億千万の悪意と善意   作:新村甚助

2 / 36
02:善神

「そういえば、なんで急に食べようとしたんですの?

せっかく何年もかけて熟成させていた闇ですのに」

「我に必要だからさ。

あれの相手をするにはさすがに力が足らん」

「ああ、先日いらっしゃいましたあの方ですか。

因縁の相手ですものね」

「うむ。

まあ、奴に対する最低限の知識は与えた。

奴は我にとって天敵であるが、我も奴にとっての天敵である。

あとは此奴と彼奴の問題だ」

 

 

--

 

 腹と頭の痛みで目が覚めた。

 

「頭痛が痛い。

腹痛が痛い」

 

 声は出る。耳は聞こえる。

 四肢の感覚もある。

 手も足もちゃんと動く状態であることを目で見て確認できた。

 生きているのだろう。

 

 時計を見ると丸1日経過していた。

 昨日の昼すぎと同じように晴れ。

 昨日の暗闇の残滓はどこにも見えず。

 ただ、腹の中の熱と頭の痛みが昨日の神の存在を誇示し、昨日の記憶が事実であることを示していた。

 

 腹の中の熱に意識を向けると、頭の中の「アンリマンユ」が語りかけてきたような気がした。

 

 

 

 アンリマンユは善悪二元論を基本とするゾロアスター教において、二元の一方、「悪」をつかさどる絶対悪神である。アンリマンユは絶対善たるアフラマズダに対抗する存在であり、アフラマズダによる光の世界の創造に対し、16の災難を創造したとされる。

アンリマンユ自体は、もともとはこの16の災難をつかさどり、振りまく7柱の魔王の一柱であるが、同時にこれらの魔王を統べる魔王の中の魔王である。アンリマンユの権能はこの「魔王の中の魔王」という点に由来する。

 

 アカ・マナフは「悪しき思考」の名を持ち、善悪の判断を狂わせ、選択を常に誤らせる。

 ドゥルジは「虚偽」の名と「不浄」の概念を持ち、認識力を低下させ、伝染病により死をまき散らす。

 サルワは「無秩序」の名を持ち、秩序の破壊をその役目とする。同時にインド神話における破壊神シヴァの別名でもある。

 タローマティは「背教」の名を持ち、敬虔な信徒を堕落させる。

 タルウィは「熱」、ザリチュは「渇き」の名を持ち、二柱併せて善に属する植物を枯らし、毒草をはびこらせる。

 そして、アンリマンユは悪竜アジダハーカの創造者ともされる。アジダハーカ自体はペルシア神話でも登場し、「蛇」を意味する「アジ」を与えられ、苦痛・苦悩・死をつかさどる三頭を持ち、口から毒を吐き、千の魔法を操り、人の姿で善人をそそのかす悪魔である。

 

権能としての能力は、それぞれの魔王は敵の神格・善性に応じた弱体化に対応し、アジダハーカは神獣の形で召喚され、召喚中は魔法を行使する能力と蛇の不死性(再生)が付与される。

 

 これらの権能は一つの権能としてみると破格であるが、これはパンドラによる「人の扱うことのできる権能」という形への圧縮なしに、文字通りの「神能」としてアンリマンユ本人が埋め込んだ結果である。

 

 

 しばらくの間、そうやって自身の中の別人(アンリマンユ)と対話し知識を蓄えていると、唐突にとんでもない情報が紛れ込んできた。

 

 曰く、「お前の天敵(アフラマズダ)がもうすぐ現れる」

 

 詳しく情報を聞き出してみると、そもそも自分の前に現れた理由が、アフラマズダとの対決のために力を蓄える必要があったというものであった。

 命日が数日伸びるだけなのかと少し落ち込みつつも気分転換にと空を見上げ、そこで違和感を覚える。

 

 

 

 そして気付く。

 空はもう暗くなってもいいような時間になっているにもかかわらず、明るかった。

 そして、明るさの下に、光輪を背負い地に降り立つ天敵(アフラマズダ)の偉丈夫を認めた。

 

 反射的に、と言っていいだろう。

 頭の中のアンリマンユと、自身の生存本能の叫ぶままに、先ほどまで聞いていた自分(アンリマンユ)の力を、後先考えずに全力で天敵(アフラマズダ)に叩き付けた。

 後光に陰りが見えたあたり、ちゃんと通用したようだ。

 

「貴様!神の口上も聞かずに先制を仕掛けるとはどういうヴォ…」

 

 歩き近づき話しかけてくる神に対し、こちらも近づき右手で左ほほを全力で殴り飛ばす!

