もしオネストに娘がいたら   作:ジョナサン・バースト

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アジトを斬る その3

 夜――。

 殺気を感じたのはその時だった。

 本能的に覚醒したタツミは、ベッドの横に立てかけてあった剣を手に取り、部屋を飛び出す。

 

 ――帝都を震え上がらせている殺し屋集団だ。帝都の重役たちや富裕層の人間が命を狙われて――。

 

 脳裏に過るは昼間、ガウリより聞かされた、あの言葉。

 

 (まさか……本当に……!)

 

 タツミは必死に駆け続ける。

 自分を助けてくれた、恩人の元へ――。

 

 +++

 

 「護衛三人――標的だぜ、アカメちゃん」

 

 月明かりが映える漆黒の夜空の下で、ラバックに告げられたアカメはその言葉に短く答える。

 

 「葬る」

 

 ラバックの展開する糸の足場から降り立ったアカメは、そのまま迫り来る屋敷の警備兵を見据える。

 今回の任務は帝都に蔓延る悪の暗殺。

 この屋敷の人間は表の顔は善良な貴族を装っているが、その実態は地方から来た身元不明の者たちを甘い言葉で誘い込み、己の趣味である拷問にかけて死ぬまで弄ぶ異常なサディスト一族であったのだ。

 

 (両親は言わずもがな、その一人娘も、そしてこの一族の残虐な行為を見て見ぬふりをした護衛の人間もみな同罪……)

 

 父親にはレオーネが、母親にはシェーレがそれぞれ始末に向かっている。アカメの役割は迎撃してくる護衛たちを殺し、その後にこの家の一人娘――アリアを見つけ出して殺すこと。

 

 「葬る」

 

 トン、とアカメの姿が掻き消え、次の瞬間には護衛たちの間をすり抜ける。

 

 「え?」

 

 そのあまりの踏み込みの速さに――そしてその太刀筋の閃きに護衛は呆気なく、その命を霧散させた。

 

 「この野郎――!!」

 

 横から迫る護衛兵が一人、大剣を振りかぶってアカメに迫るが、その一撃がアカメの元へ到達することはなかった。

 なぜなら投合された一本の槍が護衛兵の胸元を貫き、その勢いのまま吹き飛ばしたからだ。

 

 「……」

 

 吹き飛ばされた男を尻目に槍の飛来した方角を見ると、そこには竜を模したかのような白き鎧を身にまとった男の姿があった。

 

 「ここは任せろ」

 「……」

 

 コクン、と頷いたアカメは一気に加速する。

 

 「じ、冗談じゃねぇ! なんなんだよコイツラ! 化け物過ぎる!!」

 

 一瞬で仲間を皆殺しにされた護衛の一人が、恐怖に駆られ、逃げ出そうとするが、次の瞬間には打ち抜かれることとなった。

 

 「情けないわね、敵前逃亡なんて」

 「いやー、アレは普通、逃げるでしょ」

 

 フッ、と銃口から立ち上る煙を吹き消すマインに、その台詞を聞いていたラバックが軽い突っ込みをいれる。

 

 +++

 

 屋敷の外に広がる森で一人の護衛兵に連れられ、逃げるアリアの姿を発見したアカメは、そのままの勢いで腰に携えた帝具――『村雨』の柄を握る。

 

 「クソッ、来やがったか!!」

 

 いち早くアカメの気配を察した護衛兵は機関銃の弾をばら撒くが、その程度の攻撃でひるむアカメではない。

 

 「葬る!」

 

 弾幕を掻い潜り、胴を一閃。

 

 「ヒイッ!」

 

 ドチャ、と音を立てて倒れこんだ死体を前に、もはやアリアは逃げることすらままならず、ペタンと恐怖のあまり、腰を抜かしてしまう。

 

 「葬る」

 

 村雨を振り下ろそうとしたアカメの間に、一つの影が割り込んできたのはその時だった。

 

 「待ちやがれ!!」

 

 威勢のいい言葉と共に放たれたその斬撃をアカメは後方にジャンプすることで、苦も無く避けるが、標的との距離ができてしまった。

 

 「よかった……間に合った……」

 

 息を切らした少年――タツミは恩人(アリア)の無事を確認すると、ひとまず安堵の溜息を吐く。

 そんなタツミに村雨を突き付けながら、アカメは言う。

 

 「お前は標的ではない……どけ」

 「どいたらこの娘を斬るつもりなんだろ!?」

 「うん」

 「うん!?」

 「邪魔すると斬るが?」

 「だからって逃げられるか!!」

 

 本当は標的以外は斬りたくないのだが……仕方ない。

 

 「なら……葬る」

 「――ッ!!」

 

 その瞳に己に対する明確な殺意が宿ったことがわかった途端、タツミの背筋にこれまで体験したことがないような戦慄が走るが、それでも自分は逃げるわけにはいかない。

 

 (どうするどうするどうする)

 

 少なくとも今のタツミの実力では勝てる相手ではないことは明確だ。

 

 (けど……そんなこと気にしてられない!!)

