億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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日本上陸に成功した話。


13:最初の接触

 まともな手段での入国が、最初にアフリカに降り立って数国回って以来であることを自覚し、つくづく罰当たりな生活を営んできていたものだと思う。国境破りの常習犯として指名手配されたりしていなかっただけましか。

 

 

--日本、東京、某ホテルの一室

 

 日本に到着して、東京に着いて一日。

 賢人議会のレポートに記載されていた、"8人目"個人に関する情報は、「少年であること」と「日本人であること」、次いで、情報部門がイタリアで得た情報は外見的特徴と服装、そして「関東圏在住であること」だ。そして服装から高校生であることがわかった。

 関東圏に在住しているとされる理由は、彼の飛行機のチケットに示される最終目的地が関東の空港だったからだ。こちらは報告書に、「空港で神殺しが愛人と楽しそうに語らう姿を狂おしい目で見ていた時に、その愛人が飛行機のチケットを"8人目"に渡すのを見た(原文ママ)」と記述があった。

 姉妹の妹の方は、これらの情報から、すでにその8人目の神殺し(草薙護堂)の住む町、通う高校まで割り出していた。情報部門幹部の実力は伊達ではない。

 

 

 そして今、彼の住む家の住所がもたらされた。

 情報源は、"正史編纂委員会"。日本の魔術結社だ。

 

 今部屋にいる人数は俺を含め4人。しかし話す声は3つ。双子と姉妹の妹の方は黙し、対して電話が2つの声を上げる。

 電話の先から話し相手の男が去り、状況が安定したのを感じ、電話の先の姉妹の姉の方に話しかける。

 

「首尾は?」

 

 電話が答える。

 

「上々です。貴方様。

関東の実質的なトップと渡りをつけることに成功しました」

「そいつの名前は?」

「沙耶宮馨、男装の麗人です。

彼女は既に関東圏の魔術師すべてを掌握しており、草薙護堂様についても動いているとのことです」

 

 言い終わり、椅子を立つ音が聞こえる。誰かが入ってくる気配。

 そして初めての声、おそらくは件の沙耶宮馨。

 すでにこちらの正体は話している。

 

「このような形での会談となり面目次第もございませぬ。

本来なら我々のほうが出向き、ご挨拶に上るのが礼儀でしょうが、何分、立て込んでおりまして…」

「いい、それをわかってこっちは来てるんだ。

本題に入ろう」

「つまりは…、今回の騒動にお関わりになると?」

「ああ、それに邪魔をする気はない。

ちょっと被害を出したくない事情があるんだ。

今回の事態をできる限り穏便に終わらせるよう助力する。

契約書か何か、必要か?」

「…。ありがたい申し出ではありますが…」

「裏ならないぞ?正真正銘、この事態を見逃したら目覚めが悪いからっていう理由で首を突っ込もうとしてるんだ」

「…」

 

 電話の先から言葉は帰ってこない。

 無い裏を探られてもこちらとしては痛くないのだが、今回においては手助けを拒否される方がこちらにとって損になる。

 電話先で別の声が上がる。

 

「彼のお方の先ほどのお言葉は、正真正銘、真実であると保証しますわよ?

加えて、あなた方の状況がこれ以上悪くならないことも保証します。

さらに言うなら、今回の案件を、あなた方正史編纂委員会が、我らの王、聖魔の主様を雇用するという形にしていただいても構いません。

まあ、名義は我らの会社との契約となりますが。

最低限の自由行動権は保証させていただきますが、これまでのようにあなた方の密偵を無力化するようなこともしないと誓いましょう」

 

 密偵の話は聞いていない。

 むしろ無視しろといったはずだがと思い、後ろを向くも、誰も俺と目線を合わせようとしない。

 害はないから無視してあげてよ。

 

「あんた方に損は与えないと誓うぞ?

ついでにさっさと俺たちに同行する()()でも送ってこい。

今いる場所は…」

 

 ホテルの部屋番号まで伝える。

 伝えて数秒でドアがノックされる。やはり当たりはつけていたのだろう。

 双子がビクッとしてるあたり気づいていなかったのか。

 いい隠形をする奴だと思うと同時、気配察知は必須だから双子たちにどうにかして教えておこうと考える。

 

「鍵はかかってないからさっさと入ってきていいぞ」

 

 ドアが開く。

 入ってきたのは男。

 その冴えない風貌の男性は、しかし、直接目視していても希薄な存在感は相当の使い手であると判断するに足る人物だった。

 

「まさか忍者が実在していたなんてな。

日本ってやっぱすごいわ」

「甘粕冬馬と申します、閣下。

しかし、最初から最後までこちらの位置を認識していた御身が言うセリフではありませんね」

 

 意外とフレンドリーな感じは好感触だ。久しぶりの感覚である。

 怒りかける後ろの三人を手で制止させながら、用件を伝える。

 

「あんたも聞いていたんだろ?

