「姫様!」
「ルイズ!」
先日の雨が嘘のように晴れた日の朝。ある劇場前にルイズはある人物と共に来ており、そこにはアンリエッタと闘夜が来ていた。
その先程までルイズの隣にいた人物は今度はアンリエッタの隣に立ち耳打ちをするとアンリエッタは静かに頷きを返す。
「ごめんなさいねルイズ。勝手に使い魔殿をお借りしてしまって」
「いえ……それで何故ここに来たのですか?」
ルイズがそう問うと、アンリエッタは口を開く。
「狐を炙り出しましたので決着を付けます」
ルイズも先日のうちに事情は今はアンリエッタの隣にいる人物から聞いている。なので、
「わ、私も一緒に……」
とルイズは言うが、アンリエッタはそれを首を振って拒否した。ここから先は政治的な部分が関わるのもあるが、彼女は極力こういった泥々したものに巻き込みたくないのだ。
そうしてアンリエッタは共を連れ劇場へと入っていく。
そんな姿を見送りながら闘夜とルイズは一夜振りの再会にどちらからともなく会話を始める。
「そう言えばあの人誰ですか?」
「姫様の護衛を仕事とする銃士隊の隊長よ。シュヴァリエっていう最下級ではあるけど貴族の称号を持ってるわ」
へぇ~。と闘夜は頷きを返しながらいると、
「ん?ねえちょっと……」
「?」
突然ルイズは闘夜に顔を近づけフンフンと鼻をならして臭いを嗅ぎ始めると、
「姫様の香水の匂い?何であんたの体から……」
「え!?あ、さぁ?」
何でだろうなぁ~。と笑ってごまかす闘夜……。それにルイズは怪しいという眼で見てくるが、闘夜はひたすら笑ってごまかした。
何故だかわからないが、アンリエッタと抱き合っていたというのはバレたくなかったのである……
不味いことになった……そう劇を見ていた男は思っていた。
彼こそが今回アンリエッタが炙り出した狐であり、突然の彼女の失踪に焦っていた。
(アルビオンの手引きか……それとも第三の勢力が?)
そこでまずアルビオンの手引きなのか確認するために何時ものようにこの劇場でアルビオンの密使と密会するはずなのだが、その相手も遅れている。
なにかあったのか?と男が悩んでいると、空いていた隣の席に誰かが座った。
「失礼。連れが参りますので席を変えてもらいたい」
「そんなつれないことを言わないでください。どうせその連れの方はここへ来れませんから」
そう言って、被っていたフードを取るとそこにあった顔に男は驚愕する。
「貴方は……」
「信じたくはありませんでしたよ。リッシュモン殿。国の重鎮である貴方が情報を流していたとは」
嵌められたか……とリッシュモンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
だが同時に感心もしていた。なにも知らないと思っていた少女がこのような一計を案じるとは……更に気に求めてなかったが彼女が隣に来た瞬間自分の周りに人が増えた。恐らく兵だろう。成程準備万端か……
どうせ未来のない国だと思っていたが中々こちらの予想を裏切ってくれるではないかとリッシュモンはニヤリと笑う。
「ではリッシュモン殿。一緒に来ていただきます。今まで関与したものに関してお話を聞かせてもらいます」
「ふふ……」
アンリエッタは、突然笑ったリッシュモンに対して目を細める。それを見たリッシュモンはこれは失礼と手を振って見せた。
「いやはや。正直に申しますと少々貴方の事を侮っていましたよ女王陛下。ですが……」
やはり詰めが甘い。そう呟いてリッシュモンは片手をあげて合図を送ったようなポーズを取る。そして次の瞬間!
「なっ!?」
突如リッシュモンの足元の床が開き、そのまま穴の中に落ちていき、アンリエッタが慌てて駆け寄ったときには既に暗い穴の中に消えており、駆け寄ってきた銃士隊達に出口を探せと命令する。
だがアンリエッタは気づいていなかった。本来駆け寄ってくるべき銃士隊の人間が一人足りなかったことに……
だが一方そんなことを知らないリッシュモンは普通の人間であれば落花死する高さの穴を、魔法でゆっくり着地して出口に向かっていた。
まずはこのままアルビオンに亡命し、力を蓄えねばなるまい。なぁに、時間はある。いずれ彼女に今回の恩を返すときはあるだろう。そう思いながら進んでいると、自分の進行方向に立ちふさがる影を見つけ、なんだ?と見ているとそれがゆっくりこちらのに近づいてくる。
「貴様は銃士隊の……」
「はい。銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランと申します」
恭しく礼をするが、リッシュモンには彼女がこちらに対して欠片も敬っていないこと、そしてその背にあるのは激情だということを瞬時に見抜いた。だが、何時までも時間を喰うわけにいかないため、杖をアニエスに向けながら言う。
「まあいい。そこをどきたまえ。おとなしく言うことを聞けば命くらいは助けてやろう。それとも未来のないこの国など放って私と共に来るかね?」
だがそんな彼の言葉にアニエスは侮蔑の表情を向けながら口を開く。
「クズめ。己の身しか考えず国を裏切り……そして我が故郷を焼いたんだな」
「なに?」
リッシュモンはアニエスの言葉に首をかしげる。故郷?なんの話だと。
「覚えてないなら思い出させてやろう。私はな……
「っ!」
アニエスの言った言葉に、リッシュモンは明らかに狼狽した。生き残りがいたのか?と……
「ほう?覚えれはいたようだ。ならばわかるだろう?何故私が一人で貴様に会いに来たのかを」
「ちぃ!」
