億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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まあ、後日談、エピローグです。

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章題元ネタ
1:マスラヲ1巻
2:勇者王誕生!(勇者王ガオガイガーOP)
3:帰ってきたウルトラマン
4:ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃
5:地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン
6:マスラヲ5巻


33:エピローグ、闇の笑顔のために

 俺の持つ権能について話そう。

 

 まずは最初にアンリマンユに与えられた神能。

 徹底して相手の力を奪う権能。善性・神格の高いものほどその度合いは大きくなる。

 

 次に義母に与えられたアフラマズダの権能。

 強化を行うそれは、対象に加護を与える権能だ。

 

 中国で得た窮奇の権能は、悪意を喰らう獣を召喚する力を与え、善性を持つ者の五感を奪う権能。

 

 サタンの権能は、神獣の召喚と神速、敵の神格を殺す毒の権能。

 

 アヌビスの権能は、悪意の認識と対象に向けられる感情により裁きを下す権能。

 

 平将門の権能は、呪刀を生み出す権能と、害意を返す権能。

 

 他の神殺しの権能と明確に違う点が一つ。

 俺の持つ権能には、与える力と奪う力という二つの側面がある。

 

 アンリマンユの神能は、俺の中のアンリマンユの残滓が持ち、俺の意思、正確には害意に反応し、行使されるすべてを奪う力だ。

 

 アフラマズダの権能は、神殺しに新生する際に、義母とアフラマズダが俺だけに与えた、すべてを与える力だ。

 

 神殺しになった切っ掛けとなる権能は、倒した神の持つ側面の、そのほとんどすべてを再現することが出来る。

 護堂君の持つウルスラグナの権能はその最たるものだ。制約こそ多いが、勝利の神格化たるウルスラグナの持つ十の化身、そのすべてを操ることが出来る。

 

 問題はそれ以降。

 その、本来であれば一側面の一部分だけというレベルであるはずの力という点。

 

 窮奇の権能は、アンリマンユの残滓が奪い取った善性に応じて五感を奪う権能と、悪意あるものを悪意から解放する神獣を召喚する俺の権能。

 サタンの権能は、対象の神格を殺し、奪うアンリマンユが奪った権能と、神速と神獣召喚の力を与える俺の権能。

 アヌビスの権能は、周囲の感情を奪い、その一部を裁きの力に変換するアンリマンユが奪った権能と、悪意を中心とする感情に対する直観力・予知能力を得る俺の権能。

 そして、平将門の権能は、呪刀を生み出し、呪いという形で加護を与える俺の権能と、自身に向けられた害意を奪い、闇によって反撃を行うアンリマンユの奪った権能。

 

 そう、分けられる。

 

 明確に気付いていたわけではない。

 ただ、違和感はあった。

 アンリマンユが俺に権能の持つ力を教えてくれたこと。

 あとはアヌビスの権能によって見せられた夢。

 夢の最後に決まって聞こえた声、今思うと、あれは俺の中のアンリマンユの声だったのだろう。

 しかし、その声は、アンリマンユだけのものではなく、原初の闇の意思も含んでいた。

 

 決定的だったのは、原初の闇が現れ、闇によって神が再現されたとき。

 他の神殺しに対するそれが、権能の弱体化という形で力を発揮したのに対し、俺の中からあふれた闇は、俺の権能を綺麗に半分だけ持って行った。

 

 アフラマズダの権能の弱体化と共に、アンリマンユの残滓が持っていたのだろう、奪う権能ばかりをだ。

 

 その時になってやっと、俺はアンリマンユと常に共にあったことを理解した。

 どこか、権能の一部分という認識があったアンリマンユを認識し、同時に、俺と原初の闇が確かにつながっていたということを知った。

 

 俺のことを最も理解している人間は、確かにディランだろう。

 だが、俺のことを最も理解している()()は、おそらくこの原初の闇だ。

 ずっと俺と共に、世界()に焦がれ、世界()を夢見てきた原初の闇なのだ。

 

 同時に、俺以上に闇を理解している人間がいないという自負もある。

 伊達にアンリマンユと会話し、闇と共に生きてはいない。

 

 伊達に、聖と魔を統べる王の名を名乗ってはいない。

 

 それになにより、悲しい声で笑っているのを聞いて、何もしないほど、駄目な男であるつもりはない。

 

 

 だから、俺は、ちゃんと友達に、親友になろうと思ったのだ。

 

 

--

 

 今回の戦闘は師匠たちにとっては厳しいものであり、しかし、得るものも多い戦いだったらしい。

 

