億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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30:鋼

「ちょっと待っててくれ、連れを連れてくる」

 

 降り立った場所は日光に向かう道のはずれ、森の中。

 方向はわかっても道がわからなかったようで、義経はいまだ日光東照宮に到達していなかった。

 

 言った対象は、一応、その場にいる神殺し三人に対してだ。

 まあ、話を聞いてくれるとも思っていない。

 あくまで、言ったという保証がほしかっただけだ。

 転移で日本支社に向かい、そこにいたディライとアキム、アーラ、そして、リリアナ嬢を連れ、再度転移する。

 リリアナ嬢はディランの代わりに連れて行ってほしいといわれ、なんだかんだ言いつつ、俺と行動を共にすることになっている。

 

--

 

「さっさと行かない?」

 

 聖魔王を見送り、遮那王は羅濠教主に話しかける。

 

「そうですね、彼奴もすぐに戻るでしょうし、何より、もう時間のようです」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 羅濠教主は遮那王を連れ、そこに向かう。

 

 目前の山には蛇の神格、弱った封印に日光の鋼の活性化を抑えることなどできはしない。

 

 状況を理解しつつも、理解できたからこそ、冥王の名を持つ仮面は、聖魔王の帰還を待った。

 

 

--

 

 戻った先にいたのはジョンのみ。知ってた。

 

「どこに行った?」

 

 わかり切っている問いだが、一応聞かなければならないだろう。

 答えはなく、代わりに仮面が向くのは東照宮の方向だ。

 合わせてそちらを向いた瞬間、その方向から呪力が広がっていくのを感じ取る。

 二人の神殺しが戦闘態勢に入ったのを見て取った、俺の従者たちも警戒を強める。

 

 先ほど拡散した呪力。

 乗せられていたのは俺にとってなじみ深いもの。

 呪いの権能が乗った呪力が拡散していた。

 そして、今日は平日とはいえ、日光東照宮は有数の観光地である。

 そこに思い至った瞬間、最悪の想像が頭をよぎる。

 

「御身は早く呪力の中心へお向かいください。

呪いは我らが調べます!」

 

 一番最初に状況を理解したのはリリアナ嬢。

 目に呪力が集中しているのを見て取り、霊視を得たものと判断する。

 

「呪いは何とか出来る類のものです」

 

 次に理解したのはディライだ。

 ヴォバン侯爵に目を付けられる程度に優れた魔女術の才は、リリアナ嬢と同じく霊視という形で彼女に知恵を与える。

 

 何とかできる。

 少なくとも、この場の手札を用いることで不可逆ではなくなる類で済む程度のもの。

 安心を得て、ジョンと視線を交わす。

 

 二人の神殺しは神速でもって戦場へ向かう。

 

 

--

 

 果たして、日光で眠りについていた鋼の軍神はすでに復活を果たしていた。

 そして今、彼の神の従属神たる三柱の神が顕現する。

 

 三柱を束ねる鋼の猿神、その名は、

 

「斉天大聖、いつぞやの戦いの結末、今ここでつけましょう」

「いいぜえ、来いよ、女ァ!

武で俺と語らって見せろやァ!!!」

 

 "斉天大聖"孫悟空、対するは人の身の武の極致たる"羅濠教主"羅翠蓮。

 

「ってことは、俺は君らの相手をすればいいのかな?

まあ、一対一よりは面白そうだし、ストレス発散にはちょうど良さそうだね!」

「まあ、待て。

私も混ぜてくれないか?」

「あそこに混ざる気にはならんから、俺もこっちで頼むよ」

 

 三人の王、遮那王、冥王、聖魔王。

 

「さすがは大罪人、この状況でここまで吹くか」

「当然であろう、奴らは罪人であるのだから。

しかし、罪人なら罪人らしく、穢れをはらうが私の役目」

「ガハハ、それでこそというものであろう!

