億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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19:掌握

 俺の理由。二つあるが、一つは昼、トルコ商会についてのものだ。

 

 裏の魔術結社"アナトリアの巨人"ではなく、表向きの輸入部門なども持つトルコ商会が、日本に支社を作るという話だ。

 話自体は日本に来る前の社長(姉妹の姉の方)の説明に含まれていたもので、「落ち着いたら」というものだったが、実際、一段落したから動き出したのだ。

 ここでも権能は役に立った。"闇の掌握"の能力の一つ、闇から闇への転移は自分が認識することのできる闇から闇へと転移するというもの。そして、アフラマズダの権能によって加護を与えた地点は、その加護を通して、その気になればかなり正確に認識することができる。それを利用して直通かつタイムラグなしで人員の再配置を行ったのだ。

 出入国管理?正史編纂委員会に頑張ってもらう。トルコ国内ならこんな無茶なことをしても、金と権力でどうにかできてしまうらしい。国の中枢機関のおおよそすべてに配下の魔術師が潜り込んでもいるらしい。ついでに、国のトップは俺と俺の組織のことを知っているし、それがどういう存在か、正しく理解している。

 つまりは、トルコ軍の全軍でもってもどうしようもない存在であるということを。神獣討伐戦の記録を見せたらしい。

 日本支社の社長は、"前線指揮官の兄ちゃん"にして、トルコ商会の一部門を仕切る幹部(枢機卿)ムハンマドだ。信頼と魔術的な能力、次いで実務能力によって選ばれたらしい。社長(姉妹の姉の方)も立候補しようとしていたが、社長としての業務を簡略化し、電子化することで長期の不在を可能にすることはできても、社長職そのものを任せられる人材はいなかったようである。今の形になって一月くらいしかたっていないのだから当然である。

 加えて、その社長が自身の妹を日本支社の社長に推薦もしたがそれは実現しなかった。その妹が実質的に俺専属となったからだ。もともと情報収集に長けていたのが、甘粕という「忍者」に感化され、そして、甘粕の沙耶ノ宮馨()の懐刀という立場に惹かれ、そこらの本屋で売っていた外国人向けに日本文化を紹介(曲解)した本で学習し、今は正史編纂委員会の指導の元、「忍者」になろうとしている。恐山から「元気です!」と笑顔の写メール(死語)が送られてきた。

 俺の加護の力と合わせ、隠形に関してはすでに甘粕と同格にまで登り詰めたそうだ。次は体捌きだとも言っていた。

 力付けることは悪いことではない。危ない橋を渡らせるつもりはないが、その力で一瞬でも生き延びることができれば俺が救う。

 …そういえば、ここでいう「主」とは俺でいいんだろうか?うぬぼれでなければそうだと思うのだが、もしそうならもう少しフレンドリーになってほしい。姉程とは言わないが、女の子に怖がられるというのは精神的に厳しいものがあるのだ。

 

 そんなこんな、ではあるが、すでに日本支社の設立については目途がついている。社屋も購入し、書類的にも設立済みだ。人員の配置もほぼ終わり。後は正史編纂委員会との連絡体制をどのように構築するかという裏の実務的な話だ。表の実務(商品の確保)はすでに始まっている。

 

 

 そして、二つ目の理由。時間は夜。

 アンリマンユの権能といっていいのかわからないが、"闇の掌握"、そしてアヌビスの権能の掌握だ。

 

 "闇の掌握"について、アテナとの戦いとその後に、実際に確認した能力は三つ。

 

 一つは闇の操作。これは認識範囲内にある闇を動かすことができる。

 身近にある闇の例を挙げるなら、影。人の影や建物の影を動かすことができる能力だ。

 平面的な影ではあるが、立体的にも動かすことができるし、切り離すこともできる。

 切り離した後は少しすると消えてしまうが、俺が直接、または服とかその程度の薄さ越しに触れている限りは消えることはないようだ。加えて、遠隔でも呪力を与える限り消えることもない。

 切り離した影は消えた後、元あった場所に再度現れる。人の影だったら、その人が移動していたら、移動先の足元に現れる。そして、俺が触れることで、または呪力を与えることで保持することを選択した影は、すぐに元の場所に別な影が、少し薄くなった状態で現れる。そちらの影は操作することができないようだった。

 厚みはほぼないが、普通のナイフや拳銃弾程度では傷一つ付くことはなく、衝撃で揺らぐこともない。ただ、呪力を込めたナイフでなら切ることができるし、アフラマズダの加護を加えたナイフや銃弾であれば、接触した瞬間に、抵抗なく影そのものが消え去る。呪力を込めれば少しは耐えられるのだが脆いことに変わりはない。

