絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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Another side EPISODE 02【知られざる邂逅】

【ルナアタック】より数か月後、世界は誰にも気付かれること無く破滅の危機を迎えていた。

 かつてルナアタック時に破損した月がその公転軌道を変え、遠くない未来に地球へと衝突することが明らかになっていたのだ。

 だが米国をはじめとする政府高官や世界に暗躍する秘密組織であるパヴァリア光明結社らはこの事実を隠蔽。自分達の保身を最優先とした政策や対策を秘密裏に押し進めていた。

 そんな世界に対し牙を剥いた者が居た。正義では貫けぬものを貫くために起ち上がった、『武装組織”フィーネ”』。マリア・カデンツァヴナ・イヴを筆頭とし、失われたソロモンの杖を用いてノイズを己が傘下に置き、世界に対し宣戦を布告したのだった。全ては、月の衝突から世界を救う為に。

 だがそんな彼女らの思いも、為すべき正義も、協力者であったDr.ウェルにより蹂躙簒奪され彼の歪んだ英雄願望を為すための傀儡と化してしまっていた。

 それでも奇跡を纏い歌う少女たちは立場の垣根を超えてその手を取り合い、暴走するDr.ウェルと彼の擁する自律型完全聖遺物ネフィリムとの最終決戦を迎えていた。

 

 

 

 遥か彼方、星が音楽となった……彼の日

 

 

 

 フロンティアより射出された遺跡宇宙船内部。先史文明が遺したものとされる月の古代遺跡が、70億の人類から放たれたフォニックゲインとそれを収束したフロンティアによって再起動を開始。その公転軌道は元に戻りつつあった。

 それをただの一人で制御支配していたのは、武装組織フィーネを立ち上げた張本人であり米国聖遺物研究施設F.I.Sに所属していた聖遺物の権威の一人、ナスターシャ教授だった。

 外――宇宙空間では、巨大遺跡”フロンティア”を取り込み変貌したネフィリム・ノヴァと限定解除された白きシンフォギアを纏った6人の少女が激戦を繰り広げている。やがて少女らは、ネフィリム・ノヴァの災火から世界を守護るため戦場をバビロニアの宝物庫へと移す。それにより、最早彼女らの勇姿を見ることは叶わなくなったが、ナスターシャは少女らの勝利を信じて疑わなかった。

 口からは血を吐き、その命は風前の灯火と言ったところだ。吐血が落ち着いたところで可能な限り大きく呼吸をし、自らの身を守護ってくれていた高性能車椅子――今は多くの個所が故障を訴え、ただの椅子に近いモノと化してしまった――に背を預け、眼前の奇跡……一つの音楽となり光り輝く青き母星をただ眺めていた。

 

(……これで、私の役目は――)

 

 自らに課せた全ての責務を終え、残されたことを愛娘たちに託し、そのまま眠りにつくように安らかに微笑んでいた。

 そんなナスターシャの耳に、この場に決してあるはずがないモノが聞こえてきた。人の声だ。

 

「それで、良いんですか?」

「あなた、は……」

 

 青年の声だった。虚ろな左目を開いて見ると、其処には見紛うこと無い”人間”の男が居た。宇宙へ浮上したフロンティア、その最中に月へ向けて強制分離射出されたこの遺跡宇宙船には、自分一人だけだと思い込んでいたのだが。

 そんな疑問を抱きながらも、青年はナスターシャに向けて話を続ける。とても優しく、何処か悲しげな声で。

 

「この世界には、貴方の生を願う人がたくさんいます。貴方の命を惜しむ人が、まだ。

 僕は、貴方をこんなところで死なせたくありません」

「……フフフ、それは嬉しい、わね……。こんな折れた老骨を、まだ繋ぎ止めようとするなんて……。

 ……ですが、私はもう、十分すぎる程に生きました……。愚かな空論に付き合ってくれた優しい娘たちを見送り、世界最高のステージを、こんな特等席で見せてくれた……。

 思い残すことは、もう何も無いのです……」

「そんな……ッ!」

 

 ナスターシャの言葉に、青年はただ涙を浮かべる。そんな彼の心が、ナスターシャには理解できなかった。

 

「……何故、貴方が泣くのですか。どうして此処に居るのかも理解らぬ、縁もゆかりも無い貴方が、何故涙を流す必要があるのです……」

 

 彼自身その理由はよく分かっていなかった。

 ただ、何もかもを犠牲にして世界を守護ろうとしてきたこの女性にこそ、この戦いの先にある世界を見てもらいたかった。一所懸命の対価は、彼女にこそ齎されるものだと思ったからだ。

