億千万の悪意と善意   作:新村甚助

24 / 36
23:閑話、もしくはとある神殺したちの話

--日本、東京、正史編纂委員会、侯爵来日の数日前

 

 正史編纂委員会の全国に散らばる支部は、現在最大級の警戒態勢をもって、とある人物の捜索を行っていた。

 対象は二名。中国の神殺し、羅濠教主とその付き人、陸鷹化。

 情報がもたらされたのは、この二人が日本に飛行機という手段で入国した後、"アナトリアの巨人"から齎された。

 そして、その総帥たる神殺し、聖魔の主が今日、こう、質問してきた。

 

「日光に何かあるのか?」

 

 ある。

 神殺しと絶対にかかわらせていけない類のものが。

 

「師匠が、日光に観光に行くって言ってたんだけど、なんかあるのかなって」

 

 質問を受けたのは甘粕冬馬。

 頭の中が真っ白になるとはこういう状態か、数秒間、動きが完全に止まったのち、

 

「日光には絶対に近づかないでください、絶対に近づかないでください!絶対ですよ!!?」

 

 最低限、それだけ伝えて、甘粕は全力での移動を開始した。

 向かう先は彼の主、沙耶宮馨の下である。

 

「フリか?フリなのか?」

 

 放置された神殺しのその言葉に、答える者は誰もいない。

 

 関東支部が混乱の極みに達したことは言うまでもなく。

 その数時間後に、羅濠教主の出国(中国方面への移動)が確認された。

 

 

--日本、東京、正史編纂委員会、侯爵戦の終了直後

 

 神殺し三人による夜を徹した激闘。

 その対価は、都内にしては広めの学園の半壊と、日本有数の歴史を持つ高級ホテルの半壊というものだった。

 

 超常の存在、それが三人もぶつかり合って"この程度"で済んだのだから僥倖ではある。

 が、それと後始末は別の話だ。

 

「ということで、この件の後始末をトルコ商会に依頼したいんだ。

期限はこれから十二時間以内。

できるかな?」

 

 男装の麗人、沙耶宮馨が告げる。

 テーブルをはさんで対面のソファーに座るのは、件のトルコ商会の女社長、ディランだ。

 

「押し付けるということですか?」

「そういう認識になってしまうのも仕方ないかもしれないね。

単純に、表で動かせる手が少なく、時間も足りないんだ」

「だから、"トルコ商会"ですか」

「できないといわれないだけでありがたいよ。

まあ、そういうことさ。

で、お願いできるかな?」

「いいでしょう。

報酬は?」

「基本は言い値で。

でも、一つ、貴方たちの主にプレゼントしたいものもあるからね。

それを現物支給として、その分の価値は割り引かせてほしいね」

「それは?」

「刀さ」

 

 

 その後、商談は問題なくまとまった。

 

 終わった後、部屋の隅にずっと立っていた男、甘粕冬馬が、自らの主に疑問を投げかける。

 

「現物支給って、体のいい厄介払いでは?」

「そう言われたら言い返しようがないね。

何せ、正真正銘人切りの刀だ。

無名の刀のくせに怨念ばかり強くて、その封印に姫巫女が必要なレベルときている。

聖魔の主様とは相性もよさそうだし、気に入ってくれるとも思っているよ」

「そうですか、そうなったらいいですね」

 

 投げやり気味にそう言い、会話は打ち切られた。

 次の来客だ。

 

 

--日本、某所、とある集団のボヤキ

 

「この前、後片付けさせられたよな」

「はい。

表の力を頼っておきながら、結局裏の力も振るう結果となりました。

戦争直後で弱っていたのですが」

「俺ら、今なんで富士山登ってんの?」

「神獣が現れたからです」

「日本だよな」

「はい。

ですが、依頼を受けましたので」

「一応聞くけど、どこからどういう理由で?」

「正史編纂委員会から、神獣を何とかしてくれ!と」

 

 どこの誰かわからない声真似をする。

 

「なんで、自分たちでやらねえの?」

「金で解決できることは、これからそうする方針になったそうです」

「ぶっちゃけやがったなオイ!

いつか経済的につぶしてやる」

「ご安心を。

すでにその方向で動いておりますので」

「いや、怖えよ。

なんでそういう無意味な方向に用意周到なんだよ…」

 

 思わず、本人に直接、本心を言ってしまった。

 

「俺ら、便利屋扱いされてない?」

「否定はしません。

報いは受けさせますが」

 

 真顔で言い切る。

 やはり怖かった。

 

 

--日本、東京、某海岸

 

 侯爵が帰った後、俺はトルコに向かい、戦争の結果を一通り確認した。

 こちらの損害、軽傷者すらなし。

 あちらの損害、軽傷者が五十名。

 

 大勝利。

 それ以外に表現のしようがない結果だった。

 戦後の事務処理を任せつつ、正史編纂委員会が呼んでいる社長と、いつものように双子を連れ、日本に再度戻った。

 

