一色いろは詰め合わせ。   作:あきさん

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他の書き手さんからのリクエスト作品です。
キャラ崩壊注意。


一色いろはは、お砂糖とスパイスと歪な何かでできている。

  ×  ×  ×

 

 一色いろは。

 彼女は俺の後輩だ。同時に、最近になってようやくできた初めての恋人でもある。関係の変化が訪れたのは、今から一ヶ月ほど前の出来事。

 ――先輩、好きです。大好きなんです。

 てっきり葉山を諦めずに追いかけているもんだとばかり確信していたので、思いを告げられた時はあまりに予想外すぎて数分ほどフリーズした。しばらくして理解が追いつきいろいろ尋ねてみると、彼女いわく、あの時心が動かされてからは俺が本命だったそうな。

 だが、そう言われたもののどうにも現実味が湧かなかった俺は告白を断った。けれど、持ち前の諦めない姿勢や更に増した強引さに押し負けていき、最終的にはいろはの気持ちを受け入れたのだった。

 とまぁ、ここまでなら平和な話だ。微笑ましい惚気話で済む。リア充爆発しろで片付く。だが、彼女には裏の部分があった。葉山に恋心を抱いていた時も、自身の好意を俺に打ち明けた時も、まったく見せなかった別の顔。微塵も感じられなかった暗い内面。素と呼ぶには歪すぎる本質。

 それは――。

「……先輩」

 最早、これで何度目だろうか。

 鍵がかけられ、密室となった放課後の生徒会室。その壁際で、俺は彼女に問い詰められていた。正確には、物理的にも精神的にも追い詰められていた。

「今日の昼休み……雪ノ下先輩と何話してたんですか? あと結衣先輩とも二人で話してましたよね? 超仲よさげでしたよね? ……わたしといる時よりも、全然、楽しそうに」

 このように、いろはは自分以外の異性が絡むと途端におかしくなるのだ。

 嫉妬、羨望といった感情ならまだ可愛げがあり許容できるのだが、文字通り桁もレベルも違う。俺が最後まできちんと答えるまで延々と詰問を繰り返し、言い訳をしたり濁したりすれば、凄まじい速さで目の輝きが失われていく。しまいには「浮気されるくらいならいっそ……」などと、恐ろしいことまでぼそぼそ呟き出す。

 こうなってしまったら、言葉だけではいろはの心には届かない。彼女の闇を鎮めるには、行動でも示さないとちっとも信じてくれなくなる。

「……はぁ。いろは、ほら」

 腕を広げ迎え入れる体勢をとると、すぐさまいろはが飛び込んできた。

「俺たちはもうじき受験だし、雪ノ下には部活の有無を聞いただけだ。由比ヶ浜とも部活についてちょっと話しただけだ」

「……えへへぇ、そうですよね~。先輩はわたしがいるのに浮気なんかしませんよね~。できませんよね~」

 胸元にすっぽりと収まったいろはは、うにうにと頬をすりつけながらにこぱーっと幸福感たっぷりに表情をとろけさせた。……闇落ちさえしなければただの可愛い彼女で終わるんだけどなぁ。

「……ん?」

 そこでふといろはは俺の制服を口元に手繰り寄せ、くんくんすんすんと鼻を鳴らしてにおいを嗅ぎ始めた。

 ああ、いろはの背後にドス黒いオーラがまた……。俺、そのうち勘違いで刺されちゃうんじゃないかしら……?

