億千万の悪意と善意   作:新村甚助

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序章、迷い犬に神々
01:悪神


「よし日本を出よう」

 

 その言葉が意味するものは、新天地での生活であった。

 高卒で上京し、就職に失敗し、貯金を食い尽くしかけていた天涯孤独の彼は、自分のことを知らない人が暮らす、自分が知らない場所での生活を選んだ。

 

 

 それから数年、最初にアフリカの小国に降り立った彼は、

内戦で荒れる国の難民を率い国境を越えようとしたり、

スラムに生きる孤児たちに金を稼ぐための手段を与えたり、

さびれた小村において水や食料の安定供給手段を確保しようとしたりした。

 

 が、すべて最悪の形で終わった。

難民たちと安全で信頼できるルートを選んだはずが、国境で武装集団に襲撃され難民たちは散り散りになった。

孤児たちに手段を与え、金を稼ぐということを覚え始めたところで、孤児たちは人さらい集団に連れていかれた。

水や食料の安定供給を目指した小村では、突然の大雨で作物が流れ去ったり、唐突に武装集団に襲われ全滅したり、川に近い場所では洪水で村が壊滅し自分だけ生き残ったなんて言うのもあった。

 

 彼は決してヒーローになりたかったのではない。

 恩を受けた相手に何かを返そうとして、その求めるものや手段をたまたま持っていたというだけに過ぎない。

 難民たちの脱出ルートは自身が入ってきたルートであり、

孤児たちの金を稼ぐ手段は自身が路銀を稼ぐための手段であり、

村民たちに与えた知識に至っては日本の高等教育までの過程で得た知識だ。

 

 しかしそれらは、何一つとして成功しなかった。

それでもその土地の人たちは自分に優しく接してくれ、

その恩を返そうと自分はいくつか知識や技術を与え、

人々に感情移入してきたところで、また、すべて奪い取られた。

 

 それでもやめなかったのは、自分が行っていることは悪からくる自己満足であるという認識であり、同時に、「一宿一飯の恩義」という考えを捨てることができなかったからだ。

 

 だから、決してハッピーエンドのない旅を続け、そして、必然として、彼は、「悪」と出会った。

 

 

 

パキスタン某所

 

 高卒で日本を飛び出し、8年ほどになる。

 

「暗闇が迫ってくる!すぐそこまで来てる!」

 言葉を正確に理解しているわけではないので曖昧であったが、今現在、自分が滞在している村に何かしらの危機が迫っていることは分かった。

 同時に、この村で、そういった荒事に適性のある人間が自分しかいないことも。

 

「んじゃ、ちょっと様子を見てくるよ。山裾の暗くなってる当たりかい?」

 この村で数日、この国で数週間暮らして培った簡単な現地語に身振り手振りを交えてそう伝えた。

 

 数十分歩くと異常が分かった。

 今の時間は昼過ぎで、光を遮るものなどないはずなのに、周囲が圧倒的に暗いのだ。

 それも夜空の暗さでもない。文字道理の黒一色の闇が迫ってきていた。

 それでも最低限、原因を目視でもしないことには何にもならないと判断し、前進を続ける。

 

 さらに1時間も歩いたころだろうか。唐突に、目の前の何かに気が付いた。

 輪郭もおぼろな黒い人型で、身長体格は自分と同じくらいに見えた。

 

「なんだ、お前は?」

 

 

 

 

 

(わたし)が人に見えるのか?」

 

「我は何に見える?」

「影?おぼろげだけど影に見える」

 

「なんの影だ?」

「人の…?」

 

「では、誰の、影だ?」

理解してしまった。

あれが何なのか。

 

 あれは俺だ。

 あれは俺ではない。

 俺にはあれが俺に見える。

 

 あれは多分、人が理解してはいけないものだ。

 俺は多分、発狂しかけていた。

 

「我が何かわかったようだね」

 

 

「我は億千万の闇」

 

 

「我は概念としての闇そのもの」

 

 

「我は概念としての悪そのもの」

 

 

「そしてここは、私の中だ」

 

 そいつが笑うように告げる。

 理解できてしまった。あれが神という存在なのだろう。

 自分は死ぬのか。そう思った。

 

「君は不思議に思ったことはないか?」

「何を?」

 

