「おーい!水のせいあで!」
「あんたは敬語という言葉も知らんのか!」
キュルケ達と襲わない代わりに増水を辞めてもらえるように話すという条件を交わした後、闘夜は早速水の精霊を呼ぼうとしてモンモランシーにスパコーン!っと叩かれていた。
「じゃあどうやって呼ぶんですか?」
「そりゃ最初の時のように……」
《呼んだか?混沌なる者よ》
『…………』
闘夜に問われ、慌てて使い魔の蛙を出そうとしていたモンモランシーだったが、その前に水の精霊が普通に出てくる。
余りにもあっさり出てきたため闘夜やモンモランシーだけではなく隣にいたキュルケやタバサまで拍子抜けてしまった。
とはいえ何時までも固まってるわけにはいかない。
「え、ええと……あ、あのさ!水の精霊!話があるんだ!」
《聞こう》
なんかひと悶着あるかと思えば意外とあっさり話を聞いてくれるらしい……あまりにあっさりなため更に拍子が抜けたがそのまま話を続ける。
「襲撃してきたやつらはあんたが増水するから仕方なく襲ってきたらしいんだ。だから増水をやめてくれないか?」
《ならぬ》
今までの素直な反応とは一転し、ハッキリとした拒絶に、ですよね……と闘夜は項垂れた。いや、ここで諦めるわけにはいかない。解除薬のためだ。
「じゃあなんで増水するんだ?理由があるなら出来ることなら俺達がなんとかするからさ」
《…………》
次は沈黙……闘夜もここは敢えて相手の返事を待つ。すると、
《月が34回交差するほど前のある日……突如我は襲撃を受けた。無論我も抵抗したがその者はまっすぐと我が秘宝だけを奪い逃げていった……故に我は自らの体を広げている。水を広げていけば何時か秘宝触れるだろうからな》
気の長い話だ……そう闘夜たちは内心呟く。まぁ精霊だし長生きなんだろう。そう思いつつ闘夜は口を開く。
「ならその秘宝を俺が取り戻すよ。だから増水を辞めてもらえないか?」
《……》
また沈黙が辺りを包む。再度闘夜は相手の返事を待つと……
《……わかった。混沌なる者よ。お主を信じよう》
「っ!」
よっしゃ!と思わず声を出しそうになるがそこは耐えておく。闘夜でもそれは失礼だということくらいわかるのだ。
「じゃあどんな秘宝なんだ?」
そう闘夜が問うと、
《アンドバリの指輪と言うものだ》
そう水の精霊は返してくれた。それを聞いたモンモランシーは、ふむ……と息を漏らした。
「確か偽りの命を与えるという水のマジックアイテムよ?なんでそんなものを……」
「なぁ水の精霊!なんか盗ってった奴らについて何かしらないか?」
モンモランシーの呟きを聞きつつ盗っ人のヒントくらいないと探すのも大変だと闘夜が聞くと水の精霊はまた口を開く。
《確か一人はこう呼ばれていたはずだ。クロムウェル……と》
「なんか不味そう……」
「まぁまぁそういわずに飲んでくださいよ」
しかめっ面をするルイズを宥めつつ闘夜は惚れ薬の解除薬を渡す。
これは先程もラグドリアン湖から戻り、水の精霊から頂戴した精霊の涙を調合し終えたモンモランシーお手製の惚れ薬解除薬である。これでもうルイズも元通りだろう。そう思いつつ先程までの水の精霊とのやり取りを思い出していた。
クロムウェル……闘夜には聞き覚えのない名前だったが他の皆が知っていた。
それは現アルビオンのトップだということ……つまりウェールズが死ぬきっかけを作った男だということだ。
成程……それならアンドバリの指輪の件がなかったとしても一発ぶん殴りたい相手である。
だがモンモランシー達がビビるほどの強さの水の精霊を相手に指輪を強奪してったということは相手に相当の強さの奴がいるということだろうか……それともクロムウェルという奴が相当強いのか……
「やめよ」
頭から湯気が出そうになったため闘夜は思考を停止した。どんな敵が出たって大丈夫だ。自分にはこの鉄閃牙とガンダールヴの力にデルフリンガーもある。なんとかなるさ……と気楽に考えていたところに、
「あれ?」
ふと周りを見渡すと気づく……いつのまにか自分とルイズしかいないということに。いや、正確にはモンモランシーとギーシュはいつの間にか遥か後方にいたのだ。
「何してるんですかー?」
声を張り叫ぶ闘夜にギーシュも声を張って答える。
「この惚れ薬なんだけどねー!その手のタイプってのは解除薬で治しても聞いてる間の記憶は残ってるんだよー!」
「…………」
サァーっと闘夜は自分の血の気が引いていく音がした。ものスッゴク嫌な予感がビンビンにする。
「…………」
ソーッと闘夜は振り替える。そこにいたのはルイズで、背中を向けてるため顔は見えないがワナワナと肩を震わせていた。
「あ、あの……ルイズ様?」
「っ!」
ビキッ!と一瞬ルイズの体が固まり、ギギギ……と言う効果音が付きそうな動きで此方を振り替える。その顔は真っ赤に染まり、うっすらと恥ずかしさから涙が浮かんでいた。
「い、いやですね……あれは薬のせいでしたしお互い忘れましょ?ほら、よく言うでしょ?犬に噛まれたと思ってって……」
「……しょ」
「え?」
闘夜が必死に言い訳をしようとしてたところにルイズはなにかを呟き、闘夜は首をかしげる。そして次の瞬間!
