もしオネストに娘がいたら   作:ジョナサン・バースト

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アジトを斬る その4

 謎の乱入者――しかし見たところ、強者の持つような雰囲気は――それどころか殺意さえも――感じられない。

 排除する、と目の前の彼女はアカメに向かってそう告げたわけだが、それにしては自分を殺す明確な圧力が感じられなかったのだ。

 

 「……」

 

 だからこそアカメは戸惑った。

 警戒するべきなのにできない。得体のしれない不可視の斬撃を、どうにか防いだばかりだというのに、目の前の人物に対する警戒ができない。

 今、戦えばもしや殺せるのではないか――? 無意識のうちにそんなことを考えてしまうほどに。

 

 「……」

 

 ()()()()()アカメは身を翻した。

 任務中における不確定要素が発生した場合、可能であるならばその不確定要素を排除した上で任務を遂行し、排除が不可能である場合はその時点で作戦を中止し、潔く撤退する――それは暗殺だけではない、様々な事柄にも通用することだ。

 目の前の得体のしれない不確定要素を手早く排除した上で標的の命を刈り取るのは、あまりに確実性がない――それがアカメの瞬時に下した判断だった。目の前の相手が実力を巧妙に偽っていないという確証はないからだ。

 

 (――それにさっきの信号弾でさらに増援が来てもおかしくはないこの状況……標的は一人取り逃がすが、ここは一時、撤退が最善の策……)

 

 来たるべき審判の日までは生き延びなければならない。

 あくまで我々、ナイトレイドの最終目標はこの帝国を牛耳り、暴虐の限りを尽くすオネスト(大臣)なのだから――。

 しかし次の瞬間にはアカメは再び、驚愕に目を見開くこととなる。

 

 「なっ!?」

 「あなたは逃げられない。それだけ」

 

 後方に置き去りにしてきたはずの白の乱入者が()()()ゆっくりと歩いてきたからだ。

 

 (周り込まれた!? ――いや、このまま葬る!!)

 

 瞬時に思考を切り替えたアカメは村雨の柄を握りしめると抜刀の態勢に入る。

 先ほどの静止した状態での対面と違い、今、こちらにはスピードのアドバンテージがある。元より村雨の性質を最大限に活かせる高速戦闘はアカメの十八番だ。

 

 「……」

 

 そんなアカメを他所に白の乱入者――ユキは手にする長刀の柄に手をかける素振りすら見せない。

 あくまで自然体のまま、アカメに向かって歩き続ける――。

 

 「!!」

 

 ぞくっ。

 アカメの背筋に戦慄が走ったのはその時だった。地面をえぐりながら急ブレーキをかけ、後方にバックステップをする。

 その途端、ヒュン! と何かが空を斬る鋭い音がアカメの眼前を過ぎった。

 

 (今のは……?)

 

 刀を抜いた様子はなかった。それどころか刀の柄に手をかけた素振りすら見えなかった。

 

 (何か他の攻撃方法? それとも何か新しい帝具の力か……?)

 

 考えられないことはない。500年前の内乱によって半数近くの帝具の行方が知られていいない今、アカメの知らない帝具が存在していてもおかしくはないからだ。

 しかし、見たところ目の前の人物が帝具を保有している様子はない。

 あの携える一振りの長刀からでさえ、帝具の放つ独特の威圧感は感じられなかった。

 

 (ならただ単に……)

 

 ――私が、見えていないだけ?

 そんな思考が脳裏を過ぎる。

 

 (まさか、いや、そんなことが――)

 

 心の中に生まれる僅かな不安――焦りは己の中に小さな隙を生む。

 しかし、隙と言ってもそれは、常人には感知すらできないほどの、小さな心の機微なはずだった。

 0.01秒も経たないうちに歴戦の殺し屋であるアカメは気持ちを建て直し、最大級の警戒をした――はずだった。

 

 「――」

 

 しかしその0.01秒の隙すら、目の前の狩人(プレデター)は見逃さない。

 その姿が虚空に消えたことを認識したその瞬間には――アカメの全身はその見えない刃によってズタズタに引き裂かれていた。

 

 「ガッ!?」

 

 ――速すぎる!!!

