もしオネストに娘がいたら   作:ジョナサン・バースト

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アジトを斬る その1

 宮殿内の一室にて、長机に溢れんばかりに乗せられた食べ物の数々。

 豚を一頭、丸ごと焼き上げた丸焼きや、大量のパンが入った巨大な籠、同じく丸焼きにされた巨大な魚etc.etc.……見ているだけで腹がパンパンに膨れてしまいそうな光景が広がっている。

 みちり、と骨のついた肉を噛み切ったオネストは、長机の向こうに座る一人の女性を呆れたように見やると言った。

 

 「まったく……食べる量は私以上というのに、あなたはなぜそんなに太らないのでしょうかねぇ……」

 「私はよく動く。一日の基礎代謝は平均十五万キロカロリー。だから太らない。それだけ」

 「十五万て……それはちょっと燃費が悪すぎませんかねぇ……」

 

 オネストは食材の山の向こうでガツガツと一心不乱に肉を喰らう白髪の女性に告げた。

 

 「――ユキ」

 

 自らの名前を言われた純白の麗人――ユキはピタリと食べるのをやめ、オネストを見据える。

 

 「なに?」

 「いや、なにって、久々の親子の再会なのですよ? 帰ってくるなりひたすら食べるんじゃなくて、土産話の一つや二つ……」

 「訊かれたら答える。訊かれなければ答えない。それだけ」

 

 相も変らぬ娘の言葉にオネストははぁ……と重くため息を吐く。

 

 (そういえばこの娘はこういう娘でした……)

 

 訊かれたことには答える。しかし訊かれないことには答えない。

 昔からそうだった。受動的で、与えられた任務自体は完璧にこなすが、自分から何かを進んで取り組むことはなかった。

 

 やれと言われなければやらない訳で、良いよう捉えるならばそれは使い勝手のいい道具。しかし自分から能動的に動かない、というのは想像以上に面倒なモノなのだ。

 

 (なにせ、命令に含まれていなければ、たとえ目の前に指名手配の反乱軍将軍がいたとしても見逃してしまうような娘ですからねぇ……)

 

 その性格を治すために、親として社会を学ばせる意味も込めて、ユキナには帝国の外へと旅立たせたのだが、これまでの彼女の対応を見たところだと、どうやらそれは失敗に終わったようである。

 

 (――能力は文句ナシなのですが……)

 

 オネストは再び肉をかじり始めたユキナを見やる。

 ユキはその()()()生い立ちもあるが、幼き頃からその戦闘能力はずば抜けたものを誇っていた。

 もう一人の息子であるシュラは戦闘から学問、さらには政治に至るまでマルチな才能を持っていたが、このユキは戦闘――それも剣を用いた一点に才能が偏っていたのだ。

 結果としてシュラのような万能性はないが、ユキナは齢五歳にして将軍の一人を打ち倒していた。

 

 「ふぅ……」

 

 しかたない。そう言わんばかりに再度、ため息を吐いたオネストは口を開いた。

 

 「では訊きましょう。世界各国を巡って、あなたはどのような感想を抱きましたか?」

 「南方、北は田舎。鉄砲は存在しておらず、未だ弓と矢に頼っている。文明の程度は低い。それだけ」

 「この帝国に次ぐ文明というと……やはり西の王国でしょうか?」

 「西の独特の文化。錬金術。錬金術の最終目標は不死の力を与えると言われる『賢者の石』。言うなれば回復型の帝具というべきもの。しかし、未だ錬成の取っ掛かりすら掴めていないのが現状。それだけ」

 「そうですか。……まぁ、そうですよねぇ……」

 

 回復型の帝具。不老不死の帝具。

 それは現状、存在していないということになっている。

 

 伝説と言われた超級危険種の素材。

 オリハルコンなどのレアメタル。

 世界各地から呼び寄せた最高の職人たち。

 

 始皇帝の絶大な権力と財力を元に、人類――否、世界の叡智を結集させて生み出された兵器――それが帝具である。

 帝具は48、存在するといわれているが、そのうちの半数は500年前の大規模な内乱により、半数近くがは各地に姿を消してしまっているというのが現状である。

 内乱が起きたのが500年前――そして帝具が生み出されたのが1000年前と考えると、その情報は時の流れによって失われているのが普通であり、現に帝国が把握している帝具の数も48には満たない。

 となると失われた幾つかの帝具のうちにもしかしたら回復型の帝具もあるかもしれないと――そういう考えもできるが、それはまた違った考えで否定される。

 

 (なにせ、そんな便()()な帝具が存在しているのだとしたら、1000年前に始皇帝がむざむざ死ぬはずもないですからねぇ)

 

 そして、当時の人類の叡智を結集させても創れなかった回復型の帝具を、たった一つの帝具も満足に作り出せない現在の世界が創り出せるはずもないのだ。

 

 「東方未開の島国は行かなかった。理由、行けなかったから。それだけ」

 「まぁ、東海の果ては未知の領域ですからね。仕方ありません」

 「結果、現状の世界において帝国以上に発展した国は存在しないというのが結論。――以上」

 「何の感情も込められていない簡潔な()()をどうもありがとうございました」

 「礼には及ばない」

 「……やれやれ」

 

 皮肉で言ったつもりだったのだが、ユキはその皮肉に気付いた様子もなく、ただ肉を喰らうのみだった。

 ナプキンで口を拭ったオネストは、赤ワインの入ったワイングラスを手に取る。

 

 「ところで、例の宿題の件はどうなっておりますか?」

 「宿題?」

 

 ユキナは肉にかじりついたまま首を小さく傾げる。

 

 「使えそうな人材集めですよ。世界各地を周るついでにこの帝国に役立ちそうな人材を集める話だったじゃないですか」

 「……」

 

 くちゃくちゃ。

 部屋にはユキの肉を噛み続ける音のみが静かに響き渡る。

 聞こえていなかったのか――そう思った矢先。

 

 「()()()()()

 「はい?」

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「……」

 「みんなすぐに死んだ。みんなすぐに私に着いて来れなくなる。……それだけ」

 

 オネストは信じられないものでも見たかのように目を見開くと――次の瞬間、笑い出した。

 

 「くっくっく……そうですか。あなたは()()()()()()に辿り着いたんですか」

 「……」

 「はっはっは。おもしろい。ここまで笑ったのは久しぶりです」

 

 笑い続けるオネストを、ユキは相も変らぬ無表情で見つめる。

 オネストはしばし笑い続けた後、一気にワイングラスを飲み干してから切り出す。

 

 「――あなたはナイトレイドという集団を知っていますか?」

 「帝都の重役・富裕層を中心に幅広い暗殺を行っている殺し屋たちの総称。反帝国勢力の革命軍に属する暗殺部隊。それだけ」

 「知っているみたいですね。――で、最近、そのナイトレイドたちによる暗殺被害が増えてきておりましてね、帝都に住まう臣民達は夜もおちおち眠れない状態が続いているんですよ」

 「それで?」

 

 ユキという人物は、命じられなければ決して動かない――

 

 「彼らを殲滅してほしいのです」

 

 ――ただ、一度命じられればその任務は必ず遂行する――

 

 「了解。……お父さん」

 

 ――それがユキという人物だった。

 


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