もしオネストに娘がいたら   作:ジョナサン・バースト

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 アカメが斬る! に今更ながらはまってしまったので書きました。反省はしている。後悔はしていない。


土竜を斬る

 栄華を極めた帝国も今は昔。始皇帝の時代より千年続いた帝国は今、崩壊の一手を辿っていた。

 幼き皇帝に代わり、実質的な最高権力者であるオネストという大臣が、国民の苦しみを顧みない暴虐の限りを尽くしていたからだ。

 そんなオネストには二人の子供がいた。自分の遺伝子を後の世に残すために生み堕とされた娘と息子が。

 

 「可愛い子には旅させよ……ということで帝国の外に放り出してみましたが、そうですか……もう、そんなにも年月が経っていたのですね」

 

 帝国外に武者修行のために旅立たせた娘がこの度、帝都に帰ってくるという手紙が届いたのはつい三日前ほどのことだった。既に国境を越え、帝国領土内に入っているのだそうだ。

 

 「いったい、どれほどの力をつけているのか……」

 

 ――楽しみですね。

 宮殿のバルコニーにてワイングラスを傾けたオネストは、一気にそれを飲み干すと、満足げな笑みを浮かべたのだった。

 

 +++

 

 帝歴1024年――。

 貧困に喘ぐ故郷を救うため、旅立った少年――タツミは、道中、夜盗に襲われ、共に旅立った二人の幼馴染と離ればなれになるというハプニングを迎えながらも、一人、帝都を目指して旅を続けていた。

 離ればなれになってしまった二人については、タツミは心配はしても不安に思うことはなかった。

 なぜなら幼い頃よりお互い、研鑽を積み、高め合ってきた二人の実力が折り紙付きであるということをタツミは誰よりも理解しており、よほどのことが起きない限り、危機に陥ることはまずないということを理解していたからだ。

 

 (……まぁ、方向音痴なイエヤスについては若干、不安はあるんだけどな)

 

 ――主に、無事に帝都に辿り着くことができるのかどうかということが。

 幼馴染の一人であるイエヤスは地図を渡しても目的地まで八割方辿り着けないという驚異の方向音痴を誇っていたのをタツミは苦笑いしながら思い出す。

 

 (いやでも、目指しているゴールは一緒なんだ。帝都にさえ着けばきっと会えるはずさ)

 

 そう自分を奮い立たせ、再び歩き出そうとしたところで、前方から男の悲鳴が聞こえてきた。

 

 「うわあああああああああああ!!!!!」

 「!?」

 

 悲鳴の方向へ向けて駆け出すと、そこには帝都に物資を運び入れようとしていたのであろう馬車がひっくり返され、逃げ惑う二人の男の姿があった。

 そして逃げ惑う二人を追い回す巨大な異形の怪物は――一級の危険種に分類される『土竜』。

 

 「こんな街道に出るなんて聞いてないぞ!?」

 「そんなことはどうでもいいだろ! 今は早く逃げるんだよォオオオオオオ!!!!」

 

 そんな二人を前にタツミの顔には気が付けば不敵な笑顔が浮かんでいた。

 タツミにとって、この状況はただのチャンスでしかなかったのだ。

 

 「人助けと名前売り。同時に出来そうだな!!」

 

 ――いずれは帝都で名をあげて出世していく自分の名を知らしめる絶好のチャンスでしか。

 背中の鞘に収められた片手剣を抜いたタツミはそのままの勢いをさらに加速させ、正面から土竜に突っ込んでいき――すれ違い際にその湾曲した角を切断する。

 

 「一級危険種、土竜……相手に不足はないな……」

 

 目標(ターゲット)を自分に移したのを確認したタツミは、角を切断されて怒りを露わにする土竜と正面から対峙する。

 

 「ヴォアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 振り下ろされる巨腕をギリギリまで惹きつけてから回避したタツミは、その振り下ろされた腕伝いに土竜の弱点である顔面に向けて疾走する。

 当然、自分の腕を駆け昇ってくるタツミの姿を確認するや土竜は腕を振り回してタツミを振り落とそうとするが、その時には既にタツミは跳躍していた。

 

 「終わりだ!」

 

