億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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終章、聖魔王の帰還
29:神殺し、来訪


--アメリカ、ロサンゼルス

 

 その"依頼"が舞い込んだのは一週間前のことだ。

 

 唐突に、

 

「アメリカってところに行ってみたいんだけど」

 

 義経がそういった。

 

 それに対し、アメリカというキーワードから、

 

「カリフォルニアに、"守護聖人"って呼ばれてる神殺しがいたな」

 

 と、口走ってしまった。

 

「いいね!ちょっと会いに行こう!」

 

 うかつだったとは思うが、こうなったらもう止まらないことは知っている。

 せめて正規の手順を踏もうとトルコへ転移。

 ディランに事情を話すと、

 

「交渉ですね」

 

 仲間が増えた。

 

 渡米メンバーは俺、義経、ディランとディライ、アキムとアーラ、あとは、常駐していたリリアナ嬢という、割と大所帯になった。

 

 

 トルコから乗り継ぎを何回か挟んでカリフォルニアに到着。

 件の"守護聖人"が"ロサンゼルスの"と前に付くことを忘れて、俺はカリフォルニアといえばサンフランシスコだろ、と言ってサンフランシスコに到着してしまった。

 まあ、それでも同じ州ではあるのだし、と南下しながら現地の魔術結社との接触と人探しをディランとディライの姉妹に任せ、これまた義経のわがままにより、クルーザーをレンタルして釣りをしていたら、義経がライダーマスクをかぶった女(大物)を釣り上げてしまったのだ。

 

 

 数時間前、義経が唐突に、「いいなあ」とつぶやいたわけだが、その理由がまつろわぬ蛇とこのライダーマスクの神殺しとの戦闘だったわけだ。

 戦いを何らかの権能によって認識した結果出た言葉だったようだ。

 

 呪力の抵抗が強かったために加護を与え回復力を強化させてやることもできなかったが、数時間でしゃべれるようになった当たり、さすが神殺しというべきであろう。

 その神殺し()が名乗った名前は、"アニー・チャールストン"、そして、ロサンゼルスの守護聖人"ジョン・プルートー・スミス"であった。

 

 

 そして、最初の"依頼"の話に戻る。

 

 内容は、できれば回復、ついでに援護、あとはアニー・チャールストンとジョン・スミスを別人だと周囲に印象付けておきたいという話だった。

 

 回復は、手段がないためどうしようもない。

 

 援護は、邪教が人を生贄に神を呼ぼうなんて馬鹿げたことをしようとしてると聞いては放っておくことなどできはしない。

 この点は義経も同様だ。というか、神とはまだ戦っていないせいで、フラストレーションはまだ発散しきれていないようだ。

 

 あとは最後のおまけについて、これは、俺が闇を纏えば多分どうとでもできる。

 それでなければ、今のディライの隠形を応用した変化なら、並の術者では見破れないはずだ。

 聞けば、並以上の術者にはそれとなく明かしているとのことでもあったので、ディライの方に任せることにする。

 おっさんが女性に化けるのはいろいろとナシだ。

 

 

 それからジョン、人前でこの格好の時はジョンと呼んでほしいそうだ、の回復を待ち、それでも全力で向かったのだが邪教が行う復活の儀式そのものの阻止には失敗した。

 犠牲者がその教団の奴らだけで済んだのは不幸中の幸いか。

 それに復活した蛇神、もとは神祖だったようだが、そちらも前回の戦いで相応に弱体化していたため、ジョンが単独で、危うげなく打倒してしまった。

 義経がすごく不満そうである。

 

「あら、ジャック、また会ったわね」

「アニー?

どうしてこんなところへ?」

「友達が最高のショーだ!とか騒いでいて連れてこられたのよ。

まあ、その連れてきた子たちがどっか行っちゃったのだけど」

「ああ、ああ、いや、確かに最高のショーだったよ。

明日、お茶でもどうだい?

誰かに話したい気分なんだ」

「あら、アタシの前で浮気?

いい身分ね!」

「ち、違うんだアリソン!

ただ、我らの英雄の帰還を、その奇跡を知らない人に教えたいだけなんだ」

 

 わかりきっていた受け答えにアリソンが笑う。

 その姿を見てアニー(ディライ)も笑顔を見せる。

 

 三人の後ろには人々に称えられる守護聖人の姿があった。

 

 アニーもとい変化済みのディライは己の仕事を全うした。

 数時間でよくもまあ"アニー"の特徴をつかんだものだと感心する。

 

 こちらとしては、義経の不完全燃焼をどうにかしないとまずそうだが、とりあえず、依頼は完遂したといっていいだろう。

 

 

 この光景を拭い去るような悪意はないに越したことはない。

 夜の闇を掌握し、悪意の下へと転移する。

 しかし、

 

 ロサンゼルスの守護聖人、その"プルート"の名の由来の一つである贄を捧げ、変身を行う権能により、ロサンゼルス中の"光"が失われた結果現れた、膨大な負の感情により、悪意の源を見失ってしまった。

 

