24:軍神、刀神、怨霊神
「まつろわぬ神を討伐してほしい」
その依頼が正史編纂委員会から"アナトリアの巨人"に、正確にはその総帥たる聖魔王の下に届けられたのは、今より数時間前の話だ。
そして、聖魔王は今、四国の端にて、件の神を待っている。
--トルコ、アンカラ、"アナトリアの巨人"本拠
狼爺との戦争が終わり、
連絡といっても複雑なことはできない。ただ、周囲の悪意を俺に知らせるだけだ。それも、闇の端末を意識して"壊したい"と考えるだけで反応する。
符号は二種類だけ。悪意を一人がぶつけると"
あくまでビジネスの延長という立場は崩さず、加護を通して
一分後、部屋の扉がノックされる。
扉の傍に控えていた
あまり威張りたくはないのだが、俺が開けてしまうと格好がつかないのだそうだ。
ディランは妹のディライを伴って現れた。
手早く、正史編纂委員会が裏の仕事を依頼したいようだという状況を伝え、全員でトルコ商会の日本支社まで転移する。
そして電話でこれから行く旨を沙耶宮馨に直接伝え、再度、今度は沙耶宮馨がすでにいるであろう正史編纂委員会の一室へと転移した。
商談が始まる。
状況は意外と、というか、第三者の視点からみると相当にまずいと思われる。
討伐対象はまつろわぬ神。
平安時代前後の公家装束をしているらしい。
それ以上の情報は不明。
山口県の北東沖合に顕現したそのまつろわぬ神は、周囲を航行していた海上自衛隊の護衛艦を何らかの方法によって強奪。
次いで、護衛艦の異常を知り、付近に急行した米海軍の巡洋艦一隻と、同様に接近した自衛隊の潜水艦が一隻、制御を失った。
不幸中の幸いか、護衛艦、巡洋艦ともに人間は全員脱出済み、潜水艦の方も制御を失った直後に浮上し、乗組員は脱出済み。いずれも現在は無人とのことだ。
そこまで聞いた時点で続報が入った。
悪い方向の、だ。
日本海に展開していた米海軍の空母機動部隊が、この事態を非常事態と認識し、同時に理解のできない事象をテロリストの手によるものと断じ、攻撃に移った。
そして、発艦した航空部隊計九機がその制御を失い、パイロット全員が脱出したとのことだ。
制御を失った航空機はいまだ飛行を続けているらしい。
そして、その艦隊は、下関を通過し、四国と九州の間を太平洋へ、向かっているとのことだ。
悪いニュースはもう一つ。
護堂君の所在を確認したところ、赤銅黒十字、というかエリカ嬢に招待され、ヨーロッパに向かってしまったそうだ。
現状、護堂君の転移の権能がどの程度の距離を超えることができるものであるかわからず、そもそも呼べる人物も日本にいない。万理谷さんとエリカ嬢を侍らせているのか。
結果、いつ戻ってくるかわからない草薙の王よりも、ビジネスという形ですぐに依頼できる聖魔王に白羽の矢が立ったと。
いつか絶対、経済的につぶしてやる。
覚悟を決めつつも、
神の率いる艦隊を待つ間、闇を経由して俺の部屋から、正史編纂委員会からもらった刀を呼び寄せる。
この刀は妙に俺の手になじんだ。
アンリマンユの権能が喜んでいる。
いや、アンリマンユの権能が喜んでいるということは、ダメなやつなんじゃ?
