億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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26:遮那の王

「で、終わったかい?」

 

 再度、男を確認する。

 外見は、黒髪黒目にアロハの半そで、ハープパンツ。

 気配はまつろわぬ神のそれ。しかし同時に"人間的な"気配。

 手には剣。先ほどは気付かなかったが、左腰に鞘、背中に弓と矢筒を背負っている。

 身軽な印象を与える二十代前半の男性といった感じだ。

 

「俺は、カワムラだ。

神を殺し、超常の力を得てしまった一般男性だ」

「ははは、一般男性ね。面白いこと言うね君」

 

 沸点が低すぎるだろ、とか思わない。

 思う暇もなかった。

 続く言葉はまさしく爆弾。

 

「俺の名前は源義経。

君と同じ、神を殺し、超常の力を得た大罪人のはずなんだけど。

なんか、まつろわぬ神として顕現しちゃったみたいなんだ。

どういうことかわからない?」

 

 訂正、爆弾どころではない。気化爆弾か何かというレベルの衝撃だ。

 

 

--

 

 歴史上の人物が神としてまつられることはよくあることだ。

 

 先ほどの平将門のように、死後、"祟り"を起こし、それを鎮めるために神の座に祀られる存在。同じような例だと菅原道真などが挙げられるだろう。

 

 他に、東照大権現として祀られた徳川家康。こちらはその偉業をたたえると同時に、一人の人間を、神という永遠に崇拝し続けることが可能な象徴へと変換することで、その威光にあやかるためのもの。

 

 ただ、どちらの例にしても、実際か、架空かに関わらず、唯人には為すことのできないことを為したという点は共通だ。

 

 そして、神話といっても所詮は物語。"神のごとき"偉業を成した人間が神話に語られるようになることは、世界を見てもありふれたことだ。

 

 そして、神殺しという、常人を超えた存在がなすことは、常に偉業である。

 現代においては、あくまで歴史の裏側に収められてはいるものの、ヴォバン侯爵のように、表の権力の及ばないその力を躊躇なく振るう例は決して少ないわけではない。

 

 そして、神殺しだと伝えられないまま、偉業を成した人物が、伝説上の英雄として、"神のごとき"と称えられるとき、どうなるのだろうか。

 神殺しはその偉業でもってまつろわぬ神たりえるのだろうか。

 

 その答えが、顕現していた。

 

 

--

 

「源、義経?神殺し?まつろわぬ神?」

 

 思考が全く前に進まない。

 混乱の極みとはこのことか。

 同じ言葉がループしてしまっている。

 

「あれ?()()()()()()()()

()()()()()()()?」

 

 物騒な言葉に反応し、思考が一歩前に進む。

 

「ちょっと待て!」

 

 聞きたいことはいくつかあるが、最大のものをとりあえず。

 

「神殺しでまつろわぬ神ってどういうことだ?」

「まあ、そこだよね。

オレもよくわかんないんだけど、たぶん古代の女神を殺したせいだと思うよ?

卑弥呼とか名乗ってたかな?」

 

 またビックネームだ。ビックネームもビックネーム。卑弥呼と義経の時代は千年離れていないはずだが、それでもまつろわぬ神になりうるのか。

 

「そいつの権能のせいだと?

その能力は?」

「オレも知りたいから、まあ話すけどさ。

魂を縛る能力、っていえばいいかな。

後は、復活した時に与えられた知識?によると、俺自身の逸話をもとにした復活の権能らしいよ」

「権能による復活なのに、まつろわぬ神になったのか?」

 

 疑問しか現れないが、聞くしかない。

 

「う~ん。

俺自身の復活ではなく、特定の条件がそろったときに、"人々が知る源義経(オレ)"の肉体を再生させる権能?らしいよ?」

 

 そう話す姿に違和感を覚える。

 アヌビスとオシリスの権能を通し、呪力を目に集中させる。

 

