18:悪夢の話
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夢を見た。
殺す夢。
何かを叫びながら殺す夢。
そして最後に殺される夢。
抵抗することもを蹴り飛ばし、銃口を向ける。
発砲音。
自分のものではないその音によって放たれた銃弾は、横手から俺の体に当たる。
続く発砲音。
最後の光景は、こちらに銃を向ける軍人らしき男の姿だった。
何かの笑い声とともに、意識は途切れた。
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まさしく悪夢だったそれは、俺に嫌な汗をかかせながらも、飛び起きることを許さなかった。
忘れたいと思っても忘れられなかった。
網膜にこびりつく、殺された者たちの絶望の表情と、俺を殺した者の憎しみの表情。
夢の意味が分かったのはその二日後の夜。
ニュースの世界情勢の中に紛れ込んだ、テロリストの拠点制圧のニュース。
画面に映る部隊長の顔は、
画面に映る街の風景は、夢の中で建物の中で見たものと同じ。
理解した瞬間、吐いた。
胃の中のものをありったけ。中身がなくなったら胃液だけ。
すぐに調子を取り戻したが、まともに吐いたのは久しぶりだった。
みんなにも迷惑をかけてしまった。
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夢を見た。
殺される夢。
狂った女に殺され続ける夢。
少女として死んだ。少年として死んだ。老婆として死んだ。
母として、子供たちを守ろうとして死んだ。
父として、家族の敵を討つために拳銃を向けながら死んだ。
警官として、犯人を制圧しようと発砲し、反撃を喰らい死んだ。
女の笑い声と、それとは違う何かの暗い笑い声が響き、意識は失われた。
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目が覚めた後の行動は反射的なものだった。
闇から闇への転移。
目指す場所はアメリカ、シカゴ。夢の中の警官の記憶にあった場所だ。
夢と同じ風景。しかし夢とは明るさが違う。影の方向が違う。
現地時間はまだ深夜だ。
そして夢の中で見たのは午前十一時を示すデジタル時計。
俺の中からアンリマンユの笑い声が聞こえた気がした。
目的地はすぐそこにあった。
夢の中の惨劇の舞台。
闇の掌握により、夢の中で見た家族全員が生きて、そしてぐっすりと眠っていることを確認する。
俺は待つ。
悪意を待つ。
悪意を決して見逃さまいと、静かに待つ。
朝、父親が仕事に向かう。
近場の工場だ。
そして、午前十一時まであと少し。
女が現れた。夢の中で見た格好と同じ。夢の中で見た武器と同じサブマシンガンも持っている。
夢の中と同じ状況が目の前で再現され、その不可思議な光景にむしろ安堵を覚え、冷静になる。
「(どこでサブマシンガンなんて手に入れたんだか)」
そんなことを考える余裕も出てきた。
話を聞くに、二股掛けられて切れたという話のようだ。
しかし残念。件のクズ野郎は一本向こうの通りに住んでいる。
待っている間に付近の悪意を探っていたので知っていた。
つまり、この家族はとばっちりで死ぬのだ。
しかし、俺がいる。
俺の目の前の悪意は俺のものだ。
闇に隠れながら、女の悪意を吸い寄せる。
抵抗が強く、吸収しきれない。
なかなか
闇を纏ったまま近づき、今度は直接、吸収する。
急激な感情の落差により、女は気絶してしまった。
それを支え、ゆっくりと横に寝かせる。
その光景を見ていた家族からは、キレすぎて失神したように見えるだろう。
ついでに、
クズ野郎に人権はない。社会的に死んでもらおう。
結果に満足し、日本に戻った。
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わかったことをまとめる。
一つ、これはアヌビスの権能である。
