--日本、東京、正史編纂委員会の一室
「…つまり、こちらのお方が"源義経"様であると、そして、千年余り前の日本の神殺し、本人であると?」
「本人、って言っていいのかわかんないな。
オレの体は確かにまつろわぬ神らしいし」
沙耶宮馨の質問に答えた義経が俺を見る。
いや、状態を診断したのは確かに俺だが。
「まつろわぬ神」という言葉でみんな委縮してしまったじゃないか。
「体の成り立ちが同じってだけだ。
平将門の顕現に反応して、こいつ自身の権能で復活したんだとよ」
「…本当に大丈夫なのですか…?」
ものすごい弱ったような表情をした沙耶宮馨が聞く。
「俺がこいつの悪意を吸ってる限りは問題ないはずだぞ。
こいつ自身も敵意がないみたいだし」
「…」
その頭脳で何かを考えていることはわかる。
日本に置くときのメリットデメリット、追放した時のメリットデメリット。
そして、
「"トルコ商会"に依頼できませんか?」
来ると思っていた言葉だった。
「こちらが保護するということでよろしいですか?」
答えたのはディランだ。
つまり、俺が出る幕はもうない。
遮那王様が口を挟む余裕もない。
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結果、正史編纂委員会はかなりの金額を払うことになった。
組織として大丈夫かというレベル。
ディラン曰く、
「あと少しで詰みです。
まあ、気付いているでしょうがどうしようもないでしょう」
とのことだ。
やっぱり怖い。
その金額を対価として、遮那王は基本的に"トルコ商会"がその身柄を預かることになった。
ただし、国籍は日本側が用意する。
表向き、トルコ商会日本支社に所属し、会社の金で大学に通うことになった。
そして、
楽しそうで何よりである。まあ、観光については俺も結構楽しんではいるが。
まつろわぬ神としての衝動の吸収に、俺が近くにいるかいないかというのはそれほど重要ではない。
最初こそ、深いところまで一気に吸収するために、至近距離で接触状態からの吸収が必要だったが、一度限りなくゼロに近づけてしまえば、それが増える前に闇の端末を経由してチマチマ吸い取るだけでいい。
闇の端末経由の悪意の吸収はお手の物だ。現状、ほぼ全自動で行われるそれにより、俺と四六時中一緒にいる必要はなく、どこにいるかもすぐわかる。
むしろ問題は護堂君の説得だった。
「そいつが源義経!?」
最初こそ、"源義経"という有名人の存在に驚いたものの、やっぱり治らない口調と、なぜか気に入ったアロハにハーフパンツという格好は、彼の"盟友"である剣の王、サルバドーレ・ドニを想像させてしまうらしい。
実際、気が合いそうでもある。
「本当に大丈夫なのかよ…」
護堂君のその言葉は、「暴れたりしないのか?」というものだ。
それを
即ち、「こいつ本当に強いのかよ」と。
「いいね!
やろうか!
やろうやろう、一度暴れたかったんだ!」
護堂君の目が剣呑に細められる。
こっちはこっちで戦闘態勢になりかけている。
「まてまて、君らが暴れるんじゃない!」
場を止めようとした俺の否定は、言葉が悪かったらしい。
矛先は俺に向いた。
「じゃあ、
それからの俺の説得は意味をなさず、最低限、停戦状態を作り出そうとした接触は、なぜか俺と義経の戦いという形になってしまった。
--日本、神奈川、某海岸
向かい合うのは聖魔王と遮那王。
少し離れ、その様子を見守るのは草薙の王。彼は審判役だ。まあ、止めようと手を出そうものなら袋叩きにされるだろうが。
合図はなく、向かい合う二人の王の呼吸が合った瞬間、激突が始まった。
初撃はどちらも斬撃。
遮那王が創造した神剣を振るい、聖魔王はそれに人切りの闇刀を合わせる。
力は聖魔王が押している。しかし、遮那王はそれを技術でもって打ち合う。
初撃を合わせて三合ののち、聖魔王が刀を剣に打ち付け、力でもって距離をとる。
聖魔王はこの三合でもって遮那王の持つ業を思い知った。
