「おーい、ヴェルダンテ~」
ある日、ギーシュは自分の使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンテが見当たらなかったため探しに外に出ていた。普段なら呼べば土の中から顔を出す可愛い使い魔なのだが今日は出てこない……
そんなときである。
「む?」
ギーシュの視線の先にボロボロの古いテントがポツンと置かれていた。ここにテントなぞあったか?とギーシュは思いつつソッと近づく。
中からは誰かの声が聞こえてきた。他にも明らかに人間じゃない声が聞こえる……無かった筈のテントとそこから聞こえる声……明らかに怪しい。とギーシュは杖を抜くといつでも魔法を使えるようにしておく……そして!
「動くな!」
「え?」
ギーシュは杖を前に向けながらテントの入り口を開く……そしてそこにいたものは、
「トーヤ……?」
「ギーシュ様?」
それこそ自分の使い魔のヴェルダンテに加えキュルケのフレイムにその他諸々の使い魔たち……そして闘夜であった。
「何故君がここに?」
「ちょっと色々ありまして……」
そう言いつつギーシュは危険はないと判断し杖をしまうとテントに入る。使い魔大集合している影響かぎゅうぎゅう詰め状態ではあるが仕方ない。
そしてギーシュが入ると使い魔たちが場所を開けてくれたためそこに座る。
「それで?何があったんだい?」
「あのですね……」
カクカクシカジカと、ありのままにあったことを闘夜は話す。若干愚痴っぽくなってしまったが仕方あるまい。ギーシュはそれをフムフムと黙って聞いていた。そして、
「まあ……大変だったね……」
と苦笑いを浮かべた。つまりルイズはこの平民の闘夜を異性として意識してるのだろう。いや、怒り度合いからすれば惚れてるの領域まで行っていても良いかもしれない。
そもそもだ。実は割りと最近、極一部で噂になっておることがあり、それは【ルイズとその使い魔はできている】と言うものである。確かに最近のルイズは端から見てても闘夜に対して柔らかくなっていたのはギーシュも薄々気づいていた。
だがあくまでそれは使い魔に対する愛着が湧いたんだろう……と言う意見が大多数を占める中で密かにされていた噂話……貴族と言えどそういったゴシップ的な話題に花を咲かせるのも年頃の
とは言え今言ったように極一部での話題だ。どうせ噂だろうとギーシュも聞き流していたがルイズの方は少なくとも本当の話だったらしい。通りで最近ルイズが授業を休む訳である……基本的に彼女は授業態度は真面目で休んだりしない。
しかし中々やるではないかとギーシュは素直に関心した。ルイズはプライドが高く(実際はルイズに限らずトリステインの貴族の女性たちはその傾向があるのだが)今まで結構な数の男達が特攻して見事に散っていった。
何せちょっとひねくれた所とか背とか色々小さいものの顔立ちは基本的に学園でもベスト5に入ると言っても過言ではない。キツいところもそこが良いと言う奴も居たし、そんなわけでルイズは入学当初は結構モテた。だが誰にも靡かず誰とも付き合わず言い寄るものはなくなっていき(魔法の才能的な方面の露呈も要因だと思われるが)今に至る。
そんなことを思い返しつつギーシュは闘夜を見た。童顔ではあるもののこうやってみれば中々整った容姿だ。性格も幼い感じはあるが悪いやつではない。アルビオンの一件で話す機会も増えた闘夜にギーシュはそう判断を下した。そんな時、ふとギーシュクエスチョンマークを浮かべた。そういえばこいつ今いくつなんだ?と……
「そういえば話は変わるが……君今いくつだ?」
「今年で十五になったばかりです」
「……………………」
ピシ……とギーシュは石になった。土系統の使い手である自分が石のように固まると言うのは皮肉かもしれないが少なくともギーシュの中で時が止まった感覚がした……
「え?君僕より二つも下なのかい?ルイズはそれを知ってるのかい?」
「えぇ、ルイズ様も知ってますよ?」
ギーシュは吹いていない筈の木枯らしが吹いてる気分だった。いや、確かに幼い感じはあった。だが……まさか二つも年下だと誰が思うだろう……下と言っても精々一個くらいか普通に個人の違い程度で同い年だと思っていた。しかしこれである……
(ルイズは……年下好きだったのか……?)
そりゃ入学当初全員が散った訳である。そもそもルイズの好みが入学すら出来ていないのだから……いや、と言うか今でも年齢差を考えると出来ない。入ってくるとしたら来年である。
等と勘違い……と言えなくもない考えをギーシュがしていると、
「あ!ミスタ・グラモン……」
「む?」
テントの入り口が開かれそこから顔をだしたのは先程話題に出たメイド……シエスタである。
決闘騒ぎの時以来顔を合わせる機会がなかったが変わらないようだ……とは言え自業自得なのだがどうも苦手意識を持たれたらしい……そこは甘んじて受けるしかない。しかし手に持っているバスケットはなんだ?
