだろうな」

 

気にする様子もなくスタスタと僕の前を通り過ぎて、エヴァンジェリンさんも写真に目をやった。

 

「…………ふん」

 

懐かしむような表情をして、エヴァンジェリンさんは軽く頬を緩める。その顔から、写真の中の人物達への確かな思いやりを感じた。エヴァンジェリンさんはお父さんだけではなくて、ここに映ってる人のことを皆知っているのだろうか。 ならば、その話を聞いてみたい。

 

 

 

それを尋ねようとして、口を開きかけたその時―――

家の外から鈍く心に響くような大きな音が聴こえた。

 

「…………? 」

 

「何の音? 」

 

 

疑問を浮かべる人達をおいて、一番始めに動いたのはエヴァンジェリンさんだ。素早く二階から飛び降りて一階に着地し、こちらを見上げるように振り返る。

 

「七海、じっとしていろよ! 」

 

七海さんに向かってそう叫んで、彼女はあっという間に玄関へと向かう。それに続いて、桜咲さんも飛び降りた。

 

「せっちゃん! 」

 

「このちゃんも決してここから出ないで下さい! 」

 

「茶々丸! 家は任したぞ! 」

 

「了解ですマスター」

 

それぞれ言葉を残して、外に出ていく。

関西呪術協会絡みの事件だ、と僕はようやく察した。残された生徒達は、突然のその動きに何が起きているかも分からず少し唖然としている。

 

「ぼ、ぼくもいきます! 」

 

「ネギ!? 」

 

「ネギ先生! 」

 

同じように二階から飛び降りた僕に向かって、彼女達は上から呼び掛けた。振り返ると、皆心配そうな顔を僕に向けている。

 

「大丈夫です。少し様子を見てくるだけですから。皆さんはここにいて下さい」

 

茶々丸さんに、皆をお願いしますと頭を下げて、僕も家の外へと飛び出した。

 

 

 

そして、予想外の状況を、僕は目にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どういうつもりだ」

 

エヴァンジェリンさんが爪を立て、敵意を向けつつ前にいる相手に尋ねる。僕も目の前の状況が良く理解できず、未だに戸惑っている。桜咲さんは刀の柄に力を込めて前の者を睨んでいるが、それでも不信に思っているのは同様のようだ。

 

「…………どういうつもりもなにも」

 

僕らの前にいた白髪の少年が、肩を竦めた。

 

「君達の敵を捕まえたのだけれど」

 

彼の横には、眼鏡をかけ着物を着た女性が、石のように固まっていた。この人は、総本山へ向かう時に小太郎君といっしょに僕を襲った人だ。

石像となったその女性を見て、昔のトラウマが蘇り、僕は息を飲む。

 

「貴様、仲間を裏切ったのか…………っ! 」

 

「仲間だなんて言った覚えはないよ。それに僕はもともと西洋魔術師だ。スパイだった、とでも言えば信用してもらえるかい」

 

淡々と、表情を変えずに彼は告げる。確かに、このように石にするのは、魔法だ。石化について良く調べたことがある僕には、それが嫌なほど分かった。

 

「他の人は……? 」

 

「剣士の方は逃がしてしまったけど、犬耳の少年はそこらで倒れている筈だよ」

 

僕の質問にも堂々と返す。先程の鈍い音は、戦闘した時の音だったのだろう。

 

「……目的はなんだ」

 

「…………目的? 僕は魔法使い。悪を倒すのは当然だ。そういうものなんだろう? ネギ君」

 

彼は、僕に視線を向けた。敵意を向けられた訳ではないが、警戒して僕は杖を強く握る。

 

「惚けるなよ」

 

一気に、肌寒くなった。エヴァンジェリンさんから黒く冷たい空気が溢れ出ている。側にいるだけで肌がヒリヒリと痛くなった。多分、これが殺気というものなんだろう。

 

「貴様は確かに七海を狙っていた。そんなやつが今更此方側だった、なんて信じる訳もない」

 

エヴァンジェリンさんは、鋭い視線を維持したまま彼を指差す。

 

「本当のことを言え。嘘をつく、もしくは納得出来ない話をしたら、貴様は殺す」

 

その発言を訊いて、桜咲さんは腰を落とした。殺すとまでいかなくても彼女に同意だ、と示すよういつでも刀を抜けるような体勢をとっている。僕も杖の先を彼に向ける。能面で人形のように淡々と述べる彼を、僕も信用出来なかった。

 

白髪の少年は、一度溜め息を吐いてからゆっくりと語り始めた。

 

「…………少し前までは、僕は確かに君達の敵だった。でも、信用されるかは分からないけど、少なくとも今の僕は君達の敵ではない」

 

どこまで本当のことを言ってるかは分からない。僕達は、警戒の姿勢を崩さなかった。

優先順位が変わったからね、と彼は続けた。

 

「優先順位、とはなんのことだ」

 

「詳しくは言えない。でも、今の状態のほうが僕達にとってベストだった。だから、裏切った」

 

彼にとって、関東側につく方が良くなった、と言うことなのだろうか。それに「僕達」とは。情報が足りない。

訊きだしたいが、彼はこれ以上は言うつもりはないと語尾を強くする。

 

「……貴様が裏切るとしても、わざわざ元味方を捕まえる必要はなかっただろう」

 

「そうだね。僕もそのつもりで、彼女達の元を去った。彼女達の目的についてはどうでもよかったから。だけど、方法が良くなかった。彼女は―――」

 

