我儘
「ルイズ。体に異変はありませんか?」
「はい」
襲撃を退け、城にやってきた闘夜とルイズは、アンリエッタと話していた。
「まさか学園にスパイが居たとは」
「……」
アンリエッタの言葉に、闘夜は俯く。あの時、タバサはルイズを何故か解放した。理由を尋ねてもはっきりしない返答。
一体タバサは何者なんだ。そう闘夜が思っていると、
「失礼します。陛下」
「どうしました?アニエス」
アニエスが入ってきて、闘夜とルイズも見る。すると、
「謁見の申し入れが」
「今はそれどころじゃ」
「いえ、相手が彼女達なので」
アニエスはそう言って後ろの人を通すと、
「キュルケ!?」
「はぁいルイズ〜」
手を振り、笑顔を向けるキュルケに、ルイズは唖然としている。なにせその隣りにいるのは、
「コルベール先生まで」
「やぁ」
二人がここにいる理由は分からないが、とにかくいるのはありがたい。そう思っていると、
「それで、タバサはどこ?」
「どっかに行っちゃって……」
闘夜の返答に、キュルケは苦々しそうな顔をすると、
「不味いわね。すぐに行かないと。悪いけどトーヤ、貴方も来て頂戴」
「は、はい?」
理由がわからず首を傾げると、
「申し訳ありませんが、その前にタバサ殿について、説明をお願いできますか?」
「……はい」
急いでいきたい先があるのは明白だが、キュルケはアンリエッタの問いかけに従う。
「タバサという名は、彼女の偽名です。本当の名は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。現国王、ジョセフに謀殺された、シャルル皇太子の実子です」
『っ!』
闘夜以外の面々が息を呑み、表情を強張らせた。
「えぇとつまり?」
「つまり、タバサはガリア王国の直系筋。何なら、本来国王の地位を受け継ぐはずだったシャルル皇太子の娘なら、王位正統後継者よ」
「マジすか!?つまりタバサ様はお姫様!?」
闘夜が驚く中、キュルケは話を続け、
「でも今は、名を変えて、ジョセフの言いなりになっている。命懸けの……いや、死なせることを前提にした無茶な任務とかさせられたりね」
「じゃあルイズ様を誘拐しようとしたのも」
「恐らくはそう」
でもなんで急にやめたんだ?と闘夜達首を傾げると、
「なんかあの子言ってなかった?」
「えぇと、なんか急にルイズ様は大切か?って聞かれましたけど」
「じゃあ多分それね。あの子、父親を殺され、母親の心を殺されて人質にされ、たった一人で生きてきた。命懸けの任務を生き延び、復讐する機会を探してた。だから、貴方を見て、自分と同じ存在にしたくないって思っちゃったんだと思う。あの子は、感情が表に出にくいけど優しいから」
キュルケの言葉に、闘夜は俯くと、
「タバサ様はどこに?」
「恐らくは、あの子の実家。ガリアのオルレアンって所にあるんだけど、そこにお母さんがいて」
すぐいきましょう!闘夜がそう言って行こうとすると、
「待ちなさい!」
アンリエッタが、それを制した。
「ガリア王国には正式に抗議の通達をします」
「そんな暇はありません!そうじゃないとタバサが!」
「トリステインとガリアで戦争を起こす気ですか!?」
アンリエッタの言葉に、キュルケは言葉をつまらせる。
「じゃあ俺達だけで行って助けて帰ってくれば」
「それでも結局、国を敵に回すことに変わりはありません。絶対なりません!」
アンリエッタは、闘夜の提案も却下した。するとルイズが、
「彼女を見捨てるのですか?」
「タバサ殿の件は悲しく思います。ですがここで動けば、相手の思うツボです。ルイズ。相手は貴方の身柄を奪おうとしたのです」
アンリエッタの言葉は、間違ってないのかもしれない。実際、ここで動けば、戦争の引き金に利用される可能性は高かった。だが、アンリエッタが恐れているのは、戦争だけでは無い。眼の前の闘夜達が死ぬことだった。しかし、
「納得いきません」
「トーヤ殿」
闘夜は前に出ると、アンリエッタを見る。
「タバサ様をここで見捨てたくありません」
「ですが今ガリアに行っても、死ぬだけです!」
「死にません!」
闘夜が、ピシャリとアンリエッタの反論した。
「俺は死にません。生きてタバサ様を助けて帰ってきます」
闘夜はアンリエッタの気持ちを、察していた。それはウェールズとの一件で見せたアンリエッタの表情と今の表情が同じだったからだ。それでも、
「だからごめんなさい。貴女の言うことは聞けません!」
そう言うが早いか、闘夜はルイズと目配せし、ルイズは闘夜におぶさると、キュルケを闘夜が担ぎ上げる。
「それじゃ!」
闘夜はそう言うと、部屋を飛び出して走り去ってしまう。
「なっ……あ、アニエス!今すぐ彼らを止めなさい!」
「はっ!」
アニエスも部屋を飛び出していく。残されたコルベールは、少し笑うと、
「相変わらず無茶をする」
「何でそんなに……」
アンリエッタは、椅子に倒れるように座る。するとコルベールは、
「きっと彼は、死にたくないのでしょう」
「だったら!」
アンリエッタはヒステリック気味に叫ぶがコルベールは、
「この場合の死ぬは、肉体的ではありません。精神です」
「え?」
「ここで彼女を見捨て、そして生き延びても、きっとトーヤ君の心が死んでしまう。彼はそれを理屈ではなく、本能で理解している。助けたい人を助けられない。手を伸ばすことすらしない。それは彼にとっての死。だからこそ、彼は走るのをやめない」
「……」
