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今後の行事関係についての書類をまとめたり、判子を押したりと頑張っているわたしの横で、書記ちゃんといちゃこらばかりしてまるで使い物にならない副会長に、副会長といちゃこらばかりしてまるで役に立たない書記ちゃん。
という感じで、年度のスタートから既に雲行きが怪しい。この色ボケどもが……。
そんな状況の中、貴重な息抜きの場、つまりオアシスとも呼べる奉仕部に救いを求めてやってきたものの。
「おつかれでーす。……あれ? お米ちゃんだけ?」
部室には、暇そうにスマホをいじいじしているお米ちゃん一人だけ。
「今日はそうですねぇ。兄も雪乃さんも結衣さんも、諸事情によりおやすみです」
「ほう。して、その諸事情とは」
「結衣先輩はお友達と外せない約束があるそうで。兄と雪乃さんは……まぁ、お察しください」
ほーん……。結衣先輩のほうはたぶん三浦先輩絡みだろうからともかく、後者のほうは雪乃先輩のおうち絡みか。いや、最近の雪乃先輩を見るに、ただの……。
「これだから色ボケしてる連中は……。ほんとつかえねー……」
雪乃先輩も、結衣先輩も、ついでに先輩も来ない。じゃあもう用はねーな……と生徒会室へUターンしようとして、わたしは思いとどまる。
なので、わたしは普通にいつもみたいに、お米ちゃんと先輩の間、つまり奉仕部内におけるわたしの椅子をがたたと引く。
すると、お米ちゃんが露骨にうげっと嫌そうな顔をした。
「あの、いろは先輩? 繰り返しになりますが、今日は他に誰も来ませんよ?」
「いやわかってるから。さっき聞いたから」
「ではなぜお帰りになられないのでしょう? 正直、小町にはいろは先輩の暇つぶしに付き合う必要も義理も持ち合わせてはいないのですが……」
「はぁ、つまり、お米ちゃんはわたしに帰れと」
「あ、はい、端的に言えばそうです」
「お米ちゃん、お客様は神様ですって言葉、知らないの?」
「うわなんだこのひと自分で自分を神様扱いとかすごいなー」
女二人の間に、ばちばちばちっと火花が散った。無駄に無意味に不毛に不必要に。
けど、わたしももう高校二年生。みんなの後輩としてではなく、彼ら彼女らの先輩としても振る舞わなくてはいけない時期だ。
だから、このクソ生意気な後輩に立場をわからせるためにも、いちいち目くじら立てて反撃するよりも、先輩の余裕ってやつを示しておくべきだろう。
「ていうか、先輩たち来ないならお米ちゃんももう帰ればよくない?」
「いやー、そういうわけにも。これでも小町、部長という責任ある立場ですから」
「あー、そうだね。一応は部長だもんね」
「そういういろは先輩こそ、こんなところで油売ってて大丈夫なんですか? 一応は生徒会長ですよね?」
「わたし、これでもやることはちゃんとやってるから」
「えー、でも、毎日ここ来てません?」
「……まぁ、わたしにもいろいろあるというか」
そう、いろいろあるのだ。わたしが抜け出すことによって副会長と書記ちゃんが思う存分いちゃつけるっていうはははそれじゃダメじゃねーかとにかく仕事しろなめんな働け。
だが、そんなの知るかとばかりに、盛大なため息を吐くお米ちゃん。
「こんな人が生徒会長やってて大丈夫かなー、この学校……」
「ははっ、まるで信用されてねー」
や、まぁ、お米ちゃんから信用されなくたって痛くも痒くもないけど。なぜならわたしが生徒会長で、つまりはわたしが権力者で、わたしが支配者で……あれ? これ権力持たせたら一番まずいタイプでは?
「お米ちゃんの言うこんな人を生徒会長にしたのって先輩なんだけどなー」
というわけで、もろもろまるっとぶん投げることにしました。
「……んん? 兄が? いろは先輩を?」
けど、なんか思ってた反応と違う反応が返ってきた。お米ちゃんはなにやら引っかかっているらしく、しきりに「一色、いろは……? 生徒会長……?」と小声でぶつくさ繰り返すばかり。
「……あっ!」
「うるさっ……なにいきなり」
と思いきや、今度はクソでかい声で叫び、ぽんと手を打つお米ちゃん。
「なるほどなるほど、全てが繋がりました! 兄が前に言ってたのはいろは先輩のことだったんですね!」
そしたら、そのままなんか聞き捨てならないことを言い出した。
「なにそれどういうこと詳しく一字一句間違えずに」
「お、おう……。お気持ちはわかりますがそれにしてもがっつきすぎでは……」
だってそんなの気になるでしょ普通。どういう悪口言ってたのかなー、みたいな。いや悪口なのかよ。悪口なら負ける気しねー。
わたしの食い気味な反応にドン引きしていた小町ちゃんだったが、仕切り直すようにけふけふ咳払いすると。
「いろは先輩がご存知かどうかはわかりませんが、お兄ちゃんたちに一悶着と言いますか……まぁ、そういう感じのことがありまして」
「あー、確かになんかめっちゃギスギスしてたなー、一時期」
なんでかまでは今でもわからないけど、空気が最悪だったことは覚えてる。そして察するに、その出来事があの出来事に繋がっているのだろう。
わたしがうんうん頷いていると、お米ちゃんもなぜかうんうん頷く。
「その時に、いろは先輩の名前がちらっと出ましてですね。いやー、なるほど。その時にクズ同士っていう選択肢が発生したわけなんですねぇ……」
「は? なにいってんだこいつ……。あの、前も言ったけど、わたし、さすがにあそこまでじゃないから……。ていうか別に、先輩のことなんて、どうでもっていうか」
「兄も兄でいろは先輩のことはどうでもいいって言ってましたよ」
「……は? え? あ? お米ちゃん今なんつった? もっかい言ってみ?」
「いや、そこは小町のせいにされても。そう言ってたのは事実ですし……ねぇ?」
なん……だと……?
