絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 03 【悪し様の思い、戦う想い】 -A-

 シドニーでの戦いより2日。ニュースや報道番組では延々と怪獣のこと、ノイズのこと、そして光の巨人の事について決着の付かない議論が展開されている。

 寝起きのパジャマ姿のまま、歯を磨きながらクリスがそれを眺めていた。

 

「…ったく、何が面白くてこんな話ばっかしてんだか」

 

 でかでかと新たなる脅威と出ているテロップや不安を煽るコメンテーターが多い番組構成。この国の報道事情など興味の欠片も無いが、どうにも不快極まりないことまで聞こえてくるから厄介なことだ。例えば、『あの巨人も人類の脅威なのではないか』と。

 何度見たかも知れないウルトラマンゼロとノイズデガンジャの戦闘映像がまた流れ出す。そこから聞こえる歌は、間違いなくあのセンパイ…風鳴翼のものだ。何度となく近くで聴いてきたのだから間違えるはずがない。

 状況がどうあれ、センパイはあの巨人と共に戦う選択をした。それはあの巨人が信用に足る存在だとセンパイが認めたからだ。あの人が認めたヤツが敵でなどあるものか、この無能論者どもが――。

 

「…あーもう、朝から何考えてんだアタシは」

 

 頭を掻きながら乱れた思考をリセットすべく冷水で口をゆすぐクリス。昨晩受けた司令から連絡では、国連の方に掴まってしまい本部としては動けないとのことだった。とりあえず友里あおいと他数人のスタッフだけ帰国させ、状況の簡易把握に努めてほしいとのことだった。

 あおい達と合流するのは今日の放課後。予定外にして予想外の事でもなければ、まぁ問題は無いだろう。

 手早く着替えと身嗜みを済ませ、仏壇に供えた両親へ挨拶もちゃんとしてからの登校だ。この2日間で起きた喧騒とは無縁にも思える初秋の晴天。登校中の生徒はまだ疎らで、いつもより早く出ちまったかとボンヤリ考えながら歩いていく。

 

 

 

 EPISODE03

【悪し様の思い、戦う想い】

 

 

 

 気が付けばいつもの学び舎の正門。いつものように潜り抜け、何ら変わらず歩いていく。そんな彼女に向けて、最近ようやく慣れてきたいつもじゃない声が聞こえてきた。

 

「おはよう、雪音さん」

 

 朝の早くから柔和な笑顔と優しい声で挨拶をしてきたのは、臨時講師の矢的猛だった。女学校であるリディアンに何故男の先生が…という疑問は勿論だったが、他の教師曰く進路指導と生活指導の一環として招いたんだそうだ。

 女学校とは言え彼女ら生徒もやがて社会へ出て行く身。中には男性と言うモノに対し良くも悪くも特殊な感情を抱く者もいる。そんな女生徒に対しても分け隔てなく、不安や嫌悪を感じさせないような…所謂綺麗で無害な人間を、という旨らしい。

 そんな矢的猛、生徒たちからは概ね好評を得ていた。教師たちの目論み通り、『優しいし信頼できそう、授業が分かりやすい、親身になって相談に乗ってくれる』などの声が多く寄せられている。彼へのその評価は、クリスもほぼほぼ同じものを抱いていた。

 

「おはよーございます、矢的センセ」

「今日は早いね。日直かい?」

「偶々ですよ偶々。センセーこそ、いつもそんな早いんです?」

「教師だからね。…それに、今巷を騒がしている事についても気になるからかな」

 

 猛の言葉に今朝のニュースを思い出すクリス。胸に軽い呑酸のような不快感が湧き上がり、つい顔をしかめてしまう。

 

「…ハッ、センセーに何かできるのかい?」

 

 その不快感を払うかのように、思わず心無い言葉を吐き出してしまった。出してからその言葉が素直さの欠片も無い一言だったことを自覚し、ハッと後悔するように猛の顔へ眼をやる。

 彼は、変わらず優しい笑顔だった。

 

「そうだな…。私に出来ることなどたかが知れているだろう。だが、この騒動で心を痛め病んでいる生徒は確かに居る。

 私はそんな生徒たちと話をして、少しでもその不安を和らげてあげたい。教師として、私に出来る最大限の事をね」

 

 力強い言葉だった。強くて優しくて、あまりにも眩しかった。正視し続けていると、本当に不安が無くなっていくんじゃなかろうか…。そんな錯覚を覚えるほどに。

 

