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「ああ、ああ!我らが王、最後の王よ!!
御身の目覚め、この感覚をこの身で得られるとは幸福の極みにございます!」
神祖は笑う。
幸せそうに笑顔を見せる。
しかし、傍らの騎士に笑みはない。
騎士は言いようのない不安に身を震わせ、王が下りてくるであろう場所を見下ろす。
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影が落ちた。
孫悟空が従属神として呼び出した三柱の神格を糾合した結果、天の属性を得て大地に新たな太陽が昇った直後だった。
直後、地上の太陽が天より落ちてきた闇に飲み込まれる。
同じく落ちた、闇の柱が、呪力に耐性のない、猿に変わった人々を片っ端から飲み込んでゆく。
その結果に、神殺したちは一様に闇の先、影の源を見上げる。
その先にあったのはまさしく絶望の具現、
「世界の終わり、には少し早いが、まあ、戯れだ。
私の退屈を、少しでも紛らわせてくれないかね」
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地上に闇が湧き出てくる。
それが様々な形を作る。
この時点で彼らの知らない、"最後の王"たる英雄神、ラーマの権能。
神々から力を与えられ、世界に祝福された英雄神の権能。
神々の力を引き出し、自らの力として振るう能力。
その
神殺しの内包する権能に対応し、その権能を引きずり出し、本来の持ち主を闇の属性でもって再現する。
羅濠教主、羅翠蓮の前に現れたのは、金剛の神や呪術神。彼女の保有する権能の本来の持ち主たち。
ジョン・プルートー・スミスの前に現れたのはテスカトリポカやアルテミスといった見覚えのある、しかし、外見以外の共通点を見出すことのできない闇の塊。
戦いを傍観していた黒き王子、アレクサンドル・ガスコインの前に現れたのは、レミエルを筆頭とする自身の冒険の歴史を彩る敵役たち。
万理谷ひかりの護衛として日光に現れた草薙護堂の前には、勝利の神格化たる軍神、ウルスラグナの、しかし、同様に闇に染まったすべてに敗北を与える神の姿。
源義経の前に、神祖として雌伏し、数百年の時を超えて神へと舞い戻った女神、卑弥呼の姿を中心にそれぞれの神が、黒く染まって現れる。
そして、聖魔王の前に、アンリマンユとアフラマズダ、窮奇とサタン、アヌビスとオシリス、平将門の対存在。
「とりあえず、
話はそれからだよ」
決戦が幕を開けた。
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アンリマンユの宣言とは裏腹に、俺の目の前の闇が襲い掛かることはなかった。
しかし、対話の可能性もない。こちらの声に対する反応は現れない。
そして、自分の中で鳴る警鐘。
権能の
「どういうことなんだよ、アンリマンユ?」
独り言ではない。
闇は、俺に意識を向けている。
「君には、説明する必要があるだろうからね。
すべてはそれからでも遅くはない。
いや、今からだろうが、後からだろうが結果は変わらない」
目の前、俺が斃した神々の中心に、黒い青年が現れる。
青年の足元から闇が広がり、俺の影がそれに飲まれる。
聞いた目的はあくまで確認だ。
状況は大体理解できてしまった。
この状況は俺のせいだ。
俺が今、ここにいるから。
「いや、君のせいではないよ。
これは紛れもない戯れだ。
戯れで、君の周囲の絆すべてを拭い去る。
いつものだよ。
覚えているだろう?」
「俺の権能は、ほかのやつの権能と比べて違和感があった。
アンリマンユとアフラマズダはまあ、いい。
だがそれ以外、窮奇、サタン、アヌビス、そして平将門の権能。
すべて二つの側面を持っていた。
お前の権能だったんだろう?
だから、その権能の持つ力を、俺に教えてくれたんだろ?」
「正解だ。
お前が最初に殺した神、
権能ではなく、同時に私自身でもない
そう言っただろう、分身と。
それを通して
「それを通して見ていたんだろう?
