億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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帰ってきた聖魔王!!編
11:トルコ掌握


--トルコ、アンカラ、"アナトリアの輝き"本拠にて

 

 4月も終わる。

 そのことに気づいたのはつい先日のことだ。

 俺の誕生日は4月の中旬。

 そして、3月時点での俺の年齢は29。

 

 名実ともにおっさんの仲間入りである。

 2日前、朝起きたときに何かを忘れているような気がして、ふとカレンダーを見た瞬間気づいてしまったのだ。

 その日は一日泣き続けたいくらいのテンションだったのだが、状況はそれを許してくれなかった。

 

 

 3月末、トルコで神獣を撃退し、なし崩し的に"アナトリアの輝き"を組織ごと抱えたまでは良かった。

 俺としてはその時点でもうお腹いっぱいだったのだが、今から思うとまだましだった。

 

 直後に"巨人の足跡"が解散を宣言した。

 そしてそこに所属していた魔術師たちが一斉に"アナトリアの輝き"に所属することを希望し、"全体指揮官"改め、"アナトリアの輝き"総帥の女の子がそれの受け入れを表明した。

 あとは「赤信号みんなで渡れば怖くない」とかそういう似非標語が思い浮かぶくらいの勢いで、戦闘に参加していた全魔術師が、"アナトリアの輝き"に合流した。

 俺の下部組織になったはずなのに、俺には一切何も聞かれることはなく、ものの数分で"アナトリアの輝き"は魔術先進国の大規模魔術結社に匹敵する規模になってしまった。

 

 双子は俺を信じる人が増えることを歓迎しているのか、むしろ名簿作りを手伝いに行っている。

 魔術師の皆さんも死戦から解放されたのもあるだろうが生き生きしている。さすがに声をかけることはできなかった。

 でも皆さん?そろそろ帰りませんか?そろそろ夜ですよ?

 それだけは言った。

 

 

 その後、"アナトリアの輝き"の本拠に戻ってきた。

 魔術結社を解体したほかの皆さんは、自分たちの元の拠点の荷物整理に戻った。

 時間と心に余裕ができたのか、総帥さんがこの状況の理由を説明してくれるらしい。

 ちなみに総帥さんの年齢は22歳。妹は19歳のことだ。

 加えて"前線指揮官"の兄ちゃんは28歳で、神獣討伐に参加した国内の組織に所属する魔術師の中では最年長だったそうだ。俺とほとんど変わらない。若作りか…。

 

「話は15年前のことです。

ヴォバン侯爵閣下が、"まつろわぬ神招来の儀式"というものを行ったのです。

それは簡単に言えば魔術師を生贄に捧げ、まつろわぬ神を呼び寄せるという儀式になります」

「ああ、もういい。

つまり、その"いけにえに捧げられた魔術師"ってのが…」

「はい。私たち、いえ、私たちだけでなく、トルコのすべての魔術師たちの親でございます」

 

 これが、国内の魔術師の平均年齢が異様に若い理由。

 そして、神獣の出現に対し、すぐさまヴォバン侯爵と連絡を取ることができた理由。

 

 やはり、狼公は悪いことできない体にするべきだった。

 

 儀式によりトルコ国内の、大体成人前後以上の年齢の魔術師は文字通り全滅。五体満足精神健常で戻ってきたものは一人もいなかったそうだ。

 そして組織としても壊滅するところだったのを、当時すでに引退していた老人たちと、幼いながらも魔術の才を示した彼女たちのような存在が中心となってかろうじて支えた。

 しかし、一つの大きな魔術結社という形式を未熟者たちでは維持することはできず、複数の組織に分裂したということだ。

 ただ、神獣やそれこそ神といった天災に対しては、その権限のたびにヴォバン侯爵がなんとかしてくれたらしい。おそらく儀式で顕現した神との戦いがそれなりに有意義であったからだと思う。

 しかしだからこそ、彼女たちは実戦経験を積まぬまま、そして、神と神殺しに対して恐怖心を抱いたまま今日を迎えてしまったようだ。

 

「そんなことがあったら、カンピオーネに対する恐怖とかないのか?大丈夫か?」

「あなた様は特別です!