「君の旅路すべてさ。君の旅路は過酷だった。おそらく神話に語られるどんな英雄の旅よりも絶望に満ちていた」

「何を言って?」

 

「こう言っているのさ。君の旅路の、そのすべての悪意の原因は私だと」

 

 絶望した。神の意志で自分なんかの人生が捻じ曲げられているなんて、冗談で考えたことはあったが、まじめに取り合ったことは一度としてなかった。

 むしろ神の意志というものを信じてすらいた。

 しかし、

 

「まあ、君に見える範囲には大いなる不幸は撒き散らせたが、君から離れた人たちに不幸は与えられなかった。一事に集中するとまつろわぬ身では限界もある」

 

 その一言に感じた感情は、一瞬前の絶望よりも大きな、

 

 

 感謝だった。

 

 

 

「不幸になっていない?生きていると?難民たちは無事に離脱できたのか?孤児たちは生きているのか?村人たちは殺されていないのか!?」

 

「そちらに反応するのか。

難民たちは新天地を見つけたよ。孤児たちは人さらい集団のトラックから逃げたり、その人さらい集団の内乱に乗じて逃げたりしてる。村人たちは飢餓で死にそうになったが国連の援助だとかで生き残ったよ。

まあ、全員が全員というわけではないけどね。…一人を不幸にするとその帳尻合わせがされるらしい」

 

 最後のつぶやきは聞こえなかったが、少なくとも、自分がかかわった人たちが生きていることが分かった。

 日本にいたころはできる限り人と関わらないようにしていたというのに、今の自分は人とのかかわりに喜びを見出しているらしい。

 涙が出てきた、同時に声が出た。

 

「ありがとう…、ありがとう…!」

「は?」

 

 困惑の声が返ってくる。最も俺自身は安堵から耳に入っていないが。

 

「我は君の人生を歪め、不幸のどん底に落とし、数多の絶望とスパイスとしてほんのちょっとの希望を与えた存在だよ?」

 

 

「そこでなぜ我に感謝の言葉を口にするんだ?」

 

 質問に答える。

 

「だってみんな生きることができたんだろう?

生きることができているんだろう?

俺の目的はまさにそれだ。それがかなっているんだ。

だからありがとう」

 

 言葉にして落ち着くことができたのか周りの状況を見る余裕が出てきた。

 億千万の闇と名乗ったそいつは、しぐさで見る限りはいまだ困惑しているようだ。

 妙に人間的な神様だなと思った。

 

「我はお前を絶望の淵に落とし、落とし、落として、糧としようと思っていた。

本来なら闇に入って、外が見えなくなった段階で君は、文字通り消えるはずだった。

ここまでこれたのは、絶望が深いからだとも考えた。

でも、話していて分かった。」

 

 そいつはこれまた人間的なしぐさで口腔があるわけでもないのに一息を入れ、俺と目を合わせた、ような気がした。

 

「君は我と近い性質を持っている。

君の心の闇はとても良い闇だった。

だから君を墜とし、良い闇をより良い闇として喰らおうとしていた。

東京にいた時の君の闇はいい塩梅の自虐的な思考に満たされていた。

日本を離れたのを見たときはちょうどいいからもっとおいしくして食べよう程度の考えだった。

味付けに絶望を与え、ほんのちょっとの希望と多大な不安に満たされている君の闇は、絶望を与えれば与えるほどより深くなっていった。

 

しかし、君の闇の本質はそんなものではなかったようだ。

 

君の闇は闇であって闇ではない。

君の闇は影なんだ。純粋な闇ではなく、他者があってこその純粋な影。

他者に対する劣等感があってこその存在とは。

まつろわぬ身でなければ食べることができたかもしれないが、

闇と悪の神格をもって顕現している身ではそれも難しい。

絶望を加え、質を高めた今ではなおさらだ。

まさか闇の質を見誤るとは」

 

そいつの独白、または演説は続く。

 

「それに、ありがとうか…。

ははは、これは笑うしかないだろう。

すべての悪徳をつかさどる我が、感謝され、楽しいなどという感情を持たされてしまうとは!」

 

そいつは本当に楽しんでいるようだった。

つられてこちらも笑ってしまう。

 

