セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第43話

 新幹線で彼らのクラスを観察していた時、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの側には、大抵二人の少女がいた。  

 

 一人は、機械でできた少女。ロボットである彼女は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのことをマスターと呼んでいた。つまり、彼女は従者なのだろう。  

 もう一人は、長い黒髪ですらりとした体型の少女。人間でいう、整った顔立ちというのだろうか。シュッとした目付きや姿勢も際立って、凛とした立ち振舞いが見える。彼女も従者かと思いきや、二人の関係はそんな風には見えない。寧ろ、同等の立場であるような雰囲気で、二人の仲が近しいものであることは容易に理解できた。  

 

 その少女もさぞ腕が立つのかと思い観察していたが、どう見てもそうは思えなかった。実力を隠しているという感じでもない。あらゆる角度から見ても、彼女は素人だった。  

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを狙うのなら彼女を使えばいいと、すぐに思った。何の戦闘力もない少女を拉致することなど、造作もない。その後は常に一緒にいるという訳でもなく、隙を狙うのも簡単に思えた。  

 

 

 ―――ただ、ひとつだけ、気になる点がある。彼女の魔力の質だ。  

 

 決して魔力が多い訳ではない。ただ、普通の魔力とも思えなかった。  

 

 それには、何かが、混じっている。  

 その魔力を探ろうとすると、不思議な感覚に襲われた。自分の、奥底にある芯を、さらりと撫でる感覚がするのだ。  

 

 …………何だろうね、これは。  

 探しても、答えはでない。そもそも、今それを探る必要も見つからない。それがなんであろうと、計画のために自分は為すべきことをするだけだ。  

 

 目標がいる筈の宿を遠くから見張っていると、一人の少女が玄関から飛び出して来た。リュックサックを背負い、重たそうに移動する彼女は、ちょうど自分が狙っている人物だ。

 誘い出すまでもなく不用意に出てきた少女について、同情などしない。自分の計画を早めてくれて、楽になったな、と思っただけだ。僕は、彼女の後をつけるようにその姿を追っていった。

 

 その少女は、不思議なことをしていた。わざわざ助けが来るのが遅れるような林の真ん中に位置をとり、リュックサックから出した白い布を木に引っ掻ける。その布に黒い光を当てて、少し離れた所に周りがよく見えるように白い光を放つ普通のライトもつけた。  

 何かの罠か儀式かとも疑ったが、彼女は楽しそうな様子でその布を見つめているだけだ。敵地ですることとは思えない。訳が分からなかった。  

 

 ……馬鹿なのかな、彼女は。  

 さっさと連れ拐って人質にしてしまおう、そう思って足を動かそうとしたら、止まった。また、自分の芯を、根底を、刺激される感覚がしたのだ。

 

 …………。  

 

 胸の中で、何かがうずく。一瞬、昔の風景が浮かんですぐに消える。分からない。分からないが、彼女はただ者ではない。魔法だとか、罠などではない。ただ、彼女の魔力が、僕に信号を送る。  

 

 …………仕方ない、か。  

 

 この状態のまま、どうすればいいか僕には分からなかった。ただ、何もしないわけにもいかない。ならばせめて、この感覚の正体だけでも掴もう。  

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 暗く、重々しい夜だ。周りの木々は、僕と彼女を覆うように繁っている。月明かりも、葉に遮られて届かない。だが、彼女が用意したライトのお陰でお互いの顔はよく見えた。  

 突如現れた僕の挨拶に、彼女は一瞬だけ驚いた表情をした後、微笑んだ。その優しい笑みは、大人が子供に向けるような笑みだ。  

 静かな夜に、羽音が鳴る。

 僕の横を通り過ぎたそれを目で追うと、光沢ある緑色の背中をした虫が白い布に張り付いた。彼女はまた、嬉しそうな顔をした。  

 僕の芯が、また揺れる。近付けば近付くほど、彼女に反応する。  

 

 …………この感覚は―――

 

 

「……君は一体」

 

「……あぁ、これはな」  

 

 何者なんだい、と僕が続ける前に、彼女は目を細め、苦笑しながら答える。他の虫がまた布に向かい飛んで行き、くっつく。

 

「昆虫採集をしているんだ。光に集まる性質を利用して…………ほら」  

 

 彼女は白い布に手をやり、先程張り付いた虫を布から引き剥がした。コガネムシだ、と彼女はそれを僕に見せて微笑む。どうやら、何をしているんだい、という質問と取り違えたらしい。  

 

 彼女はその虫をよく観察するように顔の近くに持っていき、満足したのか、その虫を宙に逃がした。コガネムシは緑色の背から薄い羽根を現して、また林に帰っていく。  

 