 原初の闇の顕現の直後、神殺しの権能を基に再現された神々は、神殺しの権能の大部分を奪い去り、その権能から逆算する形で神格を形作られていたらしい。

 例外と言えば、神殺しとしての肉体と魂に最も深く結び付いている、最初に殺した神の権能。

 これは、それほど弱体化せずに残ったそうだ。結びつきが強く、神殺しとの境界があいまいになっていたのがその理由だと、闇の代わりにノアレが語っていた。

 

 師匠とジョン、アレクは、その力と、人間としての力のすべてでもって、()()、神殺しを成した。

 そして、再掌握し、()()()()()権能でもって闇に落ちた孫悟空を殺し、それぞれ権能を奪い取ったらしい。師匠曰く、「暗黒神が報酬だと言っていた」とのことだ。

 誰もあの場で生と死の狭間に言っていない。これもノアレに聞くと、「闇によって世界を隔離した」のだそうだ。つまり、真なるパンドラ(義母さん)といえども干渉できない状況を作り出していたと。

 

 護堂君に関してもおおむね同じ。

 ただし、最初の段階でウルスラグナを殺しきれてはおらず、その状態で、ウルスラグナは暗黒神の加護によって、その自軍の勝利を司る神格を、相手の敗北を司る神格として取り戻した。

 最終的に、黄金の剣による切り合いと、彼の相棒?たる彼女たちの連携でもって再度殺し、"敵の敗北を司る十の化身"としての権能を手に入れたそうだ。ウルスラグナの権能を使用する制約がかなり緩くなったらしい。

 

 師匠たちはどんな権能か言わなかったのに、護堂君は普通に俺に喋ってる当たり、信頼されていると喜ぶべきか、警戒心が足りていないと嘆くべきか。

 エリカ嬢が代わりに怒ってくれたので、とりあえずは喜ぶことにした。

 

 

 次に後始末の話だ。

 原初の闇が言った通り、戦場は世界中に広がっていた。

 例えばイタリア。

 剣の王、サルバドーレ・ドニは自分の殺した神と嬉々として再度の殺し合いを演じ、すべて切り殺したという報告を聞いた。

 "切り殺した"あたり、やっぱり義経と気が合いそうだから会いたくない。

 赤銅黒十字などの魔術結社は、それらの拠点の近くに出現した人間サイズの神獣と激闘を繰り広げたらしい。

 

 次に東欧。

 聖魔教団(ウチ)は大きいものから小さいものまで、総数万に迫るほどの神獣の襲撃を受けたらしい。

 東ヨーロッパの全域という、比較的広い範囲に分散していたという点を考慮しても、物的被害は相当だったらしい。

 本拠が崩壊した結社もいくつかあり、人口密集地付近での戦闘の後始末も大変だったとのことだ。

 そちらはすでに、健在な魔術結社と、その表の力でもって再建を始めている。

 

 そしてロシア。

 狼公の爺は今ロシアにいるらしい。

 ロシア国内に点在する小規模魔術結社をまとめた直後の騒動だったようで、"戦争"での傷跡も残る爺では、闇より生まれた神々を殺しきることはできなかったようだ。

 少なくとも、神を再度殺したという証言はなく、この騒動が爺に利することがなく良かった。ばれたら師匠に殺させるところだった。俺が物理的に殺せるのかわからない状態になっていることは別として。

 

 そして、周囲に一番驚かれたのは、()()()()()()()()()()剣についてだ。

 正確には、驚いたのは日本において古老と呼ばれる存在らしいが。その話が出るたびにノアレが品のない爆笑をしている。恨みか何かでもあるのだろうか。

 その古老たちは、幽界とやらにいるらしいのだが、この世界に存在するもの程度の力では、世界の内が渡る幽界に、世界の外側で微睡む闇とつながる俺のことを引きずり込むのは難しいようで、「なんてことをしてくれたんだ!」という言葉だけ、護堂君がいつの間にか()()にしていた媛巫女の恵那嬢から伝えられた。

 まあ、その一週間ほど後に、「うわさが出たから大丈夫」とも言われたが。まあ大丈夫ならいい。

 

 

--トルコ、アンカラ近郊、日光での戦いから数日後

 

「なあ、この状況の原因は何だと思う?」

「君らが剣を壊したからだって、彼女たちが教えてくれたじゃないか」

「アハハハ、面白いわ。

剣を貴方に渡したのは正解だったわ!」

「笑ってないで仕事しろ!」

 

 事の始まりは数時間前。

 "アナトリアの巨人"、その本拠地にとある二人組が訪ねてきたことがきっかけだ。

 その二人が、今目の前に対峙する二人、神祖グィネヴィアと全身鎧の騎士だ。

 来る者は拒まずで、聖魔王に頼みがあってきたと言われたら会わないわけにはいかない。

 直感が警告を与えてはいたが、神力とかはその時点では感じきれなかったし、仕方ない。

 全身鎧の騎士に対して反応しろと言われたら、もう少し考えるべきだったかと反省しなくもない。

 まあ、出会って最初に、

 

