「着きましたよ……ウェールズ様」
そう言いながらウェールズを連れ、アンリエッタは水辺に立つ。
ここはラグドリアン湖……正気に戻った彼の願いで皆はここに来ていた。
ここに来る道中彼は自分で自らの身に起きたことを説明してくれた。もう長くないと……これは闘夜の鉄閃牙の一撃ではなく、元々死人の自分が魔法を解かれれば死ぬのは変えようのないことだと、そしてこれはアルビオンの現指導者クロムウェルの仕業だと、彼は自らを虚無の担い手と名乗り自分に偽りの生命を吹き込み今回の一件を起こしたと……そう説明を受けながらやって来たラグドリアン湖の水辺にアンリエッタとウェールズは腰を下ろす。
「あぁ、覚えているかい?アンリエッタ……ここでの誓いを」
「はい……」
このラグドリアン湖での誓いは決して破られず、そして叶えると言う伝説がある。それにあやかって昔二人はある誓いを立てていた。
「例え死が二人を別けても……貴方を愛し続けると」
「あぁ、まるで昨日のことのように思い出せるよ……ねぇアンリエッタ」
はい、とアンリエッタはウェールズを見る。彼の眼には力がなく、どうにか事切れるのを必死に耐えているのがわかる。
「ここで改めて誓ってくれないか?」
「え?」
何を?と問う前にウェールズは口を開く。
「君はこれからを生きる者だ。だから僕のことを忘れること、そして新しい好きな人を見つけること……それを誓って欲しい」
「ウェールズ様……」
アンリエッタは唇を噛み締めた。彼の言っていることは理解できる。理解できるが……納得したくなかった。だがそれを行わねば彼が心残りを残して逝くと言うのも分かっていた。故に彼女は口を開く。
「私は……きっと幸せになります。貴方に会う前よりも、貴方のことなんかきれいさっぱり忘れて……貴方が嫉妬するほど幸せになってみせます……」
そうアンリエッタが言うとウェールズは優しげな笑みを浮かべた。それでいいと言うように……
「アンリエッタ……お幸せに」
そう最後に呟くと、ウェールズの体から力が抜けた。まるで今まで糸によって操られていたマリオネットが、糸を切られたように、
「本当に……勝手な人」
アンリエッタの瞳から涙が溢れる。耐えようともしたがそんなものは焼け石に水で、彼女の意思とは無関係に涙は止まらない。
彼の笑ったり、困ったりした表情を含めた顔が好きだった……声が好きだった、優しく、穏やかな性格が好きだった……彼が死に、もう二度と会うことがないと分かると次々そんな言葉が頭に浮かび、それが更に涙を誘発する。
『……』
そんなアンリエッタを、闘夜達は少し離れた所から見つめていた。
「……」
アンリエッタの背中を見ながら闘夜はギリッと歯を軋ませた。
何故こんなことが起きなければならなかったのか?何故こんなことをしたのか……そうクロムウェルと言う男に胸ぐらを掴んで聞きたかった。ぶん殴りたかった……だがそれは今叶うことはない。
「闘夜……」
「え?」
クイッと袖を引っ張られ、その方をみるとそこにいたのはルイズだ。
「落ち着きなさいよ。今回の一件でアルビオンに腹をたててるのはあんただけじゃないわ。だからその怖い顔やめなさいよ」
「あ、はい……」
そんなに怖い顔をしていたのかと闘夜は思わず自分の頬に触れる。
「でも俺……こんなの納得できません」
「私だってそうよ」
そうルイズが言うと、二人はソッと互いの手を取った。どちらからと言うのではなく、まるで示し合わせたかのように手を握り会う。
何故ならそうしなければ正気を保てないかのような不安感を感じたからだ。いつか自分にもこんな別れを味わうことが来るかもしれないと言う不安……それを紛らわすように誰かの体温を無意識に求めた。
だがこれがもし違う相手ならここまでの安心感はなかっただろう。闘夜にはルイズだからこそ、ルイズには闘夜だからこそ自然と手を伸ばして求め、そして手を取り合い相手はここにいると言う現実と共に安心感を得る事が出来ていた。
だがその事は二人とも自覚はない。ただ何となく……と言うのが二人の心の声だった。だがそれでも手を払い除けることはしない。
まるでそれは、例えこれから何があっても絶対に離さないと誓うように、あの二人の悲劇が繰り返されないことを願うように……二人は互いの手を握り続けたのだった。
「そうか……ウェールズを使ったトリステインの王女の誘拐は失敗したか」
ここはとある場所にある建物の部屋の一室……そこには一組の男女がいた。
部屋の内装や男の服装は光を灯していない暗闇でも分かるほど豪華な装飾が施されている。
そして男の方はと言うと、そんな暗い部屋で人形遊びに興じていた。
暗闇の中でも分かるのだが、男はかなりガタイがいい。更に太いのだが、不思議な安らぎを与える声に加え、うすぼんやりとだが見える容姿は妖艶にすら見える。
そんな男が人形遊びに夢中なのだから、中々に異様な光景なのだが女性の方は然して気にしていない。それどころか楽しそうに遊ぶ男に微笑みすら浮かべている。
「まあもうしばらくはクロムウェルには夢を見させてやるがよい。今までよく頑張ったのだからな」
「かしこまりました。
そう言った女性は
それを見送ると男は人形をポイッとその辺に投げ捨ててバルコニーに出た。
「ふふ……流石に我が同胞とその使い魔と言ったところか。中々やる」
それはまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようで、純粋で……狂気を孕んでいる。
彼は悪意を撒き散らさない。何故なら誰よりも純粋な彼の心に悪意は存在しない。
真っ直ぐで……誰よりも狂ってる。人間誰しも持ってる歪みを彼はその何倍も持っている。歪みすぎて逆に真っ直ぐになるほど……
だからこそ破滅を呼ぶ。純粋に悪意はないからこそ邪悪で、周りごと滅ぼす。
「もっと楽しませてくれよ……トリステインの担い手に、ガンダールヴ」
ニタァ……っと頬を上げ笑う顔は一歩間違えれば下品にも見えるが彼がやると美しく、 底知れぬ恐ろしさを持っている。
だが闘夜達はまだ知らない。狂気は少しずつ近づいてきていたことに気づくのは……もう少し先の話しだ。