距離を放し、闇による中距離弾幕を展開する。
同時に召喚するのは三頭の悪竜。悪意を食らう聖獣は、遮那王に対して痛打になりえないと判断し、召喚を見送る。
悪竜の毒炎が闇を纏って倍加した上で遮那王のもとに殺到する。
対する遮那王は背の弓と取り、
矢は周囲の闇を払い、悪竜の一頭を消し飛ばした。
悪竜を穿った鋼の矢じりは、それでも、蛇の不死性を無視しきれるものではなかった。
悪竜の再生を見て取り、まだ戦わせることが出来ると判断した聖魔王は前進し、再生までのわずかな時間を稼ぐ。
聖魔王の飛び込みに対し、遮那王もまた、再度創造した神剣を振るう。
狙いは胴体の分断。人切りの闇刀の切断を可能と判断していた遮那王は、己の呪力を注ぎ込み、神剣の切断力を引き上げる。
しかし、胴体の両断は為されない。受け止めたのは神刀。
平将門の権能により、その刀身を神刀へと変えられた呪いの人切りの刀の新しい姿があった。
聖魔王が平将門から簒奪した権能は、呪いの神刀を生み出し、自身に対する攻撃を跳ね返す能力。
その一方、神刀の創造を受け、格を上げた呪いの刀で受け止め、呪いを与える。
斬撃を通し、遮那王の持つ神剣を呪いが侵す。
その呪いが神剣を持つ右手に届くよりも早く、遮那王は神剣を分解し、再創造する。
闇の概念の加護により、深い悪意を付与された神刀の呪いは、天の属性も持つ雷の剣の加護をわずか数合で貫いた。
その数合で引く選択をしたのは今度は遮那王の方だ。
近距離での劣勢を見て取り、今度は神剣を弓でもって射出する。
部分的な神速でもって一度に十程ずつ連射される神剣の弾幕は、聖魔王の防御を穿つ。
聖魔王は闇による防御を選択するも、剣の持つ天の雷の属性は、昼の中のわずかな闇を確実に抉る。
そこに遮那王は好機を見出す。
聖魔王の持つ闇は、彼の量的な手札そのものである。
昼の陽光の前で安定して確保することのできない闇を抉る自信の一撃は、確実に相手の首を絞めている。
闇の盾にひびが入った瞬間、遮那王が動く。
行使するのは転移の権能。視界内へのノータイムでの転移。
同時に繰り出すのは斬撃。人体の急所たる聖魔王の首を狙って右から左へと神剣が走る。
聖魔王の対処は偶然といえるレベルのものだった。
遮那王が視界から消失したのを見て取ると同時に、善の神の判断力を強化する権能を全力で活性化させる。
遮那王が転移を終え、攻撃に移る一瞬にも満たない時間の間に、その狙いを直感によって覚え、最低限の防御を整えていた。
右腕を上げる。
聖魔王が一瞬を稼ぐために行ったその行動は、纏った闇を切り裂かれながらもその役割を果たした。
右腕を犠牲に全力でしゃがむ。
神剣は、聖魔王の右腕を奪い、しかし、首の代わりに空を切り、左へと流れた。
聖魔王は反撃に移る。
現状、接近戦に有利なのは聖魔王の持つ闇の神刀だ。
右腕とともに失われた闇の神刀を一瞥することもなく、左腕に別の今度は完全にゼロから神刀を生み出し、左回りに背後を払う。
しかし、その刀が何かを切り裂くことはなかった。
遮那王は最小の跳躍でもって神刀を回避し、一撃を狙う。
上から垂直に狙うのは、水平に伸びた聖魔王の左腕。神剣で狙うも、今度は闇の盾によって、回避の一瞬を稼がれる。
攻めきれないと判断。遮那王は再度の転移によって中距離に離脱する。
転移で退避したことを感じ、聖魔王が気配の出現した方向に向く。
闇の端末を周囲に展開し、遮那王の動きを複数の第三者視点でもって監視する。
再度、遮那王が転移の権能を行使する。合図はあった。遮那王はその転移の瞬間、一度目も二度目も左腕を前に掲げていた。
再度の転移。遮那王はその奇襲が失敗に終わったことを、転移が終わった瞬間に知った。
転移後の自分に正面を向ける聖魔王。聖魔王の振り向きと、遮那王の踏み込みによって作られたそこは、武器の間合いではない、超接近戦の距離。
聖魔王が握りこんだ左拳を遮那王の腹に叩き込んだ。
