絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

61 / 62
Another side EPISODE 04【聖夜に捧げし想い】

 襲来した邪悪な敵と、光の巨人との出会い。そこから始まった新たな戦いの事変――。

 だがそんな中においても、時間はいつもと変わらず進んでいき、季節もそれと共に変わっていく。今は冬も真っ只中、人や動物も打ち震える寒さの中で、街には赤と緑の装飾がそこかしこで並び始めていた。

 軽快で愉快な音楽が流れ、雰囲気すら色めき立つこの時期。聖夜祭――クリスマスと呼ばれる年に一度の一大イベントを前にすると、命懸けの戦いを繰り広げていたシンフォギア装者たちも、今この時は其々がただの歳相応の少女に変わっていた。

 

「ふんふんふ~ん♪ ふんふんふ~ん♪ ふんふ~ふ~ふふ~♪」

 

 ……中でも一際浮かれている者が居た。

 いつも元気で明るく、時にお気楽と揶揄されるものの、彼女の明るさは周囲に光を与える太陽のような輝きがあった。

 彼女の名は、暁切歌。弛まぬ訓練の為に仲間たちと集い厳しい鍛錬をこなした後、本部の一室でなお嬉しそうに響き渡る彼女の鼻歌が他の仲間たちの耳にも届いていた。

 

「なんだよ、ご機嫌じゃねーか。どうしたんだ?」

 

 思わず尋ねるクリスの問いに、切歌は待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに答えを返す。

 

「だってもうすぐクリスマスデスよ? これが盛り上がらずにいられるデスか? いや、いられるわけないデスッ!」

「切ちゃん、テンション高すぎ……。でも、気持ちは分かる」

「街もすっかりクリスマスムード一色だもんねぇ。そりゃあ、誰だってテンション上がるよ~ッ!」

「フフッ、そうかもね」

 

 切歌と同調するように肯定する調と響。特に響もこの手のイベント事は心から楽しむ人間だ、切歌同様楽しみで仕方ないのだろう。そんな微笑ましい彼女らに、最年長であるマリアも同意の声を上げる。そうして優しく微笑む彼女を見て、隣で翼が何かを得心したように言葉を挟んだ。

 

「なるほど。どうも最近落ち着きがないと思ったら、そういうことか」

「えッ、私まで? う、嘘でしょう……?」

「フッ……自覚無し、か」

『まぁそう言う翼も、内心少しザワついてたけどな』

「お、おいゼロッ!」

 

 思わぬところからのツッコミに、つい左腕のブレスレットに向けて声を荒げる翼。年長者でありながらもそう言った祭事……いや、正確には皆が楽しむイベント事に対して縁遠い生き方をして来た彼女らは、表面上では落ち着き払っていたものの内心では切歌や響同様――いやそれほどまでに盛り上がってはいないものの、何処か浮足立つ気持ちは間違いなくあった。

 彼女らもまだ、少女であることを失くせるほど達観もしていなければ大人になってもいないのだから。

 

 そんな年長者二人の無自覚な高揚は周囲に笑顔を伝播させ、その空気は一層盛り上がっていく。

 その中で切歌が、いつもより何割増しかの笑顔と共に声を出した。放つ感情の中に、大きな期待感を隠すことなく溢れさせながら。

 

「今年はいっぱい良い事したデスッ! S.O.N.G.の任務で人助け、ウルトラマンのみんなや星司おじさんと調と一緒に超獣退治ッ! みんなの為にいっぱいいっぱい頑張ったデスッ!」

 

 

「だから、今年こそはきっと……。――サンタクロースも、来てくれるデスッ!!」

 

 

 サンタクロース。それはクリスマスの夜にトナカイの引くそり(・・)で天を往き、善き行いをしてきた清く正しい子供たちにプレゼントを配り回る、真紅の衣服を纏う者たちの総称(・・・・・)

 切歌が当然のように放ったたった一つの言葉で、周囲の空気が瞬時に固まった。

 

 

「サンタ――」

「――クロース……?」

「デスデスッ! 今までサンタクロースに会えなかったデスけど、これだけ良い事をたくさんした今年こそ、絶対会えるデスッ!」

 

 とても、非常に嬉しそうに声を上げる切歌。期待に胸を膨らませ、それを一切隠そうともしないその様は本当に愛らしく……そして同時に、とても子供らしいと感じてしまっていた。

 

「暁は……なんというか、純粋なんだな」

「それが切歌の良い所でもあるんだけど……」

 

 驚く翼とやや呆れ顔のマリア。純粋、あるいは無知と言うべきなのだろうか。彼女らの生い立ちを鑑みるとそうなるのも不思議ではないのだが、常識人を自称する切歌から放たれたここまでの言葉を、翼はそう形容するしかなかった。

 これほどまでに嬉々としている少女に対し、無知などと蔑むような真似は出来るはずもなかったのだ。

 それはマリアも同じであり、切歌のそんなところを素直に良い所だと認めている。だがそれと同時に、夢見がちな純粋さゆえの危うさも内包していると分かっていた。夢見た理想が砕けた瞬間、どれだけの痛苦を伴うかをマリアは知っていたから。

 だがそんな切歌に対し気兼ね無く踏み込んでいったのはクリスだった。

 

「サンタクロースを信じてるのか? 結構可愛いトコあるじゃねーか」

「信じてるって……え? どういうことデスか?」

 

 皮肉交じりで放たれるクリスの言葉に、切歌はただ首を傾げる。意味を理解りかねた彼女が到達した答えは、クリスの皮肉をまったくこれっぽっちも効果が無いモノだった。

 

「あ、クリス先輩、普段から良い事あんまりしてないんデスね?

 ちゃんと良い子でいないと来てくれないデス。だから、今年は諦めて来年はもっと良い事するデス♪」

「なんであたしが上から励まされてんだ……。あのなぁ、サンタなんてもんはいな――」

「ストーップ、そこまでッ!!」

「な、なんだよッ!!」

 

 何故か後輩に上からの物言いをされたのが気に障ったのか、クリスは切歌に現実を打ち明けようとする。だが、そこへ止めに入ったのは響だった。必死な顔でクリスの口を塞ぎ、すぐに切歌から遠ざける。

 そのまま声を潜めて、クリスへ注意していった。

 

(切歌ちゃんは信じてるんだから、いないって言ったらショック受けちゃうよ……?)

(だからってあのままってワケにもいかないだろ? 後で恥かくのはアイツだぞ?)

(それはそれ、これはこれだよッ!)

(答えになってねーよッ!!)

