億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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主人公の存在理由。


22:レーゾンデートル

--イギリス、某所、賢人議会、東欧及び日本にて行われた"戦争"に関する報告書

 

 参加陣営:

  聖魔王、"アナトリアの巨人"(トルコ陣営)

  ヴォバン侯爵、"青銅黒十字"他15団体(東欧陣営)

 戦闘時間:約10時間

 戦闘地点:ブルガリア、ルーマニア、ウクライナ、ベラルーシ、リトアニア、ラトビア、ポーランド

 戦闘経緯:

  22:30

   "アナトリアの巨人"が東欧の魔術結社"青銅黒十字"他十五団体に対し宣戦を布告。

   布告理由は、「ヴォバン侯爵が我らの主にケンカを売ったから」

   戦争の開始時刻として二十三時を指定。

  23:00

   トルコからブルガリアに向かい、"アナトリアの巨人"主力と思われる部隊が越境。

   同時刻、黒海対岸のウクライナに対し工作部隊と思われる部隊が上陸。

  23:10

   ブルガリア、ウクライナの魔術結社複数と戦闘を開始。

  23:40

   両地点ともに戦闘終了。両陣営ともに死者なし。軽傷複数名が東欧陣営に出たのみの模様。

   "捕虜"収容部隊を切り離し、主力はブルガリア、工作部隊はベラルーシ方面に移動を開始。

  23:50

   空挺部隊と思われる一団がリトアニア"青銅黒十字"本部を襲撃。

   襲撃はトルコ軍の輸送機を魔術的に隠ぺいして行われた模様。

  24:30

   "青銅黒十字"陥落。及び無条件降伏。

   空挺部隊には大騎士クラスを双方ともに無傷で無力化できる戦力が配されていた模様。

  24:30

   主力がルーマニアの魔術結社複数と戦闘を開始。

   ベラルーシ方面に向かっていた工作部隊がポーランド方面から東欧陣営の襲撃を受ける。

  24:40

   ポーランドからの襲撃部隊壊滅。

  24:50

   "青銅黒十字"陥落の情報が公開される。

  25:00

   東欧陣営が実質的な降伏を宣言。

  

  以降の戦闘は散発的な抵抗部隊を無力化するのみであったため省略する。

  戦闘の完全終了は午前八時であった。

  

  また、日本国の首都、東京で行われた戦いは、ヴォバン侯爵が草薙の王及び聖魔王と対立する形で始まり、草薙の王と聖魔王の共同で侯爵を撃退している。

  神殺し同士の共闘は非常に珍しいことであるが、これまで観測されたことがなかったわけではない。

  しかし、草薙の王と聖魔王の共闘は五月に続いて二度目であり、前回も今回もその共闘関係は非常に友好的、つまり「敵の敵は味方」という関係ではなく、明確な「味方」としての共闘であったことも明記しておく。

  

  

 以降の捕虜・結社の扱いについて

  ヴォバン侯爵の庇護下にあった魔術結社はすべて、実質的に消滅した。

  本拠の破壊と、結社の歴史関連の資料の一部の破棄が確認されている。加えて、書面でそれぞれの結社が解散を宣言した旨が我々"賢人議会"にも提出されている旨を記載しておく。

  ただし、すべての結社が解散したわけではない。

  "聖魔王"庇護下での存続を望んだ結社も多く、ヴォバン侯爵に対してよい印象を持っていなかった結社の大半、正確には全十六団体中七団体が"移籍"を行っている。"移籍"した結社の筆頭は"青銅黒十字"である。

  

  

 特記事項:

  "アナトリアの巨人"側は、その戦闘能力、進軍速度の異常性と彼らの主たる聖魔王の判明している権能の効果から、その戦闘部隊の一兵に至るまで、カンピオーネ"聖魔王"の加護を得ていた可能性がある。

  東欧陣営とトルコ陣営の人数比は10:2であったが、戦闘の経過から逆残すると、その戦力比は逆転し、1:10程であったと思われる。

  "青銅黒十字"大騎士より、神獣クラスの呪力を持つ双子の存在が示唆されている。おそらくはかねてより報告のあった聖魔王の付き人と思われる。

  また、"アナトリアの巨人"の幹部クラスとして確認されている魔術師のおおよそ全員が、それぞれの戦場で確認されているが、その戦闘能力も"神獣並み"であるとの報告が複数挙げられている。

  "青銅黒十字"を筆頭に、"移籍"した結社のいくつかは当主の交代を行っている。本報告書に付録として添付するので要確認のこと。

  "戦争"数日前に日本国内で発見された羅濠教主は聖魔王に師匠と呼称され、「非常に友好的な関係?(報告書ママ)」と思われるものを築いているとされる。

  加えて、草薙の王は剣の王から盟友と称される存在である。

  少なくとも"賢人議会"発足以来、四人もの王が実質的な同盟状態になるという状況は観測されていないこともここに明記しておく。

  

 追記:

