億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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06:悪魔の王、地獄の長

--イラン、某所

 

 国境を越え、2日は平和だった。

 難癖が付いたのは3日目だ。

 どこから聞きつけてきたのか、イランの軍人がアジア系の男を探しているという話を聞いたのだ。

 国境を無断で越えてきた疑いがあるという話も出た。バレバレである。

 どうしようかと考え、外見を魔術で欧米系人種に偽ることに決めた。

 4日目、財布を掏られた。全く気付かなかった。双子の兄の方は後から気づいたそうであるが、「相当な手練れでした」とのことだ。どうかその技能を別な方向に使ってください。

 安宿を出てそこらへんで野宿することに決めた。

 5日目。極め付けだった。まつろわぬ神の顕現である。町はずれの寺院?の跡地の辺りにすさまじい呪力が集まっていくのを感じた。

 次いで、直感的に、相手がこちらの存在を認識したと感じた。

 こうなればもうやるしかない。神も神殺しも問答無用なのはもう身にしみてわかっているし、神と相対した自分が、自分でなくなったしまうのは体感している。

 双子を置き、全力で、神の下へと向かった。

 

 

--イラン、某寺院跡

 

「悪魔って、こんな感じなんだろうなあ」

 

 そこには、「悪魔ってどんな姿?」と聞かれて万人が答えるような、典型的な悪魔の姿があった。

 もっとも、RPGの序盤に出てくる雑魚悪魔ではなく、後半のボスかラスボス、または裏ボスといった感じの正真正銘化け物としての悪魔の姿であったが。

 そもそも全高5m、尻尾付きの全長5mといった巨体の雑魚なんていてほしくない。

 

「神殺しか。

その身から善の神の格を感じるぞ?

名を名乗れ神殺し

悪魔の王、地獄の長たるたる吾輩に拝謁することを許そう!」

 

 悪魔の王で地獄の長。悪魔という情報だけだとどうしようもないが、そこまで言われればアンリマンユの権能が騒がなくてもどんな神格かわかる。

 

「私は神殺し、名はカワムラ。

成りたての未熟者ではございますが、地獄の長たるサタン様に拝謁することがかない光栄の極みでございます。」

 

 できる限りかしこまった口調を意識してそう言い、目線を外さずに腰を折る。

 そして、礼を直すのと同時にアンリマンユの権能をサタンに向かって叩き付けた。

 

 叩き付けたといってもそれはあくまで概念的なものだ。

 その感覚を言葉にするなら叩き付けたとなるだろうが、起こった現象だけ見るなら、視界の中心に存在していたまつろわぬ神に、少なくとも自分としては真っ黒に映る靄のようなものが取り付き、それが消えると同時に神が弱体化するという感じだ。

 双子に言わせると、俺の体から呪力の塊のような、半透明の靄みたいなものが飛び出し、相手にまとわりついて弱体化させるという感じらしい。

 

 とにかく、今度も弱体化の権能が効果を発揮したことを感じ取った。これで大規模破壊みたいなのは来ないだろうと少し気を抜いてしまった。

 そこで、文字通りの悪魔の王、地獄の長が本領を発揮した。

 次の瞬間、視界が黒く染まった。

 

 

--

 

 「サタン」とはユダヤ教、キリスト教、イスラム教における悪魔であり、神や人間に敵対する存在であるとされる。

 キリスト教において、サタンはもともと神に仕える美しい大天使であり、天使たちの長であったのが、ある時神に反逆し、自身を信奉するものとともに神の軍勢と戦い、そして敗北し、天より地獄に落とされた結果、悪魔となったとされる。

 ただし、サタンの語源であるヘブライ語の「シャーターン」は敵対者、妨害者といった意味であり、また、キリスト教における悪魔とは、異教の神であり、堕ちた天使であり、キリストの教えを妨げるすべてのものを指すものである。

 よって、この現状は、このサタンがキリスト教の影響を強く受け顕現したまつろわぬ神であることを示すものであろう。

 

 

--

 

 おそらく、となるが、何をしたかといえば従属神か神獣の召喚という扱いになるのだろう。

 強さ的には神獣のほうが妥当か。

 視界を閉ざした黒、それは、文字通り無数の蝙蝠のような羽かカラスのような黒い翼を持った人であった。

 

「名を名乗ることまでは許したが、吾輩と対等な立場であるといった覚えはないぞ。

何よりも先制攻撃が好かん。

何をしたかはわからぬが、こちらに何かしようとしたことはわかったぞ」

 

 言いながら、部下たる悪魔と堕天使に攻撃指示を下す。

 

「(弱体化してねえのかよ…)それはすいませんねえ!」

 