 善か光かはわからないが、そういった属性に対しては非常に脆いもののようだ。加えて、アンリマンユの権能以外の権能が効果を発揮しなかった。つまり、アフラマズダの権能によって強化することはできなかった。

 アテナ戦の時、天の炎を受け止めた闇はアテナ(闇の女神)が生み出したものだった。練りこまれた呪力の差か「闇」の性質によるものかわからないが、強化すること自体は不可能ではないはずだ。

 現状、即席の防御や攻撃になら使えるだろうが、継続的に利用することは難しいかもしれない。

 加えて、動かすだけなら日本国内からトルコの結社の建物の影を動かすこともできるようだが、その精度がかなり下がる上に、呪力の消費もつらくなる。実用的な範囲としては自分の視界範囲内といったところだろう。

 

 二つ目は闇から闇への転移能力だ。

 トルコ商会日本支社設立のために酷使することになってしまったが、その条件は、「移動元と移動先の闇を正確に認識していること」だけだ。

 呪力の消費も距離に依存せずに非常に少ない。さらに、「正確に」といっても正確な緯度経度標高といった情報が必要というレベルではなく、「結社裏手の影」、「結社の会長室の前の扉の影」といった認識でいいようだ。行ったことのない場所にはその程度の認識で飛ぶことはできないが、その場合は逆に「緯度経度標高」といった情報で飛ぶことができる。まあ、情報が正しくとも転移先に影がないと飛ぶことができないのだが。「いしのなかにいる」的な危険がないだけいいだろう。

 

 三つ目は闇の吸収だ。

 これも認識範囲内に存在する影や悪意といった、闇に属する概念や感情全般を吸収し、自身の呪力に変換することができる。

 ただ、悪意は無条件だが、闇を吸収する場合には、その闇を自身のものとして掌握し、その上で自身の呪力に変換するという手順が必要であり、そのどちらの手順にも呪力が必要になるので効率が悪いどころか場合によっては収支がマイナスになってしまう。

 こちらの「認識範囲内」も、権能による加護が与えられた土地が含まれるようで、アテナ戦の後始末が終わって、「そういえばトルコはどうなっているかな」と思い浮かべた瞬間、アヌビスの権能の暴発により、トルコ全土の悪意が叩き込まれ、また脳が焼けてしまった。まあ、気が付いてすぐに悪意を吸収したわけだが。

 トルコ国内の犯罪が激減したのは先に述べたとおりだ。

 しかし、そういったことを繰り返したおかげか、「悪意の吸収」はほとんど無意識、全自動で、感知・発見・吸収の流れを行えるまでになった。

 

 そして、未確認の四つ目。

 アテナ戦で、俺は最後に闇によって炎を受け止めた。それによってアテナが生き残ったわけだが、アテナが俺の掌握した闇を吸収するのと同時に、俺の中に何かが入ってくるのも感じていた。

 そして、師匠が来日してから最初の手合わせ。「どれだけになったか見てあげます」といって、権能ありで殴り合う羽目になったわけだが、とりあえずとアンリマンユの弱体化を師匠に付与したところ、明確に、呪力か、または神格か、そういったものを吸収するのを感じた。その違和感を感じた瞬間に上半身が消し飛んでしまったわけだが。

 

 「悪意を喰らえ」、「闇を統べろ」

 アテナ戦で一度死んだあとから、アンリマンユの権能が時折ささやく言葉だ。「敵」がいるわけでもないのに、吐き出される明確な意味を持つ言葉。

 "闇の掌握"は文字通りの能力といっていい。そう思う。しかし、直感の()()とともに、この程度ではない、この程度では収まってくれないとも感じる。

 だからこそ、闇の深くなる時間帯に権能の掌握を進めるのだが、四つ目に関して、目立った進捗はない。

 

 

 そして次に、アヌビスの権能。

 アンリマンユの権能が俺に伝えた能力は、大きく分けて二つ。悪意に対する鋭敏化と、対象に対し裁きを下す能力。

 悪意に対する鋭敏化は、自分の認識範囲内、これも"闇の掌握"と同様にアフラマズダの権能によって加護を与えた領域も含まれるようだが、その範囲内に発生した悪意と、悪意によって生まれた負の感情を強制的に認識させられる。起きていようが寝ていようが関係なく、そして、最初の時と同様に、脳の容量に関係なく、無理やり叩き込まれる。

 

 次、裁きを与える能力だ。対象の善意に対して裁きを与えるとかいうよくわからない情報が与えられたが、実際には、「対象が何らかの感情を持たせた魂を召喚し、その魂に対象を裁かせる」、具体的には、裁かれる対象がいい奴ならば、呼び出される魂もそいつにいい感情を持っている割合が多くなり、結果、そいつが裁きによって強化されるという結末を得る。