 

 声を抑えながらでも周囲には分かる程度に強いツッコミをしているクリス。思わずみんなが苦笑いするが、切歌はなんとなく、周囲の空気が変わっていることを察していた。どこか澱んでいるかのような、言葉にし辛い何かがこの場を支配していたことを。

 

「……? なんデスかね。なんか変な空気が流れている気がするデス」

「あ、あのね……切ちゃん……」

「……調、言いにくいなら私が――」

「マリア……ううん、私が後で伝えるから……」

「そう……。強くなったわね、調……」

 

 優しく微笑みながら調の肩を叩くマリア。

 既に日も傾き暗くなっていることだし、そのまま率先して皆を帰路に就かせ始める。まだまだ年若い少女らを、遅くまで残している理由は今は無かった。

 

 

 

 

 

 リディアンの寮、調と切歌の住む相部屋。

 帰路のところどころにあった煌びやかなネオンや流れる音楽を観賞しながらの帰り道は、怪訝になっていた切歌の心を祓い、部屋に着く頃には更に明るさを増していた。

 夕食を食べ終え片付けも済ませ、ソファーに座りながらもずっと笑顔でいた切歌。対する調は、まだその表情が強張ったままだ。

 

「ああ、楽しみデスね。クリスマスまであと少し……サンタクロースはどんなプレゼントくれるんデスかねぇ」

「あの、切ちゃん……サンタクロースは……」

「なんデスか? あ、大丈夫デスよッ! 調もアタシと同じかそれ以上に良い子だったから、絶対に来てくれるデスッ!」

 

 切歌の明るすぎる言葉が余計に調を苦しめる。其処に悪意など微塵も存在していなくても。

 だがそれでも、調は言わねばならなかった。眼前の彼女と一緒に……足並みを揃えて進んで行く為に。

 滲み出る汗が頬を伝う。意を決してもなお固く閉じられた唇を必死で開けて、調はついにその言葉を発した。

 

「――……あのね、切ちゃん。

 サンタクロースは、いないんだよ……」

「…………へ?」

 

 あの明るかった表情が凍り付く。

 まるで凍て付く冬空の中に放り出された太陽が、その熱も輝きも失い固まってしまったかのように。

 

 その日、暁切歌は大人の階段を一歩上に昇った。

【サンタクロースは存在しない】という現実を、初めて知ることによって……。

 

 

 

 

 

 

「この世の終わりデス……。夢も希望もないデス……」

 

 力なく腕を垂らし、机に顔を埋めるかのように重みの全てを乗せて呟く切歌。虚ろな目はまるで死人のようでもあり、切歌の精神にどれほどのダメージがあったのかは目に見えて明らかだった。

 

「……言っちまったんだな」

「はい……。そうしたら切ちゃん、昨日からずっとあんな感じで……」

 

 残念そうな顔で溜め息を吐くクリス。先日は軽い気持ちで自分が現実を思い知らせてやろう思っていた手前、ここまで凹まれるとかける言葉も無い。休日の昼間でも賑わいを見せるcafeACEの店内では、彼女らの席だけ異様な重さが支配していた。

 

「でもよぉ、クリスマスって元々はキリスト教の祭りだろ? 別にアタシらには関係ないんじゃ……」

「日本のクリスマスは、そういうの関係なしで楽しむものなんだよ」

「みんな、おまたせー」

 

 背後から聞こえた声に目を向ける。其処にはトレーを持って佇む響と未来の姿が在った。未来の方には人数分の飲み物が、響の方には大小様々なパンが乗ってある。ランチタイムだけあって色々と買って来たのだろう。

 

「さ、ご飯にしようッ! 切歌ちゃんも、ね?」

「ごはん……ごは、ん……?」

 

 全員がテーブルに座り、買って来たパンと飲み物を分けていく。星司の作るパンはいつもながら鼻腔をくすぐり食欲を増してくれる。普段ならその香しい匂いに飛び起きて眼を輝かせる切歌も、きっと少しは元気を出してくれると思っていた。

 だが、今回ばかりはそうもいかなかったようで……顔を上げて気の抜けた感謝の言葉を発して、ただ目の前のパンを死んだ目で眺め続けていた。

 

「……こりゃ重傷だなぁ、切歌ちゃん」

「オイオイどうした、随分ひどい顔してるな。なにか変なモンでも食ったか?」

 

 言いながら席に来たのは、此処のカフェでブーランジェ兼オーナーを担っている初老の男、北斗星司だった。その実体はM78星雲、光の国からこの世界へやって来たウルトラマンの一人であるウルトラマンエース。その人間態である。

 ヤプールやエタルガーとの戦いに際し、月読調と暁切歌の二人と己が力を分け合い共に戦うと同時に、一人の人間としてこのcafeACEを取り仕切る形でこの世界に溶け込んでいた。

 そんな経緯があるからか、 最近は響たちリディアン在校生の溜まり場にもなっており、特に調と切歌は戦いの始まる前から足しげく通っていたこともある。星司にとっても彼女らはみんな仲間であり、その中でも自らが力を分け与えたこともあって、調と切歌に対しては何処か保護者のような感覚が彼の中には存在していた。

 そうした彼女らを見て来たからこそ、余計に今の切歌が何処か異常な状態であると見定めるのも容易かった。勿論、切歌があまりにも顔や態度に出やすいからだと言う理由もあるのだが。

 そんな星司にも、昨晩切歌を襲った現実のことを説明していく調。勿論、その現実を理解らせてしまったのは自分だと言うことも含めて。

 

「なるほど、なぁ……」

「今日も朝からずっとこんな感じで……」

「うーん……コレばっかりは切歌自身が折り合いを付けていくしかないことだからなぁ……」

「どうすれば、いいのかな……。今の切ちゃんの為に出来る事って、なんだろう……」

 

 縋るような調の眼に、星司は笑顔で返していく。

 

「大丈夫、みんなそうやって大人になっていくんだ。それにこういうのは、少しぐらい早い遅いがあっても不思議なことじゃないのさ」

「そっ、そうだよ切歌ちゃん! 私だってサンタさんのこと10歳ぐらいまで信じてたんだよッ! そりゃもうシッカリバッチリ思いっきりねッ!!」

「……アタシはもう16歳デス……」

 

 響の慰めか励まし……と思われる言葉に対し、完全に拗ね切った態度で呟き返す切歌。隣で聞いていた未来は思わず頭を抱え、クリスは少しいたたまれない顔で響の頭をブッ叩く。響に悪気が無いのは理解っていたが、それでも突っ込まずにはいられないほどに綺麗に地雷を踏み抜いたのだ。致し方ない。

 更に悪化してしまう切歌に対し、周囲はもう対処しきれんとばかりに口を噤んでしまう。溜め息を吐きながらその空気を打破したのは、星司だった。

 

「まったく、いつまでも拗ねているんじゃない。そのくらいにしとかんと、みんな困ってるだろ」

「……おじさんみたいな大人には分かりっこないデス」

「そんな事は無い。……と言って、今のお前は分かってくれるか?」

 

