「手先が器用なんだね。
これならちゃんと売れるよ」
「今日も売り切ってきたのかい。
やっぱり接客とかが向いているみたいだね」
現在滞在中のスラムに生きる孤児たちに手に職を与える。
表通りに、作った細工物を売りに出ていた子も無事に戻ってこれたようだ。
今日の売り上げを聞き、それをほめる。
--トルクメニスタン、某都市スラムの一角
今度の旅路は驚くほど順調だった。
一番の難所といえば中国とミャンマーの国境越えくらいのものだった。
森林地帯のほうが砂漠越えよりはいくらかましだろうという判断だったが、国境争いは伊達ではなく、中国軍の警備は厳重だった。
だがそれだけだ。
魔術で軍の拠点を混乱させ、その混乱に乗じて警戒網を突破する。
中国軍は数に任せて大規模な警戒線を構築していたが、ミャンマー軍は拠点周辺のみを警戒していたから、突破した後は楽だったが。
それ以降の旅路は基本的にルーティーンといってもいいほど平凡だった。
魔術を扱えるようになったのも人助けという目的には沿っていた。
小村に立ち寄ったら、痩せた土地に活力を与え、人々に簡単な治癒を施した。
スラムに寄ったときは、「悪い大人」を追い出して、話が分かる大人にスラムの子供たちを使った健全なビジネスを吹き込んだり、スラムの子供たち自体にお金を稼ぐ手段を与えることができた。
加えて、立ち寄った場所では、その場所で最も見込みのありそうな人に簡単な魔術を教えた。
魔術といっても水と火を生み出すか、人の小さな傷を癒す程度のものだ。
これと見込んだ、主に子供たちに言い寄られて教えたのが始まりだったが、皆の見込みが良く、すぐに覚えてくれたので、自分の直感が反応した人にはできるだけ教えるようにしたのだ。
それにこれは、アフラマズダの権能の一部が、自身に向けられている信仰をその糧としているようだったのでその保険でもある。
距離が関係あるのかはわからないが、悪いことにもならないだろうと、今度は楽観的に考えることにする。
弟弟子にあたる双子も旅には同行しているわけだが、年齢的に近いためか、そこここの子供たちとすぐに仲良くなってくる。まあ、妹のほうは平和的なのだが、兄の思考が拳で従える方向に寄っているのはどうにかしなければならないかもしれないが。
元々、我が兄弟子に才能ありと見込まれた双子であるので、並の大人では武装していても相手にならない。
魔術も併用すれば軍人の分隊位までなら制圧できるだろう。事実、中国国境で伸していたし。
そして、9月に始まった旅も6か月。年も変わってもう少しで年度も変わるだろう。
当初の目的地であるトルコまでの道程も半ばを過ぎ、現在地はトルクメニスタンである。
今は国境沿いの都市のスラムに身を寄せている。
そして、このスラムを自立させる目途も立った。
翌日、「スラムの顔役」と見做されている人物のところへ向かった。
表の名の知れた人物であり、スラムに顔を出していることが知られている人物だ。
子供たちに対する扱いも、話に聞くほかの大人のものより数段よかったし大丈夫だろうと考える。
場所は最初の段階で探し出していたし、昨日になって向こうも俺の存在に気付いたようで、わかりやすい見張りが付いたことも時期としてはちょうどいい。
(いいところに住んでいるなあ)
その人物の拠点、いくつかある支社のような拠点ではなく、正真正銘大元の拠点の真正面に立つと、そういう感想が浮かんだ。
その三階建ての建物は表通りの一等地に居を構えている。
それでいて、建物の裏口はスラム直通なのだからいい身分である。
「誰だ?