「絶対に許さねえ」

 

 なんて言葉が女性の口から出て、同時に解放された憎しみと神力によって状況を理解させられたが。

 

 地味にどこかで聞いた声だと思ったが、日光で、遠くから状況を見ていたようで、剣の状況を見て悲鳴を上げながら失神したと、彼女に付き従う騎士さんが教えてくれた。

 だが、そのせいで、アンカラ近郊の何もない場所で戦う羽目になっている。

 結社の主要メンバーが日本の後始末に動いているタイミングであったために不在だったのは幸運だったのだろうか。

 市街地を離れることが出来たのは、騎士さんのおかげだ。話の分かる奴でよかった。こっちは明らかにラッキーだ。

 

 

「話してるんじゃないわよ!

意地でも潰す、意地でも潰せ!」

「少々落ち着き給えよ…。

まあ、そういうわけだから、こちらに集中してはもらえないかね」

 

 こちら側では俺が連れてきたノアレと、俺が呼び出した義経が状況を笑い、

 そしてあちら側では、俺たちのことを子供みたいに地団太を踏みながら指さすキレた女神を、全身鎧の騎士がダンディなボイスでたしなめるというカオス。

 いまいちテンションが上がらない。

 それはあちらの最前線に立つ騎士も同じなようで、神獣の格で召喚した部下たちと共に、あちらの剣とこちらの刀がおざなりに交わりあうだけだ。

 

 いや、訂正。おざなりなのは俺とダンディさんだけのようだ。

 

「ガハハ!良い腕だな、極東の戦士よ!」

「ウム、我らの攻撃、二本の腕でここまで防ぐとは」

「見事な武。なればこそ、我らの武でもって敗北をもたらそう!」

 

「イイネェ、イイネェ!最高だァ!!ハッハッハァ!!!」

 

 召喚された騎士の内、顔をさらす、名のありそうな騎士は三人。その相手をするのは義経一人。

 この四人、はっきり言って楽しそうではある。

 こっち側、この状態でも、ノアレは笑顔で完全に見守る態勢。こちらも楽しそうで何よりである。

 あっち側、名のありそうな三人以外の、顔をさらしていないフルフェイスの数人はグィネヴィアの護衛に回されている。

 ダンディ騎士が召喚した騎士は全員同じ鎧を着用している。名のありそうな騎士たちも顔は違うものの背丈や装備は共通だ。

 グィネヴィアさんを狙うのは現状では不可能ではないが、それをやってしまうとダンディさんと本気でやりあわなければなくなる。普通に抜くのは難しい。

 

 現在、義経の肉体を形作るのは、数日前までの信仰により形作られたものとは違い、闇を使って俺が作った器だ。

 最初にそこに義経の魂を入れたときには、わずか数秒で崩壊してしまったが、義経の魂から義経自身の肉体の情報を読み出し、それを基に作ったひな型に、アフラマズダの加護による強化を施すことで、戦闘数回に耐えうる肉体となった。

 

 とりあえず、さすがに押され気味の義経に対し、同じように闇によって器を作り、加護を与えて魂を入れ、援軍として"武蔵坊弁慶"を呼び出し差し向ける。

 

「わかってんだろ、あれがただの媒体だって」

「わかっているさ。

ただ、彼女の感情の折り合いがつかんのだ。

愛しい人の象徴が、文字通り他人に染め上げられ、壊されてしまったのだからね」

「それは…、すまんとしか言いようがないな。

言葉にするまでは良いが、心の底から謝る気はないぞ」

「わかっている。

闇と共にある、貴様はそういう魔王なのだろう?

私が王より受けとったのは意思であるからな。

象徴はあくまで象徴でしかないよ」

「わかってんならこっちくんなっつうの!」

「私はあくまで、彼女の意思に従っているにすぎんのでな。

縛り、縛られる関係でもある。

その意思には逆らえんよ」

「それは難儀なこって!」

 

 話をする間も剣と刀はぶつかり続けている。

 技術的にはあっちが上。その上、言葉とは裏腹に、剣に込められる力は増している。

 その力の元は、特に意識しなくても分かってしまう。

 呪力の込められた目に映る、真っ白い剣にまとわりつくのは見慣れた黒い塊。

 そして、塊は件の神祖、グィネヴィアから流れてきているのがわかる。

 ならばその名は憎しみだ。

 

 正直やる気があんまりない。

 相手が女性であるというのもある。

 騎士が本気でないということが分かってしまうのもそう。

 そして、戦いの原因が俺たちにあるというのもそうだ。

 