「雪音さんも、なにか心配事があればいつでも相談してくれて構わないよ。誰かに聞いてもらうだけでも、心の曇りは晴れるものだからね」

「……まぁ、もしそんな時が来れば、ね」

 

 少し遠回しに否定の言葉で返すクリス。人付き合い、まだ慣れてないなと内心で思い、ついつい足取りが速くなってしまった。

 

「それじゃセンセ、アタシは先に行くよ」

「あぁ。今日も一日、一所懸命に」

 

 去り際の猛の言葉を小さく鼻で笑いながら、校舎へ消える。願わくば、平和な一日でありますようにと思いながら。

 

 

 

 そして午前が過ぎ、午後に入り…異変など起こりようもないような平和さで半日が過ぎ去った。放課後のホームルームも終わり、帰路に就く学生たちの波を流しながら校門でクリスが佇んでいた。

 彼女のその姿を見つけ、仲良く手を繋いだ二人の少女が駆け寄ってくる。調と切歌だ。

 

「クリスせんぱーい!お待たせデェス!」

「おう。あの馬鹿は?」

「響さんは…あっ、来ました」

 

 振り向いた調の答えに、クリスと切歌も校舎出入り口の方へ向く。そこには明るい笑顔の響が隣に未来を連れて駆け寄ってきた。

 

「ごめーん!みんな待った?」

「大丈夫、私達も今来たところだから」

「よし、揃ったな。んじゃ行くか」

「クリス、私も一緒に居ていいのかな…?」

 

 先頭を歩き出すクリスに問い掛ける未来。装者達との仲が最も深い間柄の彼女であるが、流石に今回はS.O.N.Gとしての作戦事項もある。協力者とは言え民間人である自分が居ていいとは、到底思えなかった。

 

「大丈夫じゃねぇの?あおいさんがそこまでヤバい機密を漏らすはずないだろうし、今更だろ」

「そうデスよ!未来センパイもちゃんとしたアタシたちの仲間なのデス!」

 

 クリスと同意するように入ってくる切歌。中々に可愛らしい後輩である。

 

「ありがとう。じゃあ、お邪魔しようかな」

「ねぇねぇクリスちゃん、ミーティングってどこでやるの?クリスちゃんち?」

「だからアタシのプライバシーを尊重しろってんだ!ふつーのところでふつーに済ませばいいんだよ!ファミレスとか!」

 

 ファミレスとはつまり、姦しい女子会から試験勉強までなんでもござれ千客万来の行きつけレストラン、イルズベイルのことだ。が、そんなところで話せるような内容なのだろうか。苦い顔で脳裏にそんな事をよぎらせた瞬間、切歌がまた元気な声で提案してきた。

 

「ハイデース!だったらcafeACEでどうデスか?あそこなら静かだし、オシャレ空間でミーティングも進むと思うデース!」

「私も切ちゃんに賛成。みなさんは、どうですか?」

 

 調の賛成も合わせ、特別拒否する理由も見つからない。全員が其々首肯し、万事解決だ。みせに向かって歩き出す中でクリスがあおいに連絡を取り、場所を連絡しておいた。一先ずはこれで、不備はないだろう。

 

 

 

 

 放課後のカフェは普段なら学生や主婦層の客も多いのだが、今回の怪獣騒動でその数はいつもより少なくはなっていた。なんとも微妙な表情で外を眺める北斗星司だったが、閑散とした店の扉が開き最近よく聞く元気な声が聞こえてきた。

 

「こんにちはデーッス!!」

「北斗さん、お邪魔します」

「お、切歌ちゃん調ちゃんいらっしゃい!今日は先輩たちが一緒なんだな」

「ハイデス!でも、今日はお客さん少ないんデスね」

「この前の騒動で客足止まっちゃってね、こっちの商売あがったりだよ…。チクショウめ、ノイズだか怪獣だか知らねぇが、出て来やがったら俺がブッ飛ばしてやる!」

「だ、駄目デース!そんなことしたら、星司おじさん死んじゃうデスよ!」

 

 血気盛んな星司の言葉に、思わず切歌が止めに入る。いつからそんなに仲良くなったのかは調だけが知っていた。

 夏休み終わりの初来店の日以来、二人ともえらく気に入ってしまい事ある毎に立ち寄っては色んなパンを食べ比べていたのだ。そうこうしている内に話す機会が増え、随分仲良くなったという経緯である。