我が義兄弟との戦場だ、此度は勝利でもって最後を飾ろうぞ!」

 

 対する神は、"斉天大聖"の呼び寄せし、西遊記における旅の仲間、猪八戒、沙悟浄、そして孫悟空の義兄弟でもある敵役、牛魔王の三柱。

 

 神の軍勢と神殺しの一団が激突する。

 

 

--

 

 斉天大聖と師匠はその場、女峰山の麓を動かず、打撃戦を展開している。

 その至近では義経が猪八戒と剣を交わし、ジョンは沙悟浄を神速で引っ張り、女峰山の向こう、太郎山へと戦場を移した。

 

 そして、俺は中禅寺湖まで牛魔王を引き連れ移動する。

 

 牛魔王。

 火炎の山に居を構え、巨大な牛に化身するという逸話を持つ西遊記の敵役の一人。

 そして、孫悟空ともとは義兄弟の間柄でもあった、孫悟空の兄でもある。

 

「我が名はすでに名乗った。

次は貴様だ。神殺し、名を名乗れ」

「カワムラだ。

短い付き合いだろうが以後よろしく!」

「そうだな、すぐに終わらせよう!」

 

 言いつつ、牛魔王が両手で構えた棒を振るい、突撃を掛ける。

 受け止めるのは呪いの神刀。平将門の権能で強化した人切りの刀でもって受け止める。

 

 迎撃による呪いの浸食を狙っての行動だったが、牛魔王の武器たる棒は、その呪いを受け付けなかった。

 その結果を予想外に思いつつも、反撃に移る。

 数度打ち合うも、やはり呪いは通らない。浄化の権能を持つ神具だ。

 

 牛魔王も同じく驚いていた。

 目の前の神殺しより感じるのは純なほどの悪意。

 そして、手に持つ刀が纏うのは、敵対者を延々と呪い続ける意思を持つ悪意。

 神殺しの予想した浄化の権能を持つ神具は、しかし、その悪意を浄化することが出来なかった。

 

 お互いに、自身の武器がその特性を満足に生かすことが出来ないことを理解し、互いに武器を強く打ち合わせ、距離をとる。

 

「アンタのその棒、なんなんだよ。

牛魔王が浄化の武器を持ってるなんて聞いてねえぞ?」

「棒?ああ、これは違う。

これは儂の武器ではなく、我が妻の武器たる芭蕉扇よ!

どうだ、美しかろう!

まさしく我が妻の現身たる華麗な武器よ!!」

 

 聞きたいことを全て言ってくれた。

 

 芭蕉扇。

 牛魔王の妻たる鉄扇公主の武器にして、風を吹かせ雲を呼び、そして雨を降らす浄化の扇。

 

 相手が距離をとった理由を考えるに、俺の持つ刀の呪いが思いのほか深かったということか。

 

 牛魔王が呪力を高める。

 それに合わせ、俺も呪力を高め、牛魔王の攻撃に備える。

 

「三昧真火!!」

 

 牛魔王が扇を開き、振るう。

 それによって現れたのは風ではない。巨大な炎の槍が放たれる。

 牛魔王自身の権能ではない。火山をその住みかとし、炎と鋼の属性をも内包する牛魔王の、彼の息子が持つ権能、水で消すことのできぬ炎を操る権能。

 扇の持つもう一つの側面、炎を生み出す権能によって再現した牛魔王の息子の権能であった。

 

「炎!?」

 

 逸話を知らないながらも、炎に対し、アフラマズダの水による迎撃を選択する。

 しかし、それは愚策。

 水によって消すことのできぬ属性を与えられた炎は中禅寺湖の水を操り放たれた、その一撃を真正面から打ち破り、迫ってくる。

 

「それならこっちだ!」

 

 鈴の壁を打ち破りながらも、わずかにその勢いを減らした炎の渦に対し、左手にナイフを取り出し、浄化の炎を纏わせ、さらに鍛える。

 