 言いながら、こちらも神獣としてアジダハーカを召喚する。同時にアフラマズダの権能により自身を強化し、悪神を滅ぼすための加護を得る。

 悪魔と堕天使の群れはさながら黒い津波といった見た目だったが、数を重視し質が軽視された結果か一体一体の力は強化した自分の能力どころか神獣としてのアジダハーカにも劣るものらしい。

 最初に押され後退したものの、アジダハーカの千の魔法による援護を受け、黒い津波を殴り切った。

 

「よくぞやって見せた神殺し。

次は、倍だ!」

「悪魔的な性格って意味かよ!」

 

 もともと膨大な数だったが、宣言通り、見た目も倍、正面だけだった敵が左右にも広がって現れる。

 しかし、感覚を研ぎ澄ませてみると、サタンから放出された呪力は前回の召喚と変わらず、一体一体の能力も劣っているように感じる。これは、呪力を質か量に振り分けて召喚する類の権能だろう。

 

 しかし、倍の数、その上、真正面からのみ前回とは違い、鶴翼に似た陣形をとり、魔術を行使しようとしているものも見える。

 さすがにまずいと感じ、アンリマンユの権能を、今度は無数の悪魔と堕天使に対して行使する。今度はサタンに対して行使した時とは違い、見た目にもちゃんと効果を発揮したようで、少なくとも魔術の行使に成功した個体はなかった。

 そして、突撃を受ける。

 

 今度の迎撃手段は拳ではない。拳ではさばききれないと判断し、アフラマズダの権能の一つである、浄化をつかさどる火を生み出す。それを魔術の火種とし、アジダハーカの三頭から吐き出される火炎とともに敵の群れに放った。

 

 効果は絶大だった。おそらくは質を極端にまで下げ数を重視したその群れは、アジダハーカの火炎とともに飛来する浄化の炎がかすっただけで消滅していった。

 自分でも少し驚いたが、サタンは憎々しげな表情で、()()()()()こちらを睥睨していた。

 

「貴様のその権能、竜と炎は別のものだな?

竜からは吾輩に近い悪の気配を感じる。

しかし、その炎からは忌々しい主の気配すら感じる。

善に依る最高神の権能か!」

「どうでもいいけど、それだけで終わりじゃねえよな。

このまま殴り合いになるとかさすがに嫌だぞ…?」

「ならんよ。すべて終わらせる」

 

 一歩近づこうとして、右足を前に出し、右足が粘性のある液体を踏んだことに気付いた。

 色は赤、源はサタンの、いや、いつの間にか腕と足が切り落とされ大蛇の姿となったサマエルの目元だ。

 そして、足元から上がってくる激烈な痛みを感じた。

 

 

--

 

 サマエルは火星の加護を持ち、死をつかさどる天使であるとされるが、最も重要な点はエデンの園において、人を誑かした蛇と同一視されるという点であろう。蛇は人に木の果実、知恵の実である葡萄(近世では林檎)を食べるように唆し、人は知恵を得、蛇は神によって罰された。葡萄はワインの原材料であり、ワインはキリスト教において「救世主の血」ともされるが同時に、酔いによる争いを生むものともされている。

 また、死の天使としてのサマエルは、モーセを天に迎え入れるために現れた際に、モーセの杖により目を潰されている。

 今、サタンは十二枚の翼を持つ黒き悪魔の王の姿から、十二枚の翼を持つ赤き蛇、潰された両目に穿たれた穴から悪に対して劇薬となりうる救世主の血を流している姿となっていた。

 

 

--

 

 行った動作は直感的なものだった。

 毒が回る前に患部を切除する。この場合は右足だ。

 魔術で風の刃を生み出し右足を根元から切断する。

 自分の四肢が欠損するのは慣れたくはなかったが、修行で慣れた。毒の対処もその時のものである。

 同時に飛行の魔術を行使して血の池の畔から飛び上がる。

 池の大きさはそれほど変化していない。

 しかし、面積ではなく体積が変化していた。上方向に量が増えている。

 

 アジダハーカは間に合わなかった。

 気付いた瞬間飛び立つように指示を送ったが、その前に血の池に飲まれて消えた。

 師匠に殴られて消し飛ばされた時の喪失感に似ているから数日から数週間は再召喚できないだろう。

 異音を立てながら右足の再生が始まった時点でサタン改めサマエルが口を開いた。

 

「逃したか。

生き汚い神殺しめ。

この姿を見て、こちらの殺し間に踏み込んでおいて生きながらえるとは。

あと一歩のところで…」

 

 言いつつ、血を操り、血の槍として多数打ち込んでくる。

 それでも物量という観点からはこれまでの多数召喚には大いに劣り、逃げる隙はあった。

 

「今度は逃がさんぞ!」

「倍は持ってこいや!」

 