何の用だ?ここは貴様のようなものが来るような場所ではないぞ」
門番か警備員か。高圧的にそう言われた。
確かにボロのマントをまとった風体は貧民のそれかもしれないが。
それでも返す言葉は決まっている。
「呼ばれたから来ただけだよ。
たぶんあんたのボスに」
「何を言っているこの貧民が。
さっさと消えないなら力づくになるぞ!」
言いきった直後、その警備員のインカムが何かしらの音を立てたのを聞く。
魔術的手段によって連絡を取れるとはいえ、双子との現代的な連絡手段を作っておくべきかなあと少し悩む。
悩んでいるうちに会話は終わったようだった。
怪訝な顔をした警備員が高圧的な態度を崩さずに言う。
「ボスがお会いになるそうだ。
一番上まで行け。
部屋は一つしかない」
ドアが開かれ、促されたのでありがたく進む。
階段は右手にあった。昇る。昇る。
部屋の扉は階段の先にちゃんと一つだけあった。
こういうものが礼儀だろうと、三度、ノックしてはいる。
部屋の中にいたのは目つきが鋭い50歳くらいの男だった。
「モハメドと呼べ。まあ、座れ」
「カワムラと、呼んでください」
言われ、名乗ってから部屋の中央のソファーに座る。
「スラムのガキで何をするって?」
要件は、昨日の夜の時点で、監視に
「ビジネスですよ。モハメドさん。
私はスラムの子供たちに生きる術を与えたいのです」
それからの話は、簡単に言えば相手を感情論で口説き落とした、となるだろうか。
強面の見た目に反して涙もろいモハメドさんは、自身もスラム出身で、それを隠してここまで成り上がったらしい。
自分がわかるからこそ、スラムの状況を改善したくともその手段が思いつかなかったとも言っていた。
そこにある程度確実に金を稼ぐことができる手段ととともにスラムの救済策を示すと乗ってくれたのだ。
「有意義な話だった。感謝する。カワムラ」
「こちらこそ。モハメド」
「本当に分け前はいらないのか?この知恵だけでも食っていけるはずだぞ?」
「どうせここに定住するわけでもありませんので。
ただ、その気があるのなら、路銀を少々もらえると嬉しかったりしますけど」
報酬を提示されたので、少々の路銀をもらうことにする。
おっさんが笑顔でおそらくは路銀の入った袋を 右手で突き出す。
受け取ろうと両手を伸ばし、右手をつかまれた。
「で、それが本題ってわけじゃないんだろう?」
笑顔ではあるが、よく見ると目が笑っていない。
はっきり言って怖い。
神殺しがその程度で何をと兄妹弟子たちに笑われそうだと考え、頑張って返答する。
「な、何の話ですか?」
「とぼけるな魔術師。
スラムのガキに何を教えやがった?
スラムの救済は願ったりだが、てめえがそっちで何かするってんなら、手を出さなきゃなくなるんだが?」
この男、魔術師だったらしい。
それも今の立場を考えると、この町かこの国でかはわからないが、魔術的にもそれなりの立場を持つ人物だろうとまで考えた。
「ほ、本当に何もする気はないですって。
自衛ができる程度の手段を与えただけですって!」
「才能のない子供にそんなことしてただで済むわけないだろうが!
あの子らを殺したいのか!
それこそ知らなかったじゃすまない罪だぞ!」
「は!?」
一瞬、何を言われたのかわからず、次いで、ものすごくまずい状況なのではないかと思い至る。
自分はこれまでの旅路で100はいかないまでも二ケタ以上の人に魔術を教えてきたのだ。
それを自覚し、状況の把握を最優先に考える。
「それは死ぬほどなんですか?
どういう風に死ぬんですか?
前兆とかは!?」
「一度に聞くな!
…魔術を行使するとき、才能というか適性というか、そういうものがない奴は精神が壊れる。
一度の行使で問題なくとも、使うたびに精神が摩耗する。
俺はそれで友を亡くしてる。
そうでなければ、呪力が足りなくて生命力を無意識に使ってしまったりとかか。
こっちの前兆としては、最初は肌が荒れたり、目が濁ったりとかそういう老衰に近い症状が出ちまう。」
「それで全部ですか?」
「俺が把握しているものという前提はつくが、こんなもんだろう」
そこまで言われて、少しの安心を覚える。不安がすべて消えたわけではないが。
「でしたら問題ないかと。
まあ私基準ですが、この町のスラムでは才能のある子に水を出す魔術と治癒の魔術を覚えさせました。
覚えた子たちにはそういう症状は一切出ていません。これは3日前の夜に最初に覚えさせた、今日の朝時点の話です。」
「治癒?
治癒といったか?
水とか、どこぞの属性にのっとった魔術ならまだわからなくもないが、治癒はそう簡単に覚えられるようなものではないぞ?
それこそ適性が最も重要になる」
「…どこが疑問なのかいまいちわかりませんが、様子でも見てみますか?
