億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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20:爺、来臨

 ヴォバン侯爵来日。

 

 ことは数日前、青銅黒十字に付けていた密偵から、「ヴォバン侯爵が拠点にいない」との連絡が始まりだった。

 一日後、青銅黒十字から「リリアナ・クラニチャール」という少女がヴォバン侯爵に同行しているとの情報が入る。

 さらに一日後、飛行機によって移動したことが判明する。

 半日後、行き先が判明。乗り継ぎを含むその飛行機の最終目的地は、日本。

 そのさらに半日後、ヴォバン侯爵が都内の某ホテルに滞在していることと、リリアナ嬢が侯爵の元を離れ、独自に行動していることが判明。

 この時点で正史編纂委員会に状況を問い合わせ、相手が何の情報も持っていないことを知る。

 合同での「ヴォバン侯爵対策本部」を設立した後、正史編纂委員会は渡航記録の調査と並行し、関東の精鋭を投入し、ヴォバン侯爵の監視とリリアナ嬢の捜索を開始。俺の元に戻ってきていた姉妹の妹の方と甘粕はリリアナ嬢捜索部隊の中核を担う。

 

 そして今、ヴォバン侯爵の監視部隊から万理谷さんが誘拐されたという情報が、次いで、リリアナ嬢捜索部隊の甘粕から、姉妹の妹の方(身内)がリリアナ嬢と爺の権能である"死せる従僕"に襲撃され、攫われたという情報がもたらされた。

 

 俺は、本気で怒ると冷静になる性質らしい。

 

 

「青銅黒十字、だっけ?

狼爺の支持基盤、片っ端から壊してくれ」

 

 電話の先、今はトルコにいる総帥(姉妹の姉)に、日本の最新の状況を提供しつつ、彼らの主として命令を下す。

 

「殺すなよ。

責任は取らせなきゃあならない。

だが、殺すまでもないし、今のお前たちならそれができる」

 

 確かな事実として、結社の幹部クラスの人材は、神獣に準ずるほどの呪力を誇る。双子たちに至っては神獣を二人で相手取ることができるほどの実力だ。

 加えて、三月時点の実戦経験のない者たちはもういない。荒事専門というわけではなかったが、"主の闇を払うもの"は確かに"暗部"として、一人の人も殺すことなく、実戦経験を積み、正真正銘の精鋭となっている。

 大騎士レベルはともかく、一般構成員程度ではどれだけ集まっても有象無象と変わりなく、その大騎士レベルの戦力であっても複数でかかれば制圧は可能という報告書も挙げられていたのを踏まえ、指示を繰り返す。

 

「ケンカを売ってきたのはあっちだ。

日本は俺がやる。

お前らは、東ヨーロッパをやれ」

 

 そして、付け足す。

 

「任せたぞ」

 

 信頼の言葉。通話を聞いていた幹部クラスが待っていた言葉。

 そして、彼らが奮い立つ理由となる言葉であり、東欧の魔術結社に対する死の宣告の言葉でもあった。

 

 

--日本、東京、某所の高級ホテル

 

 悪趣味な塩の彫像の立ち並ぶ廊下を二人で歩く。

 双子はすでにトルコに送った。加えて日本支社長ムハンマドもだ。彼らは東欧戦線の主力である。

 隣にいるのは数時間前まで尋ね人であったリリアナ嬢である。

 塩の彫像は"ソドムの瞳"による呪い。一般人に対しては実質、即死の呪いだ。すでに崩れ去っているものもあり、どうしようもない。

 完全に塩になる前であったなら、加護によって抵抗力を高めることで何とかできる可能性があったのにと、感じる心の痛みを無視しつつ、元凶の元へ向かう。

 

 大きなドアは開け放たれていた。

 その中に、悪趣味な彫像に囲まれながら紅茶を飲む、ヴォバン侯爵(紳士を気取った糞爺)の姿が見えた。

 

 瞬間的に頭が沸騰しかけるが、その感情を制御する。

 善と悪を内包しているのだ。感情制御はお手の物だ。

 自分に言い聞かせながら、しかし、敬老の精神は()()()()()()()()()()()意識しながら、爺の対面の椅子を自分で引き、ぞんざいに座る。

 リリアナ嬢の退室を待ち、口を開く。この場面で沈黙できるほどの精神的な余裕はない。

 今の俺は"狼爺絶対に悪いことできない体にしてやるマン"と化している。

 

「俺にケンカを売ったこと、理解してるか?」

 

 加護を通して、まだ生きていることはわかるが、同時に意識もないことが分かっている。そして、結界か何かのせいでその正確な位置がわからないということも。

 

「ふむ、何が貴様の琴線に触れたのかは…、ああ、彼女か。いや、彼女"たち"かな」

 

 爺は楽しそうに、愉しそうに笑う。

 上位者の笑み。自分が上位に立っていると思い込んでいる笑みだ。

 まあ、以前は俺のことを"8人目"と勘違いしていたが、今回はちゃんと学習したらしい。

 犬よりは頭がよさそうだ。

 挑発。そう断じ、()()手は出さない。

 

「わかってんならちょうどいいや。

賠償合わせてさっさと返せよ」

「まてまて、なかなかいい人材ではないか。

何かと交換でもせぬか?