 切歌は答えない。内心彼の言葉も理解は出来るのだが、認めたくないと言う心が彼女の内を大きく占めていた。そんな複雑な気持ちを察してか、星司の掌は乱雑に切歌の頭を撫でていく。

 

「とりあえず食え。腹が減ってる時に考えても、ロクな答えは出んからな」

「……デス」

 

 渋々ながらもパンを口に運ぶ切歌。数回口を運んだ後、これまでの反動かガッつくようにパンへかぶりついていく。それは、せめて涙を流さぬように、見せぬようにという切歌なりの抵抗だったのかもしれない。

 

「やれやれ、世話の焼ける……」

「そういえば、さっきの北斗さんの言葉、他でも聞いた事があります」

「ふらわーのおばちゃんが言ってましたッ! けだし名言ですよねッ!」

「ふらわー……封鎖地区近くのお好み焼き屋だったか。美味いらしいな?」

「そっりゃあもうッ! おばちゃんのお好み焼きは、ほっぺたの急降下作戦って言われるほどなんですよッ!」

 

 未来に次いで嬉々として話す響。それだけ好きなのだろうという気持ちは、未だ行ったことのない星司にも強く伝わって来た。

 

「ほう……。じゃあ俺の作るパンとどっちが美味い?」

「うえェッ!? こ、これは突如として舞い降りた究極の選択……。おばちゃんのお好み焼きがほっぺた急降下作戦とするならば、北斗さんの作るパンは正にウルトラエースな味の一撃……。

 うわあぁ~! 私には決められないよぉ~ッ!!」

「んなモンどっちも美味いじゃ駄目なのかよ……」

 

 悩み叫ぶ響の姿を見てかんらかんらと笑う星司と、頭を抱えて溜め息を吐くクリス。そんな姿を見て微笑む未来に、一心不乱にパンを頬張り続けていた切歌を看ていた調が声をかけて来た。

 

「そういえば未来さん、今日はどうしたんですか? 私たちを集めたのは、何か理由があったからじゃ……」

「あ、うん、話が進まなくてゴメンね」

「このメンツってことは、S.O.N.G.関係か?」

「ううん、そうじゃなくて。学院の事でちょっとあってね」

「じゃあ飯食いながらでも良いだろ。ほっとくとコイツが全部食っちまいやがる」

「…………ふぇ?」

 

 全員の視線が切歌に集まる。件の彼女はその視線に気付き顔を上げるが、咀嚼する口は止めずにいた。いつしか目に蘇っていた光を見る限り少しは気持ちも落ち着いたようで、みんな何処か安堵の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「それで、相談の内容なんだけど、みんなで演劇をしようッ!」

「えんげき……?」

「話の趣旨がつかめない……」

 

 響の言葉に頭を悩ませる調と切歌。彼女が突拍子もない提案をするのはいつものことだが、今回もその例に漏れず突拍子もない話だった。

 

「ふぁかいっふぇんじゃふぇーよ」

「もう……口に食べ物入れながら話すのはお行儀悪いよ?」

 

 言いながら未来がクリスに水を差し出す。軽く赤面しながらも頬が膨らむほどに口の中へ詰め込んだパンを水で流し込み、再度声に出していった。

 

「んぐッ……あ~、バカ言ってんじゃねーよ。なんでいきなり演劇なんだ?」

「それは、見世物と言えば劇だからッ!」

「もう、それだけじゃ伝わらないよ。あのね、今度クリスマスがあるじゃない?」

「――……ッ」

 

 クリスマス。その単語につい顔をしかめてしまう切歌。だが無理もない。クリスマスと言えばサンタクロースであり、彼女にとってはつい先日信じていたその存在を否定されたばかりなのだ。落ち着いたとはいえ影の残る彼女の顔。察したのは調だった。

 

「切ちゃん、その……」

「……アタシは大丈夫デスよ、調。お腹が膨らんだら元気が出て来たデス♪ ささ、未来さん話の続きをお願いするデスよ」

「……うん。それでね、リディアンの地域ボランティアの一環で、クリスマス会の話があったの。近くの小学生以下の子供たちを集めて、出し物を見せて楽しんでもらうって内容のボランティアなんだけど……」

 

 そこまで言ったところで察しがついた。頬杖を突いたクリスが呆れ顔のまま響の方を見て口を開く。

 

「……そういう事か。大方、人が足りないとか困ってるのを見て、コイツがまた人助けとかで首突っ込んだんだろ?」

「さっすがクリスちゃん! 私の事分かってるッ!」

「分かりたくねーけどな……。あたしはパスだ」

「ええ~、一緒にやろうよ~」

「こちとらこれでも受験生だ。そっちにかまけてる暇はねーんだよ」

 

 響の猫なで声をスルーして返答するクリス。彼女の今置かれている状況に則した至極当然で真っ当な彼女の回答は、響を唖然とさせるのにあまりにも容易かった。

 

「……なんだその顔は」

「すっごい……クリスちゃんがマトモなこと言ってる……」

「あたしはいつだってマトモだッ!! 本気で馬鹿にしてんのかお前ッ!!」

 

 激昂と共にクリスの平手が響の頭部へ炸裂する。派手な音は店内に響き渡り、他の客からも注目の的になってしまった。思わずそれに赤面してしまうクリスだったが、ブッ叩かれた響はそれも気にせず涙目で猛抗議していった。

 

「酷いよぅクリスちゃん! 普段の倍ぐらいは痛かったよ今のッ!!」

「おめーの言い方が悪いんだよッ!!」

「はいはい二人とも喧嘩しないの。

 受験生のクリスが無理なのは仕方ないとして、調ちゃんと切歌ちゃんはどうかな、一緒に?」

 

 二人の間に割って入りながら怒るクリスを抑えつつ、調と切歌にも話を持っていく。未来の手腕はまるで母親のそれに近いモノでもあり、実に手慣れていた。

 一方で話を振られた調と切歌だが、調は未だ切歌の顔色を窺うようにしている。それを知ってか知らずか、切歌は明るく答えていった。

 

「あたしはやるデス! なんだか楽しそうデス!」

「切ちゃんがやるなら、私も。でも……」

「……切歌ちゃん、無理してない? 力を貸してくれるのは嬉しいけど、その……」

 

 自棄になってはいないだろうか。ついそう考えて発言した未来だったが、切歌はいつもの眩しい笑顔を取り戻していた。

 

「だいじょーぶいデスッ! この未来の大女優に任せるデスよッ!」

「ありがとう、やっぱり持つべきものは優しい後輩だよぉ~。

 クリスちゃん、は…………やっぱダメ?」

「ったりめーだ。ま、アタシが絶対に合格できるってんなら考えてやってもいいけどな」

 

 

 

 

 

 

