億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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28:閑話、もしくは後にあった話

--リトアニア、某所、"青銅黒十字"本拠

 

 一人の男と一組の男女が相対する。

 場所は"青銅黒十字"が本拠。その最奥。

 相対するは、リリアナ・クラニチャールの父親、"青銅黒十字"が誇る当代最強の筆頭大騎士たる男と、聖魔王の加護を受けた"魔王の落とし子"たる双子。

 

「騎士の礼儀を知らぬ侵入者に名乗る名などない。

かかってきなさい。

誰に喧嘩を売ったのか教えてあげよう」

 

 騎士は名乗らない。

 言葉を返すのは双子。

 

「それは俺たちのセリフだな」

「あなたの主は、私たちの主に喧嘩を売りました」

「それも身内の誘拐という形で」

「礼儀を知らないのはそちらの方でしょう?」

 

 またヴォバン侯爵閣下か、そう思い、大騎士はわずかに眉を顰める。

 

「だとしても、ノックもなしに、我らの本拠を破壊するのは紳士的とは思えないね」

 

 言いつつ、双子に対する警戒は緩めない。

 この双子は、生身で降下し、その拳で魔術結社たる"青銅黒十字"、その本拠に施された手の込んだ結界を破壊している。

 

「だから、礼儀を教えてあげよう。

かかってきなさい」

 

「あなたが私たちに教えられることがあるとは思えないけれど」

 

 答える声が帰るのは左。極至近。

 見えなかった。気付かなかった。

 その思いとともに自身の真左の位置に双子の片割れ、妹の姿を確認する。

 驚きから、思わず、確認してしまう。

 

「だから、教えられるようなことはないって言ってんじゃん」

 

 今度の声は背後から。

 先ほどまでなら真右であった方向。

 また、気付けない。

 

「気配の察知は必須スキルらしいですよ?」

「俺たちの察知もまだ未熟って言われたけど、おっさんのよりはマシそうだな」

 

 大騎士たる男は、"アナトリアの巨人"を見誤っていた。

 聖魔王を見誤っていた。

 何より、目の前の双子を侮っていた。

 

 警戒はしていた。

 しかしそれは、結界を拳で破ることが出来る、火力に特化した呪術師兼格闘家という存在としてだ。

 

 しかし、今、大騎士たる男に余裕はない。

 主導権を握ったつもりになっていた男は、主導権など最初からこちらになかったということを理解する。

 同時に、"主力"や"工作"とされる戦力が振り向けられている東ヨーロッパ南部の魔術結社がいくらの抵抗もできずに壊滅する未来を幻視する。

 

 だとしても。

 

「ああ、君たちは、私よりも高みにいるのだな。

ああ、だから言い直そう。

胸を貸してくれ、聖魔王の付き人たちよ」

 

 双子は元の位置に戻り、そして、大騎士が挑戦する。

 

 "青銅黒十字"制圧戦の中盤、結社の誇る最高戦力は、聖魔王の側近たる双子の前に、敗北した。

 

 

--トルコ、アンカラ、"アナトリアの巨人"、本拠の一室

 

 いつもなら、幹部クラスの会議に使われる広い一室。

 しかし、そのに並ぶのは一つを除いて異なる顔ぶれ。

 居並ぶのは、"戦争"の敗者の内、"アナトリアの巨人"に降る選択をした者たち。

 

「"青銅黒十字"は"アナトリアの巨人"の配下に降る」

 

 敗北を認める言葉が続いた後、"アナトリアの巨人"から質問が出る。

 

「構成員は?」

「現在残っているメンバーは、全員、侯爵の支配を逃れることを選択した者たちだ」

 

 集団を代表するのは、取りまとめ役たる"青銅黒十字"の筆頭大騎士、前日までその父の傀儡として名ばかりの総帥だった男。そして、己が娘に総帥職を譲り、その後見となった男。

 質問は続く。

 

「あなたの父上は、ヴォバン侯爵至上主義だったはずですが?」

「隠居していただいたよ。

名実ともに」

「了解しました。

いい選択であると保証しますよ。

ヴォバン侯爵を見限り、我らが聖魔王閣下の庇護下に入るのは最良の選択でしょう」

 

 どの口が、とは思わない。

 物理的にボコボコにされたことは確かでも、人的被害に致命的なものはない。女子供に殴り倒されて、誇りが痛く傷つけられた者もいるが自業自得だ。

 それに、渡りに船であったことも事実。

 ヴォバン侯爵の支配体制は恐怖政治のそれだ。

 反発しようにも、どうあがいても勝ち目がないというから絶望的だ。

 結果として、やむを得ぬ服従の結果、いくつかの悪事に手を貸さざるを得なくなり、深い後悔を得た結社、その当主も多い。

 その点、聖魔王の支配は実にゆるく、表向きの企業を作り、営利活動を行う義務はあるが、それもどちらかといえばプラスになる要素である。

 むしろ、その程度の対価でヴォバン侯爵を退けうる魔王の庇護を得られるというのならば安いものだ。

 

 それがここに集まった結社を率いる者たちの共通認識。

 

 続く質問。

 

「ほかの結社も同様ですね?」

 

 返すのは肯定を示すうなずきのみ。

 

"アナトリアの巨人"、その実務を取り仕切る女は満面の笑みを返す。

 

「ではこちらの書類、一番上にサインを。

そして、その下に現在の各々の結社の状況をご記入ください」

 

 悪魔との契約だったかもしれない。その笑顔を見て、その場にいるみんながそう思った。

 

 

--トルコ、アンカラ、"アナトリアの巨人"、本拠の一室

 