「犬は……あんたでしょうがぁあああああああああああ!!!!」
勿論気のせいだがルイズの体を炎?いや、今なら髪が逆立った金髪の伝説の戦士になれそうな位の怒り爆発!そのあまりの恐ろしさに闘夜はガタガタと体を震わせる。
「安心しなさい……殺しはしないわ……ただし」
記憶が飛ぶまでぶん殴る!そういったルイズの拳は唸りをあげて闘夜の顔面に突き刺さる!
「ぶべぇ!」
『…………』
そんな闘夜とルイズのやり取りを遠くで見ていたモンモランシーはふと考えていた。
今回作った惚れ薬……実はあれは惚れ薬ではない。便宜上そう読んでいるものであり厳密に言うと違う。
そもそも人の心と言うのは複雑なものだ。幾ら魔法薬と言えどそう簡単に操れるものではなく、これは魔法薬をかなり詳しく勉強しないと分からないのだが(そもそも禁制の惚れ薬の作り方はまず文献には乗っておらず、調べるのだけでも途方もない労力がいる)そう言ったものは存在しているがモンモランシーのあくまでも趣味の沿線上にある技術ではまず調合は無理で、何より材料がもっと膨大かつ貴重な物を必要とする。
ならなんだったのか?あれは惚れ薬ではなく、敢えて名付けるなら【好意増幅薬】だった。
そう、感情を操るのではなく特定の感情を増幅させる……これならそう難しくない。
飲んで最初に見た相手の好意を操るだけ……それだけだがまぁ付き合っていたしモーションをかけてくるのだ。ギーシュだって自分に対して好意はあるだろう。だからそれで十分だと思い作った。つまり導き出されるものとしては……
(……いやいやまさかねぇ?)
モンモランシーは首を振って否定した。まさか幾らなんでも平民の男を?いや、確かに惚れ薬飲ませる前に闘夜が助けを求めて転がってきたときは鼻でも伸ばしたんじゃないかと言ったがあれはさっさと追い払いたいがための方便であり、本気でそう思っていたわけではなかった。
何故ならあのヴァリエール家である。トリステインで有名な貴族をあげろと言われたら三位以内には確実に入り、家柄、歴史、土地、金、人材……あらゆるものが一流の貴族の中の貴族であり、学友と言うことで話せはしても家柄でいったら自分とはドラゴンとトカゲ位の差があるくらい有名な家の三女のルイズが……平民を?
噂では聞いたことはあった。ルイズとその使い魔はできてると……だがあくまで噂のはず。もしこれが本当なら……色々とヤバイ。
様々な本では身分違いの恋と言うのは美しくも切なく書かれるものだが実際はもっとドロドロしていて大変なものだ。特に家が大きければ大きいほど……
(わ、忘れよう)
そうモンモランシーは決意した。そう、きっと使い魔に対する愛着が薬で間違った方向に増幅してしまった……そう考えよう。うんうん。今日も働いたしさっさと帰ろう。
と、モンモランシーは冷や汗を流しつつギーシュを引っ張ってソーッとその場を立ち去ろうとし……
「止まれ……」
『っ!』
たがその前にかけられた言葉によって二人の足は動かなくなった。感じたのは恐怖である。
逆らえば殺される……それを二人は知識としてではなく感覚として理解していた。
「もとはといえばモンモランシー……あんたが惚れ薬を作ったのが原因で……それを作らせる要因を作ったギーシュにも責任はあるわよねぇ?」
低い……いつものように高い声ではない。ドスの効いた恐ろしい声音に二人はガタガタと震え出す。
「覚悟しなさいよ?」
『ヒギャアアアアアアアア!』
その日、トリステインの空に一組の男女の断末魔が響きわたった……因みに当たり前だが今回の一件で心の底からモンモランシーはもう薬には頼るまいと心に誓ったのだが……まぁそれは余談だろう。