  "移籍"後の聖魔王傘下の魔術結社群は、その体制を連合と位置づけ、その連合の名称として"聖魔教団"を名乗る旨が"賢人議会"宛に報告されている。"聖魔教団"筆頭の結社は言うまでもなく"アナトリアの巨人"である。

  加えて、"聖魔教団"運営側から"戦争"に関する報告書が送られてきたので付録に追加する。

  その内容は端的に言えば、今回の"戦争"は聖魔王個人の意思で、東欧の魔術結社を壊滅させることを目的としてなされたものであるというものである。

  

  

--イギリス某所、賢人議会、対外諜報部門の所有する建物の一室

  

 男が周囲のメンバーに対して訓示を与える。

 諜報部門のメンバー全員が強制的に集められるなどということは今までなかった。

 同時に、今、彼らの目の前に立つ男の蒼白な表情も、この事態の異常性を示している。

 その男、諜報部門のトップが口を開いた。

 

「大まかな内容は、先に読ませた報告書の通りだ。読んだら直ちに破棄するように。

 

この"戦争"により、彼の"聖魔王"が治める領域はヨーロッパの東半分に拡大した。

加えて、それだけの広域を統治することのできる武力、経済力、人材力も結果として兼ね備えている。

組織の形としては、表向きは多国籍複合企業体、裏向きは複数の魔術結社からなる連合体となるという報告が"アナトリアの巨人"からなされている。そして、その裏向きの連合体の名を"聖魔教団"とするとも。

  

いずれにしろ、彼の王は表においても裏においても、世界最高といっていい規模の力を個人で掌握する王となった。

彼の王が基本的に善性を持つなどということは関係なく、非常に危険な力を持ったと考えざるを得ない。

 

過激な発言だと思ったか?」

 

「い、いえ!」

 

 不満げは態度を示し、そして今、歴戦の戦士の眼光に射すくめられた男が声を上げる。

 

「これはむしろ、穏健派の言葉だ。

彼の王と敵対することは許さない。敵対して、我ら"賢人議会"がそのままの形で存続することは万に一つもあり得ない。

これは上層部の共通認識だ。…我らが姫はどうだか知らんが。

 

とにかく我らは彼の王と敵対しない。絶対にかかわらない。我らは不干渉を最善とする。

 

以降の接触は厳重な注意と管理の元、行うことを命令する」

 

 次いで、

 

「まあ、関わらないといっても、あちらが関わってくることはありうる。

だから、先に、我らの方から連絡員は派遣する。

以降の連絡はその連絡員を通して行われることになるだろう」

 

 連絡員として選ばれたその女性は、名前を呼ばれた瞬間気絶した。

 ほかの諜報員の思いは一つ。即ち、「ご愁傷さま」である。

  

  

--イギリス某所

 

「この"戦争"、どんな名前で呼んだらいいと思う?」

 

 女性の手渡した資料にその神殺しは目を通す。

 一瞥し、一読し、感想は

 

「うん?女の取り合いから始まった痴話げんかの延長線上みたいなものだろう。

まあ、本来十字軍の前線拠点となるべきトルコ周辺から北上し、ヨーロッパを席巻したというのはなかなか皮肉が効いてるかもしれんな。

その上、聖魔"教団"とは、…魔術結社のせん滅が目的というあたり、"皆殺し逆十字軍"とか面白いと思わないか?

まあいい、それよりも彼女がアメリカで何かを始めるようでね…」

 

 ななめ読みによって、意図的に悪意をもって、情報を選別したうえで名前を付ける。

 その言葉の後、すでにもう、イギリスの神殺しは気にしない。彼の興味はそこにない。

 

 "皆殺し逆十字軍(キル・ゼム・オール・クロスクルセイダーズ)"の名が報告書に追加される数日前の会話である。

 

 

--

 

 その報告書が俺の手元に渡ったのは狼爺との戦闘の二日後の午後、いつものようにトルコに転移した時になる。

 日本時間は昼、トルコ時間は早朝というこの時差にももういい加減慣れた。

 

 報告書の内容は、「聖魔王と"アナトリアの巨人"に接触するときには最大限の注意を払え」、そして同封の手紙の内容は、二ページにわたって延々と、「イギリスにはかかわらないでください」ということが書いてある。

 これらの書類の差出人は"賢人議会"、あて先はウチの社長(総帥)だ。というか、俺が見る可能性が高いものに俺に対する報告書を同封するってどういう了見なんだろう。

 まあ、二日でよくこれだけの情報を集められたな、と見直していたところで看過できない情報が一つ。

 

 慌てて部屋を飛び出し、駆け込んだ先は社長室。

 来客中でないことを確認し、扉を開け放ち、言う。

 

「連合体の名前がこれ、"聖魔教団"ってどういう話だよ!?」

「その通りですが、何か?」

 

 社長付の秘書(魔術師)も真顔。すでに根回し済みであると。

 この社長()、本当にいい面の皮してやがる、と割と本気で、むしろ尊敬してしまう。

 どちらにしろ手遅れだ。外堀が埋められたという状況。

 諦めの境地に到達するのは思いのほか早かった。

 