しかし、ダメージを受けたのは聖魔王。遮那王の体は、その手に剣がある限り、外的要因によって傷つけられることはない。
打撃の反動で少し空いた距離を利用し、遮那王が聖魔王の左手を切り飛ばす。
傷の直りが悪いことを聖魔王は理解していた。おそらくは神剣の持つ属性。天の光の一つたる雷、加えて、その権能の持ち主であった神も天の光を内包していた神のようだ。それが直接自身の体に叩き込まれた結果。
その光による再生の阻害。再生しないわけではないことから、いつものように頭部を潰されても蘇ること自体は可能だろう。
それでも、再生までの時間がどれだけかかるかわからないほど、その再生速度は遅くなっている。
左拳の一撃は遮那王の肉体に闇を打ち込むことには成功したものの、痛打を与えるには至らなかった。
だが、ここで左手まで失うことはさすがに許容できなかった。
残り少ない闇を、右手の形に成型し、善神の加護によって強化された判断力と直感力でもって遮那王の右の神剣が加速を得る前に受け止める。
遮那王の行ったその攻撃は、受け止められることは織り込み済みだった。
右手を闇でもって強引に動かしたことは予想外だったが、それでも、一瞬ながら絶対の隙を生み出したことを確信し、
移動先は聖魔王の背後、百メートルの距離。
闇が殺到するまで一瞬の距離、そして、神速の矢でもって一瞬以下の距離である。
しかし、さらに一瞬、聖魔王の反応は遅れる。
これまでのフェイク込みの転移ではない、本当の、タイムラグなしの転移の権能の行使に、聖魔王は反応しきれなかった。
薄くなった闇の防御を確実に突破するために、神速の付与した神剣を十、同時に射る。
神剣は闇の防御を打ち破り、見事聖魔王の胴を穿った。
膝をつき、崩れ落ちる聖魔王の体に対し、遮那王は勝利の確信を得た。
しかし、その、意思を失った聖魔王の肉体は、胴に穿たれた穴から闇の
呪いを纏った神剣が十、遮那王の体に突き立った。
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結果は引き分けだったらしい。
義経のヒートアップに乗せられる形で、こっちも割と本気で応戦してしまった。
胴体に穴が開き、意識が断絶するところまでは覚えているが、その後の記憶はない。
第三者視点で見ていた護堂君が言うには、俺の胴に空いた穴から義経が放ったのと同じ形状の、しかし真っ黒い神剣が飛び出し、義経に突き立ったらしい。
俺自身が把握していない能力、というわけではない。
アンリマンユの権能が俺に伝えた平将門の権能の持つ能力、全自動反撃だ。
直接攻撃では発動せず、間接攻撃の直撃弾に反応し、その攻撃に悪意を乗せて自動で反撃するというもののようだ。
結果を見て思ったが、俺の防御を抜いて、間接攻撃でもって俺を殺すには結構な火力が必要だったはずだ。
それが、その攻撃に乗せた害意の分だけ強化され、帰ってくる。対処するにも難しい一撃だったのだろう。
呪いに体を貫かれた義経はそれでもしっかり生きていた。
アジダハーカの権能の一側面、蛇の不死性と呪いの無効化らしい。
体内に注ぎ込まれた毒を分解し、自身の攻撃に乗せる権能。
これは義経本人も自覚していなかったことで、アンリマンユの権能を通して、召喚しっぱなしだったアジダハーカが俺に伝えたことだ。というか、そちらが本体で、魔術が行使できるようになったのは副次効果でしかないらしい。
逆に言うと、それが無ければ死んでいたようだが。
まあ、義経も俺の不死性を抜いて、"全力で殺すつもりで"攻撃を放ったのだから自業自得ということにしよう。
「で、どうかな護堂君。
義経がまつろわぬ神とかよりましだってわかってくれた?」
「どこがだよ!?」
寂れた海岸は、
まあ、当然の答えであった。
しかし、護堂君の大好きな、「話の分かる奴」だから、と拝み倒して、闇の端末で常時監視するからと約束して、日本に滞在させることを許させた。
まあ、最終的な交渉はディランが、エリカ嬢とやったものだが。
最初から任せればよかった…。