 "戦争"から数日。

 数日ではあるが、"聖魔教団"に参加した結社のすべてが表向きの企業、今回は商会に限らない様々な企業を立ち上げ、そして、それらの企業を統括する多国籍企業体"イルハングループ"の立ち上げまで終了した。

 このスピードは、"トルコ商会"やそれぞれの国の結社が、政治的にもそれなり以上の影響力を持っていた結果だ。

 

 ああ、もちろん"イルハングループ"、つまり、トルコでの俺の名前、"イルハン"を使った、直接的に「俺の企業群」という意味を持つこの名前はいつの間にか決まっていたものだ。

 本当に、いつ根回しとかしていたのだろうか。

 まあ、こっちの名前は日本との取引に使われることはないだろう。今まで通り"トルコ商会"としての取引になるはずだ。多分。

 

 今いる棟は、その"イルハングループ"参加企業の連絡員に与えられたもの。

 ここにいるのは表の企業連合としての連絡員であり、同時に裏の魔術結社連合としての連絡員も兼ねるために、その全員が魔術師である。

 そして、今入った一室、そこは"青銅黒十字"、その連絡員がいるはずの一室だ。

 横に座るのはディラン。目の前に座るのはリリアナ嬢。

 そう、なぜか"青銅黒十字"、そのトップが連絡員としてここにいる。

 

「なんで、君がここにいるの?」

「会社の経営は、私にはわかりません。

そこはすべて父に任せています」

 

 ここまでがおそらく理由の半分。一呼吸入り、続く。

 

「適性ということであれば、私は伝播の術や飛翔の術といったものが使えますので、我らが結社の中では最速で情報を伝えることが出来ます。

…何よりも、父やほかのメンバーは、現代の電子機器というものがよくわからないようなので…」

 

 最後は消えいるように。

 情けない大人たちだが、納得はした。

 だが、仮にも結社のトップである。

 

「君がここにいるのっていいの?」

「貴方様、そこから先は私が」

 

 ディランが言葉をとる。

 部屋から追い出されてしまった。

 

 部屋の外で待っていると部屋の中にいるディランの妹、ディライや双子の妹の方、アーラが入っていく。

 盗聴するなとくぎを刺されたし、中をのぞけるわけもない。

 

 三十分ほどでドアが開き、全員外に出てきた。

 リリアナ嬢とディライは、なんで俺の方を見て顔を赤くしているんですかね。

 そして、ディランとアーラはなんで満足気なんですかね?

 

 よくわからないが、ディランは何かを説得し、リリアナ嬢はトルコ駐在兼、俺の付き人ということになったようだ。

 よくわからないが。

 

 

--幽界にて、真なる神と真なる神、そしてまつろわぬ神の対話

 

「おじさま、出てきちゃったの?

あの子に言っておきたいことあったのですけれど」

 

 頬を膨らませ、女神が言う。

 言われた神殺し、その姿をした原初の闇は、ただ笑う。

 

「ははは、君の後ろにいる男がおいしいものを食べさせてくれたおかげでね。

私の力もだいぶ溜まった。

ここに出てこれるくらいにね」

 

「良いかね?闇の主よ。

とりあえず儂としては彼奴に言葉を伝えてくれればそれでよいのだが」

 

「ああ、いいよ。

今日は気分がいいからね。

一言一句、間違えずに、完全な形として伝えることを約束しよう」

 

「ふむ、ならばお願いしよう。

少々長くなるがね。

 

儂の怨念は儂だけのものだ。

それを君が背負う必要はない。

だが、そんな傲慢な君にあえて言おう。

すべてを背負え、すべてを喰らえ。

その先の、闇の先に、光を見せてくれ」

 

 言いきり、笑みを浮かべた怨霊神は溶けて消える。

 闇は嗤う。

 

「ははは、もとよりそのつもりさ。

ここまで来たならば、あの人の子にはすべてを背負ってもらうことにするよ。

そう、すべてを。

闇も光も善も光も関係ない。

もとより世界は闇から生まれたもうたものなのだ。

 

よかろう、貴様の言葉、貴様の最後の思いとともに、すべて伝えてあげよう」

 

「愉しそうですわね、おじさま。

すごく悪い顔してますわよ?」

 

「良いではないか。

貴様が母となる瞬間と同じ気分であるだけさ。

いや、初めての感覚であるだけ、とびっきりかもしれんがな」

 

「…とりあえず、頑張って、とだけ、伝えておいてください」

 

「なんだね、それだけで良いのか、大罪人の義母よ?」

 

「ええ、今回は」

 

「次があればよいな、ははは」

 

 笑い、嗤い、神殺しの姿をした闇は消える。

 

 残る女神は、唇を噛み締め、それでも笑う。

 

「ええ、知っています。

知っていますとも。

その感覚は()()()だけのもの。

だからこそ、彼には"頑張って"ほしいのよ」

 

 その懇願を聞くものは誰もいない。

 すでに闇は晴れ、女神もいない。

 

 

--日本、東京、某旅館

 

「さあ、以前話していた"露払い"の時です。

行きますよ」

 

 部屋に帰ると一人の女性。

 外見はストライクの女性。師匠、来日。

 

「おや、先客かね。

君に"依頼"を持ってきたんだが」

 

 扉を閉める前に一人の声。こちらも声を知っている。

 気障ったらしい口調、ライダーマスクの()。守護聖人、来日。

 

 

 …いったい、何が始まるんです?

 

「修羅場ってやつ?」

 

 空いた窓からたい焼きを咥えた人物。

 空気の読めない(空気を読まない)(義経)も追加だ。


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