 だと言うのに、彼女はそれを否定した。そしてただ優しく、彼の青年を案じているようだった。まるで彼を、今は遠きに在る自分の教え子の一人であるかのように。

 

「気に病むことはありません……。私に与えられた断罪と、齎された贖罪……その全てを為したなどいう傲慢はありませんが、このような最期を得られたことに感謝しているぐらいです……」

 

 それでも、と言いかける青年。だがその時、強い地響きが二人に襲い掛かった。同時に渦巻く黒い影が、その形状を変化させていく。

 黒い影はやがて白い身体へと変わっていき、何処かウサギを彷彿させる赤い垂れ耳を持つ巨大な生物へと為していった。

 青年はすぐさまナスターシャの前に立ち、彼女を庇うように巨大生物の前に立ちはだかった。

 

「一体、アレは――」

「もう、来たのか……ッ!」

 

 先程までの涙ぐんだ顔など何処吹く風と言わんばかりに、凛々しく力強い顔に変わる青年。ナスターシャの眼から見ても、彼は眼前の巨大生物について熟知しているようだった。

 思わずそれについて問い質そうとしたナスターシャだったが、一言声を出そうとした直後に喀血した。

 

「ッ! 大丈夫ですか、しっかりしてくださいッ!!」

「構わないで……。それよりも……貴方は、アレがなんなのか知っているのでしょう……?」

 

 先程まで死の淵にあったとは思えぬ鋭い目で青年を睨みつけるナスターシャ。その目の奥にはまるで、最後に残ったとても小さな種火を煌めかせるような光があった。その有無を言わさぬ迫力に、彼はその詳細を語り始める。

 

「……アレは、黒い影法師と呼ばれる存在が呼び寄せた怪獣……。満月超獣、ルナチクスです」

「怪獣……そんなものが、何故……」

「奴らは以前から、この世界を狙っていました。僕は奴らの動向を探るためにこの世界へ訪れ、人間として暮らしながら見張っていましたが……まさか、こんな時にこんな場所で現れるなんて……ッ!」

 

 頭部の赤い耳らしき物体を動かし、鼻をヒクつかせる。その動作は何処までもウサギのようだ。そんなルナチクスの赤い目が、立ちはだかる青年と血を吐きながらも睨み付ける老婆に照準を合わせていた。

 その巨大な獣にも怯むことなく、ナスターシャは青年に対し言葉を放っていく。

 

「……私に思考を巡らせる時間はありませんが、これだけは分かります。アレは、人類の敵……なのですね。

 そして狙いは……この場所より制御している、70億のフォニックゲイン――ゴホッ、ゴフッ!」

 

 再度血を吐くナスターシャ。青年は思わず駆け寄るが、それを弱々しい手で制止させた。

 

「駄目です、無理をしたら――」

「……不思議なものね。もう無理できる力など、何処にも残っていないはずなのに……。

 ――貴方がどうやって此処に来たのかは分かりません。ですが、来れたと言うことは帰る手段も持っているということ……でしょう? ならば、すぐに此処から立ち去りなさい……ッ!」

「そんな、貴方はどうするんですッ!?」

「どうせもう消えかかっている命……ならばせめて、この船と共に眼前の脅威を砕いて見せましょう……ッ!」

 

 端末と思しき台に手を乗せて立ち上がろうとするナスターシャ。だが彼女の身体は、自身の意思を否定するかのように動かせずにいた。それどころか身体に力を入れるたびに喀血が酷くなる始末。残された僅かな力は、口惜しさで奥歯を噛み締めるだけで精一杯だった。

 そんな彼女を前に、ルナチクスは嗤うように鳴きながら小さく跳ねていく。だがその僅かな跳躍でも古びた遺跡は大きく揺れ動き、瓦礫が降り注いできた。

 

 ナスターシャは思った。これはきっと、大事な”義娘の一人”を見殺しにしてしまったことへの断罪なのだと。フラッシュバックする過去の傷痕。だがそれは、光の壁に照らされ遮られた。

 青年は、ただ腕を広げて突き出しながらナスターシャの前に立っていた。その眼前に、光の壁を作り出しながら。

 

「貴方は……一体――」

「……本当は、大隊長たちには真相が掴めるまで過度にこの世界には干渉するなと言われて来ました。それが今回の僕の任務であり、やがて来たる脅威を光の国へ伝えるためにと……。

 ――ですが」

 