「うん、雪音さんの成績ならほぼ確実に志望校へ合格すると思うよ?」

 

 休日のリディアン音楽院職員室。

 人のほとんど居ないこの部屋でそれを言ったのは他でもない、進路指導員の側面も持つリディアン臨時教諭である矢的猛だった。

 彼が響や未来、調や切歌たちに見せたのは、先の模試の結果と、それに基づく合格可能性判定。クリスの希望する学科のある大学だけを挙げていたが、その全てでA判定をマークしていたのだ。正に猛の言う通り、余程のミスを犯さぬ限りクリスは問題なく受験に合格することが出来るだろう。決して大学のレベルが低いわけではない、クリスが知らず積み上げてきた努力の結晶なのだ。

 

「うわ、すっごい点数……。私今までこんな点数取ったことないよ……」

「意外、って言ったら失礼だけど……本当に凄いねクリス」

「たッ、たりめーよッ! アタシ様をなんだと思ってやがるッ!」

 

 賞賛に対し思わず胸を張るクリス。そして今回の話の経緯を聴いていた猛が、一人の教師としてクリスに対し助言をかけていく。

 

「うん。これだったらそのボランティアの劇も問題なく出られるね。それにせっかくだし、教師を目指すなら一度はこういう事を経験しておいた方が良いと思うよ」

 

 笑顔で語る猛の言葉に、クリスは一瞬固まった後わなわなと肩を震わせる。

 成績の良さと合格の可能性の高さを評価されるのは素直に嬉しい事だった。が、よりにもよってボランティア演劇への参加を猛からも勧められるなど思ってもみなかった。クリスにとっては大きな誤算だったと言える。

 

「で、でもセンセイ! 一応あたしその、受験生なんだし、勉強はしてた方が良いんじゃないかなって――」

「うん、凄く良い心掛けだ。でも、偶にはこう言う事で息抜きしても良いんじゃないかな。雪音さんが何時も頑張っているのはよく理解っているからね、気分転換も必要だよ?」

「そ、それは、そーいうのはあっちの訓練で出来てるから……」

「ふむ……なら風鳴司令にも尋ねてみようか。なにか雪音さんにとって良い気分転換になる事は無いかを。

 受験勉強とあちらでの訓練、君は気分転換になってるとは言うが、その両立が知らず疲労やストレスに繋がっているかもしれないからね」

「な、え――」

 

 絶句するクリス。猛の人となりを考えると、勉学と装者の訓練を引き合いに出せば分かってくれるし退いてくれるだろうと目論んだのだが、逆効果だったようだ。

 だがそれも当然だったと言えよう。彼、矢的猛……ウルトラマン80はかつて自らの次元宇宙に在る地球へ赴任した時に、教師とウルトラマン、そして地球防衛軍の一員という三足の草鞋を履く生活を送るも、やがて無理がたたり教師の草鞋を脱ぐしかなくなった経緯がある。その時の経験から、それがどれだけ無茶なことで周囲に多大な迷惑をかけたかを猛は嫌というほど理解っていたのだ。

 自らのマイナスエネルギー……ホーとダークファウストとの戦いを越えたとはいえ、クリスにとって今は重要な時期。なればこそ、追い込むのではなく精神的な休息と充足を以て英気へと変えて欲しいと猛は考えたのである。

 勿論、その彼の考えはクリスにとって完全に思惑と真逆の展開となってしまったわけだが。

 そんなクリスの思惑に気付くこともなく早速自らの携帯電話でS.O.N.G.の専用回線に繋いでいこうとする猛。クリスは思わず彼の手を握り、その手を止めてしまった。

 

「い、いいからッ! そういう事しなくてッ!!」

「でも――」

「わぁったよッ! やりゃあいいんだろやりゃあよッ!!」

 

 ヤケクソな返し文句だった。顔を見るとわなわなと赤面しているのが理解る。

 

「……今更言うのもなんだが、そんなに嫌なら別に……」

「これ以上センセイに気ィ使ってもらったり、オッサンのヘンテコ映画や意味不明な特訓に付き合わされる事に比べりゃ大いにマシだッ! やってやんよ、演劇もガキの相手もッ!! ああああくっそがあぁぁッ!!」

 

 休日の職員室にはそう人はいない。クリスの叫びを聞く人もそういない。

 だがその背後で、笑みを浮かべながらピースサインを仲間たちに見せる響の姿が在ったのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 そうして演劇の簡単な稽古や当日のイベントの運びの把握に数日を用い、その日はやってきた。

 皆が演劇の機材を運んでいるそこに、気さくに声をかけてきた男が居た。

 

「ようみんな、やってるな!」

「北斗さん! どうしたんですか、こんなところで?」

「みんなが頑張ってるから、俺も何か出来ないかと思ってな。猛に聞いて参加する子供たちにクリスマス特別製のパンをプレゼントしようと思ってきたんだ」

「それじゃあ、北斗さんも私たちと同じで今日のサンタ役ですね。きっとみんな喜んでくれますよ」

 

 響や未来の言葉に嬉しそうに鼻を鳴らす星司。その談笑を聞いた瞬間、切歌は何処かボンヤリとしてしまっていた。ふとした言葉が、脳裏に焼き付くかのように。

 

「切ちゃん、大丈夫……?」

「あー……その、本番前だからな。いきなり気ぃ落とすなよ?」

「だ、大丈夫デスよ! せっかくみんなの為に頑張ったんだし、ステキな劇をやり遂げるデスッ!」

 

 その言葉に何処までの虚勢があったかは定かではない。だが切歌が笑顔でそう言う以上、大丈夫なのだと信じるほかなかった。

 と、笑顔で荷物を運んでいる中でみんなの目に映るモノがあった。白く丸く大きく、色とりどりに飾り付けられたそれは、見紛う事なき雪だるまだ。思わずそれに駆け寄る切歌たち。だがその雪だるまを見て、その違和感にすぐ気付いていた。

 

「なんだこりゃ、発泡スチロールか?」

「昨日は雪も降ってなかったし、おかしいと思った……」

「でも雰囲気バッチリデス! これ、子供たちがみんなで作ったんデスかね?」

「かもな。それよか行くぞ、本番前の打ち合わせだ」

 

 クリスに言われて止めていた足を動かしだす調と切歌。参加者と思しき子供たちに群がられる大きな雪だるまを横目で見つつ、アレもまた誰かを笑顔にさせるものなのだと、切歌は感じていた。

 

 

 小さな公民館。フローリングで敷き詰められた床の上に、大小さまざまな子供たちがひしめき合って座っている。下は小さく可愛らしい園児から、上は何処となく大人びた雰囲気を醸し出す子供まで様々。その後ろには数人の保護者も控えているが、毎年の事なのかみんな好意的な眼で舞台の方を眺めていた。