 社長を置いてきた後は権能の掌握だ。

 適当な海岸に移動し、精神を集中し、権能と対話する。

 

 今回の戦闘で得た権能は一つ。オシリスの権能。

 正確には、権能の核を奪い取ったという形だ。

 俺の中に直接根付いているわけではなく、アヌビスの権能に紐づけられているような感覚がある。

 

 神殺しに与えられる権能は、神の能力を、人間が扱える形にしたものだというのをどこかで聞いた。

 そうだとするなら、この奪い取ったオシリスの権能は、俺という人間ではなく、ヴォバン侯爵という人間に最適化された権能なのだろう。

 まともな形で使えるとは思えない。

 

 しかし、同時に"使える"という確信もあった。

 アヌビスの権能を自分に対して使う。

 

 アヌビスの権能の能動的な効果は、対象に対して向けられる感情と意思に応じた裁きを下すというものだ。

 俺に対して発動した裁きは、俺の周囲を漂う優しげな光として表れ、その光から力が与えられる。

 その(思い)に感謝を覚えながら、アヌビスの権能のさらに深い場所にある、オシリスの権能の核を意識する。

 

 変化はゆっくりとしたものだった。

 周囲を漂っていた光が集中し始める。

 同時に、人型を形作る。

 

 輪郭のぼやけたその人型は、これまでのようにただ漂うだけでなく、物理的な干渉を行う力を持つようだった。

 

 オシリスの権能は、アヌビスの権能の中で、意思に体を与える力となったようだ。

 

 

--東欧某所

 

 そこにあるのは瓦礫の山。

 そこにあったのは豪奢な城。

 

 ヴォバン侯爵の本拠は失われていた。

 

 文字通り、恨みを叩き付けられた結果として。

 

 彼は忘れていたのだ。

 

 これが"戦争"であったということを。

 

「フハ、フハハハハハハハハハハハハ!!!

殺す、殺しつくしてくれる、神殺しィ!!!」

 

 ロシアの魔術結社が、候の下に統一される前日の話。

 そして、広大な土地に細々と点在していたロシアの魔術結社が、その強大な支配力の下に統一され、世界最大の魔術勢力となる数年前の話。

 

 

--中国奥地

 

 今回は、俺からこの場所を訪ねた。

 前回は、報告せずにいたからひどい目にあったのだ。

 それ以外の理由もあったような気がするが、気にしない。気にしたくない。

 

「久しぶり、というほどでもないですが。

師匠、本日は狼公の件で報告をしに来ました」

「ほう」

 

 "狼公"の言葉に殺気が膨れ上がる。

 本人居ないので、殺気を抑えてくれませんか?

 

「先日、日本にあの爺が来まして。

それを日本のもう一人の神殺しである草薙の王と撃退したという話です」

「…撃退、ですか?」

 

 剣呑に目が細められる。

 これ死んだわ。

 

「殺すことは?」

「爺の手札が多すぎたもので。

こちらの手札が全然足りませんでした」

「それだけですか?」

「あの爺の権能をいくつかズタズタにしました。

片方はしばらく使えない程度、もう一つの方は、権能の核を奪い取りましたので、まず間違いなく、まともな形で使用することはできなくなっていると思います」

「相変わらず迂闊な発言ですね。

まあ、それなら間違いなく痛手を与えたといえるでしょう。

狼公を一度でも殺しましたか?」

「一度だけ。

灰の状態から復活されましたが」

「ああ、その復活の権能ですか。

呪力が弱っていたりはしませんでしたか?」

「相当弱っている感じはしましたが…」

「その権能は私も見たことがあるのです。

灰よりの復活は呪力を大幅に消耗し、いくつかの権能も使えなくなるようです。

そして、復活回数自体に制限はありませんが、復活するたびに著しく弱体化します。

その直後に引いたのでしょう?」

「ああ、それはそうです。

てことは、攻めればやれたと?

そういうことですか?」

「まあ、そうでしょうね。

貴方にとってはもったいない機会でした」

 

 すごい笑顔でそう言われた。

 やっぱり駄目なようです。

 

「まあ、弱体化しているのなら、ここで狙うべきでしょうか?

しかし、弱っているところを狙うというのも。

いくら互いに仇敵とはいえ…。

それにあと少しで日本でも…」

 

 意識が回復し、目が覚めると師匠が独り言を言っていた。

 珍しい。

 

「ああ、起きましたか。

今回はそれくらいで済ませましょう。

 

私はこれでもあなたのことを買っているのです。

神殺しらしくない神殺し。

まだ()()()()()いないのでしょう?」

「…はい」

 

「そのままで居なさい。

その性根を変えることなく、戦い抜いて見せなさい」

 

 ああ、やっぱりこの人は美しい。

 スタイルも好みだが、何より笑顔が最高だ。

 

 これで「拳で語る」性格でなければ文句などつけようもなかったのだが。

 




ああ、ヒロインは師匠です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。