「……え、待って? ほ、ほんとに? 嘘だよね? わたし、今、心折れちゃいそうになってるんだけど……」
「いろは先輩……残念ながら……」
よよよ……とお米ちゃんがわざとらしく鬱陶しい泣き真似をする。いつもならそろそろ「ははっ、おめーいい加減にしねーとぶっ殺すぞ」って煽り返してるところなんだけど、今はそれどころじゃなかった。
このままではわたしのメンタルが危ない。
わたしはブレザーのポケットからスマホを取り出すと、ぷるぷると震えまくる指でライーンなトークアプリを開く。おまけに声もぷるぷるで、ついでに唇もぷるぷるつやつや。
「……じ、事実確認、しなきゃ……」
「あれ? いろは先輩ってお兄ちゃんの連絡先知らないんじゃ?」
「うるさいお米ちゃんうるさい」
なんでそんなひどいこと言うの……? このタイミングでそんな残酷な現実を突きつけなくてもよくない……?
藁にもすがるように、慈悲を求めるように、うるっと瞳を潤ませながらわたしはお米ちゃんの顔をじっと見つめた。
「もちろん教えませんよ?」
がーん!
……でも、まぁ、しょうがないよね。プライバシーは大事だもんね。
「こいつほんとつかえねー……」
「いろは先輩、おそらく本音と建前が逆です。……あの、というか、それは当時の話で、今もそうかと聞かれると……あー、うーん、どうでしょうねぇ?」
「ははっ、おめーいい加減にしねーとぶっ殺すぞ」
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「で、先輩ってば、コース考えてこいっつったのに、いきなりわたし任せでー。ありえなくない?」
「出ました、ゴミいちゃんムーブ。で、どうせあの兄のことですから、俺は後からついていくスタイルだとかなんとか言い訳したんじゃないですか?」
「そうそれ、ほんとそれ。さすがアレの妹、さっすがー!」
再びばちばちばちっと火花を散らしていたはずが、わたしとお米ちゃんのどろどろキャットファイトは、いつの間にかなんでかどうしてか、すっかり先輩の悪口大会へと変わっていた。うーん、女の子って不思議! そして怖い!
「ふっふーん。だてに何年もダメダメのゴミでクズでカスなアレの妹兼お世話係やってませんよ、小町は!」
「だからなんでそんな嬉しそうなの……。お米ちゃん、ほんと歪んでるなぁ……」
なぜかどや顔でふんすと胸を張るお米ちゃんに、わたしはちょっぴり同情めいたため息をふっと漏らす。や、ダメダメのゴミでクズでカスなアレっていうところは全面的に同意だけど。
なんて思っていたら、小町ちゃんがふと、どこか寂しげな顔で微笑む。
「……まぁ、そんな感じでろくでもなさを極めていた愚兄が、最近は少しずつまともになっていってるみたいで小町は嬉しい限りです」
「え、そう?」
そりゃ、まぁ、多少は言動もろもろ見れるレベルにはなったかもだけど、でも、まともからはまだほど遠いような……。と、首を傾げていると、お米ちゃんはなんだかバカにしくさるようにふすっと笑う。
「あー、やっぱいろは先輩にはわっかんないかぁ。わっかんねーだろうなぁ……」
「いや別にわかんなくても全然いいけど……」
なんだこいつ……。いやほんとなんなの? この子、定期的にわたしを煽らないと死ぬの? なめんな? いつか泣かす。
「……ていうか、わかろうとしてわかるもんじゃないでしょ、アレは」
思わず、微苦笑がため息交じりに漏れた。
そう、腐るに腐ったあのド腐れに限っては、話せばわかるとか、そういった綺麗事は一切通じない。また、見ていればわかるような単純なものでもないのだ。
だから、ほんとに、めんどくさい。わたしだってそれなりにめんどくさいけど、先輩はそれ以上にめんどくさい。そして、雪乃先輩も結衣先輩も、同じくらいめんどくさい。
たまらず二回目の微苦笑とため息を漏らすと、なぜかお米ちゃんはうるうるした目でじーっと見つめてきた。
「……お姉ちゃん」
「やめてウザい。ていうかやめろ」
「ウ、ウザッ!? ウザくないもん! せっかくいろは先輩の味方してもいいかなってちょっと思えたのに! 前言撤回です! 小町、いろは先輩の味方だけは絶対しませんからね!」
「だから頼んでねーっつーのいらねーっつーの」
そもそも誰かに味方してもらって手にするものじゃないでしょ。張り合いないし、つまんないし。そうやって手に入れたって、なんの価値もないでしょ。
――そういうのって、そういうもんでしょ。
でも、まぁ……。
たまになら、そんな悪くないかな、こうやってお米ちゃんの相手するのも。
一応……ほんとに一応、せっかくできた後輩だし。
「ちょっといろは先輩! 聞いてますかー! 聞いてるんですかー!」
「あーはいはい聞いてる聞いてるうるさいお米ちゃんうるさい」
「嫌い! いろは先輩なんて嫌い!」
「あーはいはいお好きにどうぞ」
……でも、まぁ、本人には死んでも言いたくないけど。
そんなことを思った、とある春の日の、ちょっとした非日常の出来事だった。
ではでは、ここまでお読みくださりありがとうございましたー!