艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
勝ち目がない
エリザベートを前に吹雪たちが抱いた感想が満場一致でそれだった、高い白兵戦能力に砲撃能力、おまけに夜戦特化型の艦載機である影夜叉、どれを取っても隙がない。
しかしそれでも戦うしかない、ここにいるのはDeep Sea Fleetの6体(とおまけの雪風)だけなのだ、逃げ道はないし逃げることも許されない、負け戦になると分かっていても戦わなければならない。
(先手必勝!)
大鯨がライフル銃を撃ってエリザベートを狙い撃ちするが、腕を覆う鋼鉄の滑走路によって防がれてしまう。
「私の兵装…『リコリス』の防御力は一級品なのよ、下手な攻撃が通るとは思わない事ね」
エリザベートがそう言うと、けん玉を横一線に振って鉄球を横なぎに飛ばす、速度が速かったせいで避けることが出来ず、巻き込まれた暁が壁に叩きつけられる
「げほっ…!ごぼぉっ!」
鉄球を真正面から受けた暁が胸に手を押さえて
「っ!?」
すると、折れた肋骨が胸の皮膚を突き破って鳩尾の辺りから飛び出していた、生で見る自分の骨は不気味なほど白く、所々血に濡れていた。
「…っ…ぉぇ…!」
自分のとんでもない姿に暁は一気に吐き気に襲われ、胃の中身が食道を逆流するのを感じる、なんとか抑えようと手を口に押し当てるが、堪えきれずに消化中の食べ物と胃酸を吐き出す、指の間から胃の中身がこぼれ落ちて血だまりと混ざり変な色になる。
(…心臓に刺さらなかっただけマシな方ね、飛び出た骨は…抜かない方がいいか、抜いたら噴き出しそうだし…)
アドレナリン全開なおかげで動けないこともないが、何分痛覚が脳に痛みをひっきりなしに訴えかけているので思うように動けない。
「暁…!?それ…!」
「ごめん、悪いけどしばらく動けそうにない」
嘔吐物塗れの手を乱暴に服の裾で拭くと、鎌を出して自分のすぐ側に置く、最低限の自衛を行えるようにするためだ。
残ったメンバーもそれぞれ応戦するが、エリザベートには思うようにダメージが入っていない、むしろ台場側がジリ貧で押されている。
「わわっ!?」
エリザベートの放った鉄球と砲撃が天井に命中し、コンクリの破片があちこちに落下してくる。
「こんなのも武器にするなんて…このままじゃ本当に全滅する…!」
暁は動けないなりになんとか打開策を考えようと頭を巡らせる、するとすぐに好機が巡ってきた。
「あれは…!」
そこには吹雪と三日月とハチがエリザベートと鍔迫り合いになっている、しかも右手は太刀で吹雪を押さえ、左手では三日月の斧をリコリスで防いでいる、鉄球を出せる余裕は無いはずだ。
「…チャンス」
暁はなるべく音を立てずに、息を殺して立ち上がる、力を入れる度に血が流れ出して服を赤く染めていくが、今はそんな事どうでもいい、戦えるのであればどんな状態だろうと構わない。
「あんたの首を
今までにないくらい狂気的な、愉しそうな笑みを浮かべて鎌を構える、アドレナリン全開の今の暁は目の前のエリザベートをどう酷たらしく殺して悦に浸ろうか…ということしか考えていなかった。
「…死ね」
暁は大量の血を滴らせながらエリザベートに向かって飛び出す、今の彼女は両手が塞がっている、反撃なんて出来はしない、暁はその首を確実に落とせると確信していた。
だからこそ暁は気づくことが出来なかった、先程から暁の周りを監視するように浮遊する影夜叉の存在に…
「うわあっ!」
「きゃああっ!」
鍔迫り合いになっていた吹雪たちが突然後方に吹き飛ばされた、影夜叉が吹雪たちの身体を突き飛ばしたのだ。
「本当にあなたたちは学習しないわね」
鍔迫り合い状態から解放されたエリザベートは気怠げに言うと、今まさに自分の首を落とそうと跳躍しながら飛びかかってくる暁の方を向く。
「なっ…!?」
暁は目を剥いた、なぜ奇襲がバレてしまったのだろうか、エリザベートは吹雪たちに付きっ切りだったはずだし、エリザベートがこちらを見ていた様子も無い。
「言ったでしょ?夜目が利く
そう言ってエリザベートは側を飛んでいた影夜叉を指で優しく撫でる、そこで暁は気付いた、今までの自分の隠密行動は、影夜叉の目によってとうにバレていたのだということに。
「こんのクソ尼がああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
どこまでもこちらの打つ手をへし折ってくるエリザベートと、影夜叉の事を忘れていた自分自身、両方への怒りでおおよそレディとは程遠い暴言を吐き捨てる暁、エリザベートはそんな暁には毛ほどの興味も持たず、無慈悲に主砲を向ける。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
零距離からの砲撃を受けた暁はそのまま真上に吹き飛ばされて天井に叩きつけられる、ちょうどそこはエリザベートが鉄球と砲撃で天井を崩した場所で表面がデコボコしており、背中へのダメージを余計に増やすことになった。
(なんとか受け身を取らないと…!)