 全力で殴り、魔力そのほかにより強化もされているという話から軽く吹き飛ぶくらいはするだろうという考えは当たらず、アフラマズダはバランスを崩しながらも踏みとどまった。

 

「きさっ」

 

 開いた口に左手のナイフを叩き込む。

 しかし、ナイフの刀身は神に傷をつけることなく溶けるように消えてしまった。

 普通の武器が通用しないからこその神であり神殺しなのだろうと、痛む頭の中で静かに納得してしまった。

 止まった自身と口を開く天敵との間に動作としての空白が生じる。

 

「貴様ァ!」

 

 アフラマズダはまだしゃべる余裕があるらしいが、こちらは腹痛と頭痛、そして早く殺せと叫ぶ本能によりそこまでの余裕はない。

 ただ、アフラマズダのほうもしゃべる余裕はあっても権能によって防御や攻撃を行う兆候はなく、アンリマンユの弱体化の権能は想像以上に効果を発揮していると考えた。

 あるいは遮二無二全力をつぎ込んで「この世すべての悪」を叩き付けた結果か。

 

 こちらは左手のナイフを捨て両手で殴りかかる。

 アフラマズダのほうも口をへの字に結び、光輪の光を増し、しかし、殴り合うつもりのようで両手を構えていた。

 

 

 

 

 アフラマズダはゾロアスター教における最高神であり、悪神アンリマンユと対立する善神スプンタマンユとも同一視される。アフラマズダ自身は有翼であり、光輪を背負う王者の姿で描かれ、善悪の立場を超越し、両者を裁くのが本来の姿である。

 同時に、世界の創造者でもあり、自身の持つ天空・水・大地・植物・動物・人・火の属性を神々として実体化させ、世界を創生している。

 よって本来であればこれらの属性に加え、ゾロアスター教における善神の象徴たる火と太陽といった権能が振るわれるはずであった。

 

 はずで、あった。

 

 しかし、顕現して数日、かつ、アンリマンユに対する形での顕現であるため、アフラマズダ本来の神格ではなく、同一視される善神の中核たるスプンタマンユに近い神格であること、さらにアンリマンユ、またはその弑逆者に対して口上を述べるために、同時に生まれたばかりの神殺しと油断していたために全力の弱体化をほとんど無抵抗に受けてしまったことにより、創造神としての本来の権能は半分どころか9割程も封じられ、挙句殴り合いとなっても本来創造神、スプンタマンユにしても「聖なる霊」であって武神などではなく、殴り合いという形での戦いは確かに不利なものであった。

 

 結果として、

 

 数時間に及ぶ、神殺しと神の、真正面からの殴り合いという戦いの結果は、

 

 

 

 神殺しの勝利で終わった。

 

 

 

 

 強いて勝因を挙げるならば、アンリマンユの権能が対象の善性と神格に大きく影響を受ける点があげられるだろう。今回の善神(スプンタマンユ)寄りの最高神(アフラマズダ)に対してアンリマンユの権能は天敵といっていいものである。互いが互いにとっての天敵という関係がこの結果をもたらした。

 これはひとえに先制が決まった結果であり、先制攻撃が不十分な結果であったならば、創造神はその権能を十二分に発揮し、文字通り神々の戦いという規模で、この生まれたばかりの神殺しを弑逆し返したことだろう。

 

 しかし、真正面から神を打倒したことは事実であった。

 

 

--

 

 気付くと見慣れない空間にいた。

 最後の記憶はアフラマズダの顔面を打ち抜き、その偉丈夫を倒した瞬間のものである。

 気を失った覚えはないが、どういう状況なのだろうかと考えていたところ、正面に女性がいるのに気付いた。

 

「二柱目の神を弑逆したご気分はどうですか?悪神としては最高ですか?それともあなたとしては最低ですか?」

「…神を打倒したという実感はないな。

頭の中のアンリマンユの残滓…っていうのかな?

