セカンド スタート   作:ぽぽぽ

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第20話

 

 明智 七海という生徒は、餓鬼っぽいやつが集まる私のクラスの中では、珍しく大人びた奴であった。馬鹿な言動をすることも少なく、騒がしい周りから一歩引きつつも、見守るようにクラスメイトと共にいる。あいつらの存在を愛おしく思ってるような表情をする時もあり、その視線は、同じ生徒というよりは、親のようにも見えた。

 そして、平和の中にはいるのだが、何も考えずただ与えられる日常を謳歌してるやつとは異なり、日々何かを考えて、行動しているようだった。いや、思考することを楽しんでいるのだろう。でなければ、わざわざ大学の研究施設になぞ通うまい。何を調べているかなど興味はなかったが、馬鹿みたいな他のクラスメイトよりはほんの、ほんの僅かだが、好感を持てた。  

 さらに、不思議なことに、こいつは魔力も気も欠片も感じず、格闘技の心得がある仕草も見られないのに関わらず、私を気にかける節が何度かあった。

 私が珍しく教室に来れば一番に注目、その後もふとした隙に私に視線をやっては、すぐに背ける。特に鬱陶しいと思うようなことはなかったため放置しておいたが、そんな奴が私の従者に接触しているとなると、流石に少し気になる。

 

 特段何かしてやろうとは思ってはいないが暇潰し程度にはなるかと、菓子を持った私は茶々丸と共にいる明智 七海に声を掛けることを決めた。  

 

 

 ○  

 

 

 

 

 私が前を歩く二人に声を掛けると、二人は同時にこちらを振り向く。茶々丸はいつも通りの表情を変えないが、明智 七海はひどく驚いた顔をしていた。

 そんな顔をする二人を無視して私は紙袋の中の手をやり、どら焼きを掴み当てた。

 ゆっくりと取り出して歯と片手を器用に使い封を開けてから、一かじりする。    

 

 うむ、うまい。    

 

 もみゅもみゅと口を動かす私を、明智 七海はじっと見つめている。熱烈な視線を貰うのも悪くはないな、などとくだらないことを思いながら、ごくり、とわざと音を立てて咀嚼したものを飲み込んで、私は問う。

 

「どうした明智 七海。そんなに見つめて。私の顔が気になるのか? 」

 

 ニヤリと不適に笑いながら明智 七海を見た。こいつの挙動を見る限り、どうやら私をやたら警戒しているのが分かる。もしかするとこいつも魔法関係者なのかもしれない、が、力を持たない魔法関係者などいるのだろうか。  

 

(……試してみるか)

 

 私が奴に圧をぶつけてみれば、何らかの反応は示すだろう。

 私が殺気を込めようとしたその時、明智七海はゆっくりと手を挙げ自身の頬の横を指さした。

 

「あのな、エヴァンジェリン。あんこがついているぞ。右の頬だ」

 

「っなぬ! 」  

 

 若干申し訳なさを込めながら、明智七海は私にそう伝えてくれた。それを聞いてすぐに茶々丸が私に近寄り、ハンカチで口回りを拭き取りにきた。

 くそう、折角いい感じの雰囲気を出してたのに台無しだ。あんこめ、大事な時ひっついてきよって。

 丁寧に口にハンカチを当てにくる茶々丸を、恥ずかしさにより手でのける。

 

「……どうだ? 茶々丸。とれてるか? 」

 

「完璧ですマスター」  

 

「ほかに拭き残しは? 」

 

「一切ありません」

 

「よし」

 

 明智 七海に背を向けて自分の手の甲で口を拭った私は、再三茶々丸に確認とる。どうやらこれ以上醜態を晒すような失敗はしないでよさそうだ。

 気を取り直し、私はもう一度明智 七海を振り返り問い直す。

 

「どうした明智 七海。そんなに見つめて。私の顔が気になるのか? 」

 

「…………」  

 

 take2は上手くいったようだ。びびった明智 七海は声も出せていない。ふふん、いい気分だ。

 

 ちらりと茶々丸に視線をやると、子を見守る母親のような何だか母性ある暖かい表情をしているように見えた。なぜだ。

 

 

「……いや、いきなり声を掛けられて驚いただけだ。気に触ったなら謝る」  

 

 明智 七海は私にゆっくりと頭を下げてきた。その仕草を見て、私は頭の中に一つの記憶が甦り、すぐに消えた。

 どこかで、私とこいつは話をした気がする。思い出し損ねた記憶に疑問を感じながらも尋ねる。

 

「……貴様、私といつか会ったことがあるか? 」

 

「ない」  

 

 即答だった。明智 七海は堂々とした姿勢でまったく表情を変えず、きっぱりといい放った。

 …………だが、甘い。

 

「私の質問の後、僅かに緊張したな。必死に何かを隠そうとしたようだが、私には分かっているぞ」

 

「――っ! 」  

 

 一歩、明智 七海へと近寄る。すると、地面と靴裏が擦れ、じゃり、と音を鳴らすのが聞こえた。近付いた分、こいつは足を少し下げ、若干後退している。

 