 光の壁は爆ぜ、二人を襲った瓦礫は粉微塵になって消える。

 そして左腕を前に構えると共に、その腕に炎を象った紅蓮と黄金のブレスが浮き上がってきた。

 

「ですが僕は、目の前で危険に曝されている人を放ってはおけないッ! 例えそれが、今にも尽きそうな命だとしても……見捨てるなんてことは出来ないッ! もう二度と、絶対にッ!!」

 

 あまりにも青臭い、優しすぎる啖呵を強く切る青年に、ナスターシャは何かを見出していた。

 言うなれば、この光が世界を救う力の一端。

 自分だけでは終ぞ引き出してあげることの叶わなかった、少女(マリア)の中にも存在していた光。

 繋いだ手が紡ぎ、輝かせたもの――。

 

 

 そして青年は、強い決意を以て動き出す。

 右腕を外から内へ大きく回し、掌を左腕のブレスにかざす。そして中心の宝玉を擦り滑らせるように、強く外へと弾いていった。

 ブレスの内部に強い炎が沸き立つように燃え盛り、一度大きく左へ屈んだ後にブレスを天に掲げると同時に青年は”自らの名”を吼え叫んだ。

 

 

「メビウゥゥゥゥゥスッ!!!」

 

 

 ブレスを中心に浮かぶ、永遠の円環(メビウス)を意味する光輪。光に包まれた青年は、その肉体を赤と銀の輝く異形へと変態させ、白き巨獣――ルナチクスの前へと顕現した。

 

 ナスターシャの前に現れた巨人は、別の世界ではこう呼ばれていた。

【ウルトラマンメビウス】と。

 

 

 

 

 そしてナスターシャの眼前で始まったのは、彼女の持っていた常識を全て覆される壮絶な戦いだった。巨人と巨獣……その戦いを誰よりも先に、誰にも知られること無く目撃してしまったのだから。

 

 左腕を突き出し右腕は力瘤を作るかのような姿勢で開いた独特の構え。一拍の間を置いて巨人……メビウスが巨獣……ルナチクスへと駆け出していく。

 力強く組み合い押し合う両者。力を比べ合った後にメビウスの左足がルナチクスの胴体に打ち込まれ、両者は再度距離を取り合った。その距離を一気に詰め、メビウスの拳による連続攻撃がルナチクスの胸部に放たれ、狭い船内を揺らしながら押し下がっていく。

 だがルナチクスもこの程度では終わらず、雄叫びを上げながら強力な脚で地面を蹴り強靭な爪を振りかぶってきた。それを両手で捕まえるように抑え、踏みとどまるメビウス。力任せに振り払ったのはルナチクスの方だった。

 すぐに受け身を取り起き上がるメビウスだったが、眼前のルナチクスの口……その牙の隙間から炎が溢れて見える。高熱火炎を発射するのであろうことは、メビウスは即座に理解した。だが視線を下に向けると、其処には血に塗れながらもこの巨大な戦いを目に焼き付けんとしているナスターシャの姿がある。彼がとるべき行動は、たった一つだった。

 

「セヤァッ!」

 

 掛け声と共に両手を前に突き出し、光の防壁を作り出す。同時に放たれたルナチクスの火炎を、光は全て受け止めていた。だが絶えず放たれるルナチクスの炎に、徐々に押されていくメビウス。その姿を見て、ナスターシャは自分が彼に守護られていることを強く自覚した。

 

「…………ッ!」

 

 思わず歯を食いしばる。人類の敵たる巨悪と、それに抗い起つ銀色の巨人……その戦いに、今を奮闘する彼にとって風前の灯火であるこの身はあまりにも足手纏い――いや、重すぎる足枷だ。

 何とかすべきと思い全身に力を入れるも、僅かばかりに動く程度のこの身体はあまりにも無力だった。

 それでも何とかしようと……最期の最後まで決して諦めずに命を燃やさんとすることを、ナスターシャもまた知ったのだった。一つの音楽となった彼の地球(ほし)を見て……その為に戦う彼の、そして【彼女たち】の姿を見て。

 その想いが、ナスターシャの手を遺跡宇宙船の操作パネルへと触れさせた。

 ただ触れただけだが、たったそれだけがあまりにも大きな意味を成す。今この船を掌握しているのは彼女自身。如何なる命令も彼女が下せば実行されるだろう。例えばそれが、自壊を意味する命令であろうとも。

 

「……幕を、下ろしましょう」

 

 震える指で、見ようともせず指先の感覚だけで操作していく。僅かな時間で組み上げた命令文は、すぐに実行へと移すように輝きだす。

 次の瞬間戦いを繰り広げていたメビウスとルナチクスの足元が揺らぎだした。

 

(これは!?)