 そう宣言したタツミは、土竜の顔面を一気に切断し、軽やかに着地する。そんなタツミの背後ではすでに絶命した土竜が重々しい衝撃音と共に辺りに砂煙を撒き散らし、倒れこむのが見えた。

 

 「す……凄い……!」

 

 一級の危険種をたった一人で倒してしまった謎の少年の登場に、その戦う姿を見ていた助けられた男二人が茫然と声をあげる。

 

 「凄かったぜ、少年!」

 「まさか危険種を一人で倒してしまうなんて!」

 

 駆け寄ってきた二人にタツミはビシイッ! と決めた笑顔を見せてサムズアップする。

 

 「あったり前だろー。俺にかかればあんな奴、楽勝だっ「ヴォアアアアアアアアアアアア!!!!!」……へ?」

 「「いっ!?」」

 

 サムズアップするタツミの背後に二つの大きな影が立ち上がったのはその時だった。ぎぎぎ、と機械めいた動きで首を後ろに向けるとそこにいたのは――。

 

 「「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」

 

 地面より新たに這い出した二匹の土竜だった。

 

 「「「アアアアアアアア!!?」」」

 

 三人は揃って悲鳴をあげると一目散に逃げ出した。

 

 「ちっくしょう! なんで帝国領土内部に土竜の群れが紛れ込んでんだよ!!」

 「オ、オイ、アンタ! さっきやっつけてただろ! ちゃっちゃとアイツラも倒しちゃってくれよ!!」

 「いくら俺でも一級の危険種二体同時は無理だって!!」

 

 尚、この世界に蔓延る危険種には五段階に分かれてランク付けがされており三級、二級、一級と上がっていき、特級、超級が最高レベルである。

 この道中、タツミは旅の資金集めの為に何度か危険種を狩っていたことがあるが、伝説と称される超級は言わずもがな、特級にも出会っていない。一級を相手にしたことはあるが、それも単独相手のみで、複数を相手にしたことがあるのはせいぜい二級までだった。

 

 (いや、もしかしたらいけるかもしれねぇ……けど!)

 

 さっきのはあまりに不意打ち過ぎた。不意を突かれ、態勢が崩れている今、如何に故郷で研鑽に明け暮れてきたタツミといえども一級危惧種二体を相手に迎撃するのは厳しかった。

 

 (どうする……このまま逃げ切るのは無理だし、とにかくまずは態勢を立て直さないと……!?)

 

 前方から歩いてくる一人の女性が視界に入ってきたのはその時だった。

 腰まで伸びる雪のように白い髪に、同じく色素の抜け落ちたかのように白い柔肌。透き通った蒼の瞳。

 さらには白いロングコートをその身に纏っており、とにかく全身白づくめの華奢な女性だった。

 その腰元には護身用なのか、一振りの刀が鞘に収まった状態で存在しているが、一級の危険種二匹を相手に心許ないのが現実だ。

 しかし女性は歩みを止めない。

 もうすでに視界に迫りくる二匹の土竜を視野に収めているであろうに、その歩みのペースが鈍ることはない。

 

 「おい、アンタ! こっちはあぶねぇぞ! 逃げろ!!」

 

 痺れを切らしたタツミは女性に向かって叫ぶが、女性は聞こえていないのか、それとも聞く気がないのか歩みを止めない。

 

 「あっ!!」

 

 ついにはすれ違ってしまった。このままでは女性は、突進してくる土竜の下敷きとなってしまう――そう悟ったタツミは歯を食い縛り、急ブレーキをかける。早く助けなければ――

 

 「「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」

 

 しかし、タツミが振り返った時にはもう既に手遅れだった。

 迫り来る土竜に向かい、平然と歩んでいく白髪の女性。踏みつぶされる――そう思ったその時だ。

 スッ、と気が付いた時には女性は平然と土竜の後ろに立っていた。

 そして、女性の背後では一太刀の下に巨体を一刀両断にされた二体の土竜が、ゴチャッと音を立てて倒れこんでいた。

 

 「な……」

 

 タツミは茫然と我が目を疑った。

 二匹の土竜を女性が切り伏せた――無論、それもある。だが、タツミがそれ以上に衝撃を受けたのは、別にあった。

 

 (……今、ナニをした?)