予知夢から目覚めたとき、決まってアヌビスの権能がわずかに活性化していた。
悪意の予知。アンリマンユの権能が言っていたことではあるが、胸糞が悪い。
一つ、予知が現実になるまでの時間は一定ではない。
テロリストの拠点制圧が行われたのは、予知の後、ちょうど二十四時間経過したころだったらしい。
次いで、家族が銃撃されたのは約十二時間後。
俺の体感時間基準ではあるが、おそらく時差というような概念も関係ない。
一つ、予知について、わかっている法則は、その規模の大小に関係なく「悪意によって発生する事象」であることだけ。
どちらも、言っては悪いが、世界中にありふれている悪意の形だ。
同時に、どちらも俺が知りようのない悪意でもあった。
他にも理由はあるのだろう。
しかし、ただ、唐突に、暗い笑い声とともに、俺に悪意によって起こる最悪を見せつける。
一つ、予知によって見た場所へ、闇を通じて転移することができる。
ただし、制限のようなものもあるのかもしれない。
テロリストの拠点に飛ぶことはできない。
シカゴへは一度行ってマーキングした結果、行けるようになってしまったため比較対象にできない。
その夢の視点主が生存しているかどうかといったあたりだろうか。
そんなことを考えながら旅館の建物の影に転移によって現れた俺は、自分の部屋の前に戻り、そこに立ついい笑顔の女性を確認し、状況を理解し、とりあえず殺された。
復活後の第一声。
「完全に忘れてました!」
もう一回死んだ。潔すぎるのもダメだったようだ。
さて、師匠の来日後、俺は一日五回以上は殺されていた。
場所は富士の樹海。偶に別な場所でやることもあるが基本はここだ。
移動は権能なし、神殺しとしての身体能力のみ、しかし自動車を超える速度で宿泊する旅館から移動し、今度は師匠の技を見て覚える。口で説明するのは難しいと言われ、これだから天才は、と思わなかったわけではないが、修行の一日目が終わるころには理由を理解した。
師匠の技、というか体捌きはすべて我流、その上実戦で鍛えられたような合理性が見える。俺が自分で我流CQCと呼んでいるナイフや拳銃を使用した格闘戦術とその成り立ちを同じくし、そして積み上げた年月の格が違う
見て覚える修行ではなく、動きを見て、その動きの理由を理解し、どのような攻撃、どのような防御、どのような回避を行うか知る修行なのだと理解した。
そして同時に、師匠が何も考えてないんだろうなとも。
初日に陸君が遠い目をしていた理由。
陸君の体術を見ればわかる。陸君の技は師匠の技そのものではない。陸君の技は正しく陸君だけのものだ。
まあ、それが分かったところで、この修業が死に覚えなことに変わりはないのだが。
どちらも権能なしとはいえ、神殺しの持つ、人類を超越した頑丈な骨格、その中でも一等硬い頭蓋を片手で「ぐしゃり」とできる師匠はやはり元から人類を越えていたのではなかろうか。「弱いところを突けば簡単です」とか言われても俺には理解できそうにない。
そんな、見て死んで、体で覚える体術講座は昼までで終わる。
これは俺の方の理由もあるが、師匠の方も日本に用事があるらしい。
師匠は探し物といっていたが、具体的な内容は教えてくれなかった。
ついでに言うと、陸君は来日初日に師匠と一緒に現れ、「ご壮健そうで何よりです」って言ってくれたきり、どこにいるのかもわからない。日本国内には居るようなのだが、いつもとは違って師匠の付き人としては行動していないようだ。件の「探し物」をしているらしい。おかげで正史編纂委員会からの問い合わせはすべて俺に来てしまっている。
師匠は俺と同じ旅館の、俺の部屋のほかに一つ残っていた最上級の部屋をとってはいるが、そこで寝起きはしていないみたいだし、朝起きて最速で富士山の麓に向かうとすでにいる。富士は霊峰でもあるし、もしかして山の上で過ごしているのかもしれない。
だが、まあ、ここからは俺の時間だ。
師匠についての話は大体ねつ造ですが、このくらいはできると思います。
本作品の羅濠教主とヴォバン侯爵は基本規格外です。