暁は鎌を手放して落下に備えようとしたが…
「…へ」
エリザベートが追撃のために放った鉄球が目と鼻の先に迫るのを見て、暁は思考が止まった。
刹那、凄まじい衝撃とともに薄くなったコンクリの天井とその上のアスファルトを突き破り、暁は地上へと放り出された。
◇
「よし!こっちの駆逐棲艦は片付いたわ!」
「周囲に敵艦の反応は…無いな」
一方こちらは秋葉原の歩行者天国、新型駆逐棲艦の臨時掃討艦隊で同じ第2艦隊に組み込まれた摩耶と瑞鶴が周辺の駆逐戦車を倒したことを確認する、すでに摩耶は中破寸前のダメージを負っているが、まだ戦える。
「じゃあ他のエリアの援護に回った方が良さそうね」
「そうだな、みんな!移動するぞ!」
第2艦隊の
「っ!?」
「何だ!?」
歩行者天国のアスファルトが爆発するように弾け飛び、地中からヒモに繋がれた鉄球と誰かの人影が飛び出した、人影はそのまま地面に投げ出され、うつ伏せの状態でぐったりしている。
「あ、暁!?」
「どうしたのその身体!?」
摩耶と瑞鶴はそれが暁だということにすぐに気付いた、2体が慌てて暁に駆け寄ると、他の艦娘たちも何だ何だと近付いてくる。
「あぁ…!げぼぉっ…!」
暁はすでに瀕死の重傷を負っていた、地上に飛び出す直前に鉄球と天井に板挟みになった衝撃であちこちの骨は砕け、内臓のいくつかも破裂してしまっていた、先程身体から飛び出ていた肋骨は身体の中に押し戻され、今度は背中から突き出ている。
大量の血を吐き出しながら咳き込む暁に瑞鶴たちは大丈夫かと声をかけるが、暁はそれどころではなかった、ズタズタになった内臓器官は神経をパンクさせるほどの痛み信号を脳に送り続けており、暁の意識は痛みと苦しみに支配されていた。
「っ!!」
その時、エリザベートが鉄球を引き戻そうとしているのか、アスファルトに空いた穴に向かって鉄球が戻っていくのを暁は見た。
(ダメ!)
その瞬間暁は痛みも何も全て無視して鉄球のヒモを掴む、まだだ、まだ死んでいない、死んでいないなら戦わなければいけない、自分がこんな所で戦線離脱など許されない、あそこには台場艦隊しかいないのだから、戻らなければ、自分たちが戦わなければ…!
その一心で暁は紐を掴み、アスファルトの上をズリズリと引きずられていく、しかしその途中でそれが止まった。
「事情はわかんねーけど、暁が必死になってしがみついてるコレの先には、敵がいるって事でいいんだよな?」
紐を掴んで動きを止めた摩耶がそう言ってニッと笑う、それを見た暁はハタと気づく。
なんだ、いるじゃないか、自分たち以外に戦える者たちが、今ここに。
「…えぇ、今回のアキバ襲撃の主謀者と直通よ、だから…助けて……力を………貸して……………」
暁は血を吐きながら言う、すでに出血多量で意識も朦朧としていているが、暁は確かに摩耶に助けてと言うことが出来た。
「…おう!任せろ!」
暁の言葉を聞いた摩耶は紐を掴んで立ち上がると、高らかに宣言した。
「動けるヤツらはこの紐をありったけの力で引いてくれ!今回のアキバ襲撃の主謀者が釣れるぞ!」
それを聞いた他の艦娘たちはこぞって鉄球や紐を掴み、綱引きのような光景になる。
「瑞鶴は暁を駅の救護所へ頼む!暁!よく頑張ったな!後はアタシたちに任せろ!」
「了解!気をつけてね摩耶!」
「…お願い…ね…」
瑞鶴は暁を抱えて大急ぎで走り出し、暁は安心したのか気を失ってしまった。
「それじゃあいくぜ!せーの…引けえええええぇぇ!!!!!!!」
摩耶たちが思いっきり紐を引っ張ると、それに釣られて地下にいたエリザベートが地上に引きずり出された。
「さぁて、ようやく顔を拝めたな、黒幕サンよ」
総勢18体にも及ぶ掃討艦隊の前に引きずり出されたエリザベートは、ただ冷や汗を流すことしか出来なかった。
次回「飛行場姫」
トンデモ展開かもしれませんが、一応こういう内容でストーリーを考えてました。