疑問が生まれ、あとで聞いておこうと思ったのと同時に、視界の端、水平線の上に青白く光る艦隊が見えた。
艦隊は陸地に近づくつもりはないようで、四国の沖合を東へ向かっている。
これは双子は留守番確定だ。
双子に闇の端末を預け、戦闘状態に入る。預けた端末は限定的ながらも闇から闇への転移まで行うことができるようになる特別性だ。万に一つもあり得ない。
「「頑張ってください」」
「頑張ってくるよ」
神殺しは一人、戦場へ向かう。
--日本、四国南東沖
待っている間に掌握していた空の闇を足場に海上を疾走する。
空の闇は結構便利だ。
数時間全力で"掌握"し続けても枯渇することがないのが一番大きい。ただ、日が昇ると同時に掌握した闇がどんどんと減っていくのが難点ではあるが。
"闇の掌握"について、さらに分かったことがいくつかある。
まず、闇を掌握する速度は、その闇までの物理的な距離に最も影響を受ける。即ち、近くの闇は掌握しやすく、遠くの闇は掌握しにくい。
そして、接触しての掌握か、接触せずの掌握かによっても変わる。
次に、掌握した闇は、浮かせることができる。正確には浮かせるというよりも、「空間に固定する」という感じだ。
これが海上を疾走できる理由。纏った闇を基点に空を飛ぶこともできるが、すごく動きにくかったので、現在の「走る」スタイルに落ち着いた。
後は、闇を圧縮したものなら、その圧縮量に相応の厚さや硬さを持たせることが出来る。厚さは与えずに硬さだけ上げることもできるようだった。
やはり実戦は修行に勝るものなのか。あの死に覚えが実戦に劣るとは思わないが、少なくとも独学の試行錯誤よりはためになったようだ。
まあ、万能性が高すぎる気がしないでもない。
移動手段が全力疾走であるせいで結構時間を食ったが追いついた。
艦隊の中心、上空に人影。平安風の衣装。件のまつろわぬ神で間違いないだろう。
周囲の艦隊からも同じだが、若干弱い神格を感じる。
自分の神殺しとしての部分が、明確に戦闘体制に移行する。
すでにこちらの存在に気が付いている。しかし、艦隊の方向転換はまだ終わっていない。代わりに戦闘機部隊が襲い掛かってくる。
こちらも報告通り、コクピットが吹き飛んだ状態で突っ込んでくる。
というか、戦闘機という形状だからミサイルやら機銃やらが飛んでくるかとも思ったが、普通に突撃してきた。
慌てて、掌握し、圧縮していた闇を解き放ち、壁にする。
「おお、済まぬな。
今の火炎、いや、爆発というものか?
あれはそういう武具だったのだな」
方向転換を終え、こちらを向く艦隊の正面の空間に、まつろわぬ神が立つ。
「戦闘機って言ってな、羽の下の爆弾を相手に中てたり、あとは先っぽの方から鉄の塊をたくさん吐き出して戦うんだよ。
この説明でわかるか、どっかの武将、いや、軍神か?」
「おお、説明をありがとう、神殺しよ。
軍神、その格は、
儂は怨霊神のたぐいだ」
怨霊神。平安期。軍神としての格も持つ。
嫌な予感しかしない。
「あんたの名前は?」
「そういうのは、聞く方が先に名乗るべき、と返すべきかね。
まあ、よい。
儂の名は平将門だ。
これからちょっと、御所を滅ぼしに向かう」
「神殺し、カワムラだ。
短い付き合いだろうがよろしく」
最悪だ。
近年再評価の流れはあるものの、いまだ根深い日本最大最悪の怨霊、そのまつろわぬ怨霊神としての姿がそこにあった。
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「で、ほかの武具の扱いも教えてくれんかね。
このままでは突撃させることくらいしかできそうにない」
「誰が教えるか!」
言いつつ、権能を行使する。
活性化させるのは、いつもと同じくアンリマンユとアフラマズダの権能だ。
怨霊神たる平将門の内包する強力な悪意に反応し、アフラマズダの権能がさらに活性化する。
「それが戦うための状態ということかね。
とりあえず、小手調べと行こうかね」
放たれるのはミサイル、機銃、そして砲弾。
言わなくても分かったらしい。あそこまで言えば大体同じ構造の物なのだから当然だ。
展開した闇と手に持つ刀でミサイルを輪切りにし、部分的に展開した闇でもって、機銃弾を受け止める。
闇が俺の視界大部分を覆ったタイミングで、下方から爆発音のようなものが聞こえた。
闇を小さく圧縮し、見えたのは軍艦の甲板が爆発している光景。
