「……」
占拠されたタルブの村上空に浮かび待機するアルビオン軍の船艦に男は苦い表情を浮かべながら立っていた。
「ボーウット艦長。浮かぬ顔だな」
そう言って話しかけてきた声の主を彼は見る。
「ワルド殿か、そんなことはない。それより傷はよいのか?」
「あぁ」
そんなやり取りを交わすと再度ボーウットは眉を寄せながらタルブの村を見下ろした。
彼は軍人である。そしてその事に対し誇りを持っている。そのため今回のような騙し討ちじみたやり方を好まない傾向にあった。だが同時に上からの命令は絶対だと言う感情もある。故に口は挟まない。黙って任務を遂行する。
それが彼の考える一流の軍人の心得と言うものだった。それにもう戦いは始まったのだ。無駄に考えても無意味だろう、戦争で必要なのは正義感や優しさ、義侠心ではない。寧ろそれは邪魔でしかない。大切なのは如何に自軍の損害を減らし、相手の損害を大きくするか……である。
つまり効率だ。効率よく物事を運ばねばならない。となればまずは次をどうするかだろう。トリステインも今慌てて軍を編成しているはずだ。やって来るのは相応の軍勢なのは間違いない。少数を当ててもこちらはこの大軍だ。効果はあるまい……等と彼が考えていたそのとき!
「敵影発見!」
そう言ってボーウットは思考の海から意識を戻す。思っていたより早かったのに驚きはしたが彼は直ぐに指示を飛ばす。
「数の報告!」
100や200程度であれば簡単に片付けられる。しかしその程度な訳はない。だがここまで早いと言うことは余程の強行軍かこのあと援軍が来る手はずを整えた先行軍のどちらかだろう。そう思い返事を待つと、
「1……です」
「聞こえんぞ!」
「敵影は一つです!単騎にてこちらに突っ込んできます!」
「……は?」
ボーウットは思わず間の抜けた声を出してしまった。
「味方ではないのか?」
「いいえ!見たことのない鉄の塊のようなものにのった何者かがこちらに来ますので恐らく敵かと!」
そんな馬鹿なとボーウットは首を振り自分の目で確かめる。そして、
「なん……だと……?」
ボーウットは信じられないものを見た。確かに部下の言う通り敵影は一つでしかも鉄の塊のような何かが猛スピードでこちらに突っ込んでくるのだ。しかもその速さは飛翔速度が自慢の風竜と同等……いや、ヘタな風竜であれば上回るであろう速度だった。
「くっ!迎撃だ!」
ボーウットの声が響くと兵達は弾かれたように動き出す。よく訓練された兵士たちだ……そうワルドは呟くと彼も何処かへ姿を消したのだった……
「全く……ほんとになに考えてるんだか……」
闘夜はそう呟くと後ろにいたルイズに蹴られる。
「あんたにだけは言われたくないわよバーカ」
そんなやり取りをもう何度も交わしていた。最初こそルイズを降ろそうとした闘夜だったものの、今更ゼロ戦を着陸させるにはもう一度飛ぶだけの広さが確保できず、ルイズは魔法で飛べないので空中から落とす訳にも行かない。なので仕方なくここまでやって来たのだ。
「見えてきたわね……」
ルイズがそう呟くと闘夜は頷く。もう引き返せない……遠くにはすでに空飛ぶいろんな生物にのった兵士たちがこちらに向かってくるのが見える。行くしかない……
そう思うと唾が幾らでも出てきてそれを飲み込む。不自然なほど瞬きが多くなり手が少し震え気温が下がったような気さえしてくる。だがそれを深呼吸して落ち着ける。
出来る……自分はガンダールヴだと言い聞かせる。そして!