 

「お、なんだ切歌ちゃん、心配してくれるのか?」

「切ちゃんが心配してるのは、北斗さんのパンが食べれなくなることだよね?」

「おいおい、そりゃ酷いな。俺はパンだけの男だってかい?」

「調ってば何を言うデスか!パンはもちろん大事デスけど、星司おじさんだって大事デスよ!」

「ほぉ、そりゃ嬉しいね。調ちゃんはどうだい?」

「…私も、北斗さんは大事です。切ちゃんやみんなを、笑顔にしてくれるから」

 

 少し恥ずかしそうに上目で言う調。自分を想ってくれる二人の少女に喜び陽気な笑顔で二人の頭を強く撫で回す。

 

「よぉし、今日は二人の先輩方やお連れのお姉さんも合わせて、一人1個までパンをサービスしよう!嬉しいコト言ってくれたお礼だ!」

「やったデス!じゃあこれからはおじさんの喜ぶようなこと言えばいっぱいサービスしてくれるんデスね!?」

「んん、おじさんそういうコト言う娘にはサービスしてやらんぞ?さっきのは取り消して、切歌ちゃんだけサービス無しにしようかなぁ~?」

「じょっ、冗談デース!調、おじさんの気が変わる前に決めちまうデスよ!」

「もう、言われたの切ちゃんだけなのに…」

 

 先輩たちの輪に入り急ぐ背中を笑いながら、あおいが星司に会釈する。

 

「申し訳ありません、あの子たちが失礼なことばかり…」

「気にする事ないさ。お姉さん、あの子らの保護者かい?」

「…近からず遠からず、です」

「そうか…。まぁ、立ち入った話は無しにしよう。ほら、お姉さんも選んだ選んだ」

 

 気さくな星司の言葉に、あおいも柔らかい笑顔で返答する。みんなでワイワイとパンを選ぶ姿は、一気に華やかなものとなっていた。

 飲み物と共に会計を済ませ、一番奥のカフェブースに席を取る一同。その姦しさも、あおいの咳払いですぐに静まっていった。

 

 

「それじゃ、始めましょうか」言いながらノートパソコンを広げ、各々に片耳用のイヤホンを手渡す。情報漏洩なんて大げさなものではないが、あまり外部に漏らしていいモノでもないのだろう。

 画面に映し出されたのは、先日のウルトラマンと怪獣の戦闘映像。ニュースで何度も見てきたものだ。

 

「大まかな事情はみんなも知ってると思うけど、一先ず上は【ヤプール】と名乗る者を敵性体であると言う認識をしているわ」

「ったりめーだ。あんだけハデに殴り込んで来て、オトモダチになりましょうだなんて通るものかよ」

「クリスちゃんがそれを言うと、結構説得力ない気がするなぁ~?」

 

 すかさず茶々を入れる響に対し、その小さな平手で彼女の頭をブッ叩くクリス。ただのドツキ漫才なのは言うまでもない。

 

「ひどいよぉクリスちゃぁ~ん…」

「だったら余計なこと言うな馬鹿」

「ハイハイ脱線しない。…確かに、私達には敵対していたクリスちゃん、マリアさんや調ちゃん切歌ちゃんと分かり合い、仲間として迎え入れることが出来てきたわ。

 でも…今回は本当に、そういう事が出来ない相手だと言う話なの」

「話って…」

「それ、どこからの情報なんデス?」

「…他の誰でもない、ウルトラマン達から」

 

 声を潜めて言うあおいに、周囲の顔が驚きに変わる。だが、真に驚くのはこの次のことだ。

 

「超質量を持つ怪獣の攻撃には、たとえシンフォギアを纏っていてもひとたまりもないわ。翼さんもマリアさんも、一時は瀕死の重症を負う程だった。

 そこへ現れたのが、あのウルトラマン。本人は自身の事を【ゼロ】と名乗っているわ」

「…二人とも、そのウルトラマンに助けてもらったんですね」

 

 先程とは打って変わって真剣な表情で尋ねる響。それに対しあおいも首肯で返す。

 

「一度はウルトラマンゼロが怪獣を倒した。でも怪獣は形を変えて蘇った。…ノイズとアルカノイズ、両方の特性を併せ持ったノイズ超獣として」

「ノイズと…」「アルカノイズもデスか…!」

「その特性により、ウルトラマンもノイズ超獣に対して有効な手段が無くなってしまったわ。そして彼は、もう一つの手段を取ったの」

「もう一つの、手段…?」

 