「私が近付くと、心拍数が上がったな。警戒しているのがばればれだぞ」

 

「…………」  

 

 もう一歩、踏み寄る。

 一端の中学生にしてはポーカーフェイスができているが、何の心得もない奴が自分の心を完全に操作できるはずなどない。そして、600年という長い時間様々な人間を目にしてきた私にとって、素人の大まかな感情を読み取ることなど造作でもない。

 

「さぁ、言え。私とお前はいつどこであった? 何故貴様は私をそこまで警戒している」

 

「…………」  

 

 一歩、さらに一歩と近づいていく。明智 七海は後ろに下がることも出来なくなったようで、私との距離はほぼ0になる。

 

「……っ」

 

 その時だ。明智 七海の顔色はどんどん悪くなり、急に呼吸が激しくなったのは。胸は大きく上下し、額に汗がつたるのが見えた。その突然の変化に不自然さはあったが、私にビビっていると思えば悪い気はしなかった。

 

「おいおい。どうした? いつも私を見ていただろう? 気になることがあったのだろう? 今なら何でも答えてやる。そら、言ってみろ」

 

 私が迫るにつれて、呼吸の粗さはさらに増す。辛そうにしながら、こいつは胸を押さえだした。

 

「なぁ、どうした、明智―――」

 

「……あの、マスター。その辺で……」  

 

 お遊びがすぎたのか、茶々丸から止めが入った。確かに、魔力の欠片もないやつにやりすぎたのかもしれない。気になるといっても、所詮暇潰し程度。本気な訳でない。

 こいつのこの態度からして、何かしら昔にコンタクトがあったことは間違いないが、大方侵入者相手に暴れる私を見てしまっただとか、その程度であろう。

 魔力や戦う術はを持ってはいないが感じないが、魔法使いに関する知識だけある。そんなとこだろうか。実際にそういうやつなど今までに何人も見てきた。

 

「……ふん。まぁいいか。自力で思い出した時に詳しく聞きにいくぞ」  

 

 そういって、呆然とする明智 七海を置いて私は身を翻す。茶々丸にも声を掛け、呆ける明智 七海を置いて二人で家に帰ろうと、地を蹴り歩き始めた。    

 

 同時に、ドサリと、後ろで何かが崩れる音がした。    

 

 

 

 嫌な予感と、不安を感じてゆっくりと振り返る。すると、案の定、明智 七海が地面に横たわっていた。

 

「…………マスター……」

 

「ま、まて! 私は特に何もしてないぞ! 」  

 

 じろりと私を見る茶々丸に向かって言い訳する。確かに少し威圧したが、倒れるほどじゃない。筈だ。その辺の加減が分からない訳ではないし、そもそも女子供を急に襲うのは趣味ではない。いや、確かに暇潰しと称していじりはしたんだが。少しやりすぎたか、と思うところがなくはないのだが。

 

 

「……ふん。持病でも出たんだろ。放っておくぞ」  

 

 先程まで余裕そうに茶々丸と話していた奴がこれだけ急に倒れた理由など分からないが(私の影響は少なからずあるだろうが)、わざわざ助ける義理などない。

 幸い人通りがまったくないという場所でもない。捨て置いても心優しい市民か正義を志す魔法使いなんかが助けるだろう。  

 

 私は倒れる明智 七海を無視して足を進めるが、茶々丸はついてこない。

 

「…………茶々丸。おい、茶々丸」

 

「……はい」

 

「いくぞ」

 

「…………はい。マスター」  

 

 茶々丸に声を掛け、ついてくるように促す。返事はするものの、茶々丸の視線はずっと倒れた明智 七海に向いていた。私がそれでも無視して進んでも、茶々丸は少し歩いたらまた立ち止まり、振り返る。何度もその動作をするせいで、なかなか前に行かない。

 

「あー。わかった。わかったよ。そいつを私たちの家まで連れてくぞ」

 

「…………いいのですか? 」

 

「いちいち立ち止まるお前を待ってたら家につく前に日が暮れる。その代わりさっさと行くぞ。道中魔法使いに見られたら面倒だ」

 

「…………すみません、マスター」

 

「ふん。半分、いや三分の一くらいは多分私のせいだしな」  

 

 茶々丸はゆっくりと明智 七海を抱き起こし、俗に言うお姫さま抱っこをして彼女を持ち上げる。さっさと行くぞ、と言った私の言葉に従って、茶々丸が足のバーニアを起動した。空を飛んで行くつもりらしい。足元の土埃が舞い始め、軽く風を起こす。私は二人が完全に空に浮く前に茶々丸の背中に飛び付いた。

 

「…………あの、マスター? 」

 

「アホか! 私は今飛べないんだぞ! 置いてきぼりにするつもりか! 」

 

「申し訳ありません」  

 

 茶々丸は前方に明智 七海を抱え、後方に私を背負い、動きづらそうにしながら空を飛んだ。  

 他人に背負われて飛んだことなどなかったのだが、自分で飛ぶよりは風が心地よく感じた。

 