「なんか雌のにおいがします。……あぁ、このにおいははるさん先輩ですね」

 怖ぇよ……なんでわかんだよ……。嗅覚一体どうなってんの……。

「……昨日お前を送ってった後な、駅前でばったり会ってな」

「ほう、それで?」

「相変わらずめんどくさい絡まれ方をした」

「具体的には?」

「腕にくっつかれた」

「……なんでブチ殺さないんですか?」

 だから怖いっつーの……。第一、女の子がそんな物騒なこと言うんじゃありません。

「あーでも、先輩からしたら確かにちょっとやり辛いかもですね。一応、顔見知りのお姉さんなわけですし。……よしっ、じゃあわたしが代わりに今すぐ始末してきま……」

「待ってねぇお願い待って。全然よしっじゃないから」

「……えー、なんでですかー」

 至極まっとうな判断をしたつもりなのだが、いろははえらく不満げな様子でぷっくり頬を膨らませる。そして目が一切笑っていないマジな目だった。マジで怖い。

 仕方ない。いろはの怒りを収めるにはまたやるしかないか……。

「……いろは」

「ふぇっ……?」

 羞恥心を我慢して力いっぱい抱きしめ、いろはの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「お、俺はお前だけが……」

 言葉が最後まで辿り着こうとした瞬間、ポケットに入れっぱなしだった俺の携帯がぶるぶると震えた。死亡フラグをお知らせしまぁす!

「…………」

「…………」

 いろはがぐぐっと手で胸を押し返し、離れた。直後、しゅばっと俺の携帯を衣嚢から抜き取って画面を確認する。速い! いろはす速い! 怖い!

「……結衣先輩ですね」

 ばっかお前タイミング悪すぎだろ。いろはの目がまた死んじゃっただろ。といっても、由比ヶ浜に罪はないので困る。

「……内容は?」

「一緒に帰ろうってお誘いみたいですー。……先輩、どうします? わたし的にはとりあえず処すべきかなーって思うんですけど」

 だからそういうこと平然と言うのやめなさいって……。

「……なんでだよ。とりあえず貸せ。ほら、ちゃんと断るから」

 しかしいろはは心底納得いかないご様子。ぶすーっとむくれながらしぶしぶ携帯を渡してくる。……あの、一応それ俺のだからね?

 受け取った携帯に、つったかつったか断りの旨を打ち込む。そうして、本文入力済みの最終確認画面をいろはにほいと見せる。

「これでいいか?」

「…………」

 けれど、無情にも姫はふるふるとかぶりを振る。まったく光沢のない瞳で。……どうやらまだ言葉が足りないらしい。

 やむを得ず、書いた文章を全消ししてぽちぽち文字を打ち直す。先程の内容を少しばかり修正し、いろはへの思いを色濃く脚色しまくった羅列を数行加えてみる。こうして、新たにまた一つ俺の黒歴史が積み重なっていくわけですね。何それ辛い。

「……これでもだめか」

「んーん」

 今度はお気に召したらしい。いろははこくこくと頷き、これで送れ今すぐ送れと表情で訴えかけてきた。仕草は可愛いのだが、相変わらず瞳に光沢がないのは怖い。

 のたうち回りたくなる気持ちを隠し、送信ボタンを押す。すると、ようやくいろはの目に輝きが戻った。おかえりハイライト!

「もう~、先輩ったらわたしにぞっこんなんですからぁ~」

 きゃはっと赤く染めた頬を両手で覆い、くねくねうりんうりんといろはが恥ずかしそうに身体を捩る。うんうん、ご機嫌そうで何よりです。ちなみに俺は恥ずかしさで死にたい気分です。

 ……由比ヶ浜、マジですまん。今度何か埋め合わせするわ。機会があればだけど。機会があればだけど。大事なことなので二回言いました。

 俺の心境はさておき。とりあえず嵐は去ったかと胸を撫で下ろしつつ、携帯をしまおうとした時。

「…………」

「…………」

 一難去ってまた一難、手に掴んでいた携帯がまたも震えた。俺は逃げたくて逃げたくて震えた。

 ばっか今度は何だよだからタイミング最悪なんだっつの。いろはの目がまた死んじゃったじゃねぇか。

「先輩?」

「……はい」

「ん」

 鋭く冷たい声音で呼び、いろはが自身の胸元で手をくいくいとさせる。寄越せ、ということらしい。やだなぁ……怖いなぁ……。

 先程の返信だろうか。おそるおそる携帯を差し出すと、いろはが自分の携帯を扱うかの如くするすると慣れた手つきで画面を操作し始める。……おかしいなぁ、それ一応俺の所有物なんだけどなぁ。