「なんというか、体っていう魂の器の形と、魂そのものの形があってない感じか?」

「ああ、そうかも。

体は逸話をもとに再構築され、権能が保存していた魂はオレ自身のもののはずだし」

 

 人々の信仰によって神話が、神が形作られる。

 その神話上の神、真なる神の一側面が剥がれ落ち、現世で形を得たのがまつろわぬ神だったはずだ。

 その肉体を形作るのは真なる神に向けられていたはずの信仰。

 

 なるほど、この"源義経"の肉体は、その根源をまつろわぬ神のそれと同じくしている。

 そして、そのまつろわぬ神としての器に入ったのは、真なる神の一側面ではなく、自身の権能によって保存されていた"源義経"本人の魂。

 その結果が、まつろわぬ神であり、神殺しでもあるナニか、だ。

 とりあえずの納得を得て、次の、優先順位の低い質問に移る。

 

「それにしては、なんでアロハシャツ?それにその口調は?」

「顕現したら全裸だったし、近くにあったから、かな。

口調の方は、現代の一般的な若者の口調だって、復活の時に頭の中に叩き込まれた話に従ってるんだけど」

 

 剣のバカとアロハはセットなのか。

 その女神、絶対お前のこと嫌ってるだろ。

 とにかく。

 

「とにかく、今のあんたは、体はほとんどまつろわぬ神といっていいと思う。

そしてその中の魂は神殺しとしての源義経本人のものなんだろう。

まつろわぬ神ってのは自分の神話とか逸話における本能とか本懐を遂げるために暴走する感じだけど、今のあんたはその衝動を魂で押さえてるんだろうな」

「ああ、この、なんというか、ぶっ壊してぇ!って衝動はそれが原因だったんだね。

割と生前?って言っていいのかな。

元から、邪魔するものはぶっ壊して進もうって感じだったから、あんまり違和感なかったよ」

 

 むしろ、まつろわぬ神としての衝動であってほしい。

 しかし、現状、その破壊衝動は闇とか悪に属する概念だ。

 ならば。

 

「ちょっとその衝動を抑えられるかもしれないから、おとなしくしててくれないか?

…いや、剣を下げてくれ!

害を与えないことは保証するから!」

「いやぁ、ごめんごめん。

君の呪力が高まってて、つい、反射的にね。

それにしても頑丈?なんだね。

首の動脈が切られた状態でそんなに話せるなんて」

 

 反射的に殺さないでほしい。

 せっかく死ぬことなく平将門戦を乗り切ったのに。

 

「とにかく、俺は今からお前の破壊衝動をちょっと吸い出してみるから。

おとなしくしてろ、な」

 

 義経の肩に手を触れ、直接、"破壊衝動"を吸い出す。根がかなり深くにあったが、おおよそ吸い出せた。

 しかし、衝動の根、そのものは対処できなかった。

 

「気分はどうだ?」

「うん、割とよくなったかも。

確かに、その破壊衝動ってあんまりいいものじゃなさそうだね。

今なら自分の状態がよくわかるよ。

その、()()()()()()()()()()()っていうのもね」

「ああ、そこまでわかってるならいいや。

その根っこは取り除けない。

取り除いたらお前のその体が消え去る類のものだ。

それがある限り衝動が現れるだろうから、定期的に対処することが必要だな。

 

で、どうする?」

 

「どうするって、戦うのかい?

戦ってくれるのかい?

