瞬時に後を追うことを考える――が、その考えを実行に移すその前にネージュは背後からかけられた言葉によって、出鼻を挫かれることとなった。
「ユキさん!」
「……」
振り向くとそこには自分を追ってきたのであろうタツミの姿が。
「……」
「……あれ、ユキさん?」
一度、その言葉を無視し、気配を探る。
が既にナイトレイドの気配は遥か彼方へと走り去っていた。
(……追跡は困難)
そう判断したユキはふぅ、と軽く息を吐き出し、今度こそタツミに向き直る。
「なに」
「いや、ええーと……ナイトレイドは?」
「逃がした」
「そ……そうですか」
ユキの短い答えに今更ながらタツミは、もしかして、自分が声をかけたせいで逃げられたのではないか? と少し思ったりもしたが、それよりもまず言いたいことがあった。
「あの……助けてくれてありがとうございました。俺一人だったらきっと殺られてました」
脳裏に過ぎるは、ナイトレイドに属するあの黒髪紅目の少女――アカメとの戦い。
実際、タツミはアカメに一度は胸の急所を刺されている。故郷のお守りの像がたまたま胸ポケットに入っていたから一命を取り留めたものの、普通に考えればあの時点でタツミは死んでいる。
そして、最後にアカメが見せた本気のスピードにはまるで目が追い付かず、なす術がなかった。ユキナが割って入ってきてくれていなければ、確実にアリアは殺されていただろう。
故にタツミは目の前のユキナに対して、感謝の想いで一杯だった。
しかし返ってきたのは感情の込められていない、ネージュの言葉。
「礼を言う必要はない。私は私に与えられた任務をただこなそうとした。それだけ」
「でも……」
結果として助けられた事実は変わらない。だからタツミはもう一度、頭を下げる。
「それでも、ありがとうございました」
「……」
そんなタツミをユキは何か変わったものを見るかのようにジッ、と見つめていたが、やがて視線を反らすと静かに身を翻し、歩き出す。
タツミは慌ててその後に続く。
「あ、あのっ、ところで任務って?」
「ナイトレイドの殲滅。それが私に与えられた任務」
「……!!」
思いもよらぬその言葉にタツミは目を見開く。
「ま、マジですか……」
出会った当初から只者ではないことは理解しているつもりであったが、まさかナイトレイド討伐の任務を与えられるほどの実力者であったとは。
(こう思っちゃ失礼なのかもしれないけど、そんな強そうには見えないんだよなぁ……)
たしかに出で立ちこそシンプルな白コートに一振りの長刀のみ、それでいて白髪のロングヘアーと異質な見た目をしているのだが、あくまでそれは『異質』であって、強者の持つ『圧力』とはまた違うものなのだ。
(きっと俺はこの人の実力の足元も見えてないんだろうな……)
故郷での鍛錬、そして旅の道中での危険種狩りで、それなりに相手の実力を把握する
「それであの……ユキさんはどうしてそんな任務を?」
「命じられた」
「だ、誰に?」
「父に」
「え」
その答えにタツミは驚きを隠せない。
「父に……って、それって実の親?」
「そう」
「……嫌とは思わないんですか?」
「どうして」
「だって、ナイトレイドって、聞いた限りじゃこの帝都を震え上がらせている殺し屋集団で……そんな危険な奴らを相手に子供を戦わせるなんて……」
「気にしていない。というか、それを言うなら、タツミが子供」
「へっ!?」
思わぬカウンターパンチを食らったタツミは素っ頓狂な声を上げる。
「私はとっくに大人。もう子供じゃない」
「……ア、ハハ……」
――そういう意味じゃないんだけどなぁ……。
親と子の関係のつもりで話すタツミと年齢的な意味で話すネージュ。
その若干のニュアンスの違いにタツミは苦笑いを浮かべることしかできない。
「――で、この家の一人娘はどこ?」
「え?」
「さっきいたあの金髪の娘。ナイトレイドを一目見ているのなら、その情報を元に新たな手配書を作成できるかもしれない」
その言葉を聞いたタツミは僅かにその表情を曇らせた。
「えっと……アリアさんは……」
タツミは少しだけ記憶を遡らせる。
と言っても、説明してしまえば簡単だ。ユキノが自分たちの目の前に現れ、ナイトレイドとの戦闘を始めた直後、ふと気が付いた時にはその姿が見えなくなっていたのだ。
「一応、探したんですけど、どこにも見当たらなくて……」
「そう」
タツミの説明をあらかた聞き、十中八九、一人逃げ出したのだろうとネージュは目論見をつける。
「ならいい。それならタツミに来てもらう」
「え?」
「タツミはナイトレイドの一人と戦っていた。その情報を話してほしい」
――ついてきて。
そう告げて、ユキはさっさと歩きだす。
「ちょっ、待っ」
有無を言わさないその物言いに、タツミは慌ててその後を追った。
+++
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
ユキが乱入し、戦場が混乱したその頃、隙を見計らって、アリアは一人、逃げ出していた。
普段は馬車移動で、運動とは無縁の生活を送っていた彼女の額には脂汗が滲み出て、とても日頃の可憐な面影は残されていない。
(ったく、ふざけんじゃないわよ……なんで私がこんな目に……)
息を切らしながらもアリアは足を止めない。
一刻も早く、あの場から離れなければならない。あの場に残って戦いに巻き込まれるわけにはいかない。
全ては自分だけが助かればいい。その一心だった。
(あの
あの白い謎の乱入者がいなければどうなっていたことか。
そう考えるとクツクツと苛立ちが募ってくる。
善良な貴族を装っていたその化けの皮は、今や完全に剥がされ、悪の一族の生き残りが無様に逃げている姿しかなかった。
――そして。
「お嬢ちゃん……こんな遅くに一人で出歩いてたら、危ないよ。夜にはこわーいお化けが出てくるんだから」
「なによ、アン――」
化けの皮を剥がされた悪は、その上をさらにいくさらなる悪の手によって、この世から消えることとなる。
「……」
人気のない帝都の通りにて、一人の男の足下にグチャッ、と倒れこむアリアの身体。
ビクンビクン、と痙攣したその小柄な身体はやがて音もなく動くことを止める。その首から上にはあるべきはずのモノが無く、その代わりに綺麗な切断面が作り出されていた。
「愉快、愉快♪」
――この帝都で連続首切り通り魔の噂が流れ始めるのは、もう少し後の話。