敵の数が減らない。
理由はわかっている。平将門が倒される端から再召喚しているのだ。
ただし、こちらの消耗も少ない。
平将門が呼び寄せる思念は、平将門の闇ではなく、俺の闇に惹かれ、吸収されるものも多いからだ。
どちらも呪力が尽きない。千日手かとも思ったが状況が動いた。
呼び寄せられる思念が少なくなったのだ。
平将門の吸収範囲内の負の感情を二人で喰らいつくしたということだ。
好機とみて突撃を仕掛ける。
負の感情をもとに変換し、得られた呪力を基点として、逆に闇に戻す。それを限界まで圧縮を加えたうえで開放する。
騎馬部隊の先頭をバラバラに吹き飛ばし、その余波と、追加で展開した闇の刃でもって、平将門までの道を付ける。
「灯せ、正義の光。燃やせ、聖なる炎。
アシャ・ワヒシュタの名の通り、正しき秩序、正義でもって、不義に対する鉄槌を下せ!」
謳い上げるのは、アフラマズダの内、正義と真実の神格の名、アシャ・ワヒシュタ。
司るは浄化の炎。
ナイフにまとわせた加護を変化させた浄化の属性を持つ炎は、天体の運行を司る神格の活性化により、闇を払う光を内包し、天の焔の具現と化す。
その一閃は無抵抗の平将門の首を落とした。
しかし、それだけ。平将門は消え去ることなく、その神能を行使する。
攻撃者に対する呪いの発動。黒い霧状に具現化するほどの呪力が練りこまれた呪いが視界を埋め尽くす。
誘われた。しかし、対処のしようがある類の能力だった。未だ浄化の天炎を纏うナイフと、その光によってさらに闇を深めた刀によって呪いの切りを振り払う。
「呪い殺せないか。
浄化とは厄介な攻撃だ」
首だけになって宙に浮く平将門が、しかしなんでもなさそうに嘯く。
「首だけになったんなら、首塚に帰ってくんねえかな」
「もとよりそのつもりよ。
まあ、眠りにつく前に、この繁栄を壊さねば満足に寝ることもできんだろうがな」
「安心して眠らなくていいから、さっさと
再度の突撃。
しかし、今度はまた別の人物の手によって止められる。
平将門に似た装いの人物。手には刀。それが八人。
両手の武器を振るい、二人切り倒す。
しかし、この"武将"たちは反応がいい。騎馬軍団のような神獣扱いの召喚ではなく、従属神とやらに近い形での召喚。
残り六人、攻撃に対する迎撃は間に合わなかった。
死の覚悟とともに、相打ち前提の攻撃を追加しようとする。
しかし、どちらの攻撃も、その目的を果たすことはなかった。
「お前、平氏だよな。
そうだよな。
うん、殺すわ」
場に似合わない、明るい言葉とともに、間に男が舞い降りた。
--日本、東京、正史編纂委員会関東支部
この場所はいまだ混乱の極みにあった。
極み、ではあるが、その混乱は刻一刻と大きくなっていってすらいる。
「現在位置は?」
聞くのは男装の麗人、沙耶宮馨。質問の省略された主語は、「東北で出現したまつろわぬ神の」となる。
答えるのは冴えない男性、甘粕冬馬。頭に入っている最新の報告書の該当する箇所を諳んじる。
「今は、神奈川沖です。
すでに、三つ巴に突入したものと思われる、とのことです」
「…監視班は?」
「感知範囲ぎりぎりだそうですが、一応追えているようです。
逆に言えば、感知範囲ぎりぎりくらいの距離は保てている、ってことですね」
「もはや、聖魔の主殿に頼るほかないと…」
「そうですね。
そもそも見守ることくらいしかできないんですし、選択肢はありませんよ」
「…どうしてそんなに気楽なんだい?」
「あのお方、意外と人間っぽくてですね、少なくとも私は好印象なんですよ。
こういう場面で信じられるくらいには」
「そうかい。
後でその理由の一端にでも触れられるといいなと思うよ」
言いつつ、共に見るのは北西の方向。
今まさに、三つ巴が始まろうとしている神奈川県沖である。
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だれだ、こいつは。
接近に気付かなかった。というか、認識範囲外から一足飛びに現れた。おそらくは転移による出現。
恰好はラフなもの。つまり現代風。剣の王の写真で見たようなアロハシャツ。しかし写真と異なるのは黒髪黒目の日本人的なその風貌。
そして、その気配。まつろわぬ神であると認識しているのに、人間でもあると認識している。
「アンタは一体、何なんだ?」
まさか、自分がこの言葉を使う立場になるとは思ってもみなかったが、これ以外の言葉が思いつかない。
「そんなことは後回し。
とりあえず、この平氏を滅ぼさなくちゃあなあ」
平氏絶対に殺すマンか何かか。話は通じているが、話がつながっていない。
こんにちわ、死ね、と同じノリだ。
同時に、介入されることにも忌避感を覚えた。
この男の介入がなければ一度死んでいただろうこともわかっている。共闘だと権能が手に入らないだろうということは関係ない。
単純に、この
「この戦いは俺が受けた依頼だ。
助けてくれたことには感謝するが、ちょっと待っててもらえたりはしないか?」
「え~。
まあ、いいや、できればすぐに片づけてくれると嬉しいな。
俺、平氏は絶対に滅ぼしたい感じだから。
お願いね」
自分で平氏絶対に滅ぼすマンだと宣言しやがった。
しかし、こちらと停戦することはできた。
律儀に待っていた平将門に向き直る。
消し飛ばした二人は復活しているが、同時にその神格が神獣程度にまで低下しているのを感じる。
いつの間にか胴体と首がつながっている。
将門の首は胴体を目指して飛んで行ったんだったな、とその伝承を思い出す
「話はついたかね?