 目の前に残ったのは女性。

 重体ではあるが、それでも死んではいない。

 何が起こったのかはいまいちわからないが、アンリマンユの権能が反応するその女性を放っておくこともできず、とりあえず"アナトリアの巨人"の本拠に転移し、加護と結界によって保護し、ロサンゼルスに戻った。

 

 英雄の帰還を祝うその祭りは、英雄が去り、光を奪い去られても、終わりは見えなかった。

 

 

--

 

「鋼がまつろわす蛇も、悪も、すでに彼奴の中にあります。

それに、封印にくさびも入れ、近くで神殺しの呪力を叩き付けました。

そろそろ、頃合いでしょうね」

「はい。

準備は万全でございます」

 

 彼の師匠は、再度日本へ、決戦へ向かう。

 

--

 

「彼らはもう帰ってしまったのか?」

 

 疑問の対象は、トルコから来た日本人の神殺し率いる一行。

 報酬は前払い。ことが終わった即日解散。

 結果、彼女はお礼を言いそびれている。

 

「お礼に行くべき、だよねえ」

 

 その時、電話が鳴る。

 着信が示す名は「ジョー・ベスト」、親友の名である。

 

 その彼が知らせた情報は、お礼に日本に行ってみる、ことに傾きかけていたアニーの思考を決定づけた。

 

「アーシェラが生きている。別な神祖も日本で暗躍している」

 

 飛行機で、ロサンゼルスの守護聖人は、日本へと向かう。

 

 

--

 

 アーシェラは確かに生きていた。

 

 船とともに燃え尽きた大蛇は、その巨体を隠れ蓑として、本体たる神祖、アーシェラを生存させていた。

 しかしそれだけ。

 アーシェラの回収のために現れたグィネヴィアは、()()弱り切っていなかったアーシェラに攻撃を加えようとした。

 だが、その一撃は、"アーシェラを限界まで弱らせる"という目的を達することはなかった。

 

 転移の権能により、唐突に付近に出現した聖魔王の気配を感じ、グィネヴィアは、その一撃でもってアーシェラを討滅することを選択した。

 アーシェラを確保する時間はなく、魔王に渡すことも許容できなかった。

 

 胸を突き、心臓を抜き出し、喰らう。

 聖書に現れる蛇の象徴たる心臓(果実)を、世界の終末に供されるリヴァイアサンの姿と同じく、自らの内に取り込み、神祖として残っていたアーシェラの神格を簒奪する。

 その結果を確認し、姿をくらませたのは聖魔王がその場所を視界に収めるのと同時、そして、ロサンゼルスの守護聖人が、ロサンゼルス全域の光を奪い去ったのと同じ瞬間であった。

 

 そして、聖魔王は、胸に穴が開きながらも、わずかに命の光を灯し、アンリマンユの権能が嗤う、その女性を保護することを決めた。

 

 

--日本、東京、某旅館

 

 修羅場だ。

 確かにこれは修羅場だ。

 

 師匠の方は以前から言われていた内容。

 "何か"と対するための露払い。

 わからないことの方が多いが、"ジョン・スミス"の要件よりはまだ情報が多い。

 

 その"ジョン・スミス"。

 ライダーマスクみたいなものを被った男装の女性は、部屋にはいるとき、"依頼"といった。

 話の内容でわかっているのはこれだけだ。

 

 ジョンには悪いが、ここは師匠の方を優先させてもらう。

 

「師匠、露払いって何についてのです?」

「おや、私からですか?

そちらの二人の神殺しはよいのですか?」

「こういったものはレディーファーストであるべきだよ。

それにそもそも、私の方が後から入ってきたのだ。

聞かれたくないというのなら、そうだな、そこの彼と廊下で少し話でもしていよう。

行くぞ」

「え、え、オレもかい?

そこの女性を紹介してほしかったんだけど?」

「あとで紹介するから、お願いします」

 

 二人は出て行った。

 結界を張った方がいいかなと、師匠の方を見たものの、その視線を気にする様子はなく、師匠が話し始める。

 

「まあ、言っていませんでしたね。

以前、来日した際に、探し物をしているとは言いましたね?

そして、日光に見つけたとも」

「それは、はい」

 

 覚えている。

 甘粕に聞いてみたらすごく焦っていて、ただ近づくな、と言われた話だ。

 やっぱりフリだったのだろうか。

 

「回りくどく言うのはなしにします。

日光には私の宿敵たる鋼の神が眠っているのですよ。

そして、彼の神は戦いに際して自らの従属神を呼び出し、従えることが出来ます。

露払いとは、その従属神たちの相手ということですよ」

「…()()()()()んですよね?