 反芻する未来の言葉に、あおいは次の映像へ変えた。今度はマスコミにも流出を許さない映像だ。そこに映っていたのは、光と共にゼロの中へと吸い込まれていく翼の姿だった。

 

「センパイ!あおいさん、これは…!?」

「…翼さんは、このウルトラマンゼロと一体化した。シンフォギアの力でノイズの位相差障壁を無力化し、ウルトラマンの力と合わせて超獣本体を討ち倒すことに成功したの」

「つ、翼さんの身体は…」

「現在精密検査の真っ最中だけど…本人からは、『十全です』とだけ返されちゃって」

 

 やや呆れた笑顔に変わるあおい。まぁ心配してみれば何一つ問題なかったと言われれば、こうもなろう。

 周囲から安堵の溜め息が漏れるが、調と切歌だけはまだその顔をしかめたままだった。

 

「…あおいさん、マリアの容態は?」

 

 先に口を開いたのは、調だった。彼女の言葉を受け別の映像を映し出す。そこに居たのは、ベッドの上で眠っているマリアの姿だった。

 

「…先日の戦い以降、彼女はまだ目を覚ましていないわ」

「ま、マリアはそんなに悪いんデスか!?」

「……受けたダメージで言えば、明らかに致死量だった。即死と言っても過言じゃない程だったわ。…でも、現在はバイタルの上では正常。外傷も無し。意識が回復していないことを覗けば、十分に健康体といえるわ」

「よかった…。でも…だったら何故…」

「なんで、マリアは目を覚ましてくれないデスか…」

 

 一瞬安堵はしたものの、すぐに鼻声となってしまう調と切歌。彼女らにとってマリア・カデンツァヴナ・イヴとは、頼れる姉であり遺された唯一の身内に等しい存在なのだ。こんな状況に陥って、心配しないはずがない。

 

「…恐らくだけど…ウルトラマンゼロが出現した時、マリアさんを覆うように光が差し込んだの。それが、何か影響しているんじゃないかと…」

「…さい、デスか」

 

 しょんぼりと意気を消沈させる調と切歌。先程でもそうだが、きっと不安や心配を伝播させないようになんとか元気を振り絞っていたのだろう。そんな彼女らの姿を見て、二人の間に割って入るように手を握り、響が強い笑顔で明るい言葉を放った。

 

「大丈夫だよ二人とも!マリアさんだってちゃんと目を覚ましてくるし、またカッコ良く帰ってくるって!」

 

 握った手は暖かく、彼女本来の優しさと強さを象徴しているかのようだった。根拠も無ければ保証も無い。だが、それでも信じてみたくなる。今の立花響の言葉は、そんな思いが溢れていた。

 

「…ありがとう、響さん」

「アタシたちがショボンしてちゃダメデスよね…!」

 

 二人の少女に笑顔が戻り、重い空気はまた明るさを取り戻す。閉鎖した環境に囚われるように育ってきた調と切歌が誰かを信じるようになれたのも、こうやって響が手を繋ぎ、クリスのような先達がいたからであろう。

 

「アイツの居ない分は、アタシらでしっかり埋めてやらねーとな」

「はいっ」「デース!」

「それじゃ、話を進めるわね。今後のみんなについて」

 

 あおいが新しい話に入るとすぐ静かになり、皆が一様に聞き入る姿勢へ変わっていた。

 

「ノイズ及びアルカノイズが出現した場合は、いつも通り最寄りの装者が出動、殲滅にあたる。出現場所が分散した場合は、その距離や規模を考慮した上でフォーメーションを組んで当たってもらうわ。調ちゃんと切歌ちゃんには申し訳ないけど、常に二人のセッションが出来るとは思わないで」

 

 他の装者より戦闘技術と適合率が劣る調と切歌は、どうしてもまだ二人で一人前程度だと言わざるを得ない部分がある。勿論二人の纏うシンフォギア…シュルシャガナとイガリマにも、響のガングニールやクリスのイチイバル、翼の天羽々斬やマリアのアガートラームにも劣らぬ特性は秘めている。だが本来は女神の携えた双刃が所以とされる聖遺物。二人で共にあることが、その力を最大限引き出すのである。それを意図的に崩す状況も有り得るということだ。

