「さて、改めて自己紹介をしよう。
俺はカワムラだ。フルネームは勘弁してくれ、日本出身だが日本在住じゃないんだ。
そんでこいつらが…」
「我らは御身の付き人です。
自己紹介する必要は不要かと」
「頼むから愛想くらいはよくしといてくれよ?
甘粕は自己紹介が必要か?」
「ええ、私、正史編纂委員会の、甘粕冬馬と申します。
よろしくお願いします」
テーブル越しに名刺を渡す。就活のときに渡し方とかを勉強した覚えもあるがうろ覚えだ。
それよりも仮にも会社の会長職、仮にも一部門の幹部が名刺を渡せないのでは格好がつかないのではないか?
ディライに目線を合わせると、同じことを考えたようで「姉しか持ってません」と小声が返ってきた。
用意周到な姉である。その準備の良さを神獣討伐に生かすことはできなかったのか。
現在地は高校近くの喫茶店。こちら側に俺、双子、甘粕、向こう側にディライ、護堂君、万里谷さんだ。万里谷さんを通路側に寄せたのは護堂君だ。きっちり警戒されてしまっている。
「万里谷さんは、…すでにご挨拶はお済のようですね」
甘粕の口調は飄々としたものだが、空気は不穏だ。
護堂君は好戦的すぎやしないか?
いや、形の上では、先に仕掛けたのはこちらであったことを思い出し、敵意のないことを示す。
「すまん、久しぶりの日本にテンションが上がってしまったんだ。
君たちを驚かせたことには謝罪する。
特に万里谷さん、気分は大丈夫かい?もしよければもう少し加護を与えるが…」
双子、毎回「加護」に反応しないでほしい。
「ええ、大丈夫です。
保健室でのあの感覚は、あなた様が?」
「ああ、俺のせいだからね。それくらいの責任は取らなくちゃ」
「責任」という言葉に護堂君の意識が逸れるのを感じる。
同時に逸れた目線の先には万里谷さんがいた。出てくるのが帰宅部にしては遅く感じた理由、そして万里谷さんと護堂君が一緒に出てきた理由は釘を刺されていたからか。
しかしその隙を逃さず、少しの焦りとともに本題に入ることにする。
「なら本題に入ろう。
って、先導するのは俺の役目じゃないかな」
目線で甘粕に先を促す。
「はい。
すでにご存じでしょうが、我々、正史編纂委員会は、草薙様がお持ちのその神器を、ありていに言いまして危険視しております。
つきましてはその神器の破棄、または、最低限、霊視によって対抗策を得ておきたいというのがこちらの考えになります」
「その、先輩?は?」
護堂君の視線の先には俺がいる。
「基本的には雇われだね。
雇用主は正史編纂委員会、いや馨さん単独かもしれないけど。
内容は、その神器の被害を最小限に抑えること、だ。
まあ、君も王様だし、心配はないと思うのだけど、東京には知り合いも住んでいるはずだからね。
手助けしたいと思ってはるばるトルコから飛んできたってわけさ」
「トルコから?」
「はい、こちらの聖魔王閣下はトルコの魔術結社"アナトリアの巨人"の総帥でもあります。」
質問に答えたのは姉妹の妹の方。
ただ、総帥職を受け持った覚えはない。教主の座なら与えられてしまったが。
「日本人、なんだよな?」
「そうだよ。
まあ日本に帰ってきたのは十年ぶりくらいになるけど」
「戦う気はないんだな?」
「やっぱり魔王ってそんな印象なんだね。
まあ、俺もそういう人たちを知っているんだけどさ。
とにかく今は理由もないし戦うつもりはないよ。
少なくとも俺たち以外に人死にが出ない場所でない限り、ね」
「理由があったら殺りあうってことじゃないかよ…」
「おいおい、そこに反応しないでくれ。
むしろ重要なのはその神器の問題に対して共同戦線を張れるってことだと思うぞ」
言いながら、思い出す。
「あと、ついでに先達として何か教えてやれっても言われてるし、こちらから敵対するつもりはさらさらないよ」
ここまで言ってやっと敵意が薄れた。