「捕まっててください!」
「うん!あ、その前に……」
ルイズは揺れなどで落とすわけにはいかないため水のルビーを指に着けた。これでいい。闘夜は当たり前だがそんな行動は見ずに(と言うか見る余裕がない)そのまま敵地に突っ込んでいく。
「速い!?」
敵達は指示されるままに迎撃に出たが明らかに自分達より相手の方が早かった。
余談であるがゼロ戦……正式名称は【零式艦上戦闘機】と言うのだがその性能は当時としては非常に高い性能を持っていたらしい。
無駄を徹底的に省き、防御を捨てたその機体の飛行能力はずば抜けたものがあり、まさに当たらなければどうと言うことはないと言うのを実践し続けた戦闘機である。勿論それには乗る側にも相応の技術を求められるがその性能は比肩無し。
後の専門家はゼロ戦の強さを調べ、こう言ったらしい。
【日本が作るべきだったのは戦艦大和ではなかった。戦艦大和を作るための時間・費用・人員・そして材料をゼロ戦の作成に回していれば第二次世界大戦の結果は変わったかもしれない】
無論これは絶対などではなく、ifの話であるがそれだけ高いポテンシャルを持った機体だと言うことだ。
「この!」
バラララ!っとゼロ戦につけられた機関銃が火を吹き敵が乗っている獣ごと撃ち抜いていく。勿論ガンダールヴである闘夜が操るこのゼロ戦は並の操縦士の技量ではない。
「何だあれは!?銃か!?」
「馬鹿を言うな!銃があんなに連射できるわけないだろうが!」
そう相手が声をあげるが闘夜に届くことはなかった。しかし相手の驚きもそれは仕方のないことだった。
この世界でいう銃とは日本でいう火縄銃のようなものしかない。弾を詰め、火薬を詰め、最後に点火して撃ち出す。と言う行程を踏まなければならない。
それが全くないのだから相手が驚くのも無理ない話なのかもしれない。だが逆に言えばそれは弾の消費が激しいと言うことである。
幾ら弾がバラバラと出続けるとはいえ限界がある。つまり敵の数の多さに合わせてバカスカ撃つと……
「あれ?」
闘夜は弾を撃ち出すトリガーを何度もカチカチ通すが突然ウンともスンとも言わなくなり首をかしげる。それを見たデルフリンガーが……
「多分弾切れじゃねぇか?」
「え?」
そう、弾切れである。そもそもこの機体は残弾があまり残っていなかった。恐らくこの機体は戦闘中にこちらの世界に来たのだろう。無論それを闘夜はこの先も知るよしもないが少なくとも現在はピンチだと言うことには変わりない。
「銃撃が止んだぞ!いけぇ!」
そこに敵が一斉に突撃してきた。弾がない以上撃退はできない。となれば……
「こうなりゃ!」
「ちょっと闘夜!何して……」
ルイズの制止も聞かず闘夜は機体の窓を開け立ち上がると腰の鉄閃牙を抜く。闘夜の妖力と思いに答え、鉄閃牙は真の姿と成ると闘夜はそれを振り上げ……
「風の傷!」
「へ?」
一気に振り下ろす。その瞬間爆発音のようなものが響きそれに続くように衝撃波が生まれ突っ込んできた敵をまとめて凪ぎ払った。
「どうだ!」
と、闘夜がガッツポーズをとると……
「ちょっと闘夜!今のなに!?」
勿論ルイズは初めて見る風の傷に眼を見開いて驚き、闘夜は、
「まあちょっと色々あって……」
まあ詳しく説明する暇はないのはルイズも納得し後で詳しく教えなさいよと言い、闘夜も頷く……が、
「って!闘夜!これ墜ちてる!」
「あ、やべ!」
闘夜は鉄閃牙を慌てて鞘に戻し機体を安定し直す。とりあえず今ので敵の来襲は一度収まったらしい。
「それでどうしましょうか。あの浮かんでる船全部落とすとなると……やっぱ片っ端から風の傷でぶっ壊すかですかね」
「そうね」
と、二人が話していた次の瞬間!