死せる従僕の中にちょうど良さそうな騎士が何人か居ったはずだ」

「ヒトをモノ扱いか。さすが東欧の魔王は違うな。

で、どう死にたい?」

 

 口先で怒り、笑顔を見せ、しかし頭の中は冷静を保つ。

 この場所で、都心のど真ん中で戦うことは許容できない。

 "戦争向け"の権能を解き放たせるわけにはいかない。同時に、その弱みを知らせてもならない。

 最低限場所を動かす必要がある。

 

「おぬしもわしと同類であろうが。

しかしなんだ、彼女らは貴様にとってそれほどに重要な存在だったのかね?」

「身内に手を出されて無視できるほどイカレちゃいないつもりだよ。

剣の王に獲物横取りされたことあんだろ。

あんたにとってのそれと同じさ」

「貴様…」

 

 意趣返しに成功したことを知る。

 老紳士の仮面にひびが入り、憎々しげな顔を一瞬浮かべる。

 しかし、今、この場での優位性を思い返したのか、仮面は被りなおされる。

 

「まあよい。どちらにしろ、こちらが手札を握っていることは確かなのだ。

こちらの交渉に乗らないというのであれば、何らかの報酬がほしいものだが?」

 

 加護を通じ、トルコから連絡が入る。

 内容は、()()()()()()()()()()()()()()()()に対する宣戦の布告が完了したこと。

 そして、進軍を開始したことまで。

 

「ああ、いいぜ、あんたの益になることをしてやるよ、」

 

 

 本人に対する宣戦布告。それが行われる寸前、今度は閉じられていた大扉が開かれる。

 

 最新の神殺しとその愛人たる大騎士、草薙護堂とエリカ・ブランデッリの参戦である。

 

 

 護堂君は大扉を開いた勢いのまま、爺の横に立ち、見下ろす。この爺相手に敬老精神を発揮する気はさらさらないようで、その点については将来有望そうだとか考えてしまう。

 俺の見せ場がつぶされたから現実逃避とかしてるわけではない。

 護堂君が俺よりも怒っていることが、敵意とかそういう感情を通して伝わってくるせいで、こっちは逆に冷静になってしまったわけでもない。ないったらない。

 

「万理谷を返せ!」

「まずは名を名乗ったらどうかね、極東の後輩よ。

君はどうか知らんが、私は君の名前すら知らん」

 

 つまり眼中にないと。そう言っている。

 知ってか知らずか、護堂君は返す。

 

「草薙護堂だ。俺の友達を連れ戻しに来た」

「君は、彼女の何かね。

愛人?恋人?妻?まあ、どうでもよい。

あの娘は私がもらっていく。まあ、許せ。

 

話を戻そう。貴様は私にどんな益をもたらすのだ?」

 

 いきなり話が戻ってきた。

 そこで護堂君がやっと俺の存在に気付いたようだ。

 視野狭窄は死んじゃうよ?

 

「まあ、手遅れっぽいかもしれないけど、アンタの部下?まあ下僕程度にしか思ってないだろうけど、俺の結社が青銅黒十字を筆頭とするあんたの麾下の魔術結社を攻め滅ぼすために動いてる。

戦争ってのは、一対一のケンカじゃない。

軍勢と軍勢のぶつかり合いこそが戦争だ。そうだろう、"戦争狂"。

だが、彼女"たち"を返してくれたら即座に手を引こう。

どうだい?」

 

 ドアを閉め、こちらに近づいてきていたリリアナ嬢の顔が一気に蒼白に染まる。

 この爺の側に付いた自業自得だ。実行犯でもあるし、命を取らないのだから、大丈夫だろう。

 

「私を脅すか。

まあ、下僕どもがどれだけ死のうと私には関係はない。

が、確かに自分のものが他者に奪われるというのはいけすかんな。

先ほども言われたばかりだったというのに。物覚えが悪くなっていかん。

うむ、その点については詫びよう、草薙護堂よ」

 

