「何があったッ!!?」
「尻尾です!長い尻尾が、二人を!!」
「クリスさん、調さん、切歌さん、ともにイグナイトモジュールのカウントが切れます!!このままじゃ!!」
泣き出しそうなエルフナインの報告に弦十郎の強面が更に固まりだす。それは焦りとやり場のない情けなさ、不甲斐なさからくる怒りだった。
思考の上では今現在どうしようもないことは分かっている。だが暴走する想いは怒號となって自然と口から漏れ出てしまっていた。
「響くんは!!翼はまだかッ!!!」
「響ちゃんがクリスちゃんと合流するまであと10分は…!翼さんの大陸間高速輸送機も、この速度なら日本近海に到着するまでまだ30分は要します…!!」
藤尭からの無念そうな報告を受け、思わず司令台を叩き付ける弦十郎。ヤプールを嘗めていたわけではない。思いつく可能な限りの対策を打ったつもりだ。だが足りなかった。力も、理解も。
(…私に身体があれば…。せめて、大地が居てくれたならば…ッ!!)
声には出さずとも後悔と怒りを昂らせるエックス。だがどうやったところで状況は変わらない。世界を守る為に現れたはずだったのに…それが使命であるウルトラマンでありながら、彼は今、あまりにも無力だった。
戦友の死が眼前に迫っているという残酷な現実を目の当たりにして焦りに支配されていたのは、響と翼も同じだった。
今すぐに、乗っているモノから飛び出したい思いだけが只々先行していく。仲間を喪う恐怖と、そこに駆けつけられることも出来無い自分の弱さに。ただ今は、返事の来ない通信機に向かい声を上げるしかなかった。
「クリスちゃん…!調ちゃん、切歌ちゃん…!返事してよぉ…ッ!!」
「こんな残酷を…私は、また…ッ!!」
目に涙を溜めながら、左手を叩き付ける翼。そこから高い金属音が響き、今の自分に何があるのかを思い出した。
人知を超え、常軌を逸する正義の力。理不尽より自分を救ってくれた大いなる光。それが今、この身体に宿っているのだ。
「ゼロ!お前の力で――」
『…翼、すまねぇ。どう頑張っても俺の身体はひとつだけだ。分身が使えても、異なる二か所に同じ存在を両立させるなんてことは出来ねぇんだ。…もしかイージスがあったら、出来たかも知れねぇが』
ゼロから突き付けられた言葉が、縋るように問うた翼の心をさらに追い込んでいく。絶対的な力だとしても、ウルトラマンと言う存在は決して【神】ではないのだと。
「では…ではこのまま、雪音を、月読を、暁を、見殺しにしろと言うのか…ッ!!!」
思わず彼に激昂を叩き付ける。それで何が変わる訳でもないと言うのも分かっているのだが。だがゼロは、それを優しく受け止めて力強い言葉で返した。
『…翼、大丈夫だ。確かに此処から変身しても、俺じゃ翼の後輩を助けに行くには遅い。
だけど、言ったよな?この世界には他にもウルトラマンが居る。俺の大先輩だ。そんな人が、黙って見過ごす訳ねぇよ』
確信とも取れるその言葉は、翼の通信機を通して響や指令室にも届いていた。
EPISODE04
【愛と勇気、そして願い】
C地点。イグナイトギアも消失し、足を震わせながらなんとか立とうとするクリス目掛けてベロクロンの炎が撃ち放たれる。
反射的に目を閉じた事で少しばかり鋭敏になった感覚が思考に訴えかける。熱感、痛覚、そして、人間の感触。
恐る恐る目を開けると、そこに居たのはスーツの男。一瞬直属の上司である風鳴弦十郎を連想してしまったが、その考えはすぐに消える。通信端末から、件の弦十郎からの叫ぶような声が響いていたからだ。
そこで理解した。寸での時、誰かが自分を庇って助けてくれたのだと。だとしたら、コイツは一体――。
そう思った時、男の方から声がかかった。聞き覚えのある、優しい声で。
「大丈夫かい、雪音さん」
驚愕した。そこに居た者は誰でも無い、矢的猛だったのだから。
「――や、矢的センセイ…!?なんで…」
クリスの問いに応えること無く、物陰に彼女を抱え運んで優しく座らせる猛。律儀にスポーツドリンクを傍に置き、自分の着ていた少し焦げたジャケットをクリスに被せるように着せながら。
そしていつもの優しい笑顔のまま、どこか嬉しそうに猛は言った。
「安心したよ。やはり君とならば、私は共に戦える」
「なにを、言って…」
「今は少し休んで、力を回復しておいてくれ。その間、私がアイツを引き受ける」
理解が追い付かなかった。猛が何を言っているのか。何をしようとしているのか。せっかく気に入った先生なのに、わざわざ自分の目の前で死にに行くのだろうか、とまで…。
「駄目だよセンセイ…逃げなきゃ…!」