 彼女の琴線に触れる内容だったらどうしようと死を覚悟したが、いろははすんなりと返却してくれた。機嫌を損ねた様子もなく、それどころか瞳の光度も何故か戻っている。

 不思議に思い、画面を見てみると。

「……戸塚だったか」

「はい」

 いろはにとって戸塚はセーフラインなのである。由比ヶ浜も無事空気読みスキルを発揮して、返信は控えてくれたようだ。由比ヶ浜は仕方ないとしても、戸塚までNGだったら本当に夢もキボーもありゃしない……。

 内心ひそかに感傷に浸っていると、いろはがちょいちょいと裾を引いてきた。

「ところで、先輩……」

「ん?」

「この間のことなんですけど……」

 はて、なんだったかしら。何か約束したっけか……。うーんと首を傾げる俺に、いろはが濡れた瞳をこちらに向けてきた。

「……覚えてないんですか?」

 まずい。いかん。早くなんとかしないと……。

「あ、ああいや、覚えてるぞ? ほら、その、アレしてアレする的な……」

「……は?」

 ハイライトオフ入りまーす。……いっけねぇ、つい誤魔化す時の口癖が出ちまった。

 ええと、なんだ。

 確か3.1415……違う、それは円周率だ。今は全然関係ない。

 どれだどれだと記憶の隅々まで該当部分を探そうとしたものの、続く空白は一つの真実を物語っていく。

「……忘れたんですね。先輩……ひどいです……」

 どうやらここでタイムアップのようです。残念! 比企谷八幡の人生はここで終わってしまった!

「……あんなに、一生懸命、二人で、決めたのに」

 いろはの目から完全に明るさが失われ、感情のない黒い瞳へ移り変わる。そして、彼女の背後からかつてないほど黒く禍々しいオーラが漂う。

「先輩。…………おしおきです」

「ま、待ていろは……っ。落ち着け、大丈夫だから、ちゃんと覚えてるから……!」

 しかし、俺の縋りつくような言葉はいろはに届かず。

 

 ――この後、めちゃくちゃおしおきされた。

 

  ×  ×  ×

 

 目が覚めると、見覚えのある天井が視界一面に広がっていた。

 どうやら、ここは保健室のようだ。そして、俺の隣ではいろはがすやすやと穏やかな寝息を立てている。

「いてて……」

 身体中が軋み、鈍い痛みが走る。全身が気だるさに悲鳴をあげている。そのことから、無事おしおきは完遂されたらしい。確認のため腕をまくってみると、赤い斑点が大量にびっしりついていた。

「今回も派手にやったなぁ……」

 視認こそしていないが、きっと俺の胸元や下腹部にも彼女が俺を愛した証が散見されているのだろう。

 いろはは感情が抑えられなくなると暴走して、手段や方法を問わずやたらとマーキングをしたがる。それは、さも自分のものだと周囲に主張するように。見える位置から見えない位置まで、頭のてっぺんからつま先まで、言葉通りに。その形や致し方は逐一ズレているどころか相当歪んでいたり、特殊すぎたりもしていろいろと難はあるのだが……。

「……別に、俺はどこにもいかねぇよ」

 すぐ近くにあった亜麻色の髪を優しく撫でると、くすぐったいのか、いろはがかすかに身じろいだ。ただ俺の体温は伝わっているらしく、彼女の口元がにへらと綻ぶ。

 なんだかんだ、俺自身もこのズレて歪んだ愛情に対しては思うところがあって。だからこそ、散々酷い目に合わされても離れていったりしないわけで。

 

 まぁ、あれだ。

 彼女のそういう危ない一面は怖いけれど、いろははやっぱり可愛らしい笑顔が一番似合うから。また、満開に花咲くような彼女の笑顔が一番好きだから。

 

 差し当たっては、あまりいろはを刺激しないように、これからも付き合っていくとしますかね――。

 

 

 

 

 




それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!

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