俺のすべてを。
この世界を」
「ああ、そうだよ。
だがそれだけでもない。
悪意を喰らい、神格を喰らい、真なる神などと言う程度の座に押し込められた私の、本来の姿を取り戻すためにも利用させてもらった。
権能が二つの側面を持っていたのは、君の持つ権能と、
ただ、アフラマズダ程"善"に寄っていると手にするのは厳しかったけどね。
そこだけは
「闇の掌握は、その俺の中の
「権能という程度ではないのだけどね。
私が、君にとって無意識的に行っていた"闇"の吸収を、君自身がそれを自覚したことによって自覚的に出来るようになった結果かな。
おかげで、吸収効率がだいぶ上がったよ」
本来、この世にある闇のすべてはこいつをその源とするものだ。
ただ、自分のものにしていくだけならそこに何らかの対価が必要になるわけがない。
俺が闇の掌握を行使するときに、わずかなりとも呪力を消費したのは、マージンを取られていたと表現するべきか。
「そこもあってるよ。
君の呪力は、君の心の闇から生まれているものだからね。
相当に
わずかばかりの呪力でそれこそ周囲百キロの闇の量と釣り合うほどの質だったよ。
その点は、君の闇を見出した
日本はどうなる。
トルコのみんなは。
日光東照宮にいるみんなは。
世界は、どうなる。
「世界中の神殺したちは、今まさに自分の権能の元の持ち主たちと戦っているだろうね。
そこは君と同じだ。
ああ、
君の周りのそのすべて、全部、きっちりと、壊すよ。
まつろわぬ
前に言っただろう?
次に会う時までに、もっとおいしくなっていてくれと。
いや、言ってなかったかな?
どちらにしろ、今ここで、俺が食べることを躊躇するくらいにおいしくないと、
終わるよ?」
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「終わるよ」
その言葉に、俺の中に明確な害意、闇が生まれる。
否定は追い付かない。悪意が腹の底から湧き上がる。
人に対してはもちろん、神との戦いにおいてもここまでのものは持ったことがないと思えるほどの暗い衝動。
その衝動でもって、自身の中から分かたれた
足元から広がった闇は、前方に居並んでいた
しかし、そこにすでに黒い青年の姿はない。
代わりにいたのは、別の黒い青年、源義経だ。
黒い剣の王の姿は、闇に飲まれ、染まっている。
しかし、
「これがまつろわぬ神って状態なのかな?
まあ、いいや。
とにかく、君の頭を覚まさなくちゃ、どうしようもないみたいだし」
対し、黒く染まった聖魔王は何も答えない。
ただ、低く響くうなり声のみ。
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義経は自身の権能の影を全て切り伏せた。
おそらく、すべての神殺しの中でも最速の速度でもって、それを成した。
それは、義経自身の持つ権能だけではない。
義経自身を構成する、"まつろわぬ義経"としての肉体性能と信仰を体現するその性質によるものだ。
しかし、普通なら聖魔王によって吸収されるはずだった、その衝動の増幅は、この場ですぐに吸収されることはなく、全力でもっての神格の行使は急速に義経の体を蝕んだ。
それを突いたのが、原初の闇。
その衝動を媒介に、まつろわぬ義経を自身の駒として取り込んだのだ。
同じことはほかの地点でも行われた。
草薙護堂と相対するウルスラグナは、
さらに合神した孫悟空。
こちらは闇や悪に近い属性を持つその性質から浸食され、破壊衝動の塊と化し、地の闇より再臨した。
本来ならば、ラーマの三英雄神として、与えられた神格と信仰でもって力を振るうべき
孫悟空と相対するのは、武威でもって再度の神殺しを成した羅翠蓮、超変身と魔弾でもって自身の権能を再掌握したジョン・スミス、そして、自身の歩んだ冒険を再確認したアレクサンドル・ガスコインの三人。