いやあ、さっきの君たちの戦いを見てたら興奮してきててねえ。

平氏を滅ぼすこともできなかったからフラストレーション?溜まってるんだよ」

 

 

--

 

 必死に、今そんなことしてる場合じゃないの!と説明し、何とか押しとどまってもらった。

 こいつも間違いなく()で語るタイプの人間だ。

 服装からしても、噂の剣の王と気が合うだろう。

 

 

 とりあえず聞きだした話、分かったことをまとめる。

 

 名前は源義経。彼自身の記憶と歴史と逸話はそれぞれに違いがあるが大まかな流れは同じ。おそらくは本人なのだろう。

 

 初めて殺したのは卑弥呼を名乗る女神。呪術を片っ端から切り落とし、弓で射貫いて殺したそうだ。笑顔で、死にそうだったよ、などと言える当たり、こいつも間違いなく化け物である。

 その女神と京で戦い、神殺しとなり、その力を疎まれ東北に逃れたのだそうだ。

 そして、兄頼朝の要請を受け、平氏絶対に滅ぼすマンとなる。

 

 死因は神殺しとの戦闘。兄に追われた彼は、自分が邪魔な存在であることも理解しており、それを認めない部下たちに従って逃げ延びていたが、その部下を失い、日本を出ることにしたそうだ。

 そして、大陸で同輩に出会い、数度の戦闘の末、相打ちという形で死んだらしい。

 

 余談だが、彼の部下は全身に矢を受け立ち往生したらしい。武蔵坊弁慶の物語はすべてが嘘ではないのかもしれない。

 

 所有する権能は、卑弥呼から奪った魂を縛る権能と信仰を基にした肉体の再生のほかに、"雷によって剣を鍛える神"から奪った神剣創造の権能、"すべてを見通し、すべてに手を届かせる神"から奪った転移と神速の権能、"山より生まれ、空に還る大天狗"より奪った鋼を持つ限り作用する鋼の不死性、あとは、"悪意の具現たる多頭竜"から奪った魔術の権能だそうだ。

 

 最後の多頭竜は大陸で出会った神らしい。これ、アジダハーカ(アンリマンユの一部)じゃないのか?

 

 卑弥呼を含め、日本で斃した神は、恰好自体は日本風、加えて「大和の神殺し」とか呼んだそうなので、日本の神ではあったようだ。

 しかし、神の特性と権能の関係はわからなくもないのだが、それが現代に語られる神話の、どの神なのか非常にわかりにくい。

 日本書紀や古事記といった、"今の"神話の成立からそれほど時間がたっていないせいなのか、神話よりも民間伝承が強かった時代だったせいか。

 "雷によって剣を鍛える神"は、今でいうタケミカヅチみたいだが…。

 

 現在の行動方針は、特にないらしい。

 そもそも復活の条件は、"鎌倉幕府(日本)に仇なす平氏の台頭"だったのだそうだ。

 確かに、平将門を祀るような存在は結構現れたが、平氏を名乗る者が日本征服をたくらむようなこと義経の時代以降なく、義経の逸話が広がったこの時代というタイミングでの怨霊神平将門の復活が、()()()、その条件を満たしたということだろう。

 しかし、その"復活した平氏"は一人、いや一柱だけ。それも俺が斃してしまった。

 

 よって、とりあえず、現代を知ることから始めるらしい。

 口調をきれいなものにするのが直近の目標だそうだ。

 

 

 とりあえず、こんなもんだろうというところで海上での話し合いを切り上げる。

 いい加減、夜中に潮風に当たり続けるのも体に悪そうだ。

 アキムとアーラを放置しておくわけにもいかない。

 四国に戻り、双子を拾い、目指す場所は東京。正史編纂委員会だ。

 

 厄介ごとは任せてしまうに限る。

 

 

--

 

 任せることが出来ると思っていた時期が俺にもありました!

 

「次はどこにいこっか?

東京は大体見て回ったし、次は東北の方をお願いしたいかなあ」

「遮那王様、こちらへどうぞ。

新幹線は予約済みです」

 

 遮那王義経の"お願い"。

 答えるのはディランだ。

 

「準備良いなオイ!?」

 

 俺の平穏は遠のいたようだ。




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邪刀の創造者(dark sword creator):平将門
呪いを纏う神刀の創造。効果は呪力の剥奪と思考を"闇"の方向に歪める。
自分向けられた悪意ある攻撃を闇刀と同じ効果を乗せて跳ね返す。

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