そういえばイタリアで剣の王と殺りあったという報告を見た気がする。
噂に聞く限り、かの剣の王は相当の戦闘狂だ。その点に限っては狼公とタメを張れる程の。
そんな男に追いかけまわされたら、ほかの魔王に対する警戒も当然かと思いなおす。
「とりあえず、君の思い浮かべてるような戦闘狂と俺を一緒にしないでくれ、と先に行っておく。
言葉の証明は行動で示すよ」
言い切り、話を本道に戻す。
神器をどうするか、だ。
「とりあえず私共としては早急に霊視だけでもさせていただきたいのですが…」
「わかりました。
それくらいならお安い御用です。
それで、どうすれば?」
「神社に向かいましょう。
いいですね、万里谷さん?」
聞かれた万里谷さんは頷きを返す。
とりあえずの目的地と行動方針が決まったらしい。
正直、神殺しと神の戦いに事前情報なんて必要ないのではないかと思わなくもないが、もらえるものはもらっておこう。
ただ、もらった恩を返すことは忘れないように。すでに万里谷さんには恩が一つあるのだ。
電車で移動した先は七雄神社だ。
アフラマズダの権能が少しの活性化を示し、いくらかの呪力を吸収するのを感じる。霊脈の加護を受けた神聖な領域ということだろうか。
護堂君が神器を万里谷さんに預け、万里谷さんはそのまま社の中に入っていった。反対に、護堂君は戻ってくる。
「聞いてもいいか、いやいいですか?」
「君の話したいように話してくれて構わないよ。
俺は敬われるような人格者じゃない。
で、何が聞きたいんだ?」
「…、学校の中で、あんたと確かに目が合ったよな?」
「ああ、合ったね。
隠形が決まっていたはずだから、結構驚いたんだよ?
さすが神殺しってさ」
「その時に俺の権能がなんか反応したんだけど、それってどういことだ?」
「見せたくないカードだからぼかして言うけど、それは君の権能と俺の権能が近い場所にルーツを持っているからだと思うよ?
話に聞く限り、君のほうが古そうだけど」
「近いルーツ?」
「まあ、調べたらすぐわかると思うけど…。
直接言っちゃったらまた師匠に殺されるから言わないけどね。
でも、権能の反応はあんまりいい感覚でもないし、大体ろくでもないことが起こる前兆だから、いろんな意味で期待しない方がいい」
最後は、今、体感している情報だ。
言い終わったところで、階段を駆け上がり、赤と金を纏う少女が駆け込んでくる。
「エリカ?」
「護堂!
ああ、もう出会ってしまったのね。
トルコの聖魔王閣下、今回は我らの未熟により御身を巻込んでしまったこと深く謝罪をいたします。
この代償は何かしらの形で必ずや贖わせていただきます。
しかし、今は…!」
どこかで見た外見。護堂君に関する報告書の中に現れていた、彼の
こちらの表の仕事を理解しているのだろう。ステレオタイプに命で贖うといわれなくてよかった。
しかし、その焦りもおそらく間に合わない。
社の中から悲鳴が響き、
空が急速に闇に染まり、二人の神殺しの体が戦いのために最適化されてゆく。
近づいてきていること自体はわかっていた。
ゴルゴネイオンには蛇の神格が封じられている。
それを教えてくれたのは俺の中のサタンの権能だ。より正確にはサタンの中のサマエルとしての部分が。
さきほど、護堂君が万里谷さんにゴルゴネイオンを手渡したあたりから、近づく神の存在が膨れ上がった。
多分、神殺しとしての莫大な呪力にゴルゴネイオンの発する呪力がカモフラージュされる形になっていたのだろう。
そして、そのカモフラージュがなくなったので、一帯を漂っていた神格が一直線にゴルゴネイオンに向かった。
ついでに、俺のサタンの権能が呼び寄せた原因の一端でであることも否定はしない。
その結果がこれだ。
護堂君とともに、急ぎ、社の扉を開け中に踏み入る。
走り出す時点で甘粕が電話に手をかけていたのを視界の端に捉える。