 そんな緊張の舞台裏。そこでは演劇部の部長が美しい衣装をまとった演者たちに感謝と激励の声をかけていた。

 

「本当にありがとう、立花さん。こんなに人を集めてくれて……」

「いいのいいの。それより、みんなで演劇を成功させようッ!」

「うん……! 台詞とかはこっちからカンペも出すし、あんまり硬くならずに楽しんで演じてね」

「やるからには全力だッ! 腑抜けた演技するなよ?」

 

 クリスの激と同時に照明が落とされ、舞台の幕が上がる。

 未来のナレーションで物語が紡がれていき、何故だか主演となった響と調が壇上へ行き、どうにもたどたどしい棒読みで台詞を言っていく。だがそんな姿すらも保護者らには微笑ましく映り、小さな子供たちには照明を受けて白く輝く二人の天使に目を輝かせていた。

 演劇自体の内容は子供たちの事を考えて30分ほど。まるで童話のような脚本の劇は滞りなく終わり、最後には演劇部と響たち協力者が全員壇上に上がり、子供たちと一緒に有名なクリスマスソングの大合唱。それもリディアン生徒ならではの演出だった。

 最後は全員並んでの一礼で終わり、子供たちの小さな手からは惜しみない拍手が巻き起こっていた。

 

「お疲れさま響、みんなも。素敵だったよ」

「えへへ、ありがとうー!」

「ま、頑張ったかいはあったな」

「緊張したけど、楽しかった」

「デスデス! 予想以上の喝采に感謝いっぱいデス!」

「みんなよくやったな。良い劇だったぞ!」

 

 笑顔で向き合う少女たち。そんな彼女らの下に歩み寄ってきたのは、赤いサンタ服を身にまとった星司だった。彼の賛辞に皆が顔を緩め喜びを露わにする。

 

「次は俺だ。さぁみんな、楽しい劇の後は美味しいパンを配っていくぞ! 今日はサンタのおじさんが作った特製クリスマスパンだ! いっぱい食べてくれッ!」

 

 星司の声と共に彼の下へ群がっていく子供たち。やはり美味しいモノには目が無いのだろう、みんな先程とはまた違った目の輝きを見せていた。それを見ながら、壇上の少女たちはそれぞれがまた舞台裏へ戻っていく。そこでは演劇部の部長が嬉しそうな顔で彼女らを出迎えてくれた。彼女もまた、この演劇の成功を心から喜んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 今回のクリスマス演劇会も終わりを迎えたが、子供たちは未だ興奮冷めやらぬと言った感じで様々なところで遊んでいた。そのうち何人かの子供たちは、発泡スチロールで作られた雪だるまを中心に駆け回っている。夕陽はまだ落ちず、そんな子供たちを明るく照らしていた。

 

「みんな元気だねー。まだまだ遊び足りないって感じ」

「子供はハゼの子って言うデス。明るいうちはいっぱい遊びたいものなのデス」

「それを言うなら風の子だろ……。あんな元気爆発、見てるだけで疲れてくる」

「矢的先生の言ってたことが分かったね。クリスも先生になるんなら、子供のそういうところもちゃんと見れるようにならなきゃ」

 

 皆で子供たちを眺める響たち。その中で調が、独り別に外を眺めていたことに気付いた。

 

「調、どうしたデスか?」

「ん、うん……。外、明るいなって思って」

「そういえばそうデスね。まだ夕方ぐらいデス……って、あれ?」

 

 皆が一様にその異変に気付いた。思わず時計を確認してみると、デジタルで表記された数字は18を示している。クリスマスも近い冬のある日、18時ともなればもう夜中と言って差し支えないぐらいに暗くなる時間だ。しかし外はまだ夕陽の明るさを色濃く残していた。

 

「どういうこった!? 普通ならもう暗ぇだろ!」

 

 クリスの困惑を伴う怒声と同時に、外から子供たちの悲鳴が聞こえてくる。

 

「なんデスッ!?」

「行こうッ! 未来は中の子供たちを見ててッ!」

「う、うん! 気を付けてねッ!」

 

 果敢に駆け出す響たち。外に出るとそこには凄惨な光景が写り込んできた。子供たちとそれに付き添っていた保護者らが皆倒れ込み、顔……両目を抑えて悶えていた。その目からは血を流しながら。

 

「痛いッ! 目が痛いよおぉぉぉッ!!」

「見えない……! なにも見えないィィ……ッ!」

「おとぉさぁぁんッ! おかぁさぁぁぁんッ!!」

 

 幼い子らの泣き喚く声に思わず狼狽してしまう響たち。だがそれをすぐに戒めたのは、その場に居合わせた星司の一喝だった。

 

「馬鹿野郎ッ! なにをボーっとしているんだッ! みんなを安全な場所に連れて行くんだッ!!」

「は、はいッ!!」

「一体全体なにが起こったんだよ……ッ! ほ、ほら、もう大丈夫だぞ」

「でも、本当に何が……」

「と、とにかくみんなを公民館の中に連れて行くデス!」

 

 肩を貸す者や抱きかかえる者、皆がそれぞれに目の痛みを訴える人たちを連れて公民館へと駆けていく。その途中で切歌が、ただ一人小さな異変に気が付いていた。

 

(雪だるま、割れてる……?)

 

 一瞬の疑問と静止。だがその瞬間を縫うように、S.O.N.G.からの支給品である通信機が一斉に鳴り渡り始める。響が通信に出るや否や、明るかった周囲が一瞬にして夜の暗さに飲まれ、空間から爆ぜるような光と共に巨大な異形が姿を現した。

 氷のような体表を持ち、その頭部は何処か雪の結晶を模した形にも見える。そして何より目を引いたのは、伸びた口まで真っ赤に染まった顔と、頭部に縦に三対――六ケ所に並んだ黄色い発光器官だった。

 

「超獣だとッ!? こんな時に……ッ!!」

「師匠、状況はッ!」

 

 歯ぎしりするクリスの隣で通信機に声を放つ響に対し、指令室で状況を確認していた弦十郎が答えていく。

 

『こちらでも確認しているッ! 翼とマリアくんも今、調くんと切歌くんのLiNKERを持ってそっちに向かっているところだッ! 響くんとクリスくんは、現在地点から先に向かって民間人の避難保護と超獣の迎撃を任せるッ!』

「でも、まだここの人たちが……」

「大丈夫デスッ! ここはアタシと調、星司おじさんに任せてほしいのデスッ!」

「LiNKERを持っていない私たちがいま出来るのは、ここの人たちを守護ることぐらいだから……!」

「……分かった、お願いッ!」

「無茶だけはすんじゃねーぞ、後輩どもッ!」

 