 地面に膝を着くアカメの背後に、トン、と軽やかに着地したその後ろ姿を見て、アカメはこの白の乱入者が自分では到底認識できないようなスピードで動けることを悟る。

 自分が回り込まれたのも、この見えない斬撃のトリックもおそらくは――。

 

 「……」

 

 ――まだ生きている。

 その一方でユキは、目の前の現実に微かな驚きを抱いていた。 

 

 (全てはその急所を狙って攻撃したはず。それなのに、この標的(ターゲット)はまだ生きている。五体満足で生きている)

 

 しかしその理由は簡単だ。

 この標的(ターゲット)は見かけこそ全身を切り刻まれ、満身創痍のように見えるが、実は急所を狙ったユキの斬撃を、わずかに身を捩ることで意図的に外させていたのだ。

 だから生きている。

 避けるのが無理ならば、受けるダメージを最小限に抑える――生まれながらにして殺す道を歩んできた暗殺者としての本能がアカメの身体を無意識のうちに動かしたのだ。

 

 (なるほど、そういうこと。でも――)

 

 ――それだけのこと。

 自分は斬った。しかし相手は死ななかった。ならばどうすればいいのか。

 また斬ればいい。相手が死に絶えるまで、斬り続ければいい。

 たった、それだけのこと――。

 

 「……死ね」

 

 その首を跳ねて、終わらせる。

 その時だった。

 

 「うぉおおおおおおおお!!!」

 

 地面に膝を着くアカメの前方から威勢のいい雄叫びと共に、一つの影が突進してきた。

 不意を突かれたユキはそのまま吹き飛ばされるが、軽やかに宙で一回転、まるで重力の概念を無視するかのようにゆっくりと着地する。

 間髪入れず迎撃しようとしたその時、自分と標的の間にまた新たな影が現れる。

 

 「――(エクスタス)!!」

 「!!」

 

 凛然とした叫びと共に前方が眩い光に包み込まれ、ユキは反射的に腕で目を覆ってしまう。

 そして光の晴れたその時には。

 

 「……」

 

 眼前よりアカメの姿は消えていた。

 

 +++

 

 (なんなんだ……なんなんだよ、アイツは!!)

 

 腕の中で意識を失うアカメを抱え、レオーネは帝都の闇を疾走していた。その後ろに鋏型の帝具――エクスタスを鞘に収めたシェーレが続く。

 

 「シェーレ! 追って来ているか!?」

 「いえ、背後からの気配はありません」

 

 その言葉にレオーネは安堵のため息を吐きつつも、その内心は穏やかではなかった。

 

 (アイツは……なんなんだよ……)

 

 間に合ったのは本当に奇跡といっていいタイミングだった。

 標的であるアリアの父と母を殺し、合流したレオーネとシェーレは残る一人の標的を殺しに向かっているはずのアカメのもとへ向かったのだ。

 あのアカメに手助けがいるとは思わないが、万が一のことを考えたのだ。

 そして打ち上げられた白い信号弾を見て、二人は面倒なことになったと、その歩める足を速める。援軍が来る前に任務を終えなければならなくなったのだから当然だ。

 そして見たのは信じられない光景。

 あのアカメが全身から血を流し、地面に膝を着いていた。

 そしてそのアカメにとどめを刺そうとする純白の女の姿があった。

 

 (渾身のタックルだったっつーのに)

 

 ――まるで宙に浮かぶ綿に体当たりしたような感覚だった。

 ダメージの通らない感覚。あの謎の白コートは、レオーネのタックルが当たった瞬間に後方に自ら飛び、そのダメージを受け流したのだ。

 なんとかシェーレの持つエクスタスの奥の手によって隙を見出し、逃げ出すことはできたが、もしあのまま戦闘になっていたら……。

 

 「……見たところ、強者の雰囲気はありませんでしたよね」 

 「……ああ」

 

 だからこそ気持ちが悪い。

 

 「だが、このアカメをあそこまで追い込んだんだ。果てしなくヤバい存在だってことは間違いない。……少なくとも将軍クラス以上の実力は持っているといっても過言ではないはず」

 

 レオーネは再度、腕の中のアカメを見やる。

 見たところ命に別状はないが、全身が切り刻まれ、重傷だということに違いはない。

 命に別状はない……といってもそれは応急処置ではない、きちんとした治療をすればの話だった。

 

 「打ち上げられたあの信号弾を見て、他の皆はすでに第二集合ポイントに撤退しているでしょう」

 

 ――全滅の確率を下げるために。

 シェーレの言葉にレオーネは頷く。

 

 「ああ。まずは帝都から一刻も早く撤退、皆と合流、アカメの治療だな……」

 

 

 

 

 アリア一家暗殺任務――一人娘アリアを残したため未達成。

 ナイトレイド――アカメ、負傷。


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