 

 いや、()()()()()()()()()。少なくともタツミの目にはそう見えた。

 女性は平然と歩き続けた――ただそれだけだったのだ。その刀の柄に手をかけた素振りすら見えなかった。

 平然と歩き続け――結果として土竜は切り伏せられた。その経緯がまったくもって――まるでその部分だけが切り抜かれてしまったが如く、存在していなかったのだ。

 

 「す……げえ……」

 

 何が凄いのか、自分でもよくわかってはいなかったが、タツミは無意識のうちにそう呟いていた。

 そう呟いてしまってから、ハッ、と我に返ったタツミは歩みを止めた女性に駆け寄っていく。

 

 「凄いですね! 今の一体、どうやって仕留めたんですか!?」

 「――歩いていたら土竜が近づいてきた。だから斬った。それだけ」

 

 「……へ?」

 

 透明感がありながらも、ただ耽々と事実だけを述べるかのように感情の込められていない声音だった。訊かれたから答えた、ただそれだけというように。

 しかしその女性の答えにタツミは頭を捻らせることとなった。

 

 「斬ったって……でも斬った素振りなんて一度も……」

 「私は斬った。あなたは見えなかった。それだけ」

 

 そう告げると女性は再び歩き出す。

 

 「あなたは見えなかったって……って、ちょっと! 待ってください!」

 

 タツミは慌ててその後を追う。

 

 「俺、タツミって言います。出稼ぎのために帝都を目指しているんです」

 「そう」

 

 ――あ、あなたのお名前は?

 内心、そう問いかけるタツミであったが、女性は何も答えず、ただタツミの言葉に相槌をうっただけだった。

 

 (あっれー、この話の流れ的にソッチも自己紹介してくれる流れじゃないの?)

 

 仕方がないので再びタツミは口を開く。

 

 「あ、あの、もしかしてあなたも帝都目指してるんですか?」

 「そう」

 「あっ、そうなんですか。――じ、じゃあ良かったら帝都まで一緒に行きませんか?」

 「好きにするといい」

 「アッ、ハイ……」

 

 そして沈黙。

 

 (は、話が続かね――ッ!!!)

 

 内心、タツミは頭を抱えた。これまで旅の道中でそれなりに出会いもあったが、ここまでコミュニケーションに困ったことはなかった。

 ……それなりの出会いと言っても、それは片手で数えるくらいにしかないのだが。

 

 「……」

 

 あまり話しかけても嫌がられるだけかとも思い、その後は黙って女性の隣を歩いた。頭の後ろで腕を組み、ぼんやりと空を眺めながら、街道を行く。

 ちらりと横目で隣を歩く女性を見ると、見れば見るほど綺麗な女性であることがわかった。すらりと背が高く、年齢は二十代前半から中半といったところか。しかし見た感じによっては大人としての妖艶さの中にまだ子供としてのあどけなさも残っているような気がして、自分と同年代のようにも感じられる。

 

 (なんか、不思議な人だな……)

 

 土竜を一撃で倒した実力と裏腹に、強者が持つ独特の雰囲気が感じられない。意図的に隠しているのかもしれないが、タツミにそれを知る(すべ)はなかった。

 そうしている内にタツミと女性は帝都に辿り着く。

 生まれて初めて見る帝都の迫力に興奮を隠しきれないタツミをよそに、女性は別れの挨拶もすることなく帝都の大通りをすたすた歩いていく。

  

 「あっ、ちょっと待ってください!」

 

 その後ろ姿に半秒遅れて気が付いたタツミは、慌てて口を開く。

 たしかに一緒に同行するのは帝都までであったが、短い間ではあったが、共に旅をした仲間であったのだ。

 立ち止まったその後ろ姿にタツミは問いかける。

 

 「最後にあなたの名前、教えてくれませんか!?」

 

 その問いかけに女性はしばし、沈黙で答えた。これまでタツミの問いかけにひと時の間も置かず答えていたというのにも関わらず。

 

 (あれ……聞こえていなかったかな?)

 

 しかしそれは刹那の逡巡だった。

 

 「ユキ」

 

 雪解けの水のように流れ出た一つの単語。それがタツミが出会った純白の彼女の名前だった。  

 


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