「ルイズお姉ちゃん……ぶふ!」
「何笑ってんのよ!」
ガルル!と唸りながら睨み付けてくるルイズに、シエスタは余裕そうな表情だ。
さて、悲痛な悲鳴を上げていたルイズだが、その後シエスタ達に連れられて、出張版魅惑の妖精亭にやって来て、ワインを飲んでいた。
「いえいえ、別に笑ってませんよ?」
「必死に笑いを堪えてるじゃない!」
遂には胸ぐらを掴んで揺さぶるものの、シエスタはそんなことありませーん、とルイズと同じくワインを手に笑っている。
「ちっ……アンタ最近遠慮なくなってきたわね」
前はもっと遠慮がちだったが、最近のシエスタは随分自分に砕けてる気がした。まぁルイズも、本気で咎めたりもしてないのだが。
そんな彼女だが、今は魅惑の妖精亭の制服を着ている。
何でも、この街の酒や食べ物が不味く、兵の間で不平不満が高まっていたらしい。
その中、トリステインの街の飲食店達が手を組み、こうして慰労のためにやってきたのだ。
その中には魅惑の妖精亭もあり、店長やジェシカを筆頭にやってきたのが、何故シエスタがいたのかと言うと、ジェシカとシエスタは親戚で、ジェシカの父……つまりスカロン店長が、シエスタの父方の実家と繋がりがあるとのこと。その関係でシエスタが助っ人としてやってきたのだ。世間とは狭いものである。
「それにトーヤさんにも会えるかもしれませんしね」
「はっ!子供を追っ掛けて戦地まで来るなんてね」
「そんな子供子供言いますけどたった3つですよ?そんな差なんて誤差ですよ誤差」
「3つじゃないわよ」
ルイズの言葉に、シエスタは首を傾げると、ルイズは説明する。数え年や一年の日数の違いを。しかしシエスタは、
「なーんだ。その程度ですか」
「はぁ!?あんた分かってる!?12よ12!あんたと6つも違うのよ!?」
四捨五入すれば13の方が近いのだが、ルイズは反射的に低く言う。そんなルイズにシエスタは、
「えぇ?だってそれはそれでその分私好みに育てれるじゃないですか」
「……」
「今のうちに大事にしとけば、大きくなってからそりゃもうねぇ?」
「…………」
その手もあったわねって思いましたよね?とシエスタに言われ、ルイズはブンブンと首を横に振るが、
「いや今凄い顔してましたよ?」
「人の顔を掴まえて随分な言い草じゃない!?」
「だってホントに、貴族の淑女としてあるまじき表情でしたよ?」
そ、そんなに?とルイズは思わず自分の頬に触れた。
「なんと言うか……地位を傘に着てセクハラをする偉い人みたいな顔でした」
「それは盛りすぎでしょ!」
流石にそれは嫌だとルイズは叫ぶと、シエスタは冗談だと言う。が、
「半分ですけど」
「今ボソッと半分って言ってなかった?ねぇ?」
ジトーっとシエスタを見ながらルイズは問い詰めるが、シエスタは惚けた顔をしている。
するとルイズは今度は勝ち誇った顔をして、
「まぁでも、トーヤは私のこと好きだし、あんたにゃ興味はないんじゃない?」
「はい?何でそんなこと言えるんですか?」
「だって私トーヤに告白されたもん」
は?とシエスタが目を細めると、
「この間実家でね。いやもうほーんと自分の美しさって罪よねぇ。あんな子供すらタブらかしちゃって~」
「トーヤさん可愛そうに。こんな人が初恋なんて……将来思い出したくない黒歴史でしょうね」
「誰がこんな人ですってぇ!」
「それにご実家の後のお二人を見てましたけど、そんなに変わった様子はありませんでしたし、大方振ったんじゃありませんこと?」
「うぐっ!ふ、振った訳じゃないわ!」
「じゃあOKしたんですか?」
「したわけでもないわ!」
どう言うこっちゃねん。とシエスタはだんだん訳はわからなくなってきた。だが、
「ふうん。でもまぁそれならチャンスかなぁ」
「チャンス?」
「知らないんですか?フラれた直後が一番落としやすいんですよ?」
「だからフッてない!」
何てギャイギャイ喧嘩してると、別の席で歓声が上がる。
その席では、ギーシュ達が騒いでいた。
彼はどこかの小隊の隊長として活躍し、先程勲章を受け取っていたのを、ルイズは見ていて、正直に言えば羨ましいと思っている。
自分の虚無の力は機密事項だ。それ故に、表立って評価されることはない。
ギーシュはこうして勲章を貰い、今はいないが先程家族からも祝福されていた。
それに対し、色々思うところはあるが、それを口に出したりしない。するとその中にいた闘夜は一人席を立ち、出ていこうとする。
「どこ行く気よ」
「ちょっと風に当たるだけです」
闘夜はそれだけいうと、そのまま出ていこうとするのだが、ルイズが咄嗟に闘夜の手を掴む。
「ねえ、ちゃんと帰ってくるのよね?」
「……別にルイズ様には関係ないじゃないですか」
そんな闘夜の物言いに、ルイズはカチンと来た。
「はぁ!?関係あるに決まってるでしょ!?私はあんたのご主人様なんだから!」
「俺なんかいなくたって大丈夫何でしょ?カッコ良くて頼りになる大人の人がいるんですから」
何ですって!とルイズは椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がり、流石にその物音で周りが、シンと静まり返る。