震える声で言うクリス。そんな彼女に向かい、しゃがみこんで優しく…ほんの少しだけ申し訳なさそうに、猛は言った。
「…君の仲間にはいいけど、学校のみんなには内緒にしておいてくれよな?」
垣間見えた年に似合わぬ少年っぽさからすぐに年相応の大人の顔に変わり、クリスの前に立つ猛。
右、左の順に正拳を突き出し、先の右手を腰の後ろに回す。
回した右手で握り締めた物は、カプセルのような短い棒状のもの…ブライトスティック。
其れを天に掲げ、猛は力強い声で叫んだ。
【矢的猛】ではない、自らの真名を。
「――エイティッ!!!」
クリスの視界が、光に染まる。
目を開けたそこに猛の姿は無く、見上げたそこには赤と銀の巨人が佇んでいた。
腹部にある菱形のバックル、青く丸いカラータイマー、黄金に光る眼。報告にあった【ウルトラマン】とはだいぶ違う。
だが確信があった。あれもまた、【ウルトラマン】なのだと。
呟いた言葉は現実を受け止めきれずに漏れたものか、受け入れる為に吐かれたものか。クリス自身それは分からなかったが、眼前の事実を表すにはこう言う以外無かった。
「……センセイが、ウルトラマン……!?」
B地点。キングクラブが今まで使わずに残していた切札である長い尻尾に捕らえられ、調と切歌が強く締め付けられていた。
小さな身体が軋む音を上げ、痛みと苦しさで息も絶え絶えになっていく。普通なら確実に死に至る攻撃を耐えられていたのは、出力をブーストしているイグナイトギアの恩恵があるからだろう。
だが二人の小さな身体を鎧うイグナイトギアからは光の粒が発し始めていた。それが制限時間のカウントダウンであると、苦痛の中で直感した。その先にある圧死と言う現実にも。
「…切ちゃん、もう、駄目だね…」
「…悔しいデス…。こんなところで、諦めるしかないなんて…」
「うん…。…でも、少しだけホッとしてる…。…こうして、最期まで切ちゃんと一緒だから…」
「…デスね。調と離れ離れで逝っちゃうよりか、なんぼかマシかもしれないデス…」
ギアはもうほとんど機能していないに等しい中で、力を振り絞り互いの右手と左手を重ね合わせる。その時視界に入ったものは、星司から貰ったお守りの指輪。殺意の尻尾に包まれ、その闇の中でも小さな輝きを絶やさずにいた。
瞬間脳裏に過ったのは、嘘を許さなかった厳しい男。明るく笑いながら我儘を受け入れてくれた優しい男。互いに幻視した陽気に笑う男の姿と間近に迫った最期を前に、二人ともどちらからともなく涙を流した。
「……ごめん、切ちゃん…。嘘だよ……。まだ…死にたくなんか、ないよ…!」
「…アタシだって、嘘ついたデス…!死にたくない…!調と一緒にマリアやセンパイや…色んな人とお話したり美味しいもの食べたりできなくなるなんて…!」
重なり合う指輪。軋む身体の痛みを押して、小さな輝きへと祈りを込める。
不可能と分かっていたけれど、目の前に縋れるものはそれしかなかったから。
呼べば何処からでも飛んで助けに来ると、言ってくれたのは彼だったのだから。
「だから…お願い…」「お願い、しますデス…」
「大好きな切ちゃんを…切ちゃんが、守りたかったものを…」
「大好きな調を…調が守りたかったものを…」
「「――死なせないで――」」
「…大丈夫だ、調、切歌。二人も、二人が守りたかったものも、俺が守ってみせる。
君たちの願いは、俺が受け取った…ッ!!」
何時から居たのか。何処から来たのか。彼…北斗星司は其処に立っていた。
暴虐を尽くすキングクラブを睨み付け、身体に闘争心を昂らせる。
両の手を胸の前でクロスに交差させ、そのまま天を仰ぐように手を伸ばす。
そこから再度胸の前で、握り固めた二つの拳を打ち付け合った。
「ムンッ!ぬぅぅぅぅ…フンッ!!」
重なり合うAを象った二つの指輪、ウルトラリング。輝きが闇を払ったその時、キングクラブの尻尾はその光に斬り落とされた。
締め付けから解かれた調と切歌を、その光は優しく包み込み安全な場所へそっと降ろす。
尻尾を切られ痛み悶えるキングクラブの前に、光はその肉体を固定、顕現した。
変わらぬ象徴的な赤と銀の身体と輝く目。身体の模様はゼロとも80ともまた違い、何よりも特徴的なのは、やや四角く精鍛な顔付きとその頭頂から大きく伸び、穴の開いた前立て。
ゼロとも80とも違うその雄々しき姿は、キングクラブに向けて力強い構えを取った。
気を失いかける直前、調と切歌は間違いなくその姿を見ていた。
強く優しい、【ウルトラマン】の勇姿を。
瓦礫広がる文明の一端、破壊の権化たる超獣を前にして現れた二人の光の巨人。
それは雪音クリス、月読調、暁切歌の其々の前に、力強く立ち上がった。
