--トルコ、アンカラ某所、初めての会議の数日前
ローブをまとったその集団の中で、おそらくは議長を務める女性の声が響く。
女性の名はディラン。約一月前の神獣討伐戦において全体指揮官を務めた、"アナトリアの輝き"の総帥であった女性だ。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。
さて、時間もありませんので、早速議題に入らせていただきます」
どこかで見たプロジェクターが、いつものように光を吐き出す。
「こちらが件の手紙になります。
総帥宛でしたので、私が開封させていただきました。
内容は、我らが主が賢人議会から"聖魔王"の名を送られたというものです」
「うむ。我らの王が、我らだけの王でなくなってしまったものは仕方ない。
そうしなければならないという判断でもあったものな」
答える声の主はムハンマド・ユルマズ。神獣討伐戦において前線指揮官を務めた男であり、現在部屋にいる者たちの中で最年長の男だ。
「我らのせいであるとはいえ、我らが主は魔術の表舞台にお立ちになることをすでに決めた。
ならば、主が動くに何不自由することのない環境を整えることこそが、我らが最優先するべきことであろう」
「はい、その通りだと」
賛同の声が上がる。それを遮るのはディランの声であった。
「しかし、私は皆様方に謝罪しなければならないことがあります」
「うん?それはどのような内容だ?」
「私は組織の新たな名称として、"アナトリアの巨人"の名を蘇らせたいと我らが主に伝えました。
先日通達のあった、初の全体会議の議題として、組織の名称についてという内容があることは既にご承知のことと思いますが、我らが主は組織名を"アナトリアの巨人"と改めることに非常に乗り気なのでございます」
「それが、どうかしたのか?」
ディライに向けられたムハンマドの声にこたえるのは、ほかの影と同様にローブをまとった、しかし明らかに小さい影。
彼らの敬愛し信仰を与える主の付き人を務める双子だ。
「この組織はあの人のものになったんだろ?」
「それなのに、自分たちの元の名前を取り戻したいなんてどういう了見なの?」
"アナトリアの巨人"を蘇らせようとしているその先頭を走るのは、彼らの主である。しかし、双子の声は問題を提起する。
つまり、"アナトリアの巨人"の名では、「彼らの敬愛する主の名を残すことができない」という問題だ。
現状、彼らと彼らの統括するすべての魔術師にとって優先するべきは"アナトリアの巨人"の復活などではない。
真に優先するべきは、すでに広まり始めた彼らの主の名前、"聖魔王"の名を盤石のものとすること。そして、彼ら自身が聖魔王が率いる魔術結社の一員であるという事実。
そこまで認識した彼らの行動は実に素早かった。
まずは名称。彼らは彼らにとって王にして神である"聖魔王"を信仰し、加護を受ける信者である。つまりは教団。聖魔王を崇拝する教団。"聖魔教団"である。
この名前は双子にも好評だった。
そして、結社における役割。トップは教主。次ぐのはその補佐と枢機卿。その下に大司教、司教、神父といった形で役職が連なる形。各階層を総括する"筆頭"も配置する。様々な宗教結社の形態を見つつもそのような形に収まった。
そして根回し。今回の秘密会合は、巨大化した組織の幹部クラスに任命された者たちが対象であるが、それでも都合がつかず欠席となったものがいる。そういった者たちにこの会議の流れを説明し、賛同を得る。
同時に、幹部クラスでない"信者"たちにも秘密裏に説明を行い、賛同者を増やしていく。
こうして、神殺しの知らぬ間に、"魔術結社"は"魔術教団"へと生まれ変わる。
"聖魔教団"の名を
--日本、東京某所、正史編纂委員会の所有するとある建物にて、"聖魔の主"来日の約十二時間後
「6人目の神殺し、"聖魔の主"が来日したというのは本当かい?」
男装の麗人が苦々しい表情で口を開く。
口の中で押し殺した言葉は「この忙しいときに」だ。
「間違いないようですね。
トルコから"アナトリアの巨人"、そのトップが来日しています。
名義は表の会社の名前である"トルコ商会"の社長と会長、そして秘書と、会長の養子二人の計五人。
渡航目的はビジネス、となっているそうです」
答えるのは冴えない男。
レポートを読み上げるように、"6人目の神殺し"の状況を諳んじる。
「ビジネスね…。
確かに、"商会"なら取引で海外に飛ぶのも簡単か。