「あんたね。こっちが心配してやってれば調子に乗るんじゃないわよ!」
「誰も心配してくれ何て頼んでません!」
おいおい落ち着きたまえよ。とギーシュがやって来て仲裁に入ろうとするが、ルイズはそれを一睨みで抑え、
「良いことトーヤ!私は明日からも頑張らなきゃいけないの。少しは良い子にしててちょうだい」
「だから別に迷惑を掛けてないじゃないですか!」
二人はにらみ合う。
「掛けてるわよ!肝心なときに居ないし、不貞腐れてるし!」
「別に不貞腐れてません!」
「態度に出てるのよ!ホントに子供なんだから!」
「っ!」
今度は闘夜がカチンと来る番だった。今の闘夜には、子供扱いは余り得策ではない。
「俺は子供じゃない!」
「子供よ十分!」
「それ言ったらルイズ様だってすぐ態度に出るんだから子供じゃないですか!」
『確かに……』
「何ですって!?」
闘夜の言い分に思わず周りの面子がウンウンと頷き、ルイズが吼える。
「それ言ったらあんたなんて辛いの食べれないし童顔だし寝相最悪じゃない!」
「ルイズ様だって、あの野菜が嫌いだとかどーとか言ってすぐ残すし、チビだし人の髪弄りながら寝てるじゃないですか!」
「あ、あんた今チビっていったわね!」
「チビじゃないですか!」
「また言ったわね!それならあんたって人を抱き枕代わりにするでしょ!」
「ルイズ様だってするでしょうが!」
フゥー!フゥー!とお互い荒く息を吐く。
「なに痴話喧嘩?」
「痴話喧嘩じゃない!」
飲み物を運んでいたジェシカが現れ、その一言にルイズは叫ぶが、ギーシュがふと気づく。
「おや?そう言えばなんだが、辛いものや野菜嫌いはまだしも、髪を弄りながら寝たり、抱き枕にすると言うにはどう言うことだい?」
『あ……』
そんな彼の一言に、その場の面々が凍りついた。いや、一名ほど平気なやつがいて、
「だって寝る時ルイズ様と一緒に寝てますもん」
「ちょば!」
『……はぁあああああああ!?』
闘夜はその言葉の意味がよくわかっておらず、素直に答えたのだが、勿論全員の視線は闘夜からルイズに向く。
「ルイズ、まさか君ってやつは……」
「ち、違うわよ!少なくともあんた達が想像しているようなことは一切ないわ!」
「でも寝てるのは本当なんですね」
「いやそのそれは……」
ギーシュに大声をあげるが、直ぐ様シエスタにも突っ込まれ、ルイズはオロオロする。
「ミス・ヴァリエール。幾らなんでも5つも下の男の子を手籠めにしちゃうのはどうかと思いますよ?」
「してないしあんただって狙ってるでしょ!」
「私はちゃんと適齢期になるまで待ちますもーん」
必死に否定するものの、ルイズは顔が真っ赤だし、どこか説得力がない。しかも、
「5つ?トーヤは15じゃなかったかい?」
「あぁ、何かこっちの一年と俺の国の一年って日数が違ってて、こっちに均すと12歳くらいなんだってデルフリンガーが言ってたんですよ」
と、闘夜が訂正。それによりますます周りのルイズへの目が冷ややかになる。
「ルイズ、幾らなんでも12歳の子に手を出すのはどうかと思うわ」
「だからそんなんじゃないって言ってるでしょおおおおおおお!」
ジェシカにまで言われ、ルイズがフンガー!っと怒りを爆発させていると、
「ん?」
入り口の方に、ギーシュは見覚えがある人物を見つけた。
彼はギーシュが担当する隊の副隊長で、実質彼が隊を動かしてると言っても過言ではない。
そんな彼を見つけ、ギーシュは近づく。
「やぁ副隊長。君もリフレッシュしにぐっ!」
『っ!』
突然のことだった。ギーシュが副隊長に近づくと、相手はいきなりギーシュを押し倒しながら、首を締め上げてきた。
「ギーシュ様!」
そこに闘夜が駆け寄り、渾身の拳を叩き込んで吹き飛ばして、ギーシュを救出。
「げほっ!ごほっ!何なんだ一体」
慌てて闘夜の手を取り立ち上がったギーシュだが、そこに続々と兵士達が乱入し、店舗の中で大暴れしだした。
「くっ!」
襲い掛かってくる者達を、闘夜は次々殴り飛ばし、
「逃げましょう!」
と言って、ルイズとシエスタの手を取り、店を飛び出す。それに着いていくように、ギーシュ達やジェシカにスカロンも出ると、
「なにこれ……」
ジェシカが思わず呟くように、店の外は阿鼻叫喚が支配していた。
あちこちで火の手が上がり、兵士だけではなく一般人まで手当たり次第に人々に襲いかかる。
たった一晩の間に、このロサイスの街は、地獄に変貌していた。
「なんと……アンドバリの指輪にこんな力が」
遠くからその光景を見ていた男。名はオリヴァー・クロムウェル。その隣には黒髪の美女が指輪を手に立ちながらいた。
「さぁ、後は帰って軍に出撃の命令を下すだけだ」
「う、うむ!よしやるぞ!」
そう言ってクロムウェルは、拳を握ってから、空間の歪みのようなものの中に消えていく。
それを見届けながら、黒髪の美女は小さく舌打ちした。
元々クロムウェルは、酒場で飲んだくれているような、ロクでもない司教だった。
とは言え、中々良い働きはしてくれていたものの、そろそろ潮時だ。
「そろそろ終わりね」
黒髪の美女はほくそ笑みながら、そう呟くのだった。