 現状、ノアレと会ってから数日しかたっていない。

 アンリマンユが持っていた権能が俺の物となった影響は案外大きい。

 一番は、アンリマンユが制御していた分を俺が制御しなければならなくなったことだ。

 いままで割と普通に出来ていた権能の同時行使は、その制御の一部をアンリマンユが肩代わりしていたからこそのものだった。しかし、今ではいくつかの組み合わせ、いくつかの条件を除いて厳しくなってしまった。

 単純に、処理が追いつかないのだ。

 常時発動型の権能である、アンリマンユの闇の吸収と、アフラマズダの信仰の吸収、そしてアヌビスの悪意の知覚はそれほど消耗がない。というか、単純に権能を切ることが出来なくなってしまっている。常時発動している権能が、サタンの同時行使禁止に抵触しなかったのは幸運だった。

 しかしそれ以外の、権能を発動するために、意識し、呪力を込める必要がある類のものは、同時行使の際の、発動するまでの間に結構な負荷がかかってしまう。

 先ほどの"いくつかの例外"はアンリマンユの権能とほかの権能一つの組み合わせだ。慣れというのもあるのだろう。

 アンリマンユの権能とサタン、アフラマズダの権能を組み合わせることはすでに試した。そこから得た感覚だ。アヌビスの権能をほかの何かと同時行使するのは負荷が厳しそうという感触があるが、将門や窮奇の権能については問題ないだろうという直感もある。

 

 故に、肉体派の騎士を相手取るために、今活性化している権能は、アンリマンユの闇の操作とアフラマズダの自身の強化のみ。

 現在の義経の肉体のように、どちらの権能も俺が直接制御する形になったおかげで、闇に属する権能に対しても加護を与えられるようになったのはプラスの要素。

 処理が重くなっている感じはあるが、あと一つくらいなら活性化させることが出来るだろうと思える状態になっている。

 その強化した判断力と直感力、反応速度、そして光と闇の加護を乗せた呪刀でもって、騎士の一撃を受け止める。

 

「早くやりなさい!!!」

 

 女神がヒステリックに叫ぶ。同時に、今までよりも一等()()悪意が騎士の剣に流れ込む。

 騎士が本気にさせられたことを理解する。

 

「すまんな。命令だ」

 

 騎士が距離を取り、剣を頭上に掲げる。

 同時に、騎士の周囲に無数の剣が()()()くる。

 よく見れば騎士の武器も、武骨な両手剣から装飾多めの光輝く剣に変わっている。

 

「救世の神刀、まがい物だが、満足してくれ」

 

 マズイ。直感が警告を与える。

 俺たちが壊してしまった剣が、本来果たすはずだった役割。

 魔王を殺し、世界を救うための一撃。

 そのレプリカ。

 

 世界を救う、というのは気に入らない。

 しかし、それが悪意によって形作られるというのはものすごい皮肉ではなかろうか。

 とりあえず、思いついた対処法は一つ。

 

「ノアレ!」

「存分に。我が主、我らが友」

 

 気付いた時には後ろにいる。

 先ほどまでの爆笑の様子はすでになく、まじめな瞳で俺を見る。

 言葉にするまでもなく、文字通り繋がっていることによる、阿吽の呼吸。

 

 原初の闇がこの世界に、そして俺に置いて行った()は合わせて二つ。

 まず俺に置いて行ったものは、俺の体がそのまま闇になるという性質。

 今までのように、壊された体が闇に包まれ再生する、というステップを踏むことなく、文字通り、常時体が闇によって形作られ、物理攻撃が効かないという不死性。ついでに呪力を闇に変換する効率が良くなったのは僥倖だろう。

 だがこれは、光に属する攻撃によってちゃんとダメージを受ける。あの救世の神刀レプリカの群れは、きっちりこっちにダメージを通すだろう。それに純粋な威力も、市街地に影響が及ぶレベルのものであると、そう直感が告げている。単純に込められている呪力の量が尋常ではない。

 

 そして、もう一つ。

 原初の闇(親友)この世界()を認めるために置いて行った端末、分身。それがノアレだ。

 その、原初の闇の一部として与えられた特性は闇。

 闇になり、闇あるところに現れるという闇の偏在性。

 そして、原初の闇(親友)の力の一端を、この世界に現わすための起点という役割。

 つまりは闇を生み出す力。しかし、ただの概念的な闇というだけのもので、以前のアテナのように、都市を闇に叩き落すということなどできないただの影。まあ、俺がこれまで原初の闇に喰わせた分の闇を引き出せるというだけのものだが。

 それでも、()があれば俺が動ける。

 

「親友、ちょっと使わせてもらうぞ」

 

 つぶやくと同時に、ノアレの足元に闇が生まれ、そこにノアレが沈んでいくのに合わせ、莫大な量の闇が周囲に生み出される。

 