で、神殺しであるという証明は?」
「あの商会グループの会長職には聖魔王が就いているというのは割と有名です。
そして、隠すつもりもないのか、社長を筆頭に、会長に対するそれでは説明がつかないほど敬っていることも確認されていますし、ついでにその会長職の男性を閣下とか陛下とか読んでいることも確認されています。
まあ、確認したその担当者はボコボコの状態で発見されたために、ご報告が遅れてしまったのですが」
「現状は?」
「芳しいとは口が裂けても言えませんねえ。
監視は任務に就く端から行方不明。
まあ、命にぎりぎり別条がない程度の状況で発見されているのは僥倖ですが。
ついでに、彼らはいくつかに分かれて行動しているようです。
これは私の所見ですが、社長とその秘書という二人はそれぞれ交渉担当と諜報担当なのではないでしょうか?」
「根拠は?」
「現在の表の会社における役職、そして、裏の魔術結社のおける役割からの推測です」
「まあ、同意だ。
ということは…、そろそろ来るかな?」
ノックが響く。響くのは来客を告げる男の声。
「タイミングが良すぎるね。
こちらの動きをつかまれているという可能性は?」
「ないと言い切れないのが悲しいところですね。
相手のほうが何枚も上手です」
「よろしい。君は"聖魔の主"のほうに向かってくれ。今すぐに、だ」
「給料以上の仕事はしませんよ?」
「平和的に解決した暁には、個人的にボーナスを出すことも吝かではないよ」
「絶対にそうはならないと思ってるからそんなこと言ってませんか?」
「いいから行きたまえ。こちらでもある程度時間は稼ぐ」
「了解しました。ボーナス、忘れないでくださいね」
言いつつ、さえない男の姿はかき消える。
「平和裏に解決できない可能性がないとは言っていないよ。
相手は"企業として"、"ビジネスのために"来日しているのだから」
自分でもあまり信じていないような口調で声に出し、男装の麗人も動きだす。
--東欧某所、日本で天の光が奔った頃
「やっと本調子といってよいほどに回復したかな。
あの神殺しの毒、まさか二月もの間、わが権能を封じるとは。
ここまで忌々しいと感じたのはイタリアの小僧ぶりか。
…しかし、これだけの間大きく動かないというのはそうそうなかったな。
星の並びもいずれそろう。調子を取り戻すためにも自ら動いてみるのも一興か。
たしか日本の媛巫女であったか?あの娘がいればより強きまつろわぬ神も招来できよう」
言い、青銅黒十字より来た娘を呼ぶ。
魔王が目指す場所は日本。嵐は近づく。
--日本、東京某所
最初のときといい、フットワークの軽い女性だと思わなくもない。
今、俺の眼前にいる女性。師匠がいつの間にか来日していた。
なんでも西から東にまつろわぬ神が移動していくのを感じ、日本に来たそうだ。
その件の移動していった神、アテナのと戦闘に間に合わなかったのは、俺が日本にいるという情報から飛行機という手段での移動を押し付けた陸君のおかげだ。
アテナとの戦闘の話までは良かった。しかし、少し昔の話としてトルコ近辺で起こった話を始めたところ、風向きが変わった。
そして、正座で怒られている。
「トルコに自らの拠点を持つに至ったことは理解しました。
貴方が落ち着くことを決めたならば是非はありません。
しかし、師匠への一言を手紙だけで済ますというのはどういう了見ですか?
見ればあなたは神速の権能をも得ているようです。それで私の下に参じるという選択はなかったのですか?」
怒っているのは見ればわかる。正座の合図としてすでに一度殺されている。
はっきり言って直接報告するのを忘れていた。行こう行こうとは思っていたが書類仕事が忙しく、それが終わったと思ったら日本の危機が起こったのだ。時間的な余裕もなかったといえなくもないだろうが、現状、言い訳は即、死につながる。
「すみませんでした!忘れていました!!」
正直に答えた直後、頭がつぶれる。文字通り、頭がぐしゃりとつぶれ、一度死ぬ。
再生し、意識が戻った頭で、今回は直球の謝罪も意味をなさないほど怒っていることを確認する。
「まあ、手紙での連絡が行われていただけ良しとしましょう。
何もなければ本気で殺しているところですが、今回はこれで許しましょう」
終わった、と思ったのは一瞬。
菩薩は再度羅刹に変わる。
「で、あの狼公と戦ったらしいですね?
そのうえで殺さずに見逃したと。
説明をしてもらいましょうか」
この後めちゃくちゃ
以降、しばらくの間更新できません。