あなた様はヴォバン侯爵とは違う!それは御身がご自身でお示しになってくださいました。

そのうえ我らに神の加護までいただけるなど、望外の喜びにございます!」

 

 その姿はまさしく信者のそれである。

 俺自身はそれほど大それたことをしたつもりはない。

 神獣の討伐だって、修行中に放り込まれた三つ巴の乱戦よりははるかにマシ。

 人間としても、師匠に比べたら強くもないし立派でもない。

 狼公の爺よりはましかもしれないが、むしろあんな奴に劣っている面があるということに腹が立つ。

 ついでに加護も、俺を信じたことへのお返しのように勝手に発動したものだ。

 

 そのあたりのことを説明してみるのだが、こちらを見る目の色に変わりはない。

 

「我々は、まさしく魔王としての神殺ししか知りませんでした。

関わってしまったら戯れに死を振りまくような、そんな方々だと思っていました。

しかし、あなた様は、我らに救いを与えてくださりました。

そして、加護までいただきました。

ここまでされて、何の恩も返さぬことこそ大罪でしょう」

 

 確かに状況だけ見ると、そうなってしまう。

 確かに、反論の余地がない。感情ありきの議論に理性で返しても意味はない。

 お手上げだ。

 

「わかったよ。

"アナトリアの輝き"、その力をせいぜい使わせてもらおう。

そして、その働きに対し、俺はお前らに加護を与える。

それでいいな?」

 

 これにより、"アナトリアの輝き"は正式に、俺のものになった。

 

 

 もう少し詳しく話を聞いてみると、彼女たちの父親はその元の大組織の総帥、"前線指揮官"の兄ちゃんの父親が実戦部隊の総指揮官という立場だったらしい。今回の神獣討伐戦における役割分担もそれに従ったものだ。

 そして、その魔術結社の名は"アナトリアの巨人"。討伐した神獣の、神獣としての格の元になった巨人、「テペゴズ」をその由来とする名だった。

 巨人が殺されることで巨人がよみがえるというのも皮肉なものだ。

 名前について聞いたところ、"アナトリアの巨人"をよみがえらせたいという思いもあるらしい。落ち着いたら会議か何かの議題にするとしよう。

 

 それからは書類との格闘だった。

 魔術結社といえども、ここが現代の一国の首都である限り、経済活動と無縁でいることはできない。

 そもそも、トルクメニスタンのおっさんと同じように表向きの会社を経営しつつ、そこで得た資金を裏の魔術師としての活動に利用していたのだ。

 そこに数人から数十人規模の同じような集団が複数、しかも一気に加入する。大体の場合は「会社」ごとだ。

 表向き優良企業をかんばって経営していた"アナトリアの輝き"は、裏を探られない程度にはしっかりとした理由付けをしながらそういった会社をグループ会社として吸収することを決めた。

 総帥姉妹など、確かに優秀な経営者のようでてきぱきと書類をさばいていくのだが、俺にまで仕事を持ってこないでほしい。

 

 「今日からあなたが社長です」

 

 違えよ!名誉会長的なものでいいよ!

 就職活動ドロップアウトして放浪したお兄さん(当時)をなめるんじゃねえ!

 

 それから、根本的な書類の書き方から勉強させられた。

 物覚えがよくなったのは神殺しになった利点だと思わなくもないが、物覚えが良いからと言って仕事量を倍々に増やしていかないでください!

 

 その書類の波が始まったのが4月の初め、終わったのが昨日、4月の下旬に入ったところである。

 文字通りワンマン経営の小規模な会社まで併せると五十以上。複数人からなる会社は魔術師以外の人間も参加しており、人数はさらに増加。魔術師の社長一人が百を超える人間を雇用している会社もあった。その魔術師は経営陣に取り立てることを確定させる。

 結果、人数としては、元々の"アナトリアの輝き"が残存勢力最大の二十五人だったところ、魔術師二百人越え、魔術を扱えない一般人の社員まで合わせると千人を超える大所帯である。

 魔術師の人数だけ見ても"アナトリアの巨人"時代をも上回っているとのことだ。

 これは当時の子供たちだけでなく、当時組織に所属していなかった魔術師まで合流したのが理由である。

 

 一応であるが、少なくとも現状、新たに合流した"魔術師ではない社員"たちも魔術の存在など基本的なことは知っている。要はバックアップ要員ということらしい。ここら辺も、"アナトリアの巨人"壊滅時の妥協案の結果だそうだ。

 

 

 しかし、それらの多数の会社の吸収合併という仕事は、短時間で終わるものではないはずだった。

 それを解決したのが加護を応用した情報伝達である。

 これまで何度か使用したように、ある程度以上の加護を得た者は、俺と加護を通して会話することができるようになる。

 双子は大体行動で返してしまうが、会話ができるのだ。

 加えて、加護を与えられた者同士でも、会話とはいかないまでも、簡単な意思の伝達が可能であることが判明した。

 それにもある程度の加護の強さが必要らしいが、加護さえある者ならば、その意思を受け取る分には問題ないらしい。

 ああ、国外にいた魔術師のうち、この合流に賛同した魔術師たちは、神獣討伐戦の一週間以内に全員国外に戻ってきて、俺の加護を受けて、すぐに任地に戻ったそうだ。俺自身が加護を与えた記憶はないのだが、アフラマズダの権能が勝手にやったのか、あまり考えたくはないが、信者の加護はうつるのか…。