否、爆発ではなく発射炎。VLSに満載された多数のミサイルが、常とは異なり一斉に火を噴き飛び上がる。
今度は、数も範囲も大きいために、闇での迎撃が間に合わないことを悟る。選んだのは防御。
再度展開した闇を、今度は球状に整形し、自分を包み込ませる。同時に、今度は球の外に闇の端末を放出し、状況を探ることを忘れない。
追撃はなかった。
日本最大の怨霊が笑う。
「ははは、愉快だ。
これが今の世の戦争か。
この火の矢、一本でもあれば奴らを滅ぼすことがかなったかもしれぬが。
いや、儂が持っていれば相手も持っているのが道理よな。
まあ、なんにしても面白い。
礼を言うぞ、神殺しよ」
「元気な爺め。
今度はこっちから行くぞ!」
アフラマズダの加護をナイフに与え、光の剣を形成し、格闘戦を仕掛ける。
刀はアフラマズダの加護の
「ふむ、身体能力はそれなり。
武術の覚えはあるが、そちらの才能はそれほどでもないようだな」
「ほざけ!」
神は余裕をもっての回避を選択している。
攻撃はかすりもしなかった。
力任せになりがちなことは自覚している。
「今の戦争もいいが、儂は儂の戦争も嫌いではないのでな」
神の周囲に騎馬の軍勢が現れる。
皆一様に鬼の面をかぶり、赤い目を光らせている。純粋なまでの怨念の集合体。そう、アンリマンユの権能が歓喜する。
続く召喚。今度は刀。形は日本刀、しかし巨大なその刀身は斬馬刀といわれる類の巨刀。
騎馬軍団それぞれの眼前に召喚されたそれが武器となった。
平将門は騎馬の軍勢によって朝廷軍を撃退している。
そして、日本刀の原型を作ったとされるのは平将門だ。
軍勢の指揮官としての側面と、日本刀の創造者、剣の神、いや刀の神としての神格の発露。
闇を纏った騎馬軍団と日本刀の群れが放たれる。
選択は迎撃。
宙を力強く踏み込み、突進を掛ける騎馬軍団に対し、闇を格子状に編んだ壁でもって抵抗する。
イメージは長篠の戦の再現。
壁は数瞬で崩れ去るものの、収束した闇の矢じりを放つには十分な時間だった。
放たれた矢じりは騎馬軍団の第一陣を消し飛ばす。
続く二陣、三陣も同様。
しかし、速さはともかく数が多い。結果、四陣で接敵を許す。
五陣、六陣、七陣と以降の部隊がこちらの陣を蹂躙する。
軍勢を迎え撃つは神殺し唯一人である。
ここに至っても選択は迎撃一択だった。
もとより単純な機動力では逃げられない。サタンの権能を活性化させるほどの猶予はなく、そもそも善か悪かの二者択一を迫るそれは、現状では悪手にしかなりえないと判断する。
武器は両手の刀とナイフ。闇を纏わせ漆黒に染まった刀と、加護と魔術によって光の長剣と化したナイフとを振るい、騎馬軍団をなぎ倒す。
一体一体が神獣に匹敵する格の騎馬軍団。
加えて、"鋼の武具"として怨念を付与された艦隊も残弾を吐き出しながらの突進を掛ける。
しかし、怨念によって形作られたそれらを、その闇を払う光の剣によって、闇を食らうさらに深き闇でもって薙ぎ払う。
まさしく一騎当千。
その光景に、軍勢の指揮官たる平将門は選択を強いられた。
即ち、続行による全滅か、撤退による温存か。
常識的には撤退。しかし、まつろわぬ神は躊躇なく使いつぶす選択をする。
同時に、もう一つ能力を行使する。
権能の効果範囲内、おそらく神奈川と静岡の陸地を含む範囲より、負の感情が呼び寄せられ、それを呪力として取り込んだ。
そして回復した呪力でもって軍勢を再構成。
攻め手は休めず、しかし、千で駄目なら万でもってまつろわす。
意地でも斃す。首だけになっても斃す。その執念の発露でもあった。
日本の闇、そのすべてを神殺しは受け止める。
--日本、東京、正史編纂委員会関東支部
「呪力の集中!?」
「まつろわぬ神の顕現の兆候との報告が入っています!」
「場所は!?」
「東北、岩手県です。詳しい位置はまだ…」
正史編纂委員会は突如として混乱の極みに、
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東海沖で始まった嵐は、神奈川沖に移動してもまだ、収まる気配はない。
ベターですが、怨霊は闇に属するものの筆頭ですので。
名前を意識し始めたのは、主人公の意識が変わったからです。
ただ、「平将門」自体は、近年、その行動を再評価される流れもあります。
顕現したのはあくまで「怨霊神としての側面の強い平将門」であり、歴史上の平将門の行動とは無関係の存在です。