「まつろわぬ身では善の感情を抱くことこそ禁忌だったのだな」

「それは、なんで?」

「善の勢力は悪の天敵であるから、さ。

そして我は悪の頂点。

そんな我が善の感情を持たされ、笑わされているのだぞ、自身の存在の否定に他ならないだろう」

 

 そいつは言いながら右手で足を指さす。

 足の先が解けているように見えた。

 

「じゃあ、お前、いなくなっちまうのか?」

「ははは、そうだな、本来ならば力を残し消えるのみだろうが、それも面白くない」

 

そいつはそう笑うと、唐突に右手を自身の胸の中心に突き刺した。

少し驚きながら様子を見ていると、水っぽい音を立てながら右手が抜かれ、俺の前に突き出された。

 

「こいつをやろう。我を笑わせた褒美だよ」

「なんだ、それは?心臓かなんかか?」

 

怪訝そうな、気持ち悪いものを見るような顔でそう言うと、

そいつは笑いながら「我の分身だ」といった。

 

「こいつは我の力を集約したものといえばいいかな。

これは我がこの身で振るうことのできる力をまとめたものだ。

これを飲めばお前は我の力の、その一端をふるうことができるようになる」

「いや…」

 

開かれたそいつの右手には卵みたいな形の真っ黒い物体が乗っているが、

やはりわからないものに対する忌避感みたいなのはある。

 

「いいから喰らえ!」

 

少し焦ったような声を出しながら、

そいつは右手を突き出し、俺の口に卵をねじ込んできた。

同時にのどまで突き込まれ、息苦しさから飲み込んでしまう。

 

「終わりの時までに、我の分身(わけみ)をできるだけ集めておくことだ。

願わくは世界の終わりにまた話せることを」

 

その声を最後に、俺は腹から上がってくる熱と痛みに意識を失った。

 

 

 

 

 悪神と女神は語る。

 

「パンドラだったか。

ずいぶん遅かったな。

こういう場面にいつでもでばがめしてくるものだと聞いていたが」

 

「だって戦ってもいないのに唐突に負けるのですもの。

そのうえ、ご自分で自身の力を無理やり入れてしまって…。

予想などできようはずもありませんわ。

そもそもここ数百年、現れては消えてを繰り返し、同じように喰らっていたではありませんの?

オオカミ少年の物語をご存じないわけではありませんわよね?」

 

「そういわれると反論のしようもない」

 

「まあ、イレギュラーとはいえ、新しい神殺しの新生の時です。

アンリマンユさま、この子に祝福(呪い)の言葉を」

 

 

 

「あまねく闇は、あまねく悪は、我そのものである。

君には我の分身(わけみ)を与えたのだ、この世の悪を一身に背負い、あがき、もがき、終わりの時に、我をまた楽しませてくれ」

 

 




就職失敗の理由は主にコミュ障です。
ただし、大物狙いで失敗して、潔すぎる切り替えをした結果が日本脱出になります。
目つきが人殺しとかでもないです。

初期の体格は一般的な高校生と変わらないくらい。
パキスタン時点での体格は自衛隊員くらいで、道中で手に入れたトカレフもどきとナイフと砂漠用のマントが主装備です。
身長は変わっていません。
この時点では、自分の手で、自分の意志で、人を殺した経験とかはありません。

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河村闇理(26)男 偽名
身長:181cm
体重:80kg
出身:日本(四国→東京→アフリカ→中東→インドに向かう途中)
属性:秩序・悪
イメージカラー:黒
特技:発展途上国に対する支援、身振り手振りによるコミュニケーション、我流CQC
好きなもの:自分を知らない人全般、特に純粋な人たち、砂漠渡り用のマント、他者の悪意(曰く、わかりやすいのは特に好き)
苦手なもの:運命とかいう言葉、自身の善意(曰く、自己満足のための行為に善意なんていらない、あっちゃならない)

権能:
この世すべての闇(All of despair dark):デバフ
 対象の善性・神性の高さに応じて性能向上
 自身の悪性・神性の高さに応じて性能向上
 自身の善性・神性の高さに応じて性能低下
 デバフは一定時間継続(対象に依存)、割合低下
 ※自分の心の闇(影)の大きさ・深さに応じて性能向上

160318修正
ステータス削除、嗜好と権能のみに変更

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