億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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本日更新分で本編終了です。


章間
章間話:微睡む闇


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 面白いものを見つけた。

 

 闇はそう思った。

 

 世界の始まりからある闇が、世界の外で微睡んでいたとき、それを見つけた。

 

 闇は世界の内にも存在していた。

 

 しかしそれは、大体の場合においてごく小さく、意識した瞬間消えてしまうようなものばかりだった。

 

 だから、それに興味を持った。

 

 面白いものの名前は、"ヒト"と自らを呼んでいるらしい。

 

 面白い理由は、その存在に見合わないほどの闇を持っている個体が稀にあること。

 

 人でありながら人ではありえない黒い闇を持った人。

 

 しかし、それも一瞬でしかなかった。

 

 闇の感覚に比べて、人間の一生程度は、短すぎた。

 

 

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 面白いことが起こった。

 

 闇を讃える人間たちによって、自分の一部が自分以外となって、世界に落ちた。

 

 自分以外の闇は楽しそうだった。

 

 自分が目を付けた黒い闇を、愉しそうに喰らっていた。

 

 しかし、自分以外のその闇は、自分と共には居てくれなかった。

 

 闇は、自分以外の存在を知り、そして、"うらやましい"という感情を得た。

 

 

--

 

 また、面白いことが起こった。

 

 自分以外のその闇が、人の言葉に、本当に楽しそうな笑い声をあげた。

 

「ありがとう」

 

 そう聞こえた。

 

 自分以外のその闇が、その言葉を闇に聞かせた。

 

 自分以外の闇は消えた。

 

 自分以外の闇は、人に、より深く純粋な闇を見出し、何かを託して消えた。

 

 うらやましいと、自分と対等な存在とともにあることのできる、

 

 自分以外の闇に、おそらくはそう思った。

 

 闇は確かに嫉妬していた。

 

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 闇を得た純粋な闇は、自分以外の闇が見出しただけに、美しく、そして、楽しい闇だった。

 

 楽しい。自分以外の闇が得て、そして今、自分が得たものだ。

 

 同時に彼は、光の世界にある異物()を、闇に与える。

 

 繋がっていた。

 

 "ヒト"が闇に流れ込んできた。

 

 見ているだけでいい。そう思っていることが出来たのは、わずかな時間だった。

 

「どうする?」

 

 楽しげな声で、その純粋な闇に問いかける。

 

 この世すべての悪意の具現。その可能性。

 

 ()()()()、それに絶望し、世界を見捨てるであろう問い。

 

 実際、そう期待し、闇と共にあることを、その純粋な闇も望んでくれる。

 

 そう期待しての問いかけ。

 

 しかし、純粋な闇だった彼は、世界()と共に、あることを望んだ。

 

 望まれてしまった。

 

「ククク、ハハハ。ゾロアスター教の悪神としての私(アンリマンユ)は、

 

随分と面白いモノをみつけたものだ。

 

悪意を喰らえ、闇を統べろ。

 

それにより、貴様の闇は強くなる(美味くなる)

 

だからこそ、だからこそ、人の子(この男)は面白い。

 

次の対話のときまでに、より美味しくなっていたならば、

 

あるいは世界の最後のときまで、とっておくやもしれんな」

 

 悲しい声が出る。

 

 その声は誰にも届かない。

 

 その声に誰も答えてくれない。

 

 光に対してある闇と、共に歩んでくれるモノはいない。

 

 闇は、諦めてしまった。

 

 闇に最も近づいた()は、しかし、光とともにあることを選んでしまった。

 

 闇が決断を迫ったからだ。そして、闇と共にあった彼が、

 

 闇と共にあったせいで、()()()いたからだ。

 

 だから、闇は、すべてを諦めた。

 

 

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 皮肉なものだ。

 

 そう思う。

 

 彼が、闇ではなく光とともに歩むことを決めたから。

 

 自分は世界に触れることすらできるほどの影響力を得てしまった。

 

「すべてを背負え、すべてを喰らえ」

 

「闇の先に、光を見せてくれ」

 

 汚れた、しかし、美しくなった闇が、祝福の言葉を彼に与える。

 

 うらやましい。伝言を頼まれた闇は、それを律儀に伝えながら、そう思う。

 

「頑張って」

 

 彼の義母たる女神が言った言葉だ。

 

 女神は闇を嫌っている。

 

 当然だ。

 

 闇は、世界のすべてと釣り合うものだ。

 

 世界のすべてと、たった一つで釣り合ってしまう存在だ。

 

 彼は愛されている。彼はすべてに祝福されている。

 

 光も闇も、世界のすべてが、彼を祝福している。

 

 だから。言い聞かせ、未練を感じながら、闇は世界の敵としてふるまう。

 

「ハハハ、ハハハ」

 

 女神は答えず、終わった後も、渇いた笑いは終わらない。

 

 それは人が、寂しいと、悲しいと、そう呼んでいた感情だった。

 

 

--

 

 彼は世界に祝福されるべきだ。

 

 彼は私に最も近く、そして、最も遠くに行ってしまった。

 

 ならば、私の役割は。

 

「ハハハ、ハハハ」

 

 渇いた笑いは、終わってくれない。

 

 誰も、いない。

 

 

 ()()()


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