そのほうが早いでしょう」
「お、おう。そうしよう。すぐ行こう」
見た目に似合わず涙もろいおっさんは、子ども思いでもあるようだった。
スラムへの道中、会話らしい会話もせずに、到着する。
知らないおじさんがくっついているからか警戒心が見え隠れするが、スラムに残っていた子供たちが寄ってきた。
「魔術を見せてあげてくれ」
水の魔術を教えた子にそうお願いする。
特に気負った様子もなく、ごく普通に手のひらから少量の水が生み出された。
それにおっさんは驚愕する。
「…詠唱は?聖句の詠唱もなく魔術を行使した?それにこの呪力は?
このスラムの子供たちに呪力はかけらもなかったはずだぞ!?」
とりあえず最後の質問のみに対して、疑問を告げる。
「呪力ってそもそも何ですか?」
「そこからか!?」
驚くおっさんは、少し悩み、そして、呪力について簡単に説明してくれた。
簡単に言えば気とかと同じようなものらしい。それだったらわかる。死に覚えた技術の一つだ。
呪力がなかったというのは、呪力の量も、それを扱う力量も、どちらもかけらもなかったということだ。
「で、どうなんだ?」
「俺は、才能がありそうだってなんとなく思った子に教えただけですからねえ。
そのなんとなくっていうのも、なんとなくって以外に表現しようがない感覚ですし」
「なんだそれは…。
それにそもそも、こんな呪力、どこぞの騎士様を思い出すほどのものだし…。」
「おじちゃんが力を分けてくれたの」
「おじちゃんじゃなくて、せめてお兄さんでお願い…」
近づいて来た子がそう言った。
地味にダメージを受けた。
髭のせいだと思うことにする。今日は寝る前に髭を剃ろう。
「分けてくれた?
呪力を?」
おっさんは混乱しているが、「分ける」という言葉から思い出したことがある。
同時に、戻ってきた子供たちの中に新しい「才能がありそうな」子供を見つけ、
「こんな感じですよ」
言いながら、自分が教授の魔術だと思っているものにより、魔術の使い方を教える。
確かに自分の呪力を分け与える感じだ。
「…」
おっさんが口をあけっぱなしにして硬直している。
「あんな感じで最初教えて、うまくなって来たら次の、っていう感じなんですけど、大丈夫そうなんですか?」
「…あなたは、何なんですか?」
その質問が出た理由はよくわからないが、その口調と内容から、俺が人間でないことに思い至ったということになる。
原因は何だろうか。
「ああ、ヨーロッパあたりだとカンピオーネとか言われる存在らしいですね」
特に感慨もなく、そう、おっさんに告げた。
--
「ああ、ヨーロッパあたりだとカンピオーネとか言われる存在らしいですね」
その言葉は、自身の推測が当たっていることを示すものであったと同時に、自分のトラウマを強烈に刺激した。
あの最古の神殺しとまつろわぬ神の間の戦いは今も夢に見る。
まつろわぬ神の降臨を知り、遠見の術を用いたことを後悔したほどだ。
夢だとわかっていても、遠目に見たあの巨狼がいつまでもこちらを追ってくる幻覚に駆られる。
神殺しという存在は、人の身で人のあらがうことのできない神を殺すという偉業を成し遂げたことを示している。
正真正銘の化け物。天災を超えるほどの人災(人と呼べるかどうかはわからないが)だ。
それが、今、自分の、目の前に、いる。
--
おっさんがものすごくかしこまってしまった。
カンピオーネとはそれほどかしこまられるような存在なのだろうか?