彼は、ゆっくりと腕をあげ、お父さんの家を指差す。

 

「―――あそこにいる一般市民を目標とした。無力な者を狙えば、君達は守りに入らざるを得ない。そうすれば勝機があると考えたんだろうね」

 

「…………それでもやはり納得いかん。貴様、七海を狙っておいて、一般人を巻き込むのは許せなかった、などと善人ぶるような輩ではないだろう」

 

彼は、僕達一人一人をゆっくりと見た。それから、お父さんの家をじっと見つめる。まるで、その中の人物に用があるかのように。

 

「…………彼女は」

 

彼の顔は、やはり無表情であった。しかし、何となくだけど、先程よりも言葉に込められた感情が見えたような気がした。

 

「大切な存在だからね。傷付ける訳にはいかない」

 

「っ! それは、どういう―――」

 

「ここまでだね。これ以上は、言えない」

 

「―――待てっ!! 」

エヴァンジェリンさんが、無詠唱で氷柱を出現させて投げつける。しかし、それが当たる前に彼は姿を消した。彼が居たところを見ると、水溜まりが出来ている。

水を使ったゲートだ、とカモ君が呟いた。話をして時間を稼ぎながらも、転移の用意をしていたのかもしれない。それを気付かせない彼の実力が如何に高いかが、はっきりと分かる。

エヴァンジェリンさんは強く音を立て舌を打った。

 

「…………とりあえず、長に連絡をとります。今の話と、後始末は任せましょう」

 

桜咲さんはそう言って、通信用の護符に話かけだす。

 

エヴァンジェリンさんが放った氷柱と冷えた空気。そして、何か釈然としない思いが、この場に残った。





時系列的に本編に組み込みにくかったので、ここで捕捉の話を。
読まなくても問題はない筈。多分。
興味がある方はどうぞ



「なんや、あそこ」

双眼鏡を覗きながら、彼らが入った家を見てうちは呟く。
うちらは今、魔法使いのガキ一同をかなり遠くから観察していた。闇の福音にばれるわけにはいかないため、あまり近寄ることは出来ない。

「千草の姉ちゃん。ええからはよ攻めようや」

「黙っとき小太郎。闇雲に攻めても勝ち目はないんや」

彼らが家に入って動きを止めたのを確認して、うちらは慎重に近付いていく。人目がない場所で目標が足を止め、敵が外を見えない今こそチャンスだ。

「……俺、やっぱ気ぃ乗らんわ。人質とか。まどろっこしい」

小太郎は、ぐちぐちと呟く。
昨日の夜、うちらの立てた作戦は、一緒にいる一般人を人質にしてしまおう、というものだ。うちやって民間人を巻き込むのが性に合うわけではない。狙ったお嬢様でさえ特に危害を加える気はなかったほどだ。
だが、この状況下でそこまで生温い事を言うほど善人ではない。

「小太郎、あんた嫌なら帰りぃ」

「……ネギともっかいやるまでは帰れん」

小太郎はあまり同意しなかったが、それでも魔法使いのガキとやる方が彼にとって重要らしく、文句を垂れながらもついてきた。

「そろそろ止まりましょ~。これ以上近付くとばれますわぁ」

うちらよりちょっと先にいた月詠はんが制止をかける。一番の実力者である彼女に、うちは黙って従った。

「ほんで、どうするつもりなんですかぁ」

「……せやな」

うちは、自分の胸元をまさぐりから符の束を取り出した。

「妖怪を一気に召喚して、あんなかに攻めさせる。見たとこ狭い家やし、混戦状態にさせれば一人くらい連れる筈や。月詠はんも、百鬼夜行を頼むわ」

うちの魔力じゃ、精々数体が限度。やけど、符の力を借りに借りればそれなりの数は揃えられる。新入りの置いていった金もあるし、準備には困らんかった。


そして、符に力を込め妖怪の召喚をしようとした所で、突然目の前に見覚えのある影が現れた。

「……っ! ……って、なんや新入りかいな。びびらせよって」

影の正体は、抜けた筈の新入りだった。びびらせたことも腹が立つが、今更現れたことにもムカついた。

「なんのようや」

「君達は…………」

新入りはうちら三人を順に見る。

「何をするつもりなんだい」

「っは! なんや、やっぱ戻ってきたいんか? 」

「…………」

馬鹿にしたように言うが、やはり奴は無反応。面白くない。

「今からあの家にいる奴等を攻めるんや。協力する気なら今のうちやで」

報酬金は払わんけどな。

「…………あの中にいる人全員がターゲットかい? 」

「……んん? ああ、そうやけど」

妙なことを気にするな、と思いつつ顔をあげると。

―――気付けば、目の前には新入りの指先があった。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

「……は? 」

「っ! 姉ちゃん! 離れんと! 」

状況が、今一理解出来なかった。昔から咄嗟の出来事には弱かったのを何故か思い出していた。師匠には、お前は柔軟性がねぇなぁとよくぼやかれていた。不貞腐れたうちに、でもお前は頭がいいからな、と髪の毛をぐしゃぐしゃとされた感触が蘇っていた。何故か、昔の記憶が次々と頭を巡った。
動けないうちを前に、新入りは呟きをやめない。

「―――石の息吹 」

「……っな! 」

奴の手から、煙が飛び出す。
危険を察した小太郎と月詠はんは、すぐさま離れていくのが見えた。

逃げ遅れたうちは、意識が止まり、すぐに何も考えられなくなって、視界が、閉じて……。

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