 逆に、悪い奴ならば、呼び出される魂も悪い感情を持っている奴らが多くなり、裁きによって弱体化を得るようだ。

 「そいつ」とか言ったが、現状、人間に対して行使したことはない。修行中に乱入してきた命知らずの熊とか、飯用にと捕まえようとした猪とかに使った結果だ。熊は人里に現れず、むしろ人里に向かうような害獣を食らっていたことで、猟師たちから漠然とした良い感情を向けられていたし、猪は里の畑を荒らしまくっていたやつだったらしい。これにより、呼び出される魂は、死者の魂そのものではなく、思念とかそういうものという認識だとわかった。

 

 

--日本、富士山麓、樹海内

 

「今回の修業はこのくらいにしておきます」

 

 昼前、いつも修行を切り上げる時間帯、師匠がそう言った。

 いつもなら「今日の」であったはずだ。

 

「今回の、ですか?」

「はい、今回の修行です。

まあ、今回の修業自体が探し物の暇つぶしではあったのですが、思ったよりもあなたが頑丈になっていましたしね」

「暇つぶしでこれですか…」

 

 周囲、富士の樹海内において、木々が吹き飛び、荒れ果て、禿げあがった周囲を見渡す。

 そして、自分の優先順位の低さに涙が出そうになる。

 

「ああ、暇つぶしといってもおもしろいと思って、あなたを訪ねたことは確かですよ。

探し物自体は私自身がする予定はありませんでしたし。

それに、()()()()()()()()()ことも確かです」

 

 まあいいか、と気持ちを切り替える。

 実際、強くなったという実感はあるし、師匠は師匠なのだ。

 現状でも師匠には勝てる気がしないのだから、教えてくれるというのならありがたくついていくのみだ。見返してやりたいと思う気持ちが無いでもないし、綺麗な女性にボコボコにされ続けるしかない現状をどうにかしたいとも思うが。

 

 そもそも、師匠と俺は非常に相性が悪いのかもしれないと最近思う。

 師匠は俗世から離れて生きている、まさしく仙人だ。

 そのせいでアンリマンユの権能による弱体化はそれほど働かず、アフラマズダの権能による強化は自身に向けられる信仰のみによって行われる。狼公は明確に悪い生き方をしているからアフラマズダの強化はそれなりに上乗せされたのだが、師匠にはそういうのは一切ない。

 ついでに、窮奇の権能は自身の悪性と相手の性質に依存する。しかし、師匠は限りなく中庸に近い性質だ。あれだけ陸君を振り回しておいて、悪意を振りまかず、悪意を向けられず、善意を振りまかず、善意を向けられずというのは、ある種、仙人としての極致ではないだろうか?

 アヌビスの権能も同様。呼び出される魂は人間のものだ。その人間との係わりが薄すぎるせいで何も起こらない。

 性質に左右されずに使えるのはサタンのみとなるが、もとより神速を見切る目を持っている師匠に対しては、突撃くらいしかできない神速では軽くいなされて終わりだ。

 魔法は普通の魔術師を超える程度に扱うことができるようにもなるが、師匠に殴って消し飛ばされる。

 我流CQCでは、師匠の体術に食らいつくことすらできない。

 物量で押しつぶすような権能も、質に特化した権能もない。

 可能性としては"闇の掌握"。それもまだ、その全体が見えない程度にしか掌握できていない。

 つまり、現状の手札では勝ち筋が見えないのだ。

 

 改めて考えて感じたが、師匠と俺は非常に相性が悪いようだ。

 

 話に戻る。

 

「暇つぶしをやめるってことは、探し物は見つかったんですか?」

「はい。まあ、まだ少し早かったようなので、今回は様子見に止めることになるでしょうが」

「何を探していたのか教えてくれたりとかは…?」

「いずれ、いえ、近いうちに知ることになると思いますよ。

今はまだ。ただ、露払いくらいは勤めてもらいたいものですね」

 

 不穏な単語が聞こえた。

 「露払い」、日本でナニを探していたんだ陸君?

 しかし、触らぬ神に祟りなし。スルーを選択。

 

「見つかったならいいですけど、それ、どこにあったんです?」

「日光です。

明日、日光に向かい、様子を見て一旦帰ることにします」

「え、帰るんですか?

中国に?いきなりですね」

「はい。

まあ、すぐに帰ってくることになるでしょうが。

ああ、あの子は置いていきます。

後は良しなに」

 

 陸君、大変だなあ、と思いつつ、正史編纂委員会辺りに日光の話を聞こうと心に決め、第二回死に覚え編は終わった。

 

 

 その数日後のことだ。

 六月も中旬。当初の予定通り、一旦トルコに完全に帰ろうとしていた俺たちの元に、あの狼公が日本に向かったらしい、との情報がもたらされたのは。

 

 

 

 




掌握しきれたのはトルコの方だけです。

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