 

「つまり、基本は先輩のバックアップ…」

「が、頑張るデス!」

「頼りにしてるよ、二人とも!」

「まー今更ノイズやアルカノイズ程度じゃ問題はねぇな。それより問題は…」

 

 そう、ノイズよりも遥かに厄介な相手が控えている。怪獣だ。

 

「怪獣撃滅については上も戦力を出すとは言っているわ。でも、シドニーの一件を鑑みるとあまり期待できないかも知れないわね…」

「センパイたちであれだけ苦戦したんだもんな…。それも、ウルトラマンの助けが無ければどうなってたか…」

「そう…。だからこそ、対怪獣の状況は慎重にならざるを得ないわ。協力の意を示してくれているウルトラマンも常に居るとは限らない。その中で最も有効な対抗手段は、唯一遠距離で最大火力を叩き込めるクリスちゃんのイチイバルよ。怪獣と対峙する場合、装者は可能な限り全員が揃い、クリスちゃんの防衛を中心に行動しつつイチイバルでの攻撃を優先。臨機応変に響ちゃんとS2CAツインブレイクを行うことも考慮して挑むこと。…までが、風鳴司令からの指示よ。それと…」

 

 と、あおいが未来の方へ目をやる。装者ではないが関係者、そんな裏を知る人物である彼女には別に頼むべきことがあった。

 

「未来ちゃんには、率先して避難誘導をお願いしようかしら。もちろん自分の命を最優先にした上で、だけど」

「は、はいっ!」

「えへへ、よろしくね未来」

「うんっ。響たちが戦いやすいように、私は私の出来ること頑張るね」

 

 笑顔のやりとりも済ませ、今後の行動指針も一先ずは決定した。どうしても攻め手に欠き後手に回ってしまうのは仕方ないが、対処が分かれば動きやすいものだ。ある意味では、いつもの災害救助と似たような事である。

 

「それじゃ、私は本部の方に戻るわね。司令に色んなこと、報告しなきゃ」

「あ、あおいさん…」と呼び止めたのは調。だが彼女だけでなく、切歌の目線も向けられていた。

「あの、ここのパンをお土産で持って帰って欲しいのデス…!」

「マリアが起きたら、食べてほしいから…。それに、翼先輩やエルフナインたちにも」

 

 心も体も幼いながら、大切なものへの想いは他者と比べるまでも無い強さを持った二人の少女。そんな彼女たちの小さなお願いを、あおいは快く笑顔で承った。

 

「えぇ、分かったわ」

 

 きっとそんな無垢な優しさが、二人の歌を強くしてくれるのだろうから。

 

 

 

 

 一方、国際連合超常災害対策機動部本拠地。

 ご立派にしてご大層な施設の内部、そのメディカルルームから検査を終えた翼が出て来た。すぐに無線式の小型イヤホンマイクを片耳に装着する。その直後、彼女の耳に男の…ウルトラマンゼロの声が響いてきた。

 

『随分と時間がかかっちまったな』

「仕方あるまい。前例のない事だからな、どうしても情報を欲しがってしまうのだろう」

 

 シドニーの戦いより二日間、翼は休む間もなく検査の連続を受けていた。まずはウルトラマンゼロと同化したことへの身体状況、副作用などを調べ、次いで左手に装備されたウルティメイトブレスレットを徹底的に解析された。その結果としては…

 

「…何も解らぬままか」

『だろうな。この世界の技術力でウルトラマンのことを調べようなんざ土台無理な話さ』

 

 そういう科学的な事は測り切れぬ翼だったが、この一連の検査はやはり心地の良いものではなかった。実験動物とは、こんな思いをしていたのだろうかとふと考えてしまう。

 そして、この場にもし櫻井了子かDr.ウェルが居たのならば、この身の変化と彼をどのように解き暴こうとするだろうか。考えるとまた、気分が悪くなってしまった。この左手に宿る、命の恩人にして共に戦うと決めた仲間にどう詫びればいいのだろうか――

 

『お前が気に病むことじゃねぇよ、翼』

「ゼロ…」

『別に、人間全員がイイ奴だなんて綺麗事信じてるわけじゃねぇしな。翼やお前の仲間みたいなイイ奴もいれば、どうしようもない奴だっている。それは、ウルトラマンだって同じさ』

 