 風が吹いて、林が揺れる。木々の枝が擦れるような音がして、彼女はそれすらも楽しんでいるように見えた。

 

「昆虫ではなくて、君のような少年を惹き付けるとはな」  

 

 今日一番の大物だな、と続けて、彼女は僕に微笑みかける。

 

「…………」  

 

 僕は彼女を見定めるように目に力を込めるが、やはり素人にしか見えない。

 

「……? どうかしたのか? 」  

 

 僕の視線を不審に思ったのか、首を傾げ覗くように彼女は僕を見る。しかしその視線は子供を心配するようなもので、未だに僕のことをその辺から出てきた子供にしか思っていにないようだった。  

 訊きたいことは、幾つもある。その魔力は何なのか、君は何者で、エヴァンジェリンとどんな関係なのか。  

 

「……君は、何故そんなことをしているんだい」    

 

 子供だと思われているなら、いきなり核心をついてわざわざ怪しまれるべきではない。そう思い、遠回しに何か聞こうと思ったらこんな質問が出てしまった。  

 

 自分が思っているよりも彼女自身のことを気にしていたのか、それとも、こんな所で昆虫採集をするような神経が計り知れなかったのかは分からない。

 

「…………何故、と言われるとはな」  

 

 彼女は、困ったように苦笑した。今も変わらず自分の芯は擦られ、彼女に手を出そうとは思えない。

 

「……そうだな、昆虫が好きだから、では駄目か? 」

 

「だからといって、ここでする必要があるとは思えないけど」  

 

 彼女の答えは、やはり理解出来なかった。  

 彼女達は、麻帆良からわざわざ京都まで来たのだろう。ならば、このタイミングとこの場所で昆虫採集などをしなくても、麻帆良でいくらでも出来るのではないか。

 

「…………ううん」     

 

 彼女は腕を組み、悩むような仕草をする。ぶぅん、と僕の右耳近くを虫が過ぎ去っていったようで、不快な音がした。

 

「そうだな。君が言う通り、わざわざ旅行先に来なくても昆虫採集は出来る」  

 

 私が住む場所では大抵の昆虫が採れるしな、と付け加えて彼女は頭を掻いた。

 

「なら、何故だい」

 

「少し難しい話になるかもしれないが……」  

 

 彼女は僕が話を理解出来るかを心配しているようだ。  

 構わないよ、と僕が告げると、彼女は頷いてから続けた。

 

「ポリフェニズム、表現型可塑性という言葉がある」

 

「…………ポリフェニズム」  

 

 僕が復唱すると、彼女はうん、とまた頷いた。

 

「私は麻帆良という地から来たのだが、麻帆良にいる蝶と、京都にいる蝶。同じ種ならば、模様は同じだと思うかい? 」  

 

 普通に考えれば、同じだろう。種が同じということは、根源が同じということだ。

 

「…………違うのかい? 」

 

「そう、違うんだ」  

 

 良くできました、と言いたげに彼女は僕を見た。そこまで子供扱いされたことが、少し癇に障る。

 

「今のは極端な例であったが、ポリフェニズムとはそう言うことだ。同じ種、同じ遺伝子型を持っていても、様々な環境条件によって微妙に形が異なっていたりする。だからこそ、こうやっていつもと違う地で虫取をして、どこか異なるか、と探ったりするのが楽しい」

 

「…………」  

 

 彼女は、再び布に目をやって、そこに張り付いた昆虫を観察していた。その布には大量の昆虫が群がっていて、白い布というより斑模様に見える。それを見て、満足した様子を見せる彼女は、正直正気には思えない。  

 やはり自分には、昆虫採集の楽しさなど理解出来ない。

 

 …………だが、種が同じでも環境により変わるという言葉は、僕の胸にすっと残った。

 

 

「…………君は、」    

 

 

 続けて言葉を発しようとしたその瞬間、僕の体は急激に林の奥へと引っ張られた。    

 

 

 

 ○    

 

 

 

 視界が急激に揺れ、気付けば体に糸のような物が巻き付いていた。引っ張れる勢いのまま、僕の体は落ち葉を散らして地面をバウンドしていき、速度を落とさず大きな木に叩きつけられる。

 

「…………っ!! 」  

 

 一瞬唸ると、ミシリ、といきなり現れた小さな手が僕の首を掴んだ。

 

「貴様…………七海に手を出そうとはいい度胸じゃないか」  

 

 目の前の少女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが、片手で首を絞め、もう片方の手で立てた爪を僕の首に当てる。  

 その表情から、怒りの思いがはっきりと現れていた。  

 僕の首から、血が垂れる。その血は彼女の爪と指を辿り赤く染めるが、僕も彼女も表情を変えなかった。  

 