 この場を二人に預けて駆け出す響とクリス。飛び上がると共に紡がれた聖詠が、二人を戦姫の姿へと変えていった。その後ろ姿を見つめる調と切歌の下に、星司もやって来ていた。

 

「響たちは行ったか……」

「星司おじさん!」

 

 名を呼ばれ二人の少女らを見下ろしながら軽く頭を撫でる星司。そこから敵の姿を見上げると、見覚えのあるその姿に思わず目を見開いた。すぐに周囲を見回し、星司の眼が先程切歌が見ていた割れた雪だるまへと留まった。記憶から確信を得たのだ。

 

「あの超獣は……ッ!」

「知ってるデスかッ!?」

「ああッ! だが先に、響たちに教えなければ――」

 

 そう言った途端、超獣が咆哮と共に頭部にある発光体が強い輝きを発射した。眩い輝きが向けられていた其処には――

 

「ぐぁあああッ!!」

「なんだ、コイツ――ッ!?」

 

 人々を避難させながらの応戦に当たっていた響とクリスが、其処に居た。

 突然の超発光に対し思わず腕で覆い隠すように防御したが、それを無視するかのように逃げ惑う市民諸共その眼に光を刺し込んでいった。まるで光が刃になったかのように。

 

「……だ、大丈夫、クリスちゃん……?」

「……んな悠長なこと言ってられっか……。眼が――」

 

 

 

「し、失明閃光ッ!?」

「ああ、あの超獣……スノーギランの放つ光は瞬間的だがあまりにも強く、人間の眼で耐えられるようなものじゃない。シンフォギアの防御能力を以てしても、何処まで無事なものか……ッ!」

「そんな……じゃあ響さんやクリス先輩、街の人たちは……ッ!」

 

 三人の案じた通りだった。夜の街に居る人々はもちろん、シンフォギアを纏っている響とクリスらもスノーギランの放つ失明閃光はその防御を貫いて眼を侵し、皆を闇の中へ引き摺り込んでいたのだ。

 肉体のダメージは変身後も連動する。眼をやられてしまっては、ウルトラマンに変身したとしてもまともに戦うことは出来ないだろう。切歌と調もそれを何処か肌で感じていた。

 振り向いた先に見える公民館。そこでは未来や演劇部の部長が子供たちを安心させようと必死になっている。握られた通信機からは響たちの安否を心配する声、猛と共に響とクリスの支援へ向かう翼と、LiNKERを携え調と切歌の下に走るマリアとの分担が支持されている。だがそれら言葉も、二人に入っている様子は無かった。

 

「……なんで、こんな事になるんデスか」

 

 歯を食いしばる切歌が漏らした言葉は、とても重苦しい呟きだった。

 

「今日は、みんながハッピーになる日のはずだったんデス。もうすぐクリスマスで、街中みんなウキウキワクワクしてるデス。

 そんな中で来てくれたみんなは、アタシたちのへたっぴな劇にもあんなに喜んでくれた。星司おじさんのパンにも大喜びしてた。それは、とってもとっても嬉しいことだったデス」

「切ちゃん……」

「アタシは……本当はサンタさんが居ないって知って、悲しかった。寂しかったデス。みんなが知ってたことも知らずにずっと信じてたアタシは、ホント馬鹿なんだって……。

 ――でも、未来さんが言ってた言葉、今は少しだけ理解った気がするんデス。サンタさんはプレゼントをくれて、みんなを喜ばせてくれるヒト。笑顔にしてくれるヒト。そして今日は、アタシたちがみんなのサンタさんになれてたって事だったんデス。

 なのに、みんなは今苦しんでる……。泣いてる……ッ!」

 

 怒りの色を秘めた眼差しでスノーギランを見つめる切歌。強く握られた彼女の手に、調の手が優しく重ねられた。

 

「調……」

「私も、悔しい。みんなの涙を止められないことも、響さんやクリス先輩を助けにも行くことも出来ないのも。……それに、切ちゃんに悲しい思いをさせたのに、まだその埋め合わせが出来てないのも。

 サンタは居ない。知らずそう決めつけてた。でも、誰かが誰かの為のサンタになることは出来るって分かった。私はみんなの、切ちゃんの――」

 

 言おうとした途中で、二人の前に一台の車が止まる。すぐさま扉から出て来たのはマリアだった。

 

「調ッ! 切歌ッ!」

 

 駆け寄って手渡される、トリガーのついた携帯式注射器。カプセルの中には緑色の薬液が入っている。彼女たちのような後天的に聖遺物との適合を果たした者――第二種適合者らがシンフォギアを纏うために必要な適合係数上昇補正薬LiNKERである。

 

「マリアッ!」

「遅くなってごめんなさい。翼は矢的先生と一緒に響とクリスの援護に回ってるから、私はあの超獣をメタフィールドで隔離するわ。二人はここでみんなを――」

「ちょっと待つデスッ!」

 

 守護って欲しい。マリアがそう言おうとしたところで切歌に制止された。状況もあるが、切歌にそこまで強く遮られるのはマリアにとって予想外でもあった。

 一歩前に出て、首筋に当てた携帯式注射器のトリガーを迷わず引く。内包してある薬液が切歌の身体に入っていき、血液に乗って脳から全身へと行き渡っていく。そしてその全てを小さな身体に浸透した後、薬液の入っていた注射器を投げ捨てた。

 

「ごめんなさいデス、マリア。でも、ここはアタシたちに行かせてほしいんデス」

「……何かあったの?」

「大したことじゃないデス。ただ……今日のアタシたちは、みんなの笑顔を守護るサンタさんなんデスッ!」

「サンタ、さん……? それって、どういう――」

 

 語る切歌の言葉を、マリアはどれだけ理解ったのだろうか。だがそこに居たあとの二人……調と星司は、彼女の言葉を何よりも理解していた。

 調も切歌と同様に自らにLiNKERを打ち込んでいく。そして同じように空の容器を投げ捨てると、切歌の隣に立ち微笑んだ。二人の背後には、強い笑顔を湛える星司も居る。その笑顔はまるで、自分たちを止めてくれるなと言わんばかりの顔付きだった。

 

「勝手言ってごめんなさいデスッ!」

「マリアは未来さんや子供たちをお願いッ!」

「悪いな、二人ともようやく分かったみたいなんだ。ヤツの相手は、俺たちがするッ!」

「調ッ! 切歌ッ! 北斗さんまで……ッ!」

 

 未だ困惑するマリアを置いて走り出す三人。首から下げたギアペンダントを握りしめ、想いを高めて己が聖詠を謳う。輝きと共に調と切歌がそれぞれのシンフォギアを纏い、即座に禁月輪へと変形させた調の後ろに星司が乗り込んだ。

 高速回転するモノホイールが大地を駆け、隣ではブースターから火を噴かせる切歌が並び跳んでいく。消えゆく三人の姿を、マリアはただ呆然と見ていた。

 

