億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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03:補足、もしくは神殺しの知らない会話

--とある悪神と女神の会話

~安らかに眠る神殺しもどきを突きながら

 

「アンリマンユさま、ところで闇と影ってどう違うんです?」

「うん、例えるなら、闇が持つ悪意は世界に向いていて、影が持つ悪意は自分に向いているといえばいいかな。

例えば、(わたし)が彼に注目した切っ掛けでもある就職の失敗なら、自分の受け答えが悪かったと考えると同時に、面接官の見る目がない、日取りが悪い、面接の方式が悪い、テストの方式が悪い…、

いろいろあるだろうけど、自分以外に原因があることを考えない人間は、まあいないだろうね。

でも、この神殺しは原因を世界に求めなかった。一切ね。

すべて自分が悪いと考えていた。

その後の旅路の不運もすべてだ。

純粋な闇はあったけれど、純粋な影なんてあるわけがないと思っていたからね。

間違えていたこと自体に気付かなかったよ」

「そうなんですか」

「せっかく語ったんだから、もう少しリアクションがほしいぞ」

 

 言われ、パンドラは真顔で拍手を返す。

 

 

「アンリマンユさまの今の姿って何なんです?」

「この神殺しは影といったけど、本来は(わたし)を見た人間が心に持つ闇の形になるはずだった。

大体の人間は周囲が闇に包まれた時点で発狂し消えたが、この神殺し以前に私の前にたどり着いた男、確かどこかの大量殺人鬼だったかな。彼は私のことを怨念と呼び、発狂し、そして(わたし)に飲まれた。

本来、(わたし)に姿形などないはずだったんだよ。

だから、最初に影と言われてもそういう風に見えているだけだと思っていたんだ。

まあ、此奴のありがとうの言葉で自分の今の姿かたちを理解してしまったけれどね」

「つまりその姿は、文字通りの彼の影だと?

確かに背格好は似ていますよね。口も鼻も目も耳も髪もありませんが」

「最初にこの姿の意味に気付いていれば、あるいは違う結末もあったかもしれないね」

 

 

「アンリマンユさま、結局彼に何を食べさせたのですか?」

「さっきも言った通り、(わたし)の力を集めたものだよ。

それ以外の何物でもないと思うがね」

「それにしては、彼のお腹の底から怨嗟の声とか聞こえてくるんですが…?」

「それも当然だ。ここ数年蓄えた悪意も混ざっているからな。

むしろ(わたし)の闇を世界の悪意で包んだものを喰わせたともいえる」

「…それ、大丈夫なんですか?」

「早く吐かなければ死ぬだろうな」

「え”」

「まあ数日は生きるだろうし、数日もあれば奴が来る。

何もせずとも吐かざるを得なくなるさ。

これも手向けの一つと許してくれ」

「勝手に人の人生をゆがめておいて、ひどい言いざまですね」

「これもこの世すべての悪意が行ったことだ。

横暴だろうがそういうものだと納得してくれ。

代わりと言っては何だが、(わたし)の力そのものを与えたのだから、せいぜい本来の(わたし)を楽しませてくれ」

 

 顔はないものの、体全体で喜びと祝福を表し、この世すべての悪は消えた。

 

「アフラマズダ様を弑逆することができたなら、今度こそ私の息子として迎えに来るわ。

そうでなければ生き残れないようだし、頑張ってね」

 

 神殺しもどきの額に口付けを落とし、女神は消え、世界は元のあるはずだった荒野へと戻った。

 

 

--とある善神と女神の会話

~新生しようとしている神殺しを見下ろしながら

 

「アフラマズダ様、さすがに人に殴り合いで負けるとか、神としてどうかと思うのですが、そこのところどうお考えです?」

「然り。その通りであろうよ。

人と神の立場が逆でなければな。

最初に此奴が叩き付けた弱体化の権能は、(われ)の善性と神格に応じ、(われ)の神能のことごとくを封印していった。

あるいは背の光輪に呪力を注ぎ込み権能としていたら変わったかもしれないが。

結果として、(われ)の存在は人類最強程度にまで貶められ、そして奴は生まれたてのもどきとはいえ神の領域に踏み込んだ神殺し。

この結果は必然であろうよ」

「そんなことになっていたんですか。

最初見たとき、神殺しと神が真正面から殴り合うなんていう非常識な光景見せられて混乱しましたが」

「非常識な存在がいうセリフではないな。

確かに予想外ではあったが。

言い訳になるが、アンリマンユと(われ)の関係は対等なものであったが、常に(われ)が先行していた。

光の世界を先に創造したのは(われ)であるし、それを見て焦ったアンリマンユが厄災を生み出したのだ。

神殺しはアンリマンユではないというのに、見誤った。

この結果はそういうことだろう」

 

 満足そうな顔をして、善の最高神は消えた。

 

 女神も、笑みを浮かべ、新たな子供の額に再度の口付けをし、消えた。

 

--後の話

 

 パキスタンにおける、悪神アンリマンユの出現は、人間の術師たちも知っていた。

 しかし、アンリマンユは、100年ほど前にこの世に顕現し、しかし、大規模な破壊をもたらすことはなく、稀に悪人をさらっていく程度以上の被害を与えることはなかった。

 加えて、この世すべての闇という性質上、闇や悪意があるところに唐突に表れ、そして同じように唐突に消えることから、基本的には「触らぬ神に祟りなし」と人口密集地においてのみ、消極的な観測が行われる程度の対応に止められていた。

 そういった状況であったために、加えて、一度現れたら数年から数十年の潜伏期間を持っていたために、アンリマンユの存在の消失は問題とならず、それを弑逆した人間の存在も明るみに出ることはなかった。

 

 善神アフラマズダの顕現に対する対応もこれに近い。

 顕現した場所こそインド国内の人口密集地の近くであったために、最大級の警戒がなされたものの、人々に興味を示さず、その前日にアンリマンユの顕現が確認された方向に向かったことから、自分たちは無視と防御陣の構築を選択した。

 パキスタン某所の荒野で行われた神と人の殴り合いは結果として誰にも見られることはなく、そしてアフラマズダの消失もアンリマンユとの激突の末、敗北したと判断され、神殺しの新生は誰に知られることもなく行われた。

 

 

 

 こうして、6人目の神殺しの誕生が人に知られることはなく、この数日後に誕生した7人目の魔王・剣の王の誕生にアンリマンユとアフラマズダの存在も忘れ去られ、数年の時が過ぎる。

 ただ、誰もこの6人目の神殺しを知らなかった、というわけではないが。

 

 

--現在、パキスタン某所の荒野

~目覚めた神殺し(しんいり)と目の前に立っていた神殺し(せんぱい)の会話

 

「かかってきなさい。

先達として稽古をつけてあげましょう」

 

「…は?」

 

 新生して、神殺しとなって、気が付いた後、目の前に立っていた女が、唐突にそう言った。

 

 


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