ウルスラグナと相対するのは、こちらは変わらず草薙護堂。しかし、彼一人ではなく、当代の紅き悪魔、日本最高の霊視の姫巫女と、日本最強の神がかりの剣巫女の姿があった。
そして、闇に飲まれるも、自身の持つ女神の権能によって魂の保護を得ている義経
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「ああ、なんとなくわかったよ。
これが、今の俺の役目なんだね」
義経は、自身の中の女神と対話する。
義経が復活に託した願いは、"平氏を滅ぼす"程度ではない。
その根源は、"救済"。"平氏を滅ぼす"ことはその一部でしかない。
それはあくまで結果に過ぎない。
日本に仇なす悪意からの救済。そして、払うことのできなかった兄の悪意、その救済。
日本に根付く悪意を払い、悪意を救済することこそが、その復活の願いであった。
義経の中の彼女の持つ、魂を縛る権能は、その実、魂に祝福を与える、古代の女王の加護を与える権能である。
義経自身が、精神の平衡を保てている理由もそれ。
まつろわぬ神、そして暗黒神の眷属として強化されたその力が、権能の強化という形で発現した結果、皮肉にも"闇"に対する対抗策となっている。
周囲から響くのは爆音。
前後左右から聞こえるそれは、ほかの場所の、ほかの神殺したちの戦いも、新しい段階に進んだことを示すもの。
「行くよ?」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
意味ある言葉は帰ってこない。
だから、覚悟を決め、仕掛ける。
獣の動きは反射的ではあるものの、獣らしくなく、理性的で合理的なものだった。
神剣に対し、合わせられたのは神刀。
少し前、とある海岸で再現されたものと同じ、しかし、結果は異なった。
暗黒神の眷属として強化された権能によって生み出された神剣は、その根源を同じくする神刀の闇を喰らい、黒い稲妻でもって聖魔王の体を焼く。
合わせるたびに、聖魔王の纏う闇が、神剣にまとわりつく。
しかし、闇ではあるが害意はないそれを振り払わず、受け入れる。
「悪意を喰らえ。闇を統べろ」
「悪意でもって、善を成せ」
「悪意が善を生むことを、誰にも否定させはしない」
「人を導き、正義を貫け」
「闇の先に、光を見出せ」
その闇が伝えたのは祝福の言葉。
彼の前に立った者たちが、彼に与えた正しく祝福で会った言葉。
彼らが闇によって奪われた、呪いによって奪う力ではない。
彼らが
目の前に立つ聖魔王が、自身がなすことのできなかった悪意に対する救済を成していたことを理解し、彼を救済することを、その言葉の持ち主たちに誓う。
覚悟は決まった。
数合でもって闇の神刀を切り裂く。
対する聖魔王の行動は単純な、新たな神刀の創造と神刀の再生。
それを隙とみて仕掛ける。
行使するのは転移の権能。
暗黒神の加護を得て、強化されたその権能の、その全力を出すための言葉を紡ぐ。
「
告げられたのは祝福の言葉、しかし、暗黒神によって歪められた呪いの言葉。
だが、その力は正しく発揮される。
限界を失わされたその権能の全力行使。
神剣を振るい、斬撃だけを転移によって聖魔王の周囲に飛ばす。
権能の力は転移と神速の付与。自身や他人だけでなく斬撃までもその対象。
神剣の一振りを十の斬撃に増やし、聖魔王の周囲を斬撃によって埋め尽くす。
爆発、そして、衝撃波。
土煙の先に見えた聖魔王の姿は無傷。
自身の内よりもたらされる闇をそのまま防御に転用した結果。
「(物理攻撃に対する耐性が異様に上がってるねえ)」
卑弥呼の権能の一側面、縛り、自身の内にある魂に信仰を基にした形を与える。
呼び出されたのは数騎の騎馬武者と、巨体を誇る男。
その巨漢、伝承を知るものが見ていたならば、"武蔵坊弁慶"と、そう呼ばれたであろう男の姿。
「ごめんね、頼むよ」
しかし、その主が命じるのは捨て駒としての扱い。
闇に飲まれ狂う聖魔王に対する、時間稼ぎの役割。