 

 

 

 けたたましい叫びを上げながら暴れ回るスノーギラン。翼は響を、猛はクリスを肩で支えながら彼の超獣と対峙していた。

 

「此方の眼を奪ってくるとは、厄介な……ッ!」

「すみません、翼さん……」

「アタシらも分かってれば、こんな事にならなかったのによ……ッ!」

「構うな立花、雪音。二人が教えてくれなければ私たちもヤツの光の餌食になっていただろう」

「しかし、これでは民間人の避難さえもままならない……」

『まともに変身も出来ねぇってのはやり辛ぇな……ッ!』

 

 S.O.N.G.の黒服たちも加わりなんとか避難を進めているものの、状況は芳しくない。ただでさえ視界を奪われている者が多い中で、スノーギランの口から吐き出される吹雪が更に体温を奪い動きを鈍くさせているのだ。

 響はもちろん、クリスも眼の負傷から猛との変身は不能。翼はアームドギアを大太刀に変形させて、なんとか失明閃光を防ぎながら時折蒼ノ一閃を放ち避難の時間稼ぎをしているような状態で、とてもゼロに変身する暇は与えられなかった。故にマリアとの役割分担を行ったのだが、彼女の姿、もしくはウルトラマンネクサスは未だ現れる兆しはない。

 刻一刻と悪化していく状況を前に、翼たちの耳に届く音があった。地面を抉るような走行音と、噴出するバーニアの放射音だ。その音に気付いた翼と猛が振り向くより速く、彼女らの前に男の姿が現れ、二人の少女は果敢に超獣へと飛び掛かっていった。

 

「行けッ、二人ともッ!」

「デェェェェーースッ!!」

「これでェッ!!」

 

 三本に分かれた切歌のアームドギア、その鎌刃を振り抜くことで発射する。切歌の愛用する技である【切・呪リeッTぉ】である。それに合わせる形で、調のアームドギア、ツインテール型のバインダーが展開されると共に小型丸鋸が連続発射される【α式・百輪廻】もスノーギラン目掛けて放たれていく。

 緋翠の刃がスノーギランの巨体に命中し、火花を散らしていく。相手の一瞬のよろめきを見逃さず、二人も翼たちの前に降り立っていった。

 

「月読ッ! 暁ッ!」

「アイツはアタシたちが引き付けるデスッ!」

「翼さんと先生は、星司おじさんと一緒にみんなの避難をお願いしますッ!」

 

 言うが早いかその場から離れる調と切歌。建物を影にしながら、時に調のアームドギアで失明閃光を遮りながら切歌の刃がスノーギランを攻め立てる。だがスノーギランの吹雪も二人に向きを変え放たれていき、小さな人間のままでは真っ当な対抗になどなるはずもなかった。

 だがそれでも此方に気を引けば一人でも多く助けられる。それを支えに二人の少女は刃を放ち続けていた。

 

 

 一方で避難活動を続けていた翼たち。なんとか目のやられた人々を安全な場所に連れて行き、避難は一先ずの収束を迎えていた。

 シェルターの外、被害者たちから離れた場所に座らせた響とクリスの下に、翼と猛、そして星司がしゃがんで彼女らの状態を確認していた。

 

「立花、雪音、眼は大丈夫か?」

「おぼろげながら、翼さんの顔が分かるかなーってぐらいです……。目の悪い人って、こういう世界で生きてるのかな……」

「ンなこと言ってる場合かよ馬鹿……。これじゃあマトモに戦う事すら出来やしねぇ……ッ!」

「大丈夫だよクリス。私と一体化しているから、少し休めばすぐに回復するさ」

『そうだ、俺と翼に任せとけッ! 翼、行くぜッ!』

「ああッ! ――え?」

 

 起ち上がろうとした翼の前に、既に彼女らに背を向けスノーギランに相対しているものが居た。星司だ。

 

「悪いな翼、ゼロ。ここは俺とあの子たちに任せてくれ」

「北斗さん、それは何故……」

「簡単なことだ。今日の俺は……いや、今日の俺たち(・・・)はサンタクロースだからなッ!」

 

 その言葉の意味が呑み込めず、困惑が顔に出てしまう翼。ゼロも意識の中ではあるが、同じようによく理解していなかった。だが響とクリス、猛は何処となくその意味を理解し星司に笑顔を向けていた。

 力強い笑顔を皆に向けた後、颯爽と走り出す星司。皆が一様に赤い外套に包まれたその大きな背中を見つめていると、まるで本当にサンタクロース(幸せを運ぶ者)が現れたかのように何処か幻視していた。

 

 

 走りながら力を両手の指輪に込める。放たれた小さな輝きは、二人の少女たちの持つ同じ指輪に届いていた。

 

「おじさんからの合図ッ!」

「みんなの避難、終わったってことデスねッ!」

 

 顔を向け合い安堵の笑みを浮かべる調と切歌。だがその隙を逃さんとばかりに、スノーギランが二人へと吹雪を打ち放った。互いに距離を離す形でそれをなんとか回避した時、二人の脳裏に星司の声が響いてきた。

 

(二人とも、行くぞォッ!!)

「ハイッ!」

「分かったデスッ! 調ェッ!!」

「切ちゃんッ!!」

 

 腕を指し伸ばし肩部に位置するアーマーからアンカーを射出する切歌。調はそれを頭部のアームドギアで受け取り、ウインチのように巻き取っていく。同時に切歌もブースターを点火させ、可能な限り速く、調に届くように加速した。

 走っている星司もまた、眼前で腕を交差させ、その腕を高く伸ばしていく。三人の力を心は、それぞれが付けた指輪に収束し、光り輝いていた。

 

「ウルトラァーッ!!」

「「タァァーッチッ!!!」」

 

 星司が両手の指輪をぶつけ合わせ、調と切歌の手が届き互いの指輪が触れた瞬間、閃光が走り三人を一つにする。そして光の中から赤と銀の巨人……ウルトラマンエースが飛び出し、吹雪く暗夜の地に降り立った。

 

「ヌゥンッ! トゥアアッ!!」

 

 スノーギランと相対するウルトラマンエース。力強く走り出し、一足飛びと共に力を込めた右の拳をスノーギランの赤い顔面に叩き付けた。怯んだ隙からの連撃は止まらず、腹部への膝蹴りを数発打ち込み、引き落とすように投げ飛ばす。

 すぐに起き上がるスノーギランが、怒りを表しながらエースに襲い掛かる。振り上げた両腕をエースが捕まえ、力で競り合っていく両者。が、そこへスノーギランが口から猛吹雪を放ちエースの顔面に吹き付けられる。

 その一撃で怯んだ隙にスノーギランが両腕でエースを突き飛ばし、頭部の発光体から失明閃光を発射。思わず顔を覆うように後退るエースに、スノーギランは頭部へと腕を振り下ろしての追撃を加え、膝を付いた瞬間強く蹴り上げた。

 

「ヌッ、グゥゥ……ッ!」

(コイツ、強い……ッ!)