 騎士の周囲に輝く光と、俺の足元に停滞する闇。

 きっかけは特になかった。

 しかし、両者の溜めの限界は同時だった。

 

「行くぞ」

「見てろよ、親友!」

 

「エクスカリバー」

 

 騎士の声はささやくように、しかし、周囲で爆音を響かせ戦闘を続けていた騎士たちと義経たちも、その光の剣の一閃に目を奪われる。

 

 だが、その光を認めない()が、光を受け止めるために動く。

 光にすべての目を奪われている光景を認めない者()()が、動く。

 

「違えよ、この世界はお前の光みたいにきれいなもんじゃない。

でもな、光と闇の、その両方があるから、この世界はイイんだろうが!」

 

 同時に、足元の闇を光を包み込むために広げる。光を、受け止める。

 広げられた闇は、光の闇に触れる端から白と黒の混ざったような色に染まり、そして、その根源たる原初の闇に、地に空く闇の間欠泉の周囲に染み込むように戻っていく。

 その繰り返し。

 都合数年分にも及ぶ溜め込んだ闇の呼び出し、そして、周囲の悪意の変換と、自身に向けられる信仰の変換により闇を供給し続ける。

 

 それなりに高くついたが、それでもまずは、()()()一撃を防ぎ切った。

 

「次だ」

 

 聞こえたのはすぐ目の前の位置。

 舞い上がった土煙を破り騎士が肉薄する。

 

「天羽々斬」

 

 紡がれるのは蛇神殺しの聖剣の名前。

 サタンの、サマエルの権能を持つ俺に対して特効となる一閃。

 鋼の直感として、俺の中の蛇を感じ取った結果の一撃。

 それを。

 

「ハッハァ!」

 

 間に入り込んだ義経が受け止める。

 信頼してはいたが、ダンディ騎士が自分で生んだ隙を突き、顔をさらした騎士たちを退け、戻ってくることが出来たらしい。さすがは俺を認めた男だ。満身創痍気味ではあるが、弁慶の気配も残っている。

 救世の神刀に呪力を集中させた結果として、ほかの騎士たちの力が減少したせいかもしれない。

 

 義経も蛇をその身に宿している。しかし、戦闘技術としては騎士と同等かわずかに劣る程度だ。当たらなければどうということはない。

 少なくとも俺がやるよりは安定して、その一撃を受け止めた。

 

「そういうのこそ、オレを混ぜてくれよ!」

 

 だが、義経の宣言は無視だ。

 間をおかず、転移により騎士の背後をとる。

 声は出さない。

 気配を闇によって殺し、呪刀によって騎士の胴を薙ぐ。

 

「ここで奇襲とは、無粋であるぞ」

 

 しかし、騎士は両手で握る聖剣から左手を放し、そこに新たな聖剣を握り、その一閃を受け止めた。

 

「フラガラッハ、意思を持ち、敵を倒す剣の名だ」

「聖剣のオンパレードかよ…」

「レプリカでな、()()()()しか出来んのだ」

 

 レプリカでこれか、と若干士気がそがれたところで義経が突撃するのを確認する。

 

「イイネェ!!」

 

 乗りに乗っている義経の一撃を、騎士は、今度は左に持つ剣で迎撃し、振り払う。

 そしてそのまま騎士が回転し、右手の剣で俺を狙う。

 受け止めたはいいが、義経と共に転移前の位置まで戻されてしまった。

 

「ブリューナク、クラウソラス、フラガラッハ」

 

 左手の剣一本と足元に生えていた剣二本が舞い上がり、こちらに飛んでくる。

 二本は義経に対する足止めと牽制、そして残りの一本は俺に対して隙を作るためのもの。

 

「デュランダル、グラム」

 

 飛びかかる剣の後ろ、こちらに突撃する騎士の持つ右手の剣が再度姿を変え、そして左手に新たな聖剣が生み出される。

 生成にかかっている時間は一瞬未満。だが、それでもタイムラグはあった。

 

 飛びかかる剣は、闇で作った刃によってその向きを反らす。

 騎士の双剣は、右手の呪刀と、左手に生成した闇の刀でもって受け止め、また反らす。

 

 将門の権能も、生成時には結構な負荷がかかった。同時行使だと普通よりも生成に時間がかかっている。

 隙が多めだったから生成が間に合ってくれた。それに生成した後の維持にそれほど消耗しないということが分かったのは幸運だった。

 だが、アフラマズダの権能によって加護を与える時間までは稼ぐことが出来なかった。

 試していない組み合わせはまだある。

 それに、同時行使の限界も、まだわからない。

 

 闇の刀も、騎士の二撃目を反らすことに成功すると同時に、戻ってきた飛剣の一撃により砕け散る。神格の違いは深刻だ。

 