その命令に力強く頷きを返す男たちに、純粋な感謝を覚える。
そして、平静を保つ精神で考えるのは打開策。
目の前数十メートルの距離で繰り広げられる激突を視界の内に収めながらも、考えをやめることは彼らに対する冒とくである。
目的は救済。
闇に飲まれてしまった自分ではなく、闇に侵された目の前の男に救済を与えること。
自らの兄に、悪意に飲まれた過去の人々に、与えることのできなかった救済を与える。
まずは手段。
近接攻撃以外での痛打は、こちらにとっても痛手となりうる。
それは以前の模擬戦によって理解した。
平将門の権能は意外と厄介なものだと再認識する。
直接攻撃によって狙うのは一撃。卑弥呼の権能を乗せた最大の一撃。
しかし、狙うべき場所がわからない。否。
「まつろわせ、まつろわせ。
再度、今度は卑弥呼の神託を得るための祝福の言葉。先ほどと同じように悪意によって歪められた呪いの言葉。
しかし、見えた。正しく希望となりうる可能性。
聖魔王に祝福を叩き込むべきその場所。
聖魔王の悪意の根源ではなく、そこにさらに悪意を加えるモノ。
神力と呪力と卑弥呼の権能を合わせ、それを穿つための剣を鍛える。
「
また、歪められつつも創造されたのは、これも正しく、天の光と魂の祝福を体現する剣。
後は、当てるだけでいい。
すでに部下たちは再度の死を得てしまった。
残るは神殺し二人のみである。
転移による接近。
それを読んだ聖魔王の一撃を、あえて受け止める。
「
紡がれる呪いの言葉は鋼の不死性を持つ大天狗の祝福の言葉。
剣を持つ限り、外傷で死ぬことは絶対にない。
差し込まれた刀が、体の内から呪いの言葉を吐き出す。
しかし、今、その体を形作るのは同質の闇。
そして、加護を受けた自らの魂は、その呪いを逆に侵す。
聖魔王の身動きを封じることに成功した。
両の刃はすでに遮那王の肉体によって押さえつけられている。
黒く染まっていた神刀は、すでに半ばまで白く染められている。
最後の
「善を滅ぼす悪意の具現、魔の法でもって善をまつろわす龍蛇の呪い。
殺せ、殺せ、呪え、呪え、悪意をもって"悪意"を喰らえ」
アンリマンユの一部でもあるアジダハーカの権能。
自ら歪め、闇に歪められなかったその呪いの言葉は、聖魔王の纏う闇を穿つためのもの。
闇と同化し、闇を穿つ力を持つ闇を神剣にまとわせ、ゆっくりと聖魔王の腹に差し込む。
狙うのは腹。悪神の残滓の残る場所。
闇の根源ではなく、悪意を喰らい、増幅するそれ。
悪神の残滓に差し込まれた神剣が、その内包する祝福を吐き出す。
同時に、彼の権能が彼を覆う闇を逆に飲み込んでいくのを感じ取る。
彼自身の持っていた、"与える"権能が、彼の魂、彼の存在に祝福を与える。
「神々よ、彼の王は正しく救われるべきものである。
人々よ、この王は正しく敬われるべき人間である。
信じられる限り救え、救われる限り信じられよ。
王の魂に光あれ」
口をついて現れた言葉は最高神としてのアフラマズダの祝福の言葉。
アンリマンユが与えたものではなく、原初の闇が奪い取ったものでもない、真なる女神が自身の子の誕生を祝福するために与えた彼だけの権能。
魂の救済が聖魔王の内より広がっていくのを確認する。
聖魔王を覆う闇を、そのうちより現れた光が打ち払う。
「友達ってのは対等であるべきものだろう?
今度は
聖魔王の友の言葉。そして、暗黒神の友の言葉。
闇を切り裂き、闇を払い、その結末を見て取って、遮那の王たるまつろわぬ神は、満足を得て、笑顔で消えた。
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「もたもたしてないでさっさと行くよ。
お前のすべてはオレが肯定してやる。
いつでも、どんな時代でも。
お前がお前である限り、オレはお前を、聖と魔を統べるものであると認めよう」
まつろわぬ源義経は、確かに笑っていた。