「ふわぁ……」
明くる日……勿論授業なのでルイズは教室に来ていた。そしてあくびを噛み締めている。理由は単純、昨晩の夢の件で闘夜には八つ当たりを噛まして一晩中説教何て言うことをやらかしてしまったからだ。
お陰で眠い……闘夜はなぜ怒られたのか最後まで理解できないまま洗濯と掃除のために学園を走り回っていた。あっちも眠そうである。まぁ……悪かったとは思っている。
(だ、だけど夢の中で……あ、あんな……)
そんな風にルイズがゆで蛸みたいな顔で一人でアワアワしていると教室に教師が入ってきた。
名はギトー……《疾風》の二つ名を持つメイジなのだが、嫌みったらしい言い方と上から目線な口調であるため生徒から嫌われ気味の教師である。そんな彼は教壇の前にたった。
「おはよう諸君。私はギトーだ。《疾風》ギトー……そう呼ばれる」
さて早速だが……とギトーは言う。
「君たちは最強の系統はなんだと思う?そうだな……ミス・ツェルプストー」
「虚無じゃありませんの?」
と、キュルケは答えた。だがギトーは鼻で笑う。
「そんなおとぎ話の話しはしていない。私は現実的な答えを求めている」
「でしたら火ですわ」
キュルケは自信満々に答えた。それに対しギトーは何故かと問う。
「全てを燃やし尽くせるのは火だけ……違いますか?」
「ふむ……ならばミス・ツェルプストー」
ギトーは杖を引き抜くと次の瞬間驚きの一言を呟いた。
「君のお得意の火を私に向けなさい」
『っ!』
教室の皆が騒然とした……キュルケも本気で言っているのかと言う目で見る。しかしギトーは気にも止めずに口を開いた。
「それとも君の赤毛は飾りか?」
「……後悔しても遅いですわよ……ミスタ・ギトー」
キュルケの髪がゾワっと動くと杖を引き抜く……それと共に杖の先に巨大な火の玉が出来上がる。余りの熱風に周りにいた生徒は慌てて避難した……そしてその火の玉が放たれる。しかし、
「諸君に教えよう。最強の系統……それは《風》だ」
『っ!』
そう言ったギトーは杖を振るとキュルケの炎を吹き飛ばし同時にキュルケも後ろに吹っ飛んだ。
「このように風は全てを凪ぎ払う。炎だろうが水だろうが土だろうが……そして虚無だろうと吹き飛ばせるだろう……風は最強の盾であり矛なのだ。それを破るのは至難だろうな。さらに最強と呼ばれる所以がもう1つ」
そう言ったギトーは何かを呟こうとした瞬間!
『は?』
生徒が突然ドアを開けて入ってきた乱入者にアングリと口を開けた。ギトーはポカンとその乱入者を見る……
その人物はコルベールだった……だが服装がおかしい。華やかな服装に身を包みカールを描いた金髪のカツラを頭に嵌めていた……有り体に言ってどっか頭をぶつけてきたんじゃないかと心配になる……
「ミスタ・ギトー。少し失礼いたしますぞ」
「その前に貴方は病院に行かれた方がよろしいのでは?」
と、ギトーは言うがコルベールの耳には入らなかった。
「おっほん。皆さん!今日はもう授業は終わりです!」
『っ!』
生徒たちの表情が明るくなる。授業が休みでうれしいのはどこも変わらない。しかし、コルベールは一旦制止した。
「しかしただの休みではございません。なんと先の陛下の忘れ形見!トリステインに咲く美しき花、アンリエッタ姫殿下が本日の午後にこの学園に来られるのです!」
ザワっとその場がざわつく……アンリエッタ姫と言えばその美貌が他国にまで知れ渡るほどで一度で良いから顔を見てみたいと思う者は腐るほどいる。
「と言うわけなので皆さん!上品にしておくのですぞ!」
そう言ってコルベールは教室を出ていった……
「姫様が……来る?」
教室が騒がしい中一人ルイズは静かにコルベールの言葉を反芻していたのだった……
ガタゴト音を立て道を馬車が走る。一目でその馬車に乗る者がただ者ではないのがわかった。周りの警備が尋常じゃないのも勿論あるがその馬車の装飾が何よりも人の目を引く。
これでもかと華やかに作られたそれに乗るのはトリステインの姫《アンリエッタ・ド・トリステイン》は馬車の中で景色を見ながらため息をついた。
先の陛下が亡くなり今まで立っていれば良かった部分も彼女がこなさなくてはならないのだ。十七の少女に背負わせるにはあまりにも大きすぎる重責に彼女は辟易していた。すると、
「本日十三度めの溜め息ですぞ」
「馬車の中で位好きにさせてくださいな。マザリーニ枢機卿」
アンリエッタはこの馬車に同乗する男、マザリーニ枢機卿に反論した。
この男はこの国の政治を握ってると言っても過言じゃない男だ。そもそもアンリエッタが若すぎたため彼がその激務の一部を担っている……と言うのが正しいのだが、結果的に敵も多く実年齢は四十半ばほどなのに七十は行きそうな程まで老け込んでいる。そんな男だ。
「壁に耳ありですぞ……常に誰かに見られていると思ってお過ごしくだされ」
「………………」
アンリエッタはマザリーニ枢機卿から視線をはずす……言いたいことが分からないほど子供ではない。しかしそれを飲み込めるかは別の話だ。
「納得できませぬか?ゲルマニアとの婚姻が……」
「理解しています」
納得している……とは言わなかった。その意図にマザリーニ枢機卿は目を細める。
今トリステインは窮地なのだ。友好のあるためアルビオンは現在内乱が起きている……マザリーニ枢機卿の見立てでは長くない……それほどまでに反乱軍が異常なほど強力なのだ……このままではトリステインにも攻め混んでくるだろう。そうなったとき今のトリステインの軍事力では太刀打ちできるものではなかった。それこそ伝説の虚無でも来ない限り無理である。そこでアンリエッタとゲルマニアの現国王との婚姻である。
ゲルマニアとトリステインが手を組めば軍事力と言う点では大分埋められる。
なにも思わぬわけではない。まだ彼女は十と七しか人生を生きていない少女だ。恋をしたいだろう……綺麗なものを綺麗としたいだろう……政略結婚などしたくないのが本心だろう。
アンリエッタはよくやっている。公の場ではきちんと姫である。それでもまだ足りない……まだアンリエッタを犠牲としなければ国を保てぬことにマザリーニ枢機卿は胸を痛める。無論それを顔に出すことはない。弱さを見せれば他者に漬け込まれる隙となる……その隙は今のトリステインには最悪の猛毒になりかねない……それをマザリーニ枢機卿は理解していた。
その時である……ふとマザリーニ枢機卿はとある噂を思い出した。丁度良い、アンリエッタに聞くとしよう。
「とある噂をご存じでしょうか?」
「え?」
マザリーニ枢機卿の言葉にアンリエッタは首をかしげた。だがその噂を聞いたとき……表情が凍りつく。
「アルビオンの皇太子……ウェールズ殿とトリステインのアンリエッタ姫は密かに情愛を重ねていたと……」
「っ!」
アンリエッタは目を見開いた……だがすぐに首を振る。
「確かにウェールズ様とは従兄弟と言うこともありよく話もしました……ですがそんなものは根も葉もない噂です……」
「つまりそんなことはないと?」
「ええ」
そんな話が出ればゲルマニアとの婚姻が無茶苦茶になるだろう。故にマザリーニはわずかに口調を強くして聞いた。だがアンリエッタは顔色を変えずに答えた。ならこの話は終わりだ。
すると外が騒がしくなった……
「魔法学院についたようですな。さ、降りますぞ」
そうしていると馬車の扉が開かれアンリエッタは配下に護衛されつつ馬車を降りた……その顔は既に凛々しさを帯びている顔だ。
自分を称える声の中をアンリエッタは歩く……もうこの光景には飽き飽きしていた。仕方無いことだ。分かっている……だが同時に何処かで自分の心はどこにおいておけば良いのかと思う。
自分を迷わずさらせる人がほしいと何処かで思う。それが許されないのは分かっているのでその思考を慌てて打ち消した。
その時……人混みの中にいた一人の少女と目があった。
(あれは……ルイズ?)
「…………」
気まずい……と闘夜は表情を曇らせる。
姫様が学園に来た日の夕刻……闘夜も勿論見てきてその完璧すぎるほどの美貌にボーっとなりつつルイズの部屋に戻ってきたのだが闘夜以上にルイズが心ここにあらずと言う感じだった。どうしたのだろうか?
「あの~……」
「……ん?」
反応が明らかに遅い……どうしたんだろうかと闘夜は心配になる。
「どうかしました?」
「…………別に」
いや絶対なんかあるじゃん!っと言いそうになったがそこは黙っておく。これ以上下手につつくと蛇が出そうだ。
「そ、そうですか……」
と言うわけなので余り突っ込まないでおいた。しかし今朝方まで理由は不明だが説教をかましてこっちを見るとなんかあわてふためいていたのだが、そっちの方が何倍もマシな気がした……
「…………」
心の中で闘夜はため息を吐く……とにかくこのままでは暗い気分で気が滅入りそうだ……こうなったら少し外で散歩でも……
と、思い至った闘夜は立ち上がった……しかし次の瞬間!
「かはっ……」
「……え?」
突然闘夜は膝をつくと、そのまま床に倒れた。
「ちょ!闘夜!」
いきなりのことだったが、ルイズは正気に返り慌てて闘夜に駆け寄った……そしてその光景に目を見張った……
「うぅ……」
まずルイズの目に入ったのは徐々にだが白髪から真っ黒に変わっていく闘夜の髪……
「え?え?」
ルイズが困惑するが、それを無視して更に爪が短くなっていき牙まで消えていく……それらが終わるとほとんど一般的な人間と変わらない大きさと長さになる……そして、
「ぷはっ……」
闘夜は一息ついて我に返ると自分の手を見た……爪もない……口を弄ると牙もない……
そんな闘夜を見つつルイズはふと思い至りバンダナをはずさせた……そこには密かに気に入っていて、ことあるごとにクイクイしていた犬耳がない。
「どう言うことよ……」
ルイズはまるで