 ゼロの言葉は、どこか遠くのように感じられた。それは誰を想っての事だったのか、翼に分かるはずもなかった。

 ただ彼が、自分の心身を案じてそう言ってくれたという事だけは理解できた。

 

「…すまんな、感謝する」

『いいってことよ。で、検査はまだやるのか?』

「いや、一通り済んだはずだ。着替えて指令室の方に戻ろう」

 

 言いながら更衣室に入っていく。自分の服を入れたロッカーを開け、乱雑に仕舞われた服の中から先に手拭いを取り出し左手のブレスレットを覆い隠すように巻き付けた。

 

『おいおい、またかよ翼…。前にも言ったけど、なにも意味ねーよソレ?』

「…き、気分の問題だ」

 

 ブレスレットの中央についている青い宝玉。別に何が悪いワケでもないのだが、そう言うのがあるとつい気にしてしまうのだ、邪な視線があるのではないかと。人々を守護る防人であれど、その中に秘めた乙女の部分はこういう無駄なところで顔を出してしまうのだと再確認してしまった。が。

 

『…別に好き好んでお前の身体を見たりするかよ』

 

 ポソっと呟いたゼロの言葉に瞬時に反応し、鉄筋コンクリートを仕込んだ鉄壁に裏拳の要領でブレスレットを全力で叩き付けた。とりあえず連日の検査で分かったこと。この程度じゃコレは壊れない。

 

『イッタい!!?急に何すんだ翼ァッ!!』

「それはそれで何故か非常に腹立たしかった。それだけだ」

『だぁーもう、わっかんねぇなぁ!』

 

 ゼロの文句を聞き流しながら服装を整える。軽装を着こなし終えたらブレスレットの手拭いを外して仕舞い、早足で歩いて出て行った。

 

 

 

 翼が指令室のドアが開くと、そこにはエルフナインが一人でモニターに向かい合っていた。いや、向かいのモニターにはエックスの姿も映されている。実質二人、と言ったところか。

 そのドアが開いたことを察し、エルフナインが翼の方へ振り向いた。

 

「あっ、翼さん!検査お疲れ様です!」

「あぁ、エルフナインも作業お疲れさま」

 

 そのまま彼女の隣に立つ翼。やはり、モニターを見ても何が表示されているのかチンプンカンプンだ。

 

「何か分かったことがあったのか?」

「現時点では、あの怪獣…デガンジャと呼ばれた個体についての情報と、ヤプールや怪獣、ノイズが出現する際の時空振動波の違い…あとはウルトラマンとのユナイト状態を数値化するところまではやりました」

「ユナイト状態の、数値化…?」翼の問いに、次いで答えたのはエックスだった。

『私が説明しよう、翼。人間とウルトラマンとの合体…即ちユナイトは、その交わりが強ければ強いほど力を高められるんだ。これは私の経験に基づくことだ、間違いはない。それを皆が分かりやすく管理するための数値化と言う事だ』

「何故管理する必要がある?」

『ユナイト数値が高くなることで、君自身の身体にかかる負荷も増大する。過度に心身が同調されていくことで、受けるダメージまで増えてしまう恐れがあるんだ。共に戦う以上、翼の身体を疎かに考えるわけにはいかないからな』

「…つまりは装者と聖遺物との適合率のようなものか。なるほど、得心した」

 

 理解と把握を済ませ納得する翼。そんな彼女へ、次はエックスから問いかけがあった。

 

『すまない翼、ゼロと話をしても大丈夫か?』

「あぁ、構わない」

 

 翼の返答と共に、ブレスレットの宝玉が輝きだす。そこから、ホログラムのようにゼロの姿が浮かび上がってきた。

 

『どうした、なんか用か?』

『あぁ…色々と情報も得たから、一度持ち帰って整理したくてね。大地やグルマン博士の意見も聞きたいし、またイージスの力で戻してくれるとありがたいんだが』

『あぁ、スマン。無理だ』

 

 ゼロから放たれた一言を聞き無言になるエックス。コイツは一体何を言っているんだろうかと言わんばかりの沈黙だった。

 

『……ゼロ、改めて尋ねたい。イージスの力で一度私を元の世界に戻してはくれないだろうか』

『だから無理だって言ってんじゃねぇか』

『ど、どういうことだ!なぜイージスの力が使えないんだ!まさかエネルギー切れとかそういうことか!?』

『いやな、こっち来てからイージスがどっか行っちまったんだ。正確には、イージスの力で俺がこっちに降臨した時に、だな。ついでにダイナとコスモスの力も、この前使った後使えなくなっちまった』