「あ、シエスタ!」
「はい、どうぞ」
そう言ってシエスタが差し出した食材にギーシュは眉を寄せた。なぜなら明らかに厨房で出た余りではない食べ物が出てきたのだ。料理をしないギーシュでも手が込んでるのは理解できる。
「ハグハグ……」
貰った当人の方は気づいていないようだが反応を見るにシエスタはよくここに顔をだしているのだろう。さらに言えば恐らくこのレベルの食事が毎回ついている。
となると……
「君もしかしてトーヤに気があるのかい?」
「っ!」
ソッとギーシュがシエスタに囁くと彼女は持ってきておいたお茶をひっくり返しそうになった。闘夜が飲みやすいように冷ましてはおいたが流石にぶちまけると大変だ。だが余りにも分かりやす過ぎるほどシエスタの顔は真っ赤になり、アワアワと慌てていた。
「どうしたの?シエスタ?」
「ニャ、ニャニモナイデスヨ」
普段の聴力ならこの狭い空間でのひそひそ話位は聞こえるが食うのに夢中だった闘夜は聞いていない。そこが救いだったと言うべきか……
しかしギーシュはまさかの展開だと頬を掻く。だが何故急に訪ねたのかが理解できた。そりゃ前々から来ていた気のある異性が来なくなれば気になるだろう。
それにしても何だかんだでこいつも罪作りな男である……何てことを考えているとだ……
「ヤッホー、ってあらギーシュに……メイドじゃない」
「…………」
そう言って今度はキュルケにタバサまでやって来た。それを見るとシエスタの眼が幾分据わる。
「どうも、ミス・ツェルプストー……」
バチバチと二人の間に火花が散る……テントの中の温度も上がったような気がする……更に何かメラメラと火の使い手であるキュルケはともかく?何故かシエスタの体からまで炎が上がってるような気がした。勿論それはギーシュの錯覚であるが……
「食べます?」
「ん……」
と全くその状況に気づかない闘夜に気づいていたとしても我関せずのタバサはシエスタの差し入れを頂戴している。
ギーシュは何故こんなところに来てしまったのかと若干自分の運命を呪いつつキュルケに話しかけた。
「それで君たちは何をしに来たんだい?」
「あぁそうだったわトーヤ」
「はい?」
キュルケはふん!っと息を吐きシエスタから視線を外し闘夜に近づくと胸の谷間から一枚の紙を出した。
「なんですか?これ」
「お宝の地図よ」
その紙をギーシュやシエスタも覗き混む。
「あれ?」
シエスタはその地図を見て首をかしげたがキュルケは続けた。
「あなた……ルイズから追い出されたのでしょう?ならあなたはもう自由よね?」
「はぁ……」
闘夜はキュルケが何を言いたいのかわからず取り合えず頷く。
「ならトーヤ。このお宝の地図で一当てして……そしたらそのお金でゲルマニアに来なさいな。そして、貴族になるのよ!」
『………………へ?』
キュルケの言葉に……闘夜のみならずその場にいたギーシュやシエスタまでポカンとした後一悶着あったのだが……まあそれは次の機会にしよう……
「………………」
一方その頃……ルイズは部屋の中で塞ぎこんでいた……昔から落ち込んだ時はこうやって静かにじっとしているのは癖である。ただじっとしすぎた結果ここ最近の授業を休むと言う結果を産み出しているのだが彼女には関係ない。
闘夜を追い出した後、暫く怒り心頭と言った状態ではあったものの落ち着くと完全に自己嫌悪に陥ってしまった……どう考えてもやりすぎであったのは自分でもわかっている。
だが自分から頭を下げに行けるほど……彼女はまだ大人ではない。自分の非を認めるまでは案外出来るものだ。だがそこから行動を起こし、相手に頭を下げると言うのが非常に困難である。更にどうしても我慢できなかった……と言う言葉がルイズには続いてしまう。
どうしてもあの時闘夜がメイドとイチャイチャしてるように見えた風景が我慢なら無かったのだ。冷静になれば自分でも驚くほどぶちギレていた……何故そこまで?と聞かれても困る。なにせ自分でも不思議でならないのだ……
何てことを悶々と考えていると、ドアがノックされた。
「ミス・ヴァリエール、話があるんじゃが……構わんかの?」
「え?」
その言葉にルイズは我に帰ると慌ててドアを開けた。そこにいたのは学院長である、オールド・オスマン……その顔を見て慌ててルイズは部屋に招いた。
「すまんの、用事はすぐに済むでな」
そう言ってオスマン学院長は袖から一冊のボロボロの汚ならしい本を出す。
「君も知ってると思うがトリステインの王族の婚姻の際にはこの《始祖の祈祷書》を手に祝いの
「お、お受けします!」
ルイズは落ちこんでいた気持ちを一瞬忘れるように答える。その迫力にオスマン学院長は目をぱちくりさせてから笑った。
「そうかそうか、ならばこれは君に預けよう。貴重なものじゃ……紛失などせんようにな」
「は、はい」
オスマン学院長はボロボロの汚ならしい本を渡しながら部屋を見る。
「そう言えば使い魔殿がおらぬようじゃな」
「っ!」
ルイズはギクッ!と体をこわばらせた。それを見てオスマン学院長はなにかを察したらしい。にっこり笑ったルイズの頭を撫でた。
「他者と分かり合うと言うのは本当に難しい……なにせちょっとした事でも怒り、哀しみを生んでしまう。だからこそ……大切なのは歩み寄ることじゃ……」
ニッコリと優しい笑みを浮かべるオスマン学院長……普段のスケベ爺でも好々爺でも学院長としての顔でもない。まるで孫でも見るかのような優しい表情だった。
「ミスタ・オスマン……」
そう言ってオスマン学院長は手を離すとドアに手をかける。
「急がんと……亀裂は想像もつかないほど強大なものになる。じゃからミス・ヴァリエール、遅くならんようにのぅ……後悔してからでは遅い」
そう言ってオスマン学院長は部屋を出ていった。それを見送りつつルイズは呟く……
「ちょっとしたことじゃ……ないもん……」
目に涙を浮かべ……ルイズは静かにそう呟いたのだった。