 呪刀はいまだ刃こぼれしていない。だが、義経に浄化されつつも、未だ闇に寄った性質を持つ呪刀では相性が悪く、同時にこちらの武器の格も相手が上だ。まともに打ち合ったらどれだけ持つかわからない。

 しかし、騎士はそんな俺の武器に関係なく、手に持つ剣を次々と変え、そのすべてが致命となる一撃を叩き込んでくる。

 

 よろしいならば物量だ。

 

 闇の変形、形は剣。周囲の闇から剣を生成する。一本や二本ではなく、十や百でもきかない数。

 一閃で駄目なら二閃でもって、それでだめなら億千万の刃でもって、そして闇による神格の浸食でもって、騎士の両手で振るわれる、双振りの聖なる剣を抑え込む。

 

 聖剣の一撃は確かに強力だ。不壊の属性を持つ聖剣も多い。だが、外傷によって剣そのものが壊れずとも、俺の闇はその"壊れない"という属性そのものを侵食する。

 しかし、壊されたとしても、すぐさま新しい聖剣を生み出すことが出来るのが救世の神刀のレプリカとしての能力か。呼ばれる名前は常に新しい聖剣の名前。同じ聖剣は、少なくともすぐに呼べはしないのか。

 

 壊れた聖剣は新たに作り直さなければならない。そして、その生成にはわずかながらラグが生じる。

 結果、一帯は闇に支配される。

 

 騎士が闇を払うために、これまでの生成よりも多くの呪力を集中させる。

 

 「倶利伽羅、カレトヴルフ」

 

 振るわれた光が、周囲の闇を打ち払う。

 カレドヴルフ。エクスカリバーの原型を示す名前だったか。

 だが、剣が纏う光の質が若干異なる感じがする。

 性質さえ異なれば、同じ剣だろうが関係ないのか?

 いや、時代によってその名前を変えるものは数多ある。ならばやはり、名前が条件となって()()()()()()類の権能だ。

 

 一瞬の停滞を余儀なくされた闇に対し、騎士が選んだのは、その闇の根源、俺に対する突撃である。

 

「こちらが不利か!

救世の剣閃でも払いきれんとは、貴様はよほど、闇に愛されていると見える」

「最高の褒め言葉だよ!」

 

 "闇に愛されている"、今の俺を現すのにこれ以上にふさわしい言葉はないだろう。

 つい最近、闇とちゃんと友達になったのだからなおさらだ。

 皮肉と自覚しつつも、それに対して返すのは否定ではなく最大の肯定だ。

 光を振りまき、闇を統べる。

 

 今度は直接、再度姿を変えた二つの剣と、一本の刀が打ち合わされる。

 一瞬の隙で肉薄されてしまった。

 闇を追加せず、一瞬だけ作った隙で、ここまで踏み込んでくれた。

 

「義経ェ!」

 

 強化した身体能力でもって、無理やりに呪刀を振るい、騎士との間に隙間を生み出す。

 そして、それに対する騎士の追撃を見ながら、全力のバックステップと同時に闇へと沈む。

 代わりに、俺がいた場所に現れたのは義経だ。

 物量戦に手を出せず、二本の剣を相手にしつつも拗ねていたのを無理やりに、騎士の正面に転移させ、俺と役割を入れ替える。

 現状、義経の格は、あくまで神獣の格でしかない。肉体を失いつつも魂に残ったまつろわぬ神としての神格と、魂に刻まれた権能の発動によって、短時間ながらまつろわぬ神に並ぶ格を得ることもできるが、それでも、()()()()でしかない。

 

 だが、今ここで一瞬を稼げれば十分だ。

 

 無茶ぶりの結果、主観的には突然騎士と激突させられた形になった義経だが、騎士の一撃に瞬時に反応しているあたりさすがである。

 その鋼と鋼のぶつかり合う音を()()に、闇を通って神祖グィネヴィアの眼前、護衛の騎士との間に転移する。

 さすがに熟成された闇の爆発、それも神格を持つ者のそれとなると、触れなければ奪いきれない。

 だが、逆に言えば、それほどの物であっても、触れさえすれば一瞬だ。

 

 当然。この世すべての闇は、俺の物なのだから。

 そして、闇を払い、希望を与えるのもまた俺だ。

 

「ッ!」

「すまんね」

 

 唐突な状況の変化に目を見開く神祖に対し、うわべだけの謝罪を口にしながら、闇を纏った左手でもって、神祖の右肩に触れる。

 戦闘の原因は神祖の恨みだ。最初から狙っていた落としどころとして、その神祖の闇を奪い去る。

 

 割と旨い。俺か、俺の中のノアレのものかはわからないが、そんな感想が浮かぶ。

 