 

 思わず戸惑うメビウス。ルナチクスも同様なのか、左右に首を振りながら叫び声をあげていた。その中で唯一落ち着き払っていたナスターシャ。彼女に残されたほんの僅かな力は、声となって響いていく。

 

「狼狽えてはなりません……ッ! 貴方は戦いに、集中なさい……。今は貴方だけが、その未知なる脅威からこの世界を救えるのですから……ッ!!」

 

 思わずナスターシャの方を向くメビウス。銀色の眼が血涙を流す隻眼と交錯したとき、ナスターシャは何処か彼が戸惑っているようにも見えた。無機質的な顔をしているにもかかわらず。

 そんな彼に向けて優しく微笑みながら、もう途切れ途切れの掠れ言葉を紡いでいった。まるで、曲の終点を打つかのように。

 

「……私はもう……私の、戦いを……終わらせ、ました……」

 

(……調……切歌……マリア……愛しい私の子供たち……。……セレ、ナ……)

 

 

 

 

 

(――ッ!!)

 

 力を失い崩れ落ちるように倒れるナスターシャ。思わず彼女に向けてその手を伸ばすメビウス。巨大な掌は血塗れの老婆を優しく包み込むが、その手の中には生命の温もりがもう存在していなかった。

 せめてもの思いなのか、メビウスの掌から放たれた光はナスターシャの血糊を洗い流すように消し去っていく。そうして石畳の上に優しく置かれた彼女は、眠りについたかのような安らかな顔で息を引き取っていた。

 

 鳴動を続ける遺跡宇宙船の中で、メビウスは拳を強く握り震わせながら立ち上がった。相対するルナチクスは、まるで哄笑するかのように鳴き声を上げていく。

 彼の心を占めていたのは、口惜しさと情けなさ。『信じる心が、不可能を可能にする』――胸に抱き続けている想いも、時にこうした理不尽に凌辱されることもある。

 長い生の中でこんな事は何度も立ち会って来た。どれだけ伸ばしても届かない事、不可能のまま終わってしまった事……。だが、彼とていつまでも世界を識らぬ新人などでは無い。為すべき事は、理解っている。

 

『狼狽えるな』と言い遺したナスターシャの言葉が蘇る。出会ったばかりの彼女は、最期の最後にこの身へ信を預けて逝ったのだ。この世界を守護れを、檄を飛ばしながら。

 心に強く炎を燃やし、メビウスは再度ルナチクスへと戦いの構えを向ける。意気と共に駆け出すメビウスに対し、叫び声と共にルナチクスの眼球がミサイルとなって発射。放つ度に新しい眼球が装填され、連続で撃ち込んでいった。

 

「ハアアアァァッ!!」

 

 メビウスの拳に光が宿り、輝く手刀がミサイルの全てを切り払っていく。そして擦れ違いざまに一閃。ルナチクスの胴体を浅く斬り付けた。ダメージの痛みと共に鳴き叫ぶルナチクス。其処へ追撃するように、メビウスが胴体へ連続蹴りを放っていく。よろめき数歩後退した瞬間、ルナチクスの足元が崩れ落ちその巨体のバランスを奪っていった。

 

(これは……そうかッ!)

 

 一瞬驚くメビウスが見回した先に視界に映ったのは、輝きを続ける遺跡宇宙船の操作パネル。それこそがナスターシャが遺した遺跡宇宙船への最後の命令……ある定点の瓦解と陥没。俗に言う落とし穴――実際には、例えるところの【外部ハッチ】を解放したに過ぎない――だった。

 そこに片足を奪われ転倒。吼えながら悶えるルナチクスだったが、其処に向けてメビウスが胸の前で左腕を構えた瞬間、腕のメビウスブレスから光が伸び剣と化した。メビュームブレードである。

 その威圧感に掻き乱されたのか、ルナチクスはなんとか抜け出そうと更に悶えていく。しかしメビウスもその隙を逃すことなく、駆け抜けながらルナチクスへと光剣の一閃を奮っていった。斬撃痕から光が溢れ、先程まで悶えていたルナチクスの動きが止まる。メビウスは即座に振り返り――背後にはモニタリングしていた音楽となった地球とそれを聴く月の光を背にしながら――左腕のメビウスブレスに右手を当て、真っ直ぐ水平に擦り合わせるように開く。

 

「ハァァァァ……ッ!! ダアアァァァァッ!!!」

 