二人がかりでもよかったのだが、結局九対二にしかならないからね」
「戦力比はあんまり考えちゃダメだろ。
戦いの前に士気萎えたら終わりだろ?」
「道理だ。確かにその通り。
軍団の指揮官が忘れていいことではなかったね、すまないすまない」
ここだけ見てると気のいい爺さんかおっさん辺りに見えてしまう。
ただ、それにしては眼光が鋭すぎるが。
従属神がこちらに突撃を掛ける。
平将門本人は突っ込まないようだ。
八対一、しかし、わかっていればやりようはある。
相手の属性が闇の具現たる怨霊神というのも相性がいい。
闇の刀と光のナイフ、そして十四本の闇の刃でもって迎え撃つ。
手はある。アヌビスの権能だ。
アヌビスの権能が呼び出す思念は生者、死者を問わない。上限もない。
日本最大の悪霊が悪意を振りまく存在ではないなどということはありえない。
発動の隙はすぐにできた。浄化の天炎は刀による防御すら無効化し、怨念の塊たる従属神もどきを二柱、同時に両断して見せた。
その復活はすぐではない。平将門は呪力の集中などといった兆候を見せない。
再召喚の条件はわからないが、すぐにできないのならば好都合だった。
「愚者よ!己の意志を顧みよ!
魂の裁きは真実を映す。弱者よ語れ、生者の愚行を!」
アヌビスの"聖句"。続くのは、オシリス。
「死者よ、生者よ、語る口を持たぬのならば、己が手で愚者を裁いて見せよ!」
周囲を仄暗い光が高速で飛び交い、そして収束し、人型を作る。
悪意によって生まれた負の感情。その塊。
形作られたのは鬼面の武者。平将門が召喚した騎馬軍団の鬼面の武士の倍ほどの巨体を持つ、巨人の武者。
そして、武者に集まることを良しとしなかった思念は、それぞれの意志でもって平将門やその部下たちにまとわりつく。
「なんと…!」
平将門は、これらの負の思念の塊を吸収しようとするが、しかし何も起こらない。
むしろ、これまでに集めた負の感情が漏れ出し、鬼武者や俺に吸収されているほどだ。
「怨霊たる儂が、儂の生んだ怨霊に…」
平将門の下半身はすでに黒く染まり、その動きを止めている。
その部下たちは鬼武者の蹂躙を止められない。
止め。
平将門は首だけになっても生き、呪いの言葉を吐き続け、そして自分の体の下に帰ったという。
ならば狙うべきは胴体ではなく首から上。頭部のすべてを天の炎によって浄化する。
「どうだよ、自分が迷惑かけてきた奴に取り殺される感じは」
「儂自身は、東国の民を思って戦いを選択したのだがのう。
それが戦い殺すことが目的になりかわり、多くを呪った結果か。
因果応報と、いうのであったか」
「…案外受け入れてんだな」
「おぬしが、儂の怨霊神としての核たる怨恨を喰らってくれておるからのう。
闇に属する神の力か?光の神の力といい、難儀な男だのう」
「…俺のことはどうでもいいよ。
アンタは東国の窮状を憂いて立ち上がった存在だって、そういう評価も最近はあるんだ。
次、会うときは、ただの軍神、ただの剣神としてのあんたと会えることを願ってるよ」
「うむ、よきにはからえ」
首を切り、間髪入れず、頭を焼き尽くし、俺は、五度目の神殺しを成した。
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「で、終わったかい?」
一瞬の意識の断絶から回復し、自分の中に権能が落ち着く感覚の余韻に浸る余裕もない。
仕事はまだ残っているようだ。
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