 同時に、後ろから迫る明確な殺意を、闇を壁にし受け止める。

 さすがの義経も、キレた騎士相手だと数瞬しか持たなかったようだ。

 気配は残っている。だが、戦闘を続行できる状態でもない。

 

「何もしてないよ。

闇を返してもらっただけだ」

 

 騎士が、周囲の自分の生み出した神祖の護衛たちを無視して振るった一撃は、その護衛に配した騎士たちを吹き飛ばしながらも、圧縮された闇の壁を打ち破ることが出来ていない。

 本来であればたやすく闇を払う聖剣は、今はその輝きを鈍らせている。

 騎士が今、手に持っている剣は、騎士本来の武装ではなくグィネヴィアがその神力でもって、"救世の神刀"として再現されたもの。

 その神力の源は、少なくとも()()()()()()闇だった。

 光の属性があるからこそ厄介だったのだ。それを失った、ただ硬くてよく切れる剣程度では、届かない。

 闇はもう俺の中に帰ってきた。源のなくなった聖剣では、億千万の闇を破るには至らない。

 

 俺の言葉に、俺に腰を支えられ、気絶する神祖の様子を確認し、安堵の息を漏らす。

 本当に、話が通じる奴でよかった。今までは、大体話を聞かない奴らばかりだったから余計にそう思う。

 だからこそ、命の取り合いをしたくないと思ってしまっているのだが。

 

「ふむ、そのようだ。

いや助かった。神殺しの魔王に言うのも間違っておるかもしれんが、闇に捕らわれたおなごというものは難儀でな」

 

 その言葉に、何気なくノアレを思い浮かべる。闇と女子、そこからの連想だ。

 思った瞬間、頭痛が走るのに合わせて、俺と同化した闇の中でノアレが怒っているのを感じ取る。

 確かに、不本意だろう。これに関しては俺が全面的に悪い。

 頭の中でノアレに謝罪する。

 

「…まあ、わからなくもないけどよ。

とりあえず、理由はなくなったろ?

どっか行ってくれねえか?

東ヨーロッパと日本に手を出さなきゃ文句はないからさ」

「悪くはない、が、ここでただやめるというのも面白くなかろう?

私の今の、全力の一撃、闇たる貴様にどれだけ通用するものか、興味がある」

 

 そういうのは義経とか狼公とか剣の王とか、戦闘に生きがいを見出している方々とやってほしいのだが。

 だが、今は俺の中にいるノアレが笑っている。

 すごく悪い笑顔で、()()()いる。

 本当にいい性格をしている。

 つまりは、やれと。ノアレさんが楽しそうで何よりだ。

 ため息をつきそうになるが意地でこらえる。

 

「わかったよ。うちの姫様がやれとのことなんでな。

一撃で終わらせてやる」

「ありがたい」

 

 騎士が神祖を抱え、距離をとる。

 俺も少し、後ろに下がる。

 

 大体、50メートルくらいだろうか。騎士が神祖を、その左側に横たえ、さらに右方向に移動する。

 

 立ち止まったところで騎士のフルフェイスの兜が割れ、その黒い顔があらわになる。

 というか、黒人なのに西洋鎧を着た鋼の英雄神ってなんだよ。

 

 割れて、地に落ちた兜が今度は浮き上がり、西洋槍に変形し、騎士の右手に収まる。

 属性、さらに追加だ。意味が分からん。

 

 先ほど、剣を掲げていたのと同じように、今度は西洋槍を掲げる。

 神祖とのつながりのない、純粋な騎士の神力が、西洋槍に充填されていくのが見て取れる。

 救世の神刀レプリカに勝るとも劣らない一撃、そう思える。

 だからこそ、こちらも億千万の闇を、圧縮し、圧縮し、圧縮する。

 形は刀。右手に持つ呪刀に、その億千万の闇を集め、纏わせる。

 呪刀を両手で握り、右肩に構える。

 

「形は関係ないのだよ。

私が私である限り、この手に持つのは天の光。

星の光の一撃でもって、闇と死を奪い去るのがその役目だ」

 

 大きな声ではない。

 しかし不思議と通る声が、俺の鼓膜を震わせた。

 

 だが、奪うのはお前じゃない。

 奪うのも、そして与えるのも、すべて俺だ。

 すべて、俺がやる。

 

「知らんね、そんなお前の役目なんて。

闇と死を奪う?それは俺が奪うべきものだ。そう在れと、言われたからな。

闇も死も、全部俺のもんなんだよ!」

 

 槍と刀が同時に振り下ろされ、漆黒の闇と星の光が激突した。

 

 

--

 客観的に見れば、まあ、俺の勝ちだろう。戦略的には大敗だが。

 俺は左腕の肘から下を失い、騎士の右側には大地を穿つ斬痕が残っている。

 騎士の右手に、西洋槍はすでにない。

 