 

 

 

 ○    

 

 

 …………また、夢を見た。  

 

 夢の内容は、よく覚えていない。  

 

 だが、光の中で、誰かが手を伸ばし、最後に体が朽ちるイメージだけが、頭に残っている。    

 

 

 私は見慣れぬ掛け布団の感触を確かめながら、ゆっくりと体を起こす。まだ意識は覚醒しておらず、頭は少し朦朧としているが、ここは自分の部屋でないことは分かった。 私の部屋とは違い、人形などが並んでファンシーで可愛らしい部屋だ。眠りにつく前のことをどうにかして思い出そうとしていると、横から声を掛けられる。

 

「お目覚めですか」

 

「…………茶々丸」  

 

 声のした方向を見ると、茶々丸が立っていた。彼女の服装は制服ではなく、メイド服に変わっていて、私には似合っているように見えた。彼女は私にゆっくり近づいて、私の額に手を置く。体温を感じない手であったが、その冷たさが心地よかった。

 

「37.2℃。大分よくなりましたね」  

 

 どうやら、彼女は手を置くだけで体温を計れるらしい。私は段々と意識をはっきりさせながら、先程何があったかを思い出した。  

 しかし、自分が何故倒れたかを考えるが、分からなかった。確かにエヴァンジェリンの問いかけには怯んだが、理由はそれだけではない。話をしている途中だと言うのに、 急に意識が反転するような感覚に陥ったのだ。

 

「……君が、助けてくれたんだな」

 

「いいえ。私とマスターです」

 

「……そうか。ありがとう」

 

「……いいえ。お礼を言われるほどでは」  

 

 彼女は相変わらず表情を変えないまま、顔を横に振る。

 

「そうだぞ。お礼なんぞ何の足しにもならんからな」  

 

 がちゃりとドアを開けて、エヴァンジェリンが部屋に入りながら言った。  

 それでも、私はもう一度二人にお礼を言うと、エヴァンジェリンはふん、と鼻を鳴らした。

 

「…………貴様、自分の状態について分かっているのか」

 

「…………」  

 

 こんな風に、いきなり倒れた経験などない。

 本当に突然に体が言うことを効かなくなった。だが、予兆が全くなかったとは言い切れなかった。  

 思い出すのは図書館島を捜索した時のこと。あの時、小学生の頃は割りと有った体力が、急激に著しく低下していることを思い知った。  

 それから、中々起きれなくなった身体。  …………そして、たまに見る身体が朽ちていく夢。

 

 

 私が思い当たる節を追っていると、エヴァンジェリンがベッドの横にある椅子に、音を立てて座る。その勢いで、床が軋んだような気がしたが、彼女はまったく気にしていなかった。

 

「悪いが貴様が寝ている間に色々体を調べさせてもらった。……前々から感じていた貴様の違和感の正体が、やっと分かったよ」  

 

 エヴァンジェリンが私を見ながら悠々と言う。私は、魔法などにより前世の記憶について調べられたかと一瞬焦ったのだが、彼女の態度を見る限りその事については知られてないような気がした。もし、その事がばれているならば、彼女の私を見る目はもっと変わっている気がする。

 

「私の体は、どうなっているんだ? 」

 

 私が問うと、エヴァンジェリンは真剣な表情で私を見つめて言った。

 

「私は医者でもないし、回復系に優れている訳ではないから詳しくは分からん。だがな」    

 彼女の瞳が、じっと私の目を覗く。      

 

 

 

 

「貴様の体には、全くと言っていいほど魔力が流れていない」

 

 

 

 

 







小ネタ
『ぼっち』





「明智さん。まだ起きないですね」

「ああ。そうだな」

茶々丸は明智七海の額の上にぬれタオルを置きながら私のほうを見た。

「おい、そんな目で見るな。私だって今じゃ少しは反省してる」

「いえ。そういうつもりはないんです」

首を振ってから、茶々丸は視線を明智七海の元に戻す。どうやら相当心配しているようだ。

「まさか、起きるまでそこにいるつもりか」

「……ほかにやることもないので」

茶々丸が、猫以外のものにここまで執着した姿を見るのは珍しい気がした。

「……そういえば、お前があそこまでクラスメイトと話したのは初めてか」

「……」

私がいつも教室にいないため、こいつもクラスメイトと関わる機会は少ない。そんな中で話しかけてくれた明智七海に、何か思うところがあるのかもしれない。


「私に気にせず、しゃべりたいならもっとクラスの奴らと話してもいいんだぞ」

「……いえ、その。私はハカセや超さんと話す機会があるので、きっとマスターほど友好関係は狭くないかと」

「おい! なんだその言い方! まるで私がぼっちみたいじゃないか! 」

「マスター、クラスメイトとまともに話したのは初めてですね」

「やめろ! まるで私がぼっちのようなコメントはするな!」







せっかくの再投稿なので、たまに小ネタを挟みつつ行こうかなと。

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