 言って、言葉だけの謝意を示す。謝る気はさらさらないという顔をしている。

 普通の痴呆気味の老人のようにふるまっても無駄だ。むしろ、自分じゃ何もできないようにしてやる。

 最善は、ここでない場所で戦いを起こすこと。そうでなければ周囲に気を使わねばならない。

 畳みかけるタイミングは確かにここ。そしてできれば護堂君もこちらの陣営に巻き込んで動きたい。

 エリカ嬢に視線を向けると、即座に理解の色を示す。

 頭のいい子だ。

 

「恐れながら我らの王よ、ここは盟友たるサルバトーレ卿の意に従うのも一興というもの。

老いた紳士に、もう時代が違うことをお知らせするのも最も新しき王たる御身にふさわしき振る舞いではありませんか?」

 

 爺を無視し、その上で爺を全力で挑発する。

 サルバトーレ卿の名前と盟友という言葉で完全に切れたようだ。呪力を抑えきれていない。

 散々じらしてきたからなあと考えつつ、自身の体もその呪力に充てられて戦闘態勢に入るのを感じる。

 

「よかろう、それほどまでに戦争が望みというのなら、我が相手をしてやろう!

だがまあ、二人がかりとはいえ、最古最強の魔王たる我を相手にするのはつらかろう」

 

 どこまでも上から目線な爺だと思いつつも、相手が勝手に自分を縛る分には関係ない。

 そもそも、最古最強、その一部はすでに俺の腹の中だ。

 

「リリアナ・クラニチャール、彼女らを」

「ハッ」

 

 声とともに、加護のつながりを妨害していた結界が解かれるのを感じ、部屋の奥に気配が二つ現れる。

 隠ぺいやらなにやらの結界で隠していたらしい。リリアナ嬢の評価を上方修正する。

 

「草薙護堂、彼女たちを連れて好きに逃げろ。

我はそれを追いかける。

今はちょうど日付が変わるころか…、日の出を刻限とし、それまで逃げることができたならばそちらの勝ちだ。

どうだね、悪い条件ではなかろう」

「俺は?」

「彼らが隠れる時間を、我相手に稼ぐのが貴様の役目だ!

いつぞやの借り、ここで存分に返してやろう!」

 

 獰猛な、狼になっているわけでもないのに、完全に獣の瞳でもって俺をにらみつける。

 俺と戦うためのルールらしい。

 そして、戦う場を動かせそうにない。

 

 まだ意識を取り戻していない二人を護堂君とエリカ嬢に任せ、同時に闇で作った端末をエリカ嬢に付けておく。

 無断だが保険だ。

 

 護堂君たちの離脱を確認し、爺と相対する。

 

「で、別にここで斃しちまってもいいんだろう?

さっきも聞いたけどよ、アンタはどう死にたい?」

「ほざけ!貴様はここで我が喰らい殺してくれる!」

 

 神殺し対神殺し対神殺し、その前哨戦の幕が上がった。

 

 

--

 

 先手は爺。疾風怒濤が叩き付けられ、ホテルの最上階にあった部屋は内側から爆発する。

 物的被害を出さないという目標は初手でご破算だ。

 まあ、ホテルの中で戦闘が始まってしまった時点で半ばあきらめていたが。

 

 外の天候はいつの間にか嵐に変わっていた。

 爺は行く先々に文字通り嵐を巻き起こすことでも有名だ。つまり、現状の嵐は、爺の感情に反応した結果だ。

 

「ウォォォォォォオン!!!」

 

 爺が変身した巨狼が吠え、周囲に展開した狼と死者たちが突撃してくる。

 前回よりもはるかに数が多い。

 その上、嵐はやまず、瓦礫に侵された足場も悪い。

 

 こちらも神獣を召喚し、まずは数を増やすことを選ぶ。

 三頭の竜と悪意を喰らう聖獣を呼び出し、それぞれに突撃を命じる。

 合わせて、自身も軍勢に突撃する。

 

 権能の掌握がてらに試していた技の一つ、ナイフを起点に魔術を行使し光の剣を生み出す。さらに、ナイフにアフラマズダの加護を加える。

 これで即席のビームサーベルもどきの出来上がりだ。

 寄ってきた死者を抵抗なく真っ二つにした後は、大きく周囲に振るい、今度は横一文字に切り裂いていく。威力が高いのか相性がいいのか、スパスパ切れるのはなかなかに気持ちがいい。

 いや、少しだけ抵抗感を覚える。狼に対しては効き目が悪いようだ。狼自体は闇と地の象徴なのにどんな神の権能なんだと思いつつも、それでも切れるので気にせず振るう。

 