 しかし、それも血の槍の数が増えてくると厳しくなってくる。

 もともと飛行は魔術としてのものであり、権能には劣る。そして、アジダハーカを失った今、その魔術使用に対する強化も行うことができない。

 手段を失う前にと、自身の権能を思い浮かべていたところ、ちょうどよいだろうと思われるものがあった。

 

 それはアンリマンユの熱と渇きをつかさどる権能。そして、アフラマズダの水と植物を操る権能である。

 

「干上がれ血の池!」

 

 近くを通り抜けた血の槍を左手の甲で叩き潰すと同時に熱と渇きを毒薬のように注ぎ込む。

 そして、血に汚染されている左手を切り落とし、左手が生えるまでの間に池の畔に着地し、今度は呪いの血を吸って育つような植物を成長させる。

 

 どちらかというと熱と渇きが劇的だったが、サタン改めサマエルは血の池の制御を失い、そして道が開かれた。

 先に動いたのはサマエルの方だった。

 潔いのか十二枚の羽を羽ばたかせ高速で突っ込んでくる。

 それを文字通り正面から受け止める。

 

「ぬうん!」

「おらあ!」

 

 側面からだとサマエルの血の涙を浴びてしまうと考え、両手で正面から受け止めることを選択したが、その選択により、接触状態でアンリマンユの権能を叩き込むことにも成功した。

 

「なんと!?」

 

 サマエルの驚愕も当然だろう。

 十二枚の翼は力を失い、流れ出す血の量も減り、その巨体にふさわしい力を持つだけの大蛇にまでその神格は零落した。

 

「斃させてもらうぞ」

 

 勝利を確信していた。

 サマエルの姿はおそらく奥の手。

 それを実質的に封じられたのだから、その確信は当然のものだった。

 

 胸に装備していたナイフを取り出し、アフラマズダの権能による強化を行い、サマエルの顔面を上下に分断した。

 

 勝利。

 そのはずだが、サマエルの姿が消えることはなかった。

 話に聞く蛇の不死性か?と思い、浄化の火を手元に生み出した瞬間、事態が再度動いた。

 

「まだだ!

まだ終わらん!

私はこんなところで終わるわけにはいかんのだ!!!」

「しつこいんだよ!

さっさと堕ちろ!」

 

 蛇の背を割いて現れたのは十二枚の羽を持つ大天使の姿だった。

 

 

--

 

 大天使の長であるルシフェル。サマエルと同様にサタンと同一視される神々への反逆者である。

 ただし、この天使としての姿を見るに、堕ちる前の、正しく大天使長としての姿なのだろう。

 しかし、重要なのはその属性である。

 悪魔の王、地獄の長たるサタンは一般的に悪に属する存在である。

 死の天使としてその姿をとったサマエルは、天使であるという考えと悪魔であるという考えが分かれているが、その役割は悪である。アンリマンユの権能がサマエルの力を奪ったのは、直接毒を流し込まれたからというのが大きい。

 大天使の長という役割は、少なくともこの時点での役割は、間違いなく善。それも神に次ぐほどの善である。

 そして、ルシフェルは知らないことであるが、アンリマンユは対象の善性と神性に応じてその効力が強化される。

 この点において、サタン改めサマエル、改めルシフェルの選択は悪手であったとした言いようがない。

 

 

--

 

 神殺しがとりあえずと放ったアンリマンユの権能はこの日一番の激烈な効果をもたらした。

 

 これまでの戦闘はまさに極限であった。その疲労もあったのだろう。

 大天使の羽は力を失い、金星の加護を受けた後光は光を失い、空を征かんとした大天使の長は墜落した。

 

「今度は逃がさないぞ、ルシフェル!」

「ありえない…!!!」

 

 

 この日、神殺しは4度目の神殺しを成した。




主人公が生まれた数日後の話。

--
河村闇理(26)男 偽名 苗字は本名
身長:181cm
体重:80kg
出身:日本(中国→ミャンマー→…→トルクメニスタン→イラン→トルコへ向かう途中)
属性:秩序・悪

権能:
堕ちた明星の翼(Fallen daystar's wing):どちらかというとバフ
 飛行能力を持つ12枚の羽と神速の付与。
 羽は天使4、悪魔4、堕天使4。それぞれの羽一枚を犠牲に神獣として対応する存在を召喚。
 召喚するごとに神速の速度が低下。別種の同時召喚は不可。召喚している神獣と違う属性(善・悪)の権能は使用不可。召喚した翼を戻すことはできる。召喚獣は神獣扱いで、強さはつぎ込んだ呪力に依存。
 翼すべてを生贄にサマエルの死の呪い(高位神格に対する即死効果)を攻撃に付加(一回)することができる。成功するとは言ってない。

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