 

 そもそも女の子一人救えない奴が――

 

 「――村を救える訳がねぇだろうが!!」

 

 覚悟の雄たけびをあげたタツミは、一気にアカメに向かい突進していく。

 

 「うおおおおおおおおお!!!」

 「……」

 

 ガキィッ!!! 飛び散る火花。

 タツミの斬撃をアカメは無感動に受け止める。

 そのまま刀の反りで斬撃を受け流そうとするが、その前にタツミは再び横薙ぎに剣を振るう。

 しかしその追撃を後方に宙返りすることで回避したアカメは、そのまま一気に踏む込むとその顔面に蹴りを食らわそうとする。

 その蹴りを肩で受けたタツミであったが、その衝撃に押され、バランスを崩してしまう。

 

 「ヤベッ」

 

 ――その隙を逃すアカメではない。

 

 「ガッ!」

 

 その胸元に村雨の切っ先を突き込む。

 苦悶の声をあげたタツミはそのまま地面に伏し、動かなくなる。

 

 「……」

 

 だがアカメは動かない。村雨を構えたまま、動かない。

 なぜなら――

 

 「チッ……油断して近づいても来ねぇのかよ」

 

 ――目の前の少年はまだ、生きているからだ。

 

 「手応えが人体ではなかった」

 

 ――それに村雨の能力が発動しなかった。と、内心付け加える。

 帝具である村雨は一撃必殺の異名を取り、掠り傷一つ、負わせれば刃に染み込んだ呪毒が身体を蝕み、死に至らしめる。

 しかし、今、刺したタツミからは呪毒が身体を回った形跡が見当たらなかったのだ。

 そう答えたアカメにタツミはニヤリと笑みを浮かべて胸元のポケットを探ったかと思うと、一個の小型の石像のようなものを取り出す。それはタツミが故郷を旅立つ時に村長からもらったお守りだった。

 

 「村の連中が俺をまも――ん?」

 「?」

 

 急に言葉を濁したタツミに対し、アカメは眉を潜める。

 

 「……」

 

 胸元のポケットに、()()()()、何かが入っている。再びタツミがポケットを探ると、出てきたのは小型のピストル型の――発射筒。

 そこに来て、タツミはようやく思い出した。

 

 ――何か起こったら、宙に向けて引き金を引く。引く場所は、屋外が望ましい。それだけ。

 

 昼間、たまたま再会した純白の麗人――ユキからこの発射筒を受け取っていたということを。

 

 「……」

 

 場所は屋外。

 今、自分とアリアは絶対絶命のピンチに陥っている。ユキは何か起こったら、この発射筒の引き金を引けと言っていた。

 

 (このままじゃどうせ殺られちまう――なら!!)

 

 一か八かの可能性に賭けよう。

 タツミは発射筒を宙に向ける。

 

 「!」

 

 その様子を見たアカメは反射的に駆け出す。

 アカメがこれまで生きてきた暗殺者としての人生の中で、あの発射筒がいったい何を意味しているのか、痛いほど理解できていたからだ。

 

 (援軍を呼ばれる前に――葬る!!)

 

 しかし、アカメが駆け出したその時には――タツミはすでにその引き金を引いていた。

 

 ドォン!!!

 

 放たれた白い信号弾は一気に帝都の夜空に舞い上った。

 

 「チッ!」

 

 舌打ちしたアカメはならば、と突進の勢いを止めない。

 

 (なら援軍が駆けつける前にせめて標的だけでも葬る!!)

 

 本気のアカメのスピードに、タツミの目は追いつかない。

 

 「しまった!!」

 

 叫ぶタツミの横をすり抜け、アカメは無防備なアリアの首元を村雨で一閃しようとして――――ガキィン!!!

 

 「!?」

 

 アカメの斬撃は、いきなり標的との間に割り込んだ()()()()に弾かれていた。

 驚愕に目を見開くアカメであったが、今まで培ってきた暗殺者としての勘が無意識のうちに彼女の体を動かす。

 

 ガキィン!!! ガキィン!!! ガキィン!!!

 

 ()()()()()()によって、瞬く間に押し返されたアカメは標的とタツミの前にスッ、と現れた白に気が付く。

 白いロングコートに、携えた一振りの長刀。アカメの黒髪と対極に位置する純白の髪が月夜に映える。

 

 「――ナイトレイドを発見。排除する。それだけ」

 

 現れたる純白の狩人(プレデター)はただ耽々と、暗殺者(ナイトレイド)に向けて宣言した。

 


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