「バカだと思われますか?えぇ、私もそうです。大人になると、程々にを覚えます。程々に、なぁなぁに。自分に正直過ぎては社会で生きていけない。でもトーヤ君は子供です。だから自分にとって大切な物を譲らない。言い方が悪いですが我侭なんですよ。でも、そんな彼を見ていると私もジッとしてられなくなる」
「コルベール殿」
貴方も行くのか?そう視線で問い掛けると、コルベールは頷く。すると、
「分かりました。でしたら」
アンリエッタが口を開くと、コルベールは驚いて目を見開くのだった。
「うぉおおおお!」
闘夜は人知を超えた速さで廊下を走り抜け、窓を突き破って飛び降りる。
「うそおおおおおお!」
キュルケが驚愕しながらも闘夜にしがみつく中、ルイズは慣れた顔である。
「何でアンタは平気なのおおおお!?」
「慣れよこんなもん!」
「舌噛みますよ!」
城壁を走って駆け下り、そのまま城門を飛び越える。
「このあとどうします!?」
「一旦学院に戻って!足に心当たりがあるわ」
分かりました!と闘夜は学院に向かって走ると、
「ってかホント早くない!?」
「馬より早いからねぇ」
キュルケはまだ慣れてないようだが、ルイズはリラックスしているくらいである。
「ってか貴方達、さっき目配せで良く伝わったわね」
キュルケのツッコミに、闘夜とルイズは顔を見合わせると、
『まぁなんとなく』
と返答まで息ぴったりである。そして学院まで戻ってくると、
「何だあれ!?」
「オストタント号。ジャンが設計し、ツェルプストー家のバックアップで作り上げた探索船よ!」
と、学園の敷地にはどデカい船が置いてある。
「アレで行くんですか!?」
「そうよ。空で行けば早いでしょ」
「空だと相手にバレませんかね?」
「オルレアン領は、ガリアでも端っこだし、近くまでなら大丈夫よ」
成程。とルイズと闘夜が頷いていると、
「ってかジャンって誰です?」
「コルベール先生よ」
『はぁ?』
どうやら、今のキュルケはコルベールにお熱らしい。
「アレ?君達どうしたんだい?」
中に入ると、ギーシュがいた。
「ギーシュ様こそどうしたんですか?」
「いやぁ、コルベール先生が来てね。王宮に行くというからその間オンディーヌ騎士隊でこの船を守ることにしたのさ。まぁ今は僕だけだけどね」
そう都合の良いことを言っているが、要は訓練の時間のはずだがここでサボってたわけである。まぁいい。
「よし!すぐに行くので手伝ってください」
「え?どこに?」
「行きながら教えるので、今は手伝ってください」
わ、わかったと、ギーシュは快く引き受け、準備をキュルケに聞きながら行っていく。
「後はつなぎ用のアンカーを引き上げるのよ!」
「分かりました!」
闘夜は外に出てアンカーを引き上げようとすると、
「まてぇええええ!」
「げっ!」
馬で駆けながら、アニエスが迫ってくる。急いでアンカーを引き上げ、オストタント号が段々上昇していくが、
「とぉ!」
馬から飛び降り、アンカーの先に捕まると懸垂の容量で上がってきた。
「ひぃ!」
闘夜は慌てて船に置いてあった棒で突っついて落とそうとする。
「うわっ!こら!やめんか!」
そんなやり取りをしてたら、ルイズたちまで出てきて、
『げっ!』
アニエスまで来られたら厄介だと、他の面々まで棒で突っついて落とそうとする。
「ちょ!こら!やめ!あ……」
必死に抵抗するが、アニエスは遂に手を離し、そのまま落下すると、地面に激突した。
「い、生きてるよね?」
「多分。まぁアニエス様だし!」
「確かにアニエス様だしね!」
ピクピクしてるので、多分生きてるはずだ。とギーシュと闘夜はそう言い合いながら、互いに安心させ合う。
「方角は?」
「こっちで合ってるはずよ」
キュルケがそう言うと、
「あら?」
地面の方で、光が見える。皆で下を覗くと、
「おーい」
「コルベール先生!?」
慌てて縄梯子を下ろすと、コルベールが上がってきて、
「全く、勝手に動かすんじゃない」
「ごめんなさい」
コルベールに叱られ、キュルケが謝ると、
「陛下からの伝言だ」
『え?』
皆がコルベールの顔を見ると、
「後日、この一件における進退を通達する。だから必ず、全てを終えたら戻ってくるように、とのことだ」
思わず皆で顔を見合わせ(ギーシュだけはわかってないが)ると、力強く頷く。
「それと、合流できれば監視役にアニエス君も連れて行くようにとも言われてるのだが、彼女は知らないかい?」
『さ、さぁ?』
まさか船から棒で突いて落としたとは言えず、皆で遠い目をし、コルベールは首を傾げるのだった。
「はぁ疲れたなぁ」
「そういえばさっきコルベール先生の船が飛んでいったけど何だったんだろ?」
さぁ?とオンディーヌ騎士隊の皆で談笑していた。アニエスが来なくなり、はっきり言って怠けていた。まぁ隊長のギーシュからして、オストタント号でサボっているくらいだ。しかし、
「随分楽しそうだな」
背後から声を掛けられ、騎士隊のメンバーは恐る恐る振り返ると、
『げぇ!アニエス大隊長!』
「このクソカス生ゴミ共がぁ!目を離せばこれか!いいだろう!今からしごき直してやる!」
何故かボロボロのアニエスが、怒り心頭で怒声を上げた。
「覚悟しろ!いっそ殺せと何度も言いたくなるほどしごき倒してやる!」
『そんなぁあああああああ!』
その日、夜遅くまでオンディーヌ騎士隊のメンバーの殺してくれぇ!と言う悲痛な叫びが聞こえていたそうだが、それは余談である。