 両の手を頭の上に動かしていく中で、両手の間に輝く永遠の円環(メビウス)の光輪。その力が最大に高まったところで、両腕を十字に組み合わせ、その右手部分から黄金の光線を発射した。

 幾多もの邪悪な怪獣を撃ち倒してきた正なる輝き……メビュームシュートがルナチクスへと直撃。その巨体を爆散させていった。

 

 

 

 その場に佇むメビウス。光が収束していくと共に、銀色の巨人が人間の姿へと戻っていく。そして緩やかな足取りで、石畳の上に眠るナスターシャの元へと向かっていった。

 膝を付き、彼女の顔を覗き見る。そこには安らかで穏やかに眠る、最期の瞬間まで命の総てを燃やし尽くした女性の寝顔があった。未練や後悔などを感じさせぬ、美しいとまで思わせる笑みを浮かべていた。

 そんな彼女の隣に座る青年。溢れそうな涙を服の裾で拭い去ったとき、一瞬大きな揺れが遺跡宇宙船を襲った。位相世界……バビロニアの宝物庫を超えてなお現世にまで伝播する衝撃波。それは宝物庫内でネフィリム・ノヴァが爆発した余波だった。

 やがて揺れは収まり、月に照射されていたフォニックゲインも消えて、露出した月遺跡は淡い輝きを湛えたままゆっくりとその進路を僅かずつ元に戻していった。その一部始終を見送ると、青年はナスターシャの手を胸の上で重ね合わせ、両手から淡い光を放ち彼女を膜のような光で包み込んでいった。

 

「……これでもう、貴方が傷付くことはないでしょう」

 

 両の掌を合わせ、何処へと祈りを捧げる。いつかの地球で覚えた所作をして、改めてこの世界の地球を眺め見る。

 そこにはもう先程の輝きは消え失せていたが、青いこの星はどの世界で何度見ても美しいと、彼はただそう感じていた。そしてこの美しいものを、眼前の亡骸にも最期に見て貰いたかったと。

 其処へ、暗い宇宙に映し出される象形文字を思わせる幾何学模様。彼は自らの母星語を見た瞬間、その意味の全てを理解していた。

 

「帰還命令……。この世界での僕の任務は終わりという事ですか、大隊長……ッ!」

 

 思わず奥歯を噛み締める。残る口惜しさはあまりにも大きいが、彼は立派に任務を果たしていたのだ。

 黒い影法師が狙いを定めたとされる”この世界”……。其処がどのような世界であるのか、知る必要があった。数多の侵略者たちと戦ってきた宇宙警備隊の一員として……そして数多のマルチバースの守護を担う責務を、自ら負った者達として。

 

 

 彼は見て来た。

 人類に徒為すモノ――人が人を殺すために生み出した自律兵器、ノイズの存在を。それと戦い歌う少女らの存在を。

 そしてこの世界には、そんな悪逆に抗する力と心を持つ者たちが居るという事を。

 だが、それこそが影法師たちの狙うモノ。

 希望の輝きは絶望の闇に反転することで膨大な力となる。いずれ機を見て、悪しき侵略者がこの世界に現れるだろう。

 その侵攻を止める為に自分たちが居る。守護るために、”自分たち”の存在がある。だから今は、帰還の選択肢を選ばざるを得なかった。

 

「……未来を信じる強さが、不可能を可能にする。信じる力が、勇気になる――」

 

 心に刻みつけていた言葉を反芻し、青年は顔を上げる。静かでも使命に燃えるその顔は、力強く頼りがいのある勇士の顔をしていた。

 最後にもう一度、安らかに眠るナスターシャの方へ向き、微笑みながら小さく会釈する青年。そのまま優しく、最後の声をかけていった。

 

「貴方が信じ貫いた未来は、必ず守護られます。貴方が愛した人たちが、絶対に守護り抜きます。

 ……それでももし、その力が足りない時は、必ず助けに来る者が現れます。だから、安心してください」

 

 笑顔で言葉を終え、また振り向き左腕を前に掲げる。浮かび上がった赤いブレスから光が放たれ、青年を包みながら光球となり飛翔する。そして光は宇宙へと飛び出し、銀色の巨人として顕現した。

 銀色の眼が映し出す欠けた月と青い地球。そしてその間にある岩塊とも取れる遺跡宇宙船。彼――ウルトラマンメビウスはその全てに目を向け、何処に声をかけるでもなく、それでも何かを信じるように一度頷き、踵を返して大宇宙の彼方へ光と消えていった。

 

 

 

 

 

 

 後に、