艦隊これくしょんーDeep Sea Fleetー 作:きいこ
「ちょ…!川内さん!?」
「川内さん!落ち着いてください!」
「うわあああああぁぁ!!!!!来るな!来るなあぁ!!!!」
完全にパニック状態になった川内はめったやたらに主砲を撃ちまくる、当然狙いは滅茶苦茶なのでほとんど当たっていなかったのだが、これが予想外に敵艦のヘイトを稼いでしまったらしく、今まで吹雪たちを狙っていた敵艦の何体かがターゲットを川内に切り替える。
「い…いや…来ないで…!来ないで!来るな来るな来るな来るな来るな来るな!」
川内は主砲を撃ちながら敵に背を向けてフルスロットルで逃げ出す、最早まともに戦闘が出来る状態ではない。
『川内さん!』
すると、篝が慌てた様子で川内を追いかけていく。
「篝!?」
『川内さんは私が追いかけますから!皆さんは川内さんを追っている敵をお願いします!』
そう言うと篝はそのまま川内を追いかけて闇夜に消えてしまった。
「篝…」
「あなただけじゃ川内さんと会話出来ないじゃん…」
吹雪のその呟きが篝に届く事はなかった。
◇
「はぁ…!はぁ…!はぁ…!はぁ…!」
川内は必死に敵からの逃亡をはかるために全速力で移動していた、後先のことなど何も考えず、ただその場から逃げ出したいという一心で逃げ出していた。
川内がようやく少し落ち着いて立ち止まったのは、戦闘地点から700mほど離れたところだった、この周辺は
「…そう言えば、あの時もこんな夜だったなぁ」
夜空に浮かぶ朧月を見やり、川内は“あの時”の事を思い出す。
◇
『日向が被弾により中破!ポーラは護衛に回ってください!』
『熊野と
2050年3月10日、この日佐世保鎮守府の第一艦隊は敵主力艦隊撃破の任務で夜間出撃を行っていた、闇夜に紛れての不意打ちはこちら側の大きな
川内もこの艦隊に混ざって出撃していたが、夜に対する恐怖で満足なパフォーマンスが発揮できず、軽い援護射撃くらいしか出来ていない。
「怖い…怖いよ…」
いつ敵が現れてもいいように主砲は構えているが、その手は恐怖で震えておりまともに照準が定まっていない。
『川内!篝が大破しましたわ!川内の方へ向かわせるので守ってくださいまし!』
「りょ、了解!」
熊野からの通信に返事をすると、電探のコンソールを弄って端末に情報を映す、自分の方へオレンジ色の点が近付いているのでこれが篝だろう、辺りに敵艦を示す赤色の点は見当たらないので比較的安全に合流出来そうだ。
「……………」
すぐそばでは砲を撃ち合う音が響く、砲が火を噴く度に一瞬明かりがちらつき、必死に戦っている艦娘の横顔が見え隠れする、ふと上を見上げると、薄雲に覆われた朧月がこちらを無表情に見下ろしている。
完全な真っ暗ではない、ひとりぼっちではない、でも身体の奥から“恐怖”という感情がとめどなく沸き上がってくる、何故かは分からない、でも暗いところは怖くて堪らない、すでに川内の恐怖心は限界に達していた。
「川内さん!」
するとその時、川内のもとへやってきた篝が声をかけて腕を取る。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
川内はそれを敵艦の接触だと勘違いし、篝に向けて主砲を撃ちまくった。
「うっ…!」
至近距離で撃たれたためほとんどの砲弾を食らい、篝はそのまま仰向けに倒れる。
(何でこんな近くにまで敵艦が…!?)
しかしパニック状態でそれが篝だと気づいていない川内は息を弾ませて周囲を警戒する。
『川内!篝の電探の反応が途絶えてしまいましたわ!合流は出来ておりますの!?』
「えっ…?」
再び熊野から入った通信を聞き、川内は固まってしまう。
さっき熊野は何と言っていた?篝が自分の所に来るから守ってやれと言ったはずだ、なら篝は遅かれ早かれ自分のもとへやってくる、ならあの時の敵艦は…?
川内は恐怖とは別の意味で身体を震わせて端末を取り出す、すると先程まで自分の所へ近付いていた篝の反応が消えていた。
「あ…ああぁ…」
見たくない、目を反らしてしまいたい、でもそれは許されない、川内は持っていたライトを今主砲を撃った地点へ向ける。
そこには、身体のほとんどを海に沈め、何も映していない濁りきった双眸をこちらに向けた篝が事切れていた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
自分が篝を殺した。
その現実を認識した瞬間、川内は戦闘中ということを忘れ、喉が潰れんばかりの声をあげた。
◇
「…ははは、全然ダメじゃん…私…」
川内はそう自嘲気味に笑うと海面を睨み付ける、結局自分は何も変わってない、前世の事を知って、それで自分の夜嫌いを克服出来るかと思い夜衣の両親にも会ったのに、いざ実際に戦場に出ればこの様だ。
「篝を救うって、あれだけ意気込んでたのに、篝にあれだけ恩を受けておいて、その結果がこれかよ…」
川内は篝に対してとても大きな恩がある、川内は篝着任当初から教育係を務めており、部屋も川内と同じだった、しかしそれまでずっと一人部屋だった川内にとって篝というルームメイトは不安の種でしかなかった、川内が一人部屋だったのは自分が夜嫌いだったからだ。
元々は別の艦娘とルームシェアをしていたのだが、夜中に突然声を上げて飛び起きたり、心配になって近づいたルームシェアの艦娘に手を上げてしまったりと問題を起こしてしまう事が多々あったせいで誰も川内と同室になりたがらなくなってしまったのだ。
篝もそのうち自分に辟易して部屋を出て行く、そう思っていたのだが…
『川内さん、大丈夫ですか?』
『川内さんが不安なら、私がいつまでも手を握りますよ、これで怖くありません!』
何日、何週間、何ヶ月経っても篝は自分の元から去ろうとはしなかった、むしろ怖くて不安で震えている夜はいつも決まって手を握ってくれるなど、夜嫌いの自分のために色々なことをしてくれた。
『川内さんの不安が全部無くなるまで私が側にいますから、安心してください、私からいなくなるなんて事はありません!』
誰よりも自分のそばに寄り添ってくれて、誰よりも自分の事を理解してくれた篝、そんな子を自分は殺してしまったのだ。
「恩を仇で返すなんて、本当に私最低じゃん…」
気付けば川内は涙を流しながら自らの弱さを呪っていた。
「っ!!」
刹那、背後に何者かの気配を察知した川内は素早く後ろを向いて主砲を撃つ、振り向きざまに撃ったので当たってはいないだろう。
(まさかさっきの敵が追ってきた!?)
そう予想した川内はもう一発主砲をぶち込んでやろうと敵の姿をよく見る。
「…うそ…」
しかし敵だと思っていたそれは、川内を追いかけてきた篝だった。
しかも振り向きざまに撃った主砲の弾は篝の右わき腹を掠めており、その肉を抉っていた。
また篝を撃ってしまった、傷付けてしまった、同じ罪を二度も犯してしまった。
その事実が川内の心を壊すのに、時間など掛からなかった。
次回「夜の支配者」
ちなみにゲームでの夜戦火力は火力+雷装で計算されるので駆逐や重巡がめちゃ強くなったりしますが、この小説ではその要素は排除してます。