 

 加護の強さは根本的には俺に対する信仰の強さで決まり、そして、企業グループの幹部連中は軒並み、部下に対する指示を加護越しに行うことができている。

 電話や口頭での指示が必要なくなり、トルコ国内位の範囲なら加護越しに指示できる。

 業務が効率化したのはいいが、敬虔な信者を増やすつもりはないのだが。

 

 加えて、同じくアフラマズダの権能について、今度は領土に対し加護を与える権能についてだ。

 こちらはトルコ全土を加護を与えるに足る領域であると認識したらしい。

 先日、唐突に"聖句"と思われる言葉が頭の中に浮かんできた。唱えてみたが、必要な呪力が相当に多かったので、時間を作って準備をしたうえで、トルコを自身の聖域としておくべきかもしれない。

 これはもう、名実ともに第二の故郷と認めている証なのか。

 

 

 そして、今日は、仕事も落ち着き、幹部クラスを集めての初めての全体会議である。

 議題はもちろん、組織の名称について。

 

 だったのだが、一瞬で決まった。もちろん名前は、

 

 

 "聖魔教団"

 

 どうしてこうなった。

 

「先日、賢人議会より手紙が送られてきました。

あて先は"アナトリアの輝き"総帥です。

"名誉会長"たる御身ではなく、私にあてられたものでしたので開封させていただきました。

その内容が、こちらになります」

 

 総帥就任を断っていた当てつけだろうか…。

 いつだかと同じプロジェクターが光を放ち、スクリーンに映る画面が切り替わる。

 

 聖魔の王?

 

「賢人議会は御身を聖と魔の主、聖魔王と号することを決めたとの内容です。

同時に御身に穏健に、平和に、特にイギリスにちょっかいを掛けないように、過ごすことを切に望む、という内容ですね。

御身を信奉する我々としては、御身の新たな名も同様に信奉する義務があります。

その点、聖魔王の号は、御身唯一人を指す名でありますので、これ以上のものはないという結論に至りました」

 

「その結論、いつ至ったの?」

 

 諦観を含みながらも聞く。

 

「手紙が来た日には既に皆様に、ええ、お二方を含む全員一致でそのように決めさせていただきました」

 

 お二方、のあたりで、左右に座る双子が反応を返していた。グルか…。この時点で負け戦確定である。

 というか、よく見るとネームプレートに、双子それぞれに教主補佐、俺のには教主、今議長をしている"アナトリアの輝き"の総帥には筆頭枢機卿、そしてほかの幹部連中には枢機卿と書いてある。ああ、まさしく決定事項というわけだ。

 状況を知らなかったのは俺だけ。最初から"アナトリアの巨人"が復活する目はなかったのだ。

 巨人の殺され損ではないのか?という現実逃避を振り切り、妥協点を探る。

 

「せめて、表向きだけでも"アナトリアの巨人"にしとかないか?

"聖魔教団"は俺たちだけの秘密の名前だ。

それじゃあダメか?」

「私たちだけの秘密って、いいと思います!」

 

 双子の妹には好評のようだ。

 牙城は崩すことができた。次に議長をしている枢機卿筆頭に対して()()の言葉を聞かせる。

 

「俺のことをよく知らないような奴が"聖魔教団"って口にするのも嫌な感じだしな」

「そうですね、確かにその名の意味も知らないようなものがその名を吐き、あまつさえ侮辱しようものなら、殺そうとするこの体を止める自信はありませんね」

 

 誰もそこまで言ってない。誰もそこまでやれとは言ってない!

 侮辱くらいなら許してやってくれ、(お前たちの神)は意外と寛容だから。

 

 というか、会議に出席している幹部連中(枢機卿)が軒並み頷いているあたり、"聖魔教団"の名前をどうにかするのは不可能そうだ。

 いつの間にそんなに狂信しちゃったんだよ…。

 

「わかりました。

皆さま同意のようですので、"聖魔教団"の名は限られた、本当の信者のみが口にすることを許される真の名前であるとしましょう。

合わせて、我々の、表向きの、魔術結社としての名前は"アナトリアの巨人"とすることにします。

…異論はないようですね。

では、本日の会議は以上となります。

以降の日程は逐次お知らせいたします」

 

 いろんな意味で終わった。

 

 

--

 

 以上が、悪名高き「聖魔王の悪意の具現」にして「皆殺し逆十字軍(キル・ゼム・オール・クロスクルセイダーズ)」、"聖魔教団"の発足の日を示した記録である。

 




魔殺商会ではないです。

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