中にいるのは万里谷さんだけではなかった。倒れる栗色の髪の少女と、さらに銀髪の、少女の姿をした何かが一柱。
こんな外見のまつろわぬ神は初めてだ。男とか化け物だったから殴り合ってきたのに、殴りずらすぎる。
「お前、イタリアのときの!?」
なにやら護堂君は銀髪の少女とお知り合いらしい。絵面だけなら犯罪的かもしれない。おっさんよりはましだろうが。
それより優先するべきは万里谷さんだ。女神との距離が近すぎる。
保健室で与えた加護はまだ残っていた。それ越しに、神の呪力にあてられているだけだと知り少しの安心を得つつ、今度はそれなりの強度を意識して、しかし神殺しと女神に気取られぬように、そっと加護を与える。幸い、女神の注意は護堂君に向いていた。
万里谷さんはいい子なのだろう。加護の効力が上昇しているのを感じる。
加護の効力はその加護を与える信仰の強度によって上下する。
加護を与える場合は、俺を信じているかどうかだけではなく、その子自身がいい人か悪い人かでも発揮される効力が違うようだ。 新しい知識を得つつ、視線を女神に戻す。
「やめろ!!」
おそらく女神は、万里谷さんの胸元に抱えられているゴルゴネイオンを手に入れようとしたのだろう。女神のその行動を、万里谷さんを害する行動であると判断し、護堂君が突撃する。
呪力をまとった突進だ。
その突撃により、女神は万里谷さんから引き離され、その意識が護堂君に集中する。それにより数瞬、戦線の膠着が生まれる。
一瞬でもあれば大丈夫だった。サタンの権能を行使すると同時に飛び出し、万里谷さんとともにゴルゴネイオンを回収した後、反転し社の外に出る。
次いで護堂君、女神の順に社の中から現れる。ただし護堂君は吹き飛ばされて、だ。女神のほうはいつの間にか女神自身の背丈を超えるほどの鎌を握っている。
怪我をした様子はないが、倒れた護堂君にエリカ嬢が近寄っていく。
それを横目に、甘粕と少しだけ視線を交わす。求めるのは行動方針。
その意を正確に感じ取った甘粕は左手を少し上にあげる。左手に持つのは電話、そして手首に腕時計。意味は「連絡済みだから時間を稼げ」といったところか。まあ大きく間違っているわけでもないだろう。妥当な行動方針でもある。
この場面、切り札となりうるのは、護堂君の「神格を切り裂く剣」だろう。俺は能動的に場面を動かすのが苦手なのだ。
来てすぐで申し訳ないがエリカ嬢にも動いてもらわなければならないだろう。
万里谷さんをディライに預け、上半身を起こした護堂君とそこに近づく女神の間に身を滑り込ませる。
唐突に、羽の生えたおっさんって誰得だよ、という思考に支配されかかるが、無理やり無視して振り向き、護堂君に言う。
「クライアントの意向なんだ。
ここは俺に任せて退いてくれないか?」
合わせ、双子に加護を通して万里谷さん、甘粕、護堂君の護衛に付くよう指示を与える。
一も二もなく頷くのを確認し、女神に向き直る。後ろの気配も撤退を始めたようだ。こちらは女神が動くのを牽制し、追わせない。
空の闇は、ゆっくりとその深みを増してゆく。
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この女神が現れてからはサタンの権能に代わり、アンリマンユの権能が騒いでいる。
移動中に護堂君に聞いた話では、「三位一体の闇の聖母」に関連する神器とのことだった。
闇である。アンリマンユが騒ぐ理由はおそらく其処にある。しかし、決してその名を話すことはない。
「闇だ」「闇だ」「闇だ」ただそれだけ。
誰だかわからないことに変わりはないが、そのあたりは霊視の巫女と神格殺しの剣に任せることにして、今は時間稼ぎに集中する。フェイントを交えて躍りかかる女神は神速を超えはしていない。それを神速によって無理やり牽制しつつ、膠着状態を作り出す。