 じっと二人で睨み会う時間が流れる。相当引き摺られた様で、先程のライトの光はかなり遠くで微かに感じる程度だ。  

 

 目の前で僕の首を絞める少女の後ろを、コガネムシが、早々と飛んでいくのが見えた。

 

「…………彼女は、何者なんだい? 」    

 

 話をして分かったことは、彼女は信じられないほど虫が好きだということだけだ。  

 だが、少しの間、彼女から流れる魔力の正体を探っていると、やっと何かが掴めた。自分の根底で、覚えがあり、僕の芯を揺らすあれは―――     

 

 ―――あの、魔力は、我らの主の…………

 

「っは! 」  

 

 目の前の金髪の少女は、吐き捨てるように笑った。  

 

 

 

「何者でもない。ただの私の友達だよ、糞ガキ」  

 

 

 

 

 ○    

 

 

 私が振り向くと、先程の少年はいつの間にかいなくなっていた。昆虫にはそこまで興味がなかったのだろうか。それならば、悪いことをした。今思えば、ずっと無愛想な顔をしていた気がする。  

 

 突然現れて、飽きたのか帰ってしまった少年のことは一先ず置いておき、私は再び昆虫採集を続けた。白い布に大量に張り付いて昆虫を観察して、何か珍しいものはいないかと探る。

 

 そうしていると、また後方からがさがさと音がした。あの少年が戻って来たのか、と思いながら見ると、木の枝を手で避けながら現れたのは、エヴァンジェリンだった。

 

「…………くそっまた逃がした。私としたことが…………」

 

 ぶつぶつと呟きながら出てきたエヴァンジェリンに、私は声をかける。すると、彼女は顔を上げて、キッと私を睨んだ。

 

「……七海っ! お前、一人でこんな所に……っ!! 」

 

「エヴァンジェリン、見てくれ。カマキリモドキだ」  

 

 私はついさっき見つけた「カマキリモドキ」を手に乗せて彼女に見せる。アミメカゲロウ目でありながら、カマキリに似た外見をしていて、日本では数種確認されているが出会えることは稀である。  

 

 笑みを浮かべながら「カマキリモドキ」を持った手を差し出していると、彼女は落胆した顔をした後、盛大に溜息を吐いた。

 

「はぁ……。お前という奴は……。いや、もういい。宿にいても厄介なことには巻き込まれていたしな。ただ、これから旅行中はあまり一人になるな。いいな? 」

 

「……? …………わかった」  

 

 真剣な目をしてそう告げたエヴァンジェリンを不思議に思いながらも、私は同意した。

 

 その後、エヴァンジェリンの前でもう少しだけ昆虫採集を続けて、彼女が退屈そうな顔を見せた所で、私は片付けをして宿に戻っていった。  

 

 

 

 

 

 

 ○    

 

 

 

 

 

 ノイズが終わると、また大きな樹が目の前に映った。  

 

 今更だが、この樹が世界樹であることに気付く。  

 樹を見ると、やはりそこには誰かが縛り付けられていた。  

 

 ―――その人物は、黒くて、長いローブを体に纏っている。

 

 

 





小ネタ
『隙だらけ』





「…………彼女は、何者なんだい? 」

「何者でもない。ただの私の友達だよ、糞ガキ」

「……ただの友達か。君の友達は随分と虫が好きなようだね」

「……それが何か悪いか」

「いや、普通の女子中学生にはなさそうな趣味な気がしてね」

「確かに普通の趣味ではないが……だとしたら、貴様に関係あるか」

「……彼女は、変わってる。人が嫌がるような生物を喜々として集めるだなんて」

「まぁ、そうだが……」

「何が楽しいのか、僕にはさっぱりだ」

「……そんなもん私だって分からん。生物の進化の歴史やその過程の話は興味深いと思うが、どうしてあいつはこう、昆虫ばかりに目が行くんだ。哺乳類などならまだ可愛げがあるというのに」

「……」

「あいつは暇があれば研究、昆虫採集、また研究、昆虫採集と繰り返している。楽しそうで何よりなんだが、あいつはいつまでも虫とばっか関わっていていいのか、と思うときは私にもある。もっとこう、なんだ。学生らしく、青春、っぽいことをしたらいいのに、と。どうにも奴は恋愛などにも興味が薄いようで、いや適当な男と付き合ったり薄っぺらい関係を結ぶよりはよっぽどいいのだが、それでもずっと虫虫虫というのもあいつのために言い筈がなくて…。いやでも、楽しんでいるなら」

「君はあの子の保護者か何かかい? 」

「違うわ! というかなんでこんな話を貴様にしてるんだ私は!! あ、おい逃げるな! 」



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