 数分程、切り続けるも死者と狼の軍勢は一向に減る気配を見せない。

 巨狼が身を震わせるたびにまき散らされる針のような毛は、すぐさま狼に姿を変え、倒した死者たちは、殺す端から復活し押し寄せる。

 死者たちの動きが前回と比べても悪いことから、そういった性能面を度外視した多量展開であると判断するが、対処のしようがない。サタンの時と同じで、俺は"戦争向き"の権能を持ってはいないのだ。

 少しの疲れを覚え、本丸を狙うかと爺の方を見たとき、その爺が先に動いた。

 狙いは俺ではなく神獣。神速でもって爺が接近したのはまずは窮奇。その勢いのまま首の骨をへし折り、かみ砕く。

 次いで狙うのは三頭の悪竜。神速の一撃で一頭を失い、毒炎による反撃を行うも薙ぎ払われる。再生しようとうごめいていた体も踏み砕かれ、群狼に貪り食われた。

 一気に手札を失ってしまった。

 

 周囲に満ちるのは嵐の闇夜。

 神速の権能ではなく、闇の掌握でもっての迎撃を選択する。

 

 

--

 

 ヴォバン侯爵がこの神殺しを殺すために選んだ戦法は単純なものだ。

 即ち、物量による消耗、次いで一撃必殺。

 徹底した遠距離戦である。

 

 前回の戦闘の最終局面において、ヴォバン侯爵はナイフに塗られた毒によって深手を負った。

 その権能がどんなものかはわからない。しかし、ナイフ、おそらくは何かしらの武器・攻撃に毒を付与する権能であるとにらんだ。

 同時に前回、銃ではなくナイフに塗ることを選んだことから、直接攻撃しなければ発動しない類の権能であるとも考えた。

 神格複数にダメージを与える毒の使用条件が単純であるわけがないと考えたのだ。

 

 その結果が、死者と狼の軍勢による包囲、援軍たる神獣を自身の手で屠りつつ、神殺しに消耗を強いる戦法。

 もとより時間は十分にある。この神殺しを殺したうえで、もう一人の神殺しと戯れる時間は十分に。

 猶予は十分。もう少し戯れ、消耗を強いても問題はない。

 

 それにより、神殺しは闇を掌握する時間を得た。

 

 

--

 

 周囲の闇を掌握する。

 付近の少量の闇の掌握であればこれほどの集中は必要ない。

 しかし今回対象としたのは、視界内の闇と、あらかじめホテル内部にマーキングを施したうえでの、停電中のホテル内部に満ちる闇すべて。

 空の闇、建物の影、人の悪意、闇に属するあらゆるものを掌握し、収束し、武器とする。

 

「よし」

 

 満ちた感覚とともに開放する。

 場所は軍勢の中心。形状は刃。それを幾枚も生成し、軍勢をミキサーに放り込む。

 

「なんだと!?」

 

 数的優位はなくなった。

 

「どうする、爺!」

 

 

 選択したのは侯爵。

 数的優位を覆されうる可能性を感じたのと同時に、自身の持つ闇、または光に属する権能より与えられた最大限の警鐘から、ソドムの瞳と疾風怒濤、神速の権能を全力で行使する。

 結果、その対象となった男は、神殺しの抵抗力により塩になることは免れたものの一瞬の硬直を余儀なくされる。

 次いで疾風怒濤が吹き付ける。対処のタイミングを逸した神殺しは雨の矢と雷に打たれ、嵐によって吹き飛ばされる。瓦礫とともに飛ばされる神殺しが向かうのは外。

 ホテルの屋上となった場所から落下する神殺しは姿勢を整え呪力を集中させようとする。おそらくは何らかの権能の行使。

 しかし、その行使がなされることはなかった。

 神殺しを追い、神速で飛び降りた巨狼がその咢でもって神殺しの上半身を喰いちぎった。

 

 追撃はやまない。

 イランで見た異常な回復力。傷口は闇に覆われていた。ならば闇に属する権能による回復。

 傷口が闇に飲まれる前にソドムの瞳を行使する。神殺しといえど、それは生きていればの話。死んだ状態では呪力を高め抵抗するということはできないという考え。神罰により塩化する下半身を見下ろしながらもさらに追撃。

 死せる従僕の内、浄化や光に属する魔術に高い適性を持つ者たちを呼び出し全力での魔術を行使させる。

 同時に自身も魔術により浄化を行使。神殺しの莫大な呪力でもって行使された浄化の秘術は、神殺しの下半身の周囲に揺らめく光とともに、その存在をかけらも残さず消し去った。

 

 

 下半身があった場所を見下ろしながら巨狼は満足げに顔を歪める。

 

「ウォォォォォォォォン!!!」

 

 勝利の遠吠えは、同時に新たな戦いの狼煙でもあった。

 

 嵐はまだやまない。

 闇は深まるばかりである。

 

 


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