「相棒!右に避けろ!」
「っ!」
デルフリンガーがそう叫び闘夜は条件反射でそれを実行した……そしてその直後ゼロ戦のあった場所に鎌鼬のようなものが通る。
「さすがだなガンダールヴ!」
「あんたは!」
ルイズの方が先に気づき目を見開き、闘夜も遅れて気づく。
『ワルド!?』
「ルイズも久し振りだな。だが悪いが……これ以上好きにさせる訳にも行かないんでね!」
そう言ってワルドはまた杖を振るう。
「くっ!」
闘夜はそれを見てゼロ戦を動かして躱し隙を見て……
「風の傷!」
立ち上がって鉄閃牙を抜くと風の傷を放つ……だが、
「ふっ!」
素早くワルドは乗っている竜を巧みに操り一瞬で距離を取り風の傷が放たれた頃には既に安全圏まで下がっていた。
「ちぃ!」
闘夜は舌打ちをひとつした。風の傷と言えど無限に飛ぶわけではない。限界がある。更に鉄閃牙で放つ風の傷は父が使う鉄砕牙に劣るためか距離による減衰も鉄砕牙の風の傷より顕著であった。
しかし、だからと言ってそれを簡単に見切って安全圏まで下がれるその危機回避能力はやはりワルドだからこそだろう。別に侮っていたわけではないがそれでも予想外だったため闘夜は動揺を隠せない。だがそのまま突っ立ってる訳にも行かないのでまた鉄閃牙を鞘に戻し操縦用のレバーをつかんで機体を動かす。
「さぁ、今度はこっちの番だ!」
そう言ったってワルドは呪文を呟き……
「エア・カッター!」
「来たわよ!」
ワルドの放ったエア・カッターがゼロ戦を……いや、闘夜とルイズたちを襲う。
だがそれを闘夜はゼロ戦を巧みに操りエア・カッターの隙間を縫うように飛行。そしてそのまま魔法の中を突っ切り一旦止んだところでもう一度鉄閃牙を抜き、
「風の……え?」
闘夜は自分の時間が一瞬静止したような感覚に陥った……なぜか?それは簡単だ。なぜならワルドは既に呪文を唱え終え、こちらに杖を向けているのだ。
「エア・カッター!」
「がっ!」
咄嗟に闘夜は体を捻った……だがブシュウっと血飛沫が舞い、鉄閃牙が闘夜の手を離れ錆び刀に戻りながらそのまま落ちていく。
「残念だったなガンダールヴ……どうして魔法の間を縫えたと思う?簡単だ。最初からそう誘導してたんだよ。その方が確実だったからね……」
ゆっくりとゼロ戦が地面に向かっていくのを見ながらワルドはそんなことを呟く。
「闘夜!闘夜!」
「いちち……」
ルイズは闘夜を揺さぶると意識を失ってなかったらしい闘夜は慌てて手を振り回しレバーを掴む。
「あったあった」
そう言うと闘夜はレバーを引く。
「相棒!もうちょい引け!」
「あぁ!」
そうデルフリンガーの言葉通り引くと機体の先が地面と平行になり安定する。
「闘夜どうした……ちょ!」
ルイズは何があったのか分からず闘夜の顔を覗き混むと目を見開く。
ドロリと眼を赤く染めるのは血だ。真っ赤な鮮血が闘夜の眼から流れているように見えた。
「闘夜!あんた目が!」
「騒ぐな嬢ちゃん。眉の辺りをカスっただけだ。目は傷ついちゃいねぇよ」
どちらにせよちゃんと治療しないと視角は使い物にならねぇけどな……とデルフリンガーは言う。確かに目に血が入ってくるためなにも見えない。
「んで?どうする?魔剣も落っことしちまったし武器はもうねぇぞ」
「ゼロ戦で体当たりするわけにもいかねぇしな……」
等と話していると体勢を建て直したと見抜いたワルドがこちらに魔法を放ってきた。
「っ!」
「相棒!左だ!」
デルフリンガーは闘夜の代わりにそれを見て指示を飛ばし、闘夜はそれを忠実にやって避ける。
「避けたか……」
ワルドが小さく舌打ちをした。
だがどちらにせよこの方法は長くは持たない。いずれ撃ち落とされてしまうだろう。
(どうする……?)
ルイズは必死にこの場を凌ぐ方法を考えた。どうにかして切り抜けねば自分も闘夜も死ぬだろう。何とかしないと……だが思い付かない……と、ルイズが必死に考えていた時である。
「え?」
「ルイズ様?どうしたんですか?」
突然声を漏らしながら顔をあげたルイズに闘夜はそれを声だけをかける。すると、
「声が聞こえるの……」
「?」
その言葉に闘夜はそれを首をかしげた。声なんぞルイズやデルフリンガーの以外聞こえない。だがルイズはそのとき気づいた。
指に嵌めていた水のルビーが微かに光っていることに……そして、
(声の出所は……ここ?)
必死に声がどこから探すとそこは案外直ぐに見つかった。それは自身のマントのポケット……正確にはそこに入れてあった【始祖の祈祷書】であった。
「なに……これ……」
ルイズは思わず生唾を飲んだ。そこにはなんと……今までただのボロボロの本だと思っていたそれに……文字が浮かび上がっていたのだった。