(俺も一度は負けた相手だからな。衰えは無いか……だがッ!)

 

 起き上がりと同時に力を込めた右腕を振るい、光の刃を発射するエース。スノーギランの体に命中し火花を散らして爆ぜる刃だが、一瞬怯んだだけでそう大きなダメージに至っていないのは見て取れる。

 なんとか立ち上がり肩で息をするように上下させるエース。かつて星司が一度は敗れた強敵、先のゴルゴダ星での戦いを想起させる、暗黒と零下に包まれた戦場は彼らの体力を奪い、胸のカラータイマーは赤く点滅しながら警告音を放っていた。

 

(カラータイマーが、もう……ッ!)

(まだッ! みんなの為に、コイツを絶対に倒すんデスッ!)

(切ちゃん……うんッ!)

 

 だが三人の――中でも切歌の心は窮地においても一際熱く滾っていた。お気楽な馬鹿だと揶揄されるかもしれないが、純粋無垢な切歌だからこそ、固めた想いは強固である。その想いの源は、想いの先にあるものは余りにも単純で、何よりも大事なものだった。

 

(みんなの笑顔を守護るんデスッ! だって今日のアタシたちは、サンタさんなんデスからッ!! みんなに笑顔を届けるのが、サンタさんのやるべき事なんデスからッ!!)

 

 胸の内の想いを放った時、切歌の小さな頭に誰かに撫でられたような感触と温もりが走った。すぐに気付く。それは、自らが一体化している北斗星司の掌みたいだと。

 二人が共に在るインナースペースは、何処か穏やかな光で包まれていた。

 

(そうだ、それでいい。サンタクロースは本当に居るとか居ないとか、それはそこまで重要じゃない。クリスマスに誰かの笑顔の為に頑張れるすべての人、みんながサンタクロースなんだ。

 もし本当のサンタクロースが現れるとしたら、そんなみんなの頑張りを見届けた時にある。俺はそう思っている。

 だから、サンタクロースはちゃんと居るって事、俺たちがみんなに教えてやらないとな)

 

 二人を包むフワッとした感覚。まるで優しく抱きしめられているような感触がそこにあった。

 その温かな光に釣られるように、二人の胸の内からギアユニットを通じて新たな歌が流れだす。誰もが知っている聖夜を祝う曲の一つ――『貴方から受け取った、そして私から捧げた言葉。「楽しい聖夜祭を(Merry Christmas)ッ!」』。

 それは曖昧な存在と言われた【彼】が、鈴の音鳴らして街へやってくることを喜ぶ、無垢で無邪気な歌。

 二人が心のままに奏でるその歌と共に、カラータイマーの前で掌を球形に据えるエース。緋翠のフォニックゲインがエースの手の中で収束し、光球と化していく。その光球を天に放ち、エースも腕を広げて天を仰ぐと共に眼から光を放ち光球のエネルギーを更に高めながら回転していった。

 やがて黄金を纏う緋翠の天球は弾け、まるで光の雪のように街中に降り注いでいく。それを浴びた人々は、スノーギランの放った失明閃光から驚くべき速度で回復。皆が徐々に目を開けて、この奇跡を起こしたウルトラマンエースの勇姿を称えるように歓声を上げていた。

 

(みんなの眼が、治った……?)

(うん、やったよ切ちゃんッ!)

(ああ、切歌の歌が俺に力をくれた。この歌があったから、みんなを治すことが出来たんだ。やったな、切歌ッ!)

 

 思わず呆然としたところに、二人の優しい言葉が切歌の心に沁み渡る。思わず涙を流しそうになる切歌だったが、彼女を現実に引き戻すかのように怒れるスノーギランのけたたましい咆哮が響き渡った。

 

(ぼ、ボケッとしてる暇はないデスッ! せっかくみんなを治せたのに、またアイツにやられちゃモトもモコモコもないデスッ!)

(切ちゃん、それは元も子もない……)

(だが切歌の言うとおりだ。一気にケリを付けるぞッ!!)

 

 右手に光を集め丸鋸状に形成、同時に両足の横へと同様の光の丸鋸を生み出す。それはまるで調のシュルシャガナのような足底部車輪のように。

 丸鋸は超速で回転し、まるでスケートのように滑る要領でスノーギランの周りを駆け抜けて行く。自由自在に動いていくエースの動きをスノーギランは捉えることが出来ず、逆にエースの手から離れ牽引される光輪がスノーギランを縛り付け伐り裂いていく。

 

(私たち三人の、クリスマスへの想いをッ!)

 

 そうして拘束されたスノーギランを前に、エースは力を溜めるように、拳を握った腕を胸の前で交差させて、力強く右手を天へと掲げ上げた。

 得意技の一つでもあるエースブレードを出現させる所作。だがそこから現れたのは剣ではなく、何処か歪な形になっている巻いたリボンのような赤いラインを持つ緑の杖――形容するならば巨大なキャンディケインが、エースの手に握られていた。

 

(サンタさんへの想いを、一つに合わせてぇッ!!)

 

 キャンディケインをスノーギランに突きつけるように振り下ろすと、そこから放たれた光がスノーギランを梱包された。そう、文字通りプレゼント箱のような形へ梱包されたのだ。

 そしてその巨大な箱を、まるでゴルフのドライバーショットのように叩き上げ、暗夜の高くへ吹き飛ばす。即座に両腕を伸ばし上半身を左へと捻り力を込めるエース。天へと飛ばされた箱に狙いを定め、止めの必殺技であるメタリウム光線を発射した。

 

「トゥアアァッ!!!」

 

 光線を受け空中で爆散したスノーギランは、まるで冬場には見られぬ花火のような輝きで暗夜を彩り、視力の戻った人々への贈り物のような色鮮やかな光は誰もが自然と笑顔になっていた。

 

 

 

 

 かくして一連のサンタクロース絡みの騒動は収束を迎え、後にタスクフォースの面々も忘年会を兼ねたクリスマス会を開催。皆がそれぞれ笑い合いながら、楽しいひと時を過ごしていった。

 

 

 ――そして迎えた、12月25日。

 

 

 

「デッ……デッ……デェェェェーースッ!!!」

 

 

 驚嘆と歓喜に満ちた、冬の寒さすら吹き飛ばさんとする切歌の大きな大きな第一声から、この一日は始まった。

 命を賭してでも人や命を守護らんとしてきた少女たちみんなが、最高の贈り物をその手に抱え、満開の笑顔を咲き誇らせながら――

 

 

 

 

 end.


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。