リッシュモンは杖を向け直し、呪文を唱える。だがそれはアニエスにとってはあくびの出るような早さだ。その間にアニエスはマントを纏うことで隠しながら忍ばせた銃を出すと引き金を引く。
魔法は強力だし、連続で撃てる。対してこの世界の銃はフリントロック式のため一発撃つと次弾を銃口から火薬と共に込め直さなくてはいけない。つまり連射が出来ないのだ。だが、至近距離でにおいては、ある点にて有利な部分がある。それは……
「がっ……」
引き金を引くだけで相手を攻撃できると言うことだ。その証拠にリッシュモンは杖を落とし撃ち抜かれた手を抑え苦しそうにアニエスを見る。
「ま、待て!あ、あれは仕方なかったんだ!疫病の拡大を防ぐためには!」
「ふざけるな!私がなにも調べなかったと思ってるのか?あれは新教徒の弾圧のためだろう!」
リッシュモンがグッ!っと息を詰まらせるのを見ながらアニエスは剣を抜いた。
「ずっと私は剣と銃の腕を磨いた。女を捨て、普通を捨て、ただひたすらにあの日の関係者を殺すために……」
ギラリと自分を視線で射ぬくアニエスの姿にリッシュモンは金縛りにあったように動けなくなる。
「地獄で詫び続けるが良い」
そうアニエスは言うと共に剣を横凪ぎ一閃……次の瞬間ゴトッと言う音と共にリッシュモンの首が地面に落ち、さっきまで頭があった部分から噴水のような血が吹き上がり咄嗟にマントで体を守ったが顔に血を浴びた。
だが彼女は特に気にせず、口角をゆっくりと上げ、
「これで……また一人」
と、静かに呟いたのだった。
「お待たせしました」
一方その頃、アンリエッタは劇場の外に出てきた。それを闘夜とルイズは出迎えている。
「姫様、お怪我は?」
「大丈夫ですよ」
そんなやり取りを二人がしていると、そこにアニエスが戻ってきた。
「アニエス?そう言えばあなたはどこに……」
「リッシュモンを追いかけていました。あの隠し穴に気づいたのが姫様を劇場に案内した後に何気なくここの設計図を見たときでしたので報告ができませんでした」
勿論これは嘘である。気づいていたが……普通に捕まえれば自分の手でリッシュモンを処断出来ないと考えたアニエスは意図してそれを隠した。
アンリエッタはそれに気づいていないが……
「そうでしたか……それでリッシュモンは?」
「申し訳ございません。捕まえようとしたのですが抵抗されやむ無く……」
アニエスが申し訳なさそうに言うと、アンリエッタは首を振る。
「良いのですよアニエス。仕方がありません……出来れば情報を引き出させたかったのですが貴女の身が無事で何よりです」
アンリエッタのそんな言葉に、アニエスはズキリと胸が少し痛んだが、直ぐに考えるのをやめた。この程度のことでは、復讐は完遂できない。
そんな風に思っていると、闘夜が口を開いた。
「凄いですね。無傷で倒しちゃうなんて」
「っ!」
闘夜は何気なく口にしただけだった。メイジが強いのは知ってる。だからこそ抵抗されて無傷で倒したと言うのに純粋に感心したが、幾らマントを変え、顔についた血を拭っても後ろめたいアニエスにとっては充分に驚愕させる一言だ。まあそれを顔には出さないが……
「そうでなくては銃士隊の隊長は務まりませんよ」
とアンリエッタが無自覚に思わぬ形での助け船を出したことでこの場の誰にも疑問には思われない。このままおとなしくしていれば大丈夫だろう。
すると、
「姫様。少々伺いたいことが」
「はい?何でしょうか?」
そうルイズがアンリエッタに話し掛けると闘夜がワタワタしはじめたが、ルイズに一睨みされて大人しくなる。それから、
「昨晩闘夜が何かしませんでしたか?」
「っ!」
アンリエッタは驚愕を表に出さなかった自分を誉めたかった。この瞬間に限れば一癖も二癖もある国の重鎮たちとのやり取りが功をそうしたといえよう。故に、
「なにか……とは?普通に護衛をする側と受ける側でしたが?」
と、顔色ひとつ変えずに言ってのけた辺りは流石としか言いようがない。だが……
「結局劇中止になっちゃったね~。まああんな大捕物があったんじゃ仕方ないか。でもせっかくのクライマックスシーンだったのになぁ……」
「私実は二回目だから知ってるんだよね~ききたい?」
その二人は偶々ここを通っただけの少女……その二人の会話はよくとおり、残念がってた少女が食い気味に聞きに行く。それを自慢げにもう一人の少女は言った。
「再会した二人はね?抱き合ったあと熱いキスをして永遠の愛を誓うのよ!」
『っ!』
抱き合う……キス……それは昨晩の情景を思い出させ、闘夜とアンリエッタを動揺させ顔どころか耳まで真っ赤にさせるには十分な一言で、そんな二人の動揺を見逃すルイズではない。
なにがあったのかを、おおよそ理解した。こんなところで頭のよさを発揮しなくても良いと思うのだが仕方ない。
とにかくルイズはにっこり笑った。そりゃもう通る人がドキッとときめくほど。
だが大体ルイズの事を理解してきた闘夜は違う。これは死神の微笑みであり、死刑宣告なのだ。
「ねぇ闘夜。あんたなにか私に言うことあるんじゃない?」
「あ、いや……そのぉ……」
ズリズリと後ずさる闘夜をズリズリと追い詰めていくルイズ……そして!
「あぁ!ミセノシゴトニモドラナイトナー!カエリマショー!ヒメサマシツレーシマース!」
と言って全力疾走……だがそれを大人しく逃がすルイズではない。
「あ!こら待ちなさーい!」
こうして二人の追いかけっこが始まった。ちなみにこの追いかけっこ、店にたどり着きジェシカが喧嘩してないで働けと言うまで続いたのだが……これは余計な話だろう。