そいつも善神を斃したんじゃなく、友達と殴り合った感じで満足そうに消えていったし」

「友達と生死をかけて殴り合うってどういう状況なんですかね…?」

 

「そういう気分なのだろうさ」

 

 女性の左手側に先ほど斃した偉丈夫が現れていた。

 

「もともと世界の始まりに出会った、正反対の同じ性質を持っていたというのが彼奴(アンリマンユ)だ。

我が部下の神々はあくまで部下でしかない。

同格で友と呼べるのはそれこそアンリマンユしかおらん。

この私を殴り飛ばすことのできる存在もな」

「…まあ、いいです、とりあえずさっさと祝福をしましょう!」

 

 少し感傷的な気分になっていたが台無しにされた感じだ。

 

「そもそもあなたは誰なんです?」

「すべての神殺し(エピメテウスの落とし子)の義母、パンドラ。

このまつろわぬ神程度ではなく正しい意味での神なので、そこのところはよろしく。

と、いうことで、この時代6人目の神殺しに対する祝福(呪い)の言葉を、アフラマズダさんよろしくお願いします。」

 

 息をつかせぬというか、とりあえず母親であるということは理解した。

 そんなこちらを無視して、パンドラの意を受けたアフラマズダが口を開く。

 

「善を成せ。大悪をもって善を成してみせよ。まあ大悪のほうが貴様によって来るであろうがな」

 

 一瞬、思考が止まった。

 この言葉は正しく祝福(呪い)だ。

 自分の行動が善ではないと、そう自分では思っていた。

 だがそれでもいいのだと。

 そう認めてもらえたような気がした。

 

「実質、悪意の肯定ですけど。

善神としてそれはいいんですか?」

「今は創造神の名だよ。

それに結果が善であれば文句は言わんよ。

この思考もまつろわぬ身となった結果かもしれんがね」

 

 満足そうな顔をした消えかけのアフラマズダに対し、パンドラは頬を掻いて困惑を示す。

 そしていきなりこちらの顔を覗き込み、

 

「いま、あなたの体を「神殺し」として最適化しています。

同時に先ほどのアフラマズダ様の祝福の言葉をもとに、人の身で扱えるように権能に手を加えています。

おまけで教えちゃうと、アンリマンユ様はそういう手順を一切無視して、神の力を神の力としてあなたに与えていたから、数日以内に神を殺さなきゃ死んじゃうところだったんだゾ」

 

 笑顔でお前、あと数日で死ぬはずだったといわれてしまった。

 いつの間にかアンリマンユに危ない橋を渡らされていたらしい。

 

「でも、この新生によってあなたは正しく私たちの子(神殺し)になります。

アンリマンユ様の権能は反動が厳しいだろうけど、まあ無理な行使をしなければ死ぬようなことはないレベルにはなります。」

 

 アンリマンユの権能は「使える」ようになるのかとほっとする。

 

「今の時代は神殺し豊作ですから、あのお寝坊さんを起こそうと回っている人もいるし、できれば死なないように頑張ってネ」

 

 ハートマークがついてそうな感じで言い切られ、意識が闇に沈んでいった。

 




--
河村闇理(26)男 偽名
身長:181cm
体重:80kg
出身:日本(四国→東京→アフリカ→中東→インドに向かう途中)
属性:秩序・悪
イメージカラー:黒
特技:発展途上国に対する支援、身振り手振りによるコミュニケーション、我流CQC
好きなもの:自分を知らない人全般、特に純粋な人たち、砂漠渡り用のマント、他者の悪意(曰く、わかりやすいのは特に好き)
苦手なもの:運命とかいう言葉、自身の善意(曰く、自己満足のための行為に善意なんていらない、あっちゃならない)

権能:
この世すべての闇(All of despair dark):デバフ
 対象の善性・神性の高さに応じて性能向上
 自身の悪性・神性の高さに応じて性能向上
 自身の善性・神性の高さに応じて性能低下
 デバフは一定時間継続(対象に依存)、割合低下
 ※自分の心の闇(影)の大きさ・深さに応じて性能向上
この世すべての光(All of luster light):バフ
 対象の悪性・神性の高さに応じて性能向上
 自身の善性・神性の高さに応じて性能向上
 自身の悪性・神性の高さに応じて性能低下
 バフは自身の悪性が善性を上回ったとき効果を消失、割合向上
 ※周囲の自分に対するイメージ、自身に対して向けられる信仰に依存

160318修正
ステータス削除

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。