わざわざ起こすんですか?」

「起こさなければ戦えませんよ?」

 

 真顔で疑問を返されてしまった。

 次いで第三者の声。

 

「日光か、奇遇だね。

私の依頼というのもそこに関係があるのさ」

「ジョンもか…」

 

 ジョンの後ろに義経もいる。

 話に入ってきたそうにしているので、しようがないので相互に紹介する。

 各々が知っている以外の関係性の説明が主になった。

 この神殺し集団の中心が俺ってどういうことだ。

 

「とりあえず、依頼を説明する前に、一つ聞きたいのだがいいかね、聖魔王よ?」

「内容によるけど、なんだ?」

「アーシェラという女を知っているか?」

 

 その名前は、ロサンゼルスにおいて二度、リヴァイアサンとなって神々と戦いを繰り広げた神祖の名前だ。

 名前自体は知らない。しかし、思い浮かぶ女性の姿はある。

 あの夜、悪意あるナニかによって、力を奪われた女性の姿。

 その外見的特徴をジョンに話す。

 

「ああ、間違いなくアーシェラだね。

やはり君が拾っていたのか」

「拾ったっていうか、保護といってほしいね。

アーシェラさんは、今のところ神祖としての格と、それに付随する記憶の大半を失っているようだから、できればそっとしておいてあげたいんだが」

「それで、君の言う"悪意"が振りまかれる結果となったらどうだい?」

 

 ジョンから殺気が向けられる。

 本気の殺気。ジョンは殺すべきだと告げている。

 しかし。

 

「それなら俺が止めるさ。

出来れば女性を殴るような状況にはなってほしくはないけどね」

「フェミニスト気取りかい?

まあ、そういうのなら、君たちに預けよう。

出来れば、何か起きる前に知らせてくれると嬉しいね」

 

 そして本題。

 

「で、依頼の話だけどね。

私が日本に来た理由は二つ。

一つは先ほどまでの話、君に確認したいことがあったから。

そして二つ目。その神祖とは別の神祖が日光で暗躍しているらしいんだ。

そいつを討つのを手伝ってほしい。

いや、この場合は、討伐を手伝ってあげようと自分の存在を売り込むべきだったかな?

とにかく、アーシェラが害になりえないとしても、それと同じ神祖という存在が悪事を働こうとしているのは気に入らないのでね」

 

 言葉を返すのは俺ではなく師匠。

 

「その神祖、グィネヴィアという名前ですか?

それなら我が弟子、陸鷹化に接触したようですよ?

日光に眠る神を起こす手伝いをする、と一方的に通告してきたようです」

 

 補足するべき情報を俺は持っている。

 

「鋼は蛇に反応するんだよな?

多分、そのグィネヴィアって神祖はアーシェラの神格を奪い取っている。

俺が現場に現れたから、神格だけ奪ったんだろうな。

どういう扱いができるのかはわからないが、グィネヴィアが"蛇の神格"を持っているってのは覚えていてくれ」

「まあ、ちょうどよいでしょう。

あらかじめ配した楔もよい塩梅です。

自分たちで勝手によみがえらせてくれるというのも好都合です。

そこの仮面の神殺しも日光に向かうのですね?

でしたらあなたにも露払いを命じることとします。

疾く、向かうとしましょう」

「…貴女はさっき、自分で起こすといっていたな?

正直、そんな過激なことをするような女性とは相いれないのだが?」

「起こそうとしていただけですよ。

今、この時に、実際に起こそうとしているのは貴方の追う神祖です」

「…正直、貴女は信用できない。

しかし、聖魔王の彼は信用できる。

日光に向かわなければならないのは同じだし、私も帯同することにしよう」

 

 話は決まったようだ。

 

 そういえば、義経(戦闘狂)の反応がない。

 あいつの大好きなまつろわぬ神の話なんだが、視界内に義経は見当たらない。

 

 嫌な予感を覚え、義経に付けた端末の位置を探る。

 

「あいつ抜け駆けしやがった!」

 

 端末の場所は日光付近。

 日本全国の名所観光でその付近を通ったことを覚えていたらしい。

 フリには従わず、近くに行っただけなので、大体の場所程度の情報だったはずだが、義経の行動力は予想以上だった。

 

 突然の声に反応し、師匠とジョンが俺を見る。

 そして、最初の四人から一人減った部屋に気付き嗤う。

 

「早く向かいなさい」

 

 言って、師匠が俺の右手を握る。

 それを見たジョンは左肩に手を置く。

 ジョンも俺の闇を経由した転移の能力をどこかで知ったようだ。

 

 移動役は問答無用で俺であることも決定らしい。

 

 義経の闇の端末を目印に、神殺し一行は旅館の一室より消えた。

 

 

--イギリス、某所、"王立工廠"

 

「神祖アーシェラの力を何に使うのかと思っていたが、日本で鋼を起こすために使うつもりだったのか。

ロサンゼルスでアーシェラを確保できていれば、自分は高みの見物でも決め込むつもりだったのだろうな。

うん、目撃情報が上がっている。

表舞台に出ざるを得ない状況であると、そう判断できる情報だな。

ならば、ちょっと邪魔をしてみようか」

 

 報告書を読み、日本に向かうことを決めたイギリスの神殺しは、"日本に向かう"、そう、一行だけのメモを残し、開け放たれた窓から黒い雷光となって消え失せた。

 

 彼の部下たちがメモに気付くまであと一時間。

 


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