師匠に比べたら成りたての未熟者なんだが。そんなかしこまられるような存在じゃないんだが…。
「おじちゃん、偉い人なの?」
「おじちゃんってすごい人だったの!?」
「お兄さんでお願い」
子供たちの尊敬の視線で少し落ち着く。
同時に地味に傷つく。
まだ30手前だ。おっさんに片足突っ込んでいることは自覚しているが、まだ突入してはいないのだ。たぶんおそらくきっと。
「カンピオーネ、神殺しは人の世のすべての権力に縛られぬ、超常の方々を示す名でございます。
あなた様は先ほど、その子らに加護をお与えになりました。
それはまさしく人にはできぬ神の御業。
御身を神殺しとは知らず、数々のご無礼、何卒、寛大なお心によってお許しいただきたく存じます。
申し訳ありませんでした!」
「成りたての未熟者にそこまでかしこまらないでくれ!」
泣きが入った涙もろいおっさんはそれでもかしこまったままである。
らちが明かないので当初の話に戻すことにする。
「とりあえず、この子らが、魔術の行使によって死ぬとかはないんだな?」
「は。
何分前例を知りませんので確実とは言えませんが、少なくとも悪い加護を与えているわけではないと感じました。
副作用や後遺症といったものは現れないと存じます。」
「なら、いいや。
最初に言った通りこの子らのことはおっさんに任すからな。
皆ー、これからはこのおっさんがお前らの世話見てくれるからな!」
前半はおっさん、後半は騒ぎを聞きつけて表通りの露店からも戻ってきたスラムの子供たち全員に対してのものだ。
おっさんは無言のまままた停止しているが、子供たちは元気よく、しかしてんでバラバラに「はい」とか「うん」とか「おねがい!」とか答えている。
「わかりました。
私の全霊をもって務めさせていただきます!」
再起動したおっさんは、全力で役目を全うしてはくれるようだ。
この状況でこの子供たちを害すような未来も考え付かないし、最善の結果であると考えることにする。
「…お兄さん」
双子の兄の方だ。気配は感じなかったのにいつの間にか背中にぴったりとくっついている。
お兄さんという呼び方はお願いの結果だ。
表通りの露店の警護を任せていたはずだが、露店を撤収して戻ってきたようだ。
見渡せば子供たちの奥のほうに妹の姿も見える。
子供たちの生活の目途も立ち、自衛のための手段も与えた。
頃合いだろう。
「おっさん、みんな、じゃあ、俺らは行くから。」
「え?は?行く?どこへでございますか?」
「イランのほうへかなあ」
とりあえずの目的地はトルコだ。それを考え、隣国の名を挙げる。
しかし、おっさんは違うことを考えていたらしい。
「は?もう出立してしまわれるのですか!?
せめて、せめてあと何日かでも…」
おっさんは残ってほしいようだが、子供たちは寂しがるそぶりを見せても基本は別れを受け入れている。
最初の段階で、手段を与えるために少しの間だけ手を貸すと言っていたことを思い出しているのだろう。
「せめて一泊だけでも!
私の知る場所で神殺したる御身が野宿など、末代までの(孫はまだいない)恥でござりまする!」
あんまりしつこいので、一泊だけ、町一番のホテルとやらに泊まることになった。
双子とは相部屋になった。
来るのかわからないレベルの外国人向けか、西洋風ながら風呂が備え付けられていた。
修行中は基本川、魔術を覚えてからは清潔を保つのにも魔術でどうにかできてしまうのでシャワーなどから離れてしまったが、それでも日本人的な感性を有する身としては風呂は心の洗濯である。旅路の途中で何度求めたことか。
この後めちゃくちゃ堪能した。
双子は双子で風呂に入っていたが、風呂を気に入ってくれたようで何よりだった。
絶対に日本の露天風呂やヒノキ風呂といったものを堪能させることを心に決め、ベットに向かった。
ベットは堅かった。
--
翌朝、早々に宿を引き払い国境付近に向かう。
もともと、滞在していた都市は、国境付近ということでそれなりの規模を持つにいたった場所だったのだ。
しかし、向かう場所はあくまで国境「付近」である。
3人ともパスポートなんて言うものは持っていないので、道なき道を突き進み、国境を超えるのだ。
国境が谷であることを確認し、山を越えることを即決し、魔術と体術を駆使し、人目を憚りながら3人は山に突入した。
次の目的地は、イランである。
おっさんは、亡き師匠に魔術の才を見出され、友達とともにスラムから引き上げられました。
その後、裏の仕事で金を稼ぎ、表の地位を手に入れました。
アフラマズダの権能は、
自分の神格を上げ、神格と善性、自分に向けられる信仰に応じて全能力を底上げし、浄化能力のある火と水と植物を生み出し、自己再生を付与し、自身を信仰するものとその領土に加護を与えます。
スラムの子供のうち、「才能のある」子供は、主人公に「信仰」を向けているということでもあります。
加えて、旅路で立ち寄った場所にも自信を信仰する拠点ができていることになります。
アフラマズダの権能はいろいろありますが、基本的には周りから善の存在であると思われていないと全く効果を発揮しません。その効力も善の行いの質や量に影響されます。
暴虐の限りを尽くす某侯爵が得ても、全く効果を発揮しないことうけあいです。