「灯せ、正義の光。燃やせ、聖なる炎。

アシャ・ワヒシュタの名の通り、正しき秩序、正義でもって、虚偽に対する鉄槌を下せ!」

 

 その炎の本来の持ち主である牛魔王の息子、"聖嬰大王"紅孩児は、虚偽を用いて三蔵法師に取り入り、その体を狙った。

 頭に浮かんだ罪の通りに"聖句"を謳い上げ、炎に天の属性を付加、ナイフを振るい、迎撃する。

 

 結果は相殺。

 四海龍王でもっても歯が立たない地の炎はしかし、天の属性によって打ち払われた。

 

「どうだよ!」

 

 聖魔王の雄たけびは、牛魔王に届かない。

 牛魔王はすでに突進を選択している。

 視界を覆う爆炎が吹き飛び、、牛魔王が懐に飛び込む。

 

「ぬうおおおおおお!!」

 

 たたみ、再度棒となった芭蕉扇に、今度は浄化の水を纏わせ、振るう。

 一撃で右手の刀の纏う闇にひびを入れ、二撃目でもって同じ属性を持つ左手の炎を水でもって鎮める。

 アンリマンユの権能の一つ、水に抗い、枯らす権能でもって退避の一瞬を生み出し、距離をとる。

 

 今度はこちらが仕掛ける。

 方法は物量。ここまでの戦闘の最中、掌握を進めていた湖底に揺蕩う闇を開放する。

 

 対する牛魔王も物量戦に応じる構えを見せる。

 開き、振るわれる扇から放たれるのは炎と風。

 浄化の属性を付与されたそれが、闇を押し返す。

 

 

 闇が足りない。量が足りない。

 昼日中で大量の闇を確保するというのはなかなかに荷が重い。

 自身の掌握した闇と、信仰と悪意を変換して得られた呪力を基にした闇、それぞれを展開しつつ、闇を探す。

 

 そこで得たのはある種の天啓。閃いたのは空の闇。空の先、宇宙空間にある"闇"の概念。

 宇宙の闇そのものであり、謎の星間物質である暗黒物質。

 思えば名前もおあつらえ向きだ。少しの笑みを見せ、自身の掌握のための触手を空へ、宇宙へと伸ばす。

 

 間に合った。

 宇宙の闇の一部の掌握は、湖底の闇をはるかに上回る量をその手中に収めることに成功させた。

 供給源までの道筋は維持し続ける。

 

 少しの違和感を覚える。

 宇宙へと伸ばした触手が何かに引かれ、そのまま断絶する。

 最後に与えられたイメージは、光の神剣。

 しかし、戦闘中であると意識を切り替え、途切れたながらも莫大と言える量の確保に成功した闇でもって、浄化の炎風を飲み込み、喰らう。

 

「それで終わりか?」

「ぬうううう!!!」

 

 牛魔王が呪力を更に注ぎ込む。

 しかし、闇の物量を押し返すことは出来なかった。

 

 あと一歩、その時、孫悟空と師匠が戦っていた方角より、声が届く。

 

「この女、なかなかにやりおる。

力をかせい、おぬしらよ!

我ら合一の力でもって、羅刹どもを討ち斃そうぞ!!!」

 

 牛魔王が光に変わり、孫悟空のいるであろう方角へと飛んでいく。

 

 従属神との合一。

 

 戦いは最終局面に入ったようだ。

 

 

--

 

「この体、ラーマと呼ばれる神であったか?

まあ、高々千年、二千年程度ではこの程度の神格にしか成りえんか。

だが、この神の持つ格は、彼奴と戯れるにはふさわしい。

ククク、ハハハ。

今、会いに行くぞ、我が初めての戯れ(愛し子)よ」

 

 衛星軌道上にて、黒に染まった青年は嗤う。

 その眼下、目線の先には一人の男。

 

「ククク、ハハハ、ハハハハハ!」

 

 嗤い、男は大地を目指す。

 


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