俺たちはあんたらに手を貸す。

個人としてではなく組織としてだ。

裏向きの"アナトリアの巨人"、表向きの"トルコ商会"、全部じゃないが、その力を貸そう」

 

 返答は電話から来た。

 

「我々正史編纂委員会は、あなた方"アナトリアの巨人"と、今回の神器騒動において共同戦線を張ることを承諾します。

つきましては御身の眼前にいる男性を我々とのパイプとして扱っていただきたい。

契約書をお願いします」

「はいこちらに…」

 

 うちの社長は準備のいい女である。すでにこうなることを予想していたと。

 

「で、どう動く?

俺としちゃあ、先達として挨拶してやれとも言われてるから会いに行ってみたいんだが?」

 

 電話の先から焦りを含む声が返ってくる。

 まだ通話中だ。

 

「挨拶とは、…どのような?」

「挨拶といえば挨拶だろ。

こんにちは、おはようとか。

狼公みたいに物理的に挨拶するような輩と同一視されるのは心外だぞ?」

「い、いえ、決して侮辱するような意図はありません。

ただ、わが国には神殺しがおらず、そして魔王の前例もありましたので…」

 

 知らない人から見たら、確かに「魔王」とひとくくりにされるような存在なのだろうが…。

 

「で、どうするんだ?」

「はい、こちらでも接触する準備は進めておりました。

本日、わが国の媛巫女、霊視能力者を介して草薙の王と繋ぎを得る予定でした。

一応、すでに接触したという報告までは来ていますが…」

「俺との会談が発生したのか。どちらかといえば予定が早まってしまったのかな?

まあ、まだ昼過ぎだ。高校生なんだろ、そいつは?

だったら放課後を待って捕まえに行こうぜ」

「穏便にお願いしますよ…?」

 

 最初から最後まで穏便に話を進めていたはずなのに、信用がなくて悲しい。

 

 

--

 

「馨さん、今まで彼の聖魔の主の容姿についての情報は判然としないとのことでしたね?」

「そうですが、なにか?」

「彼の王はおそらく日本人です」

「は?パスポートにはトルコ人の名前がありますが?

どういうことです?」

「"アナトリアの巨人"ならばパスポートの偽造位できるのではありませんか?

それよりも、彼の王の外見ですがね、がっしりした体格ではありましたが、黒髪黒目の黄色人種、もっと簡単に言えば「おっさん」に片足を突っ込んだ自衛隊員といった印象ですかね。

そして"カワムラ"という名前を名乗っていました。

「…日系人という可能性は?」

「音を立ててラーメンをすすり、十年前の総理大臣を揶揄したネタで爆笑するようなトルコ人っていますか?」

「あー、うん、日本人だねそれは。というかどこのおっさんだい?」

 

 パスポートに書かれた氏名はトルコ人のもの。

 人種を偽り、国境を破り、そしていま日本に帰り着いた()()()()()()()()()()は、しかし、そもそも日本人であるとは認識されていなかった。

 

 

--

 

「俺、日本人だからな!そこのところ覚えておけよ!

賢人議会とやらにもちゃんと報告するんだぞ?」

 

 隅で長電話しているのが気になり、少し意識を向けてみるととんでもない事実が発覚してしまった。

 俺は日本人である。

 就職に失敗し、日本を出はしたものの紛うことなき日本人のはずだ。家系図だってさかのぼれる。

 

 そのあたりを、さすがに自分の本名やら来歴は大幅にぼかしながらも電話の相手、沙耶宮さんに伝えた。

 日本に帰ってきて最初の晩は露天風呂。それによりなくなったと思っていた愛国心が活性化したのか、今の俺は日本びいきである。

 話も終わり、賢人議会への報告を確約させ、席に戻ろうとするが、すでに皆食べ終えていた。俺自身も食べ終わってしまったから電話に意識を割いていたのだ。

 時間もちょうどよく調整できたので、勘定をして店を出る。払いは正史編纂委員会持ちだ。領収書に「正史編纂委員会様」とでも書くのかと不埒な想像をしつつ甘粕を待つ。

 聞くとまだ三十路に入っていないらしい。老け顔のくせに、俺のほうが年上である。呼び捨てで呼ぶことを決める。

 

「高校はどっちのほうだ?」

「こちらです、案内しますよ」

 

 甘粕が先導し、俺、双子、ディライの順に続く。

 冴えないおっさんが大柄なおっさんとトルコ人の美少女(少女と呼ばれたいらしい)と、そして誰にも似ていない双子を連れて歩く。

 客観的に見たら、相当怪しい集団ではないだろうか?しかし、思ったほど不快な視線を感じない。

 疑問を感じ、おそらくこの状況を作ったであろう甘粕に視線を向けると、その視線に気づいたのか、甘粕が振り返り言う。

 