『だからそれは何故だと…!!』

『んなもん俺が知る訳ねぇだろ?つーか、別に大地や博士に相談しなくても俺たちがいりゃなんとかなんだろ』

『なるかッ!私は身体を大地に預け、意識部分だけでこっちに来たんだぞ!これではユナイトどころかただのナビAIじゃないか…!向こうに戻れたらXioの増援も期待できたというのに…!』

 

 もしホログラムとしてエックスの姿が映し出されていてば、彼は今思い切り頭を抱えているだろう。そう思わせるほどの落胆具合だった。

 ウルティメイトイージス…ウルトラマンゼロが別の宇宙にて、平和を脅かす侵略者と戦った時にその世界の【神】が平和を願う人々の心を束ね紡ぎゼロへ託した輝き。ゼロと共に存在していた其れは、時空を超え、銀河を跨ぎ、彼と共に宇宙の脅威を討ち倒してきたものだ。

【ダイナ】と【コスモス】の力もまた、別の宇宙で彼に授けられた力。シドニーでの戦いで見せた【赤いゼロ】と【青いゼロ】になる為の力でもある。

 今となってはゼロにとっても欠かすことは出来ないもののはず。だが、彼は別にそれを嘆くことも無くあっけらかんとしていた。

 

『グダグダ言ってんなよエックス。さっきも言ったが、俺たちがいりゃどうにでもなるさ』

「ゼロ、先程から『俺たち』とは言うが…この世界に居るウルトラマンは、お前とエックスだけではないのか?」

 

 と尋ねるのは翼。はたまたそれは、一体化している自分を『俺たち』の中にカウントしているのだろうかという疑問からだった。

 

『いや、俺とエックス以外にあと2人居る。ヤプールの放つマイナスエネルギーとこの世界の関連性を調査するために、人間として暮らしているはずだ。

 ウルトラマンAとウルトラマン80…どっちも俺の大先輩でな、頼りになる人達だぜ?』

「エースと、エイティ…。すみませんゼロさん、そのお二人の特徴、もっと具体的に教えてくれませんか?」

『おう、いいぜ!』

 

 デスクに向かうエルフナインの要望に快く応えるゼロ。エックスと共に、新たな情報整理を行っていくのだった。

 

(…実質戦力として数えられるウルトラマンは、ゼロとそのエース、エイティの3人か…)

『大したこたァねぇさ、翼。ノイズが出ればお前やお前の仲間が戦い、怪獣が出れば俺たちウルトラマンが戦う。ノイズ超獣になったら俺たちで倒せばいい。だろ?』

 

 一体化しているからだろうか、不安を読んだかのような返しをするゼロ。そうだ、深く考えることは無い。私には…この世界には今、それだけ頼りになる者が居るのだから。

 

「そうだな。頼りにしているよ、ゼロ」

 

 僅か二日で得たものはまだ信頼と言うには遠すぎる。だが共に戦場を駆け抜けたことで、そして共に在ることで信用は出来ている。ウルトラマンの強さ、そしてこの世界を守護りたいという意志はこの身に染みているのだから。

 それだけ確認できた。そう思った瞬間、指令室のアラートが大音量で鳴り響いた。

 

「警報ッ!?エルフナインッ!」

「ノイズ出現予測を感知しました!場所は日本です!」

『時空振動も感知している!このまま上昇すれば怪獣出現も考えられるぞ!』

 

 言った傍からか、と思わず歯軋りをする翼。幸い日本ならば他の装者も揃っている。簡単に危機的状況へ陥ることは無いだろう。だが可能な限り早く、対処行動は取らなければならないのも事実だった。犠牲者など、出ないが良いに決まっているのだから。

 

「エルフナイン、すぐに司令とあおいさんへ連絡して藤尭さんを起こすんだ。私は雪音たちに伝え、出動準備をしておく!」

「り、了解です翼さん!お気をつけて!」

 

 凛々しい笑顔で左手を上げて走り去る翼。彼女の付けたブレスレットの輝きも、まるで『任せとけ』と言っているようにエルフナインは感じていた。

 当本拠地は早朝を迎えたところ。つまり日本では、夜の賑わいが見られる時間帯である。


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