「見事、というほかないであろうな。

今の私では貴様に勝てん。

負け惜しみにしか聞こえんだろうが、本来の私の一撃、今ここで放てればと、そう思ってしまうよ」

 

 言う割に、騎士は笑顔を浮かべている。

 満足してくれたなら何よりだ。

 闇と一緒の初戦で、まつろわぬアンリマンユが溜め込んでいた闇から、これまでの数年、俺が無意識に吸収していた闇まで、きれいさっぱり大放出した甲斐があるというものだ。

 いや、使えるようになった初戦で、そのストック全部失うとか、さすがに泣きたい。

 だとしても、割と全精神力を振り絞り、その涙をこらえる。

 ノアレ、俺の頭の中で爆笑するんじゃない

 

「で、満足したか?」

「ウム、次は、貴様と王の戦いを見届けたいものだ」

「まじかよ…。

だからそういうのは戦闘狂どもとやってくれよ」

「貴様だからだよ。

王は、光の体現者だ。

そして貴様は、この世の闇、そのすべてを司るのだろう?

ならば激突は必然というものだ」

 

 論理は気に入らない。

 しかし、一つだけ、見逃せない点がある。

 

「違うな。間違ってるよ、アンタ。

俺はこの世すべての闇であり、この世すべての光でもある。

微睡む原初の闇にすら、希望の光を見せるような、な

 

光ってのは、そうであるべきだろう?」

 

 一瞬、きょとんとした表情を、黒人の騎士は浮かべた。

 そして、呵々大笑が返る。

 

「ハハハハハハハハ!!!

ハッハッハ!

それならば、なおさら王と貴様はぶつかる運命だろう。

少し時間をもらう。我らは貴様と王のための場を作らなければならぬようだ」

 

 黒人の騎士は神祖を抱きかかえ、笑いながら、神速でもって姿を消した。

 唐突に表れ、一気に姿を消した。超常の存在は嵐のようなやつばかりだ。

 

「だから、やめてほしいんだが…」

 

 

 戦闘も終わり、ノアレとの同化を解除した。

 そのノアレが、すごく、なんというかすごくかわいい、良い笑顔を浮かべて俺を見ていた。

 

「なんだよ」

「いえ、やはりあなた様は、面白いお方です」

「…そうかよ」

「フフフ…」

 

 先ほどのような、品のない爆笑ではなく、お嬢様のようなかわいい笑みだ。

 正直調子が狂う。

 

 だが、まあ、"闇"が、こんなにいい笑顔を浮かべてくれるなら、俺が今、ここにいる理由としては十分だ。

 

 誰かに行動を認められ。

 何かに存在を認められ。

 

 そして俺が、誰かの、何かの、救いとなれるのならば。

 

 俺なんかには過ぎた幸せだ。この反動が怖いほどに。

 

「安心しろよ、もっと面白いと、もっと楽しいと、良かったと、そう思わせてやるからよ」

 

 それは、闇に対する宣言であり、世界()に対する決意表明でもあった。

 

 

「存分に、ええ存分に、我が主、我らが友。

 

願わくは、我が主が、自分もその手、その体で関わりたいと、嫉妬してくれるほどに、そう、思わせてくださいな…」

 

 俺の隣で、闇は笑う。

 

 

 闇が悲しげな笑みを浮かべることは、寂しげな声を発することは、もはやなく。

 

 ただ明るく、柔らかな表情で、今は確かに笑っていた。

 




主人公最強状態は一発限りです。
数百年分使い切ってあれです。

閑話みたいなのを上げる予定はあるんですが、ネタはありません。
続きそうですが、本編は終了しております。
カンピオーネ原作自体は続いているので、こちらも話を作る可能性はあります。
ただし、それでも、おそらく完結は外さないと思います。

ランスロットが原作通りだといった覚えはありません。
まあそもそもランスロットですらないですが。

ジョン・スミスは魔弾の弾数が増えています。
羅濠教主は儀式系の権能がコンパクトに使用できるようになりました。ただし、効果も規模に比例して小さくなります。
護堂はリロード時間が短縮され、権能を使用できる下限が低くなっています。ただし、下限で使用しても普通の魔術位の威力しかできません。
ほかの方々も、おおむねいくつかの権能の使い勝手がよくなっています。

レイセンのノアレとの違いは、主人公との関係です。
本作では、対等か、主人公の下になります。ただし、姫扱いではあるので、その意思は割と優先されます。
性質としてはまつろわぬアンリマンユと近いですが、自分の意思で作ったものであるため、感覚的な距離は本体寄りです。ただし、独立してもいますので、割と好き放題言います。

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