現状、切れる手札は4つ。
アンリマンユの弱体化、アフラマズダの強化、サタンの神速と召喚、そして窮奇の召喚と弱体化の権能だ。
アヌビスの神格は掌握が全くと言っていいほど進んでいない。
アフラマズダのときと同じ。アンリマンユによるカンニングはできず、自力で使いこなさなければならないはずなのに、欠片も発動できる気がしない現状はいかがなものか。しかし、嘆いても、手札として切れる状態にないことは変わらない。
いつもならアフラマズダの権能が安定だが、今回は直感に従いアンリマンユの権能を選択し、少し距離をとる。
同時に、それなりの呪力を注ぎ込みつつ、悪魔と堕天使の翼を引きちぎり、4体の悪魔と4体の堕天使を召喚する。
時間稼ぎと言ったら、数だろう。
邪魔をする意思は、すでに行動によって示した。
お互いに口を開くことはない。
女神は睨み、俺は不敵に
こちらはそれほど優位にない。相手が誰だか全くわからないという状況がここまで不利なものだとは思っていなかった。
次は女神が選択をする。
神獣たちに囲み、突撃を命じるより一瞬早く、女神が突撃を開始する。
神速には及ばない。しかし、その迅く巧い攻撃に神獣たちは対応できず、その鎌のもと、一撃で葬られてゆく。
ここまでに得られた女神の情報は、闇を広げる、神器として鎌を持つ、そして武神か闘神としての格を持ち、蛇を含む三位一体の女神。
なんだこの神格は。
消されていく神獣をもったいないと思わなくもないが、それを時間稼ぎと割り切り、稼いだ時間でアンリマンユの権能を意識する。
目的は闇の制御。隠形で闇をまとったことの応用。悪意の呪力への変換の応用。
女神が生み出すその闇を、自分のものにする。
とっかかりは見つけた。しかし、小さい。足りないのは力か権能か。
神獣八体の全滅と同時、女神がこちらを見据え、呪力を高め、背後からフクロウの群れを召喚する。
合わせてこちらは、闇の掌握のためにため込んでいた呪力を開放し、三頭の龍を呼び出す。
龍の吐く毒炎は突撃するフクロウをその勢いのまま焼き尽くしていくが、視界がフクロウと炎に染まる。
目的は目くらましと時間稼ぎだったようだ。
石畳を破り、現れるのは白い大蛇。
女神はさらに呪力を高める。しかしそれは何も生み出すことはなく、そのまま霧散する。
(もうすこし詳しく話を聞いておくべきだったな)
ここまでに調べた情報は護堂君と正史編纂委員会のものに偏っている。そもそも、その時点で分からなかった敵の情報などわかりようもない。
しかし、護堂君は神器についていくらかの情報を持っていた。それをもう少し引き出しておくべきだったと考えたのだ。
そして、わかっている女神の情報の追加。
呪力の霧散は召喚の失敗だ。本来ならできたことができなかったということを意味するその行動は、女神が本来の神格を取り戻していないことを意味する。
そこにつけ込み、倒すことを目標とするべきか。
思考は一瞬のはずだった。
目線を外した覚えもない。
しかし、白い大蛇の姿が消えたことに気づくと同時、両足に激痛が走った。動いたのはおそらくまばたきの瞬間。
死にすぎて痛覚が鈍感になりかけている俺に対し、痛みを与える概念は覚えがある。
毒。蛇の神格と結びつく毒の概念だ。
反射的に下を向き、足が動かないことを確認したその視界を黒い、おそらくは鎌の刃が覆う。
意識が消えるまでの一瞬で、高く上がった俺の視界は、女神の鎌によってバラバラにされ、蛇に食われる自分の体を映し、血液の不足から黒く染まり、死んだ。
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「ふむ、少々時間を食ってしまったようだ。
思考の隙と意識の隙、それをつくことができたのは僥倖であったか。
疾く向かわねば…、我が求むるはゴルゴネイオン…」
蠢く