「まあ、いいか。

今回は結構無理もさせたものな。

俺のわがままを聞いてくれてありがとう。

こんな俺を信じてくれてありがとう。

また、何かあったら任せるよ」

 

「それが俺たちです」

「それが私たちです」

「それが、我らの存在理由なれば、当然のことです」

 

 続く声は双子と社長。社長室の入り口、開け放たれたドアの左右に立つ双子の後には、トルコ国内に残っている結社の幹部クラスが続き、社長室に入室してくる。

 全員片膝をつき、そして最後に社長が立ち上がり、みんなの一歩前、双子と同じ線に並び、同様に片膝をつき、口を開く。

 

「我らはすでにこの命を捧げた身。

その身が御身の信頼に値することを成したとなれば、これに勝る幸福はありません」

 

「俺たちは貴方に救われた」

「私たちは貴方に導かれてきた」

「神獣とかまつろわぬ神とか、怖いのはわかる」

「危ないからって守ってくれているのも分かってる」

「でも今回は、"任せる"って言ってくれた、だから」

「「ありがとう」」

 

 引き継ぐのは、

 

「我らはまさしく、貴方様を信仰しております。

これは、命を助けられたからではありません。

貴方様は正しく救世主でございます。

人々に救いを与え、導き、幸福を与えてくださる。

我らはすでに幸福を得ました。

ならば、次はいまだ幸福を得られる者たちに救いを与えるべきです。

 

我らはすでに救われました。

貴方様は多くをお救いになりました。

次は、貴方様が救われてもよろしいのではありませんか?

願わくは、我ら一同の存在が、御身の救いとなれるのならば」

 

 一拍置き、続く一言。

 

「だから、ありがとうございます」

 

 

 この女、ディランは、おそらく誰よりも俺のことを理解している。

 

 恩を与えられたから恩を返す。

 助けられたから助ける。

 受動的な行動はこれだけ。

 

 そして能動的な行動。

 知ってしまったから助ける。

 何とか出来てしまうから助ける。

 こっちはアフリカ以来、封印ぎみだった行動だ。まあ、その衝動を抑えていたら俺はここにいないだろうが。

 

 そうだ。

 俺は救われたい。

 おそらく誰よりも、誰かに救われたい。

 だから、無償の善意に対し、倍の善意を返す。

 だから、知ってしまった悪意、起きそうな悪いことに首を突っ込む。

 双子を拾ったのもそう。

 神獣討伐を手伝ったのもそう。

 日本でアテナと戦ったのも、ヴォバン侯爵とやりあったのもそうだ。

 侯爵麾下の結社を潰したのもそう。侯爵の麾下にあるというのはいろいろな意味でまずいと、冷静に計算していた俺が確かにいた。

 ただ褒められたい。認められたい。そんな幼稚な思いから現れた行動だった。

 

 ただ、そう、「ありがとう」と言われたかった。

 ただ、「よくやったな」と認められたかった。

 自分の存在を肯定してほしかった。

 自分のやってきたことが無駄ではなかったのだと、誰かに認めてほしかったのだ。

 

 叔父夫婦は良い"親戚"だった。だがそこどまりだ。

 どうあがいても本当の家族ではなく、どうあがいても、自分の存在の全面的な肯定はしてくれない存在。

 叔父たちは肯定してくれていたかもしれないが、俺自身がそれを認識できない存在だったのだ。

 父も母も曾祖母も、俺の存在すべてを肯定するような祝福の言葉をくれなかった。

 俺は、その言葉を知らなかった。

 

 だから、自分のことを知らない場所を目指した。

 純粋に、俺の行動を見てくれる人たちを探して。

 自分の居場所、俺がいていい場所を目指して。

 アンリマンユの悪意(いたずら)はその点嫌味なほどに的確だった。

 あと少しで、自分を認めてもらえるのではないか、そういうところでいつもすべてを拭い去った。

 折れなかったのは最初からその肯定をもらえると認識していなかったから。肯定されるわけがないと思っていたからだ。

 だから、折れず、曲がらず。

 いや、折れることも曲がることもできず、愚直に同じことを続けた。

 人を救い、導き、幸福を与えようとしてきた。

 

 自身の持つ善性を否定し、自己満足のために、自身の悪意でもって肯定されるのだと、そう言い聞かせ、ここまで来たのだ。

 

 

「ありがとう」

 

 これ以上ない救いの言葉だ。

 

「ありがとう」

 

 自身の存在を肯定してくれる言葉。

 

「ありがとう」

 

 自分のこれまでの人生の全面的な肯定の言葉。

 

「ありがとう」

 

 祝福の言葉を紡ぐのは自分の口。

 気付けば頬が涙で濡れている。

 周りのみんなも涙をこらえていない。

 しかし、誰も気にすることはなく、みんなが与えてくれた全肯定に対して、自分の全肯定の言葉を返す。

 

 

 「ありがとう!」

 


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