「大丈夫ですよ、隠形は得意ですから」

 

 やはり集団を対象とした隠形のようだ。

 集団というか、俺たちがいる空間を対象として魔術をかけたのか。

 最初のときも思ったが、甘粕は相当な腕だ。委員会の中でも上位に位置する腕ではなかろうか。

 隠蔽や変装ではなく、隠形という形での習得を目指してみるのも面白いかもしれない。

 

「こちらの高校です。正確には学園となりますが。

今は15時半くらいですから、高校が終わるまでにはまだ少し時間がありますね。

どうしますか?」

「今の高校かあ、この高校っていつ建ったの?」

「割と最近だったかと。

さすがにそこまでは把握していませんでした」

「まあ、当然だな。

興味出てきたから探検してくるわ。

じゃ」

 

 言うが早いか、アンリマンユの闇の概念を身にまとう。

 甘粕の隠形を見て思いついた弱体化の応用だ。神格に対するそれと同様に、自身の存在を可能な限り薄くする。

 双子は加護の繋がりが強いからか、いる方向くらいはわかるようだが、甘粕と姉妹の妹の方は完全に俺を見失っている。

 加護を通し双子に話しかける。

 

「(本当にちょっと見て回るだけだから。

懐かしいんだよ)」

 

 双子がうなずくのを確認し、校門をくぐった。

 

 多分これが今の高校というやつなのだろう。

 鉄筋コンクリート、手狭な校舎と体育館とグラウンドが高密度にまとまっている。これはこれでそれっぽくていいなと思い、少しテンションが上がる。

 校舎の中も概ね想像通り。一番最近見た学校はトルコの小学校に当たる学校だったか。そこと違う印象を受けるのは木目のきれいな机だ。そういう柄なのかもしれないが、やはり木目はいいものだ。

 隠形をして、校舎を練り歩き、屋上に到達する。

 ()()()()()()()()のは二人。男が一人と女が一人。おそらく男が8人目(草薙護堂)、そして女のほうが万里谷祐理。

 8人目とは目が合ったが、同時に俺の中のアンリマンユとアフラマズダの権能が少し活性化したのを感じる。これも確かに報告書にあった。ゾロアスター教にも現れる勝利を司る英雄神に反応しているのだ。

 媛巫女の彼女はこちらを、正確には俺の纏っていたアンリマンユの闇を見てしまったらしい。直後に調子を崩してしまい保健室に向かっていた。

 一旦校舎内に戻る。

 悪いことをしたという自覚はあるので、隠形を解かず、今度は彼女の視界に入らないように、保健室の外からアフラマズダの再生の加護を行使する。

 こちらの存在を知らなくとも、気分を良い方向にもっていくくらいのことはできるだろう。

 

 キーンコーンカーン…

 

 おそらくは授業終了を示すチャイムが鳴る。

 人が増えると動きにくくはなるのでさっさと校舎の外に出る。

 校門に戻ったところで甘粕に捕まった。隠形を解除していないのにだ。

 理由はすぐに分かった。甘粕の左右に立つ双子がこちらを見ている。その視線から俺の位置を逆算したのだろう。

 

「すまんね。それに媛巫女さんのにかわいそうなことをしてしまったかもしれない」

「まさか…!?」

 

 説明不足により間違いなく勘違いの上で最悪の想像をしている甘粕の表情が絶望に染まり、そして電話に手が伸びる前に急いで状況を説明する。

 

「万里谷祐理さんだっけ?彼女、聞いていたよりも霊視の力が強いな。

それで俺のアンリマンユの闇を見れてしまったみたいなんだよ。

アンリマンユの闇は悪意の塊でもあるからね、視界に入っていたのは一瞬だったはずなんだけど、気分を害してしまったらしい。

一応、アフラマズダの加護も与えてきたから大丈夫だと思うよ」

 

 落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 しかし、

 

「だから、こちらの指示に従ってくださいよ!

一応、雇い主という形なんですよね、こちらは!?

自由行動権じゃ通りませんよ!?」

 

 日本最高峰の媛巫女の気分を害した罪は重かったらしい。

 ほかのみんなも、俺が女の子に害を与えたという部分でじとっとした目を向けている。

 敗者は俺だ。

 

 

 平謝りで時間を稼いでいると、件の二人が現れた。

 お誂え向きに二人そろってだ。

 

 険しい表情の少年が問う。

 

「あんたは一体何なんだ?」

 

 対し、問われた男が答えを返す。

 

「俺は、聖魔王の号を戴く、お前の先達だよ、8人目、草薙護堂」

 

 ひたすら頭を下げていた姿は確かに護堂の視界に捉えられていた。

 恰好がつかないことこの上ないが、しかし、この男が6人目の、先達たる魔王であった。

 

 

 これが、日本初の王と、日本二番目の王の、ファーストコンタクトだった。


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