移動本部指令室でも呆然の中でその姿を捉え、各データがモニターに表示されていった。それはウルトラマンゼロから受け取っていた、彼ら以外のウルトラマンのデータだ。
「…司令、新規データベースから照合しました…。B地点に出現した個体はウルトラマンエース、C地点に出現したのはウルトラマン80です…」
「く、クリスさん、調さん、切歌さん…大きなダメージではありますが、バイタルは健在です…」
「――本当に、来てくれたのか…」
仲間を、戦いを強いてしまった少女たちを喪う恐怖から解放されたからか、藤尭とエルフナインからの報告を指令室と弦十郎だけでなく響、翼の両名も少し呆然としながら聴いていた。ただ一人、確信を持って翼の左腕に宿っているウルトラマンゼロを除いては。
『な、言っただろ?』
ゼロの軽い言葉に、またブレスレットを叩き付けたくなる。が、さすがにそれは当たる相手がおかしい気もする。上げた腕を胸元で抑え、優しい笑顔でもう一度安堵しながら目元を拭う。
響もまた緊張が切れたのか、ヘリの中でへたり込みながら涙と笑顔を止められずにいた。運転しているパイロットから渡されたタオルで顔を拭い、一度両手で叩いて気持ちを改める。何はともあれ、今は仲間の顔が見たい。それだけだった。
だがその時、暗雲からヤプールの声が響き渡って来た。
『…ウルトラマンエース…ウルトラマン80…来ていたのは、貴様らだったか…!』
「そうだヤプール!貴様を倒すのは俺の…俺たちの使命だからなッ!!」
「この世界を…貴様のマイナスエネルギーで支配させるわけにはいかない!」
『ほざくなウルトラマンども!…フフフ、だが貴様らには、更なる絶望を味わわせてやる。
現れろ!蛾超獣ドラゴリー!!手薄になった地点を破壊し尽くせッ!!』
ヤプールの声に驚愕が走る。そう、時空振動が超獣出現レベルにまで急激に増加したのは先ほどまで響が単身で防衛に当たっていた場所…今は防人の居ないA地点だ。
「まだ来ると言うのか…ッ!!」
時間差召喚による侵略。汚らしくもあるが非常に効果的な手段でもある。事実、こうなってしまってはすぐに救援に向かうことなど出来やしない。
ヤプールの哂い声と共に暗雲が割れ、赤黒い異次元空間から緑の巨体を持つ超獣…ドラゴリーが町中に出現した。一瞬で混乱が巻き起こる街。さっきまで其処に居た響が、誰よりも焦ってしまっていた。
「し、師匠!私戻ります!!このままじゃ…!」
『案ずるな立花ッ!其方の方は、私達に任せろッ!!』
焦る響の耳に届いたのは翼の声。そう、間に合ったのだ。もう一人のウルトラマンが。
「――ゼロ、往くぞッ!」
「おうッ!!」
ミサイルを改造したかのような大陸間高速輸送機のハッチを開け、高速で走り抜ける外気にその身を晒す翼。
左腕を突き出すように伸ばすと、装着されているブレスレットからアイテムが出現する。
まるでそれは眼鏡のようなやや歪な物体。どこかゼロの眼そのものに似通っていた。
一体化したからか、其れの使い方は直感が教えてくれた。ウルトラゼロアイ…翼はそれを、自らの眼に被せるように押し当てた。
輸送機を強く蹴り、天へ飛び立つ翼。それと共に赤と青の輝きが彼女の身体を包み込み、その肉体をウルトラマンゼロのものへとシフトしていった。
そのまま一筋の光矢となって飛ぶゼロは、輸送機を追い越しA地点…逃げ惑う人々を尻目に市街を練り歩くドラゴリーに向かって、急降下と共にキックをお見舞いした。
「ヘッ…待たせたなッ!!」
怯え惑う人々へ見せつけるように、起き上がるドラゴリーに対し構えを取るゼロ。その彼に、彼と一体化している翼に距離を越えて声が聞こえてきた。
『遅いぞゼロッ!!』
いきなりの声は、エースからの強い叱咤だった。だがその言葉に対し、ゼロは何処か不敵に返答する。
『先輩方を信じてたからな。必ず来てくれるってよ』
『まったく…いつも調子の良いことばかり言うなお前は』
『エース兄さん、ゼロ、話はその辺りで。今は超獣をどうにかするのが先決です』
『…80の言う通りか。行けるな、ゼロの選んだ聖詠の謡い手よ』
「無論です。今の私は、その為に彼と共に在るのだから」
姿は見えずとも声だけで感じる。エースと80…ゼロ以上の貫録を持った、二人のウルトラマンの強さを。
『よし…では行くぞ!これ以上、超獣どもをのさばらせるなッ!!』
エースの掛け声とともに80とゼロ、あわせて3人のウルトラマンが走り出す。
3人のウルトラマンと3体の超獣…小国日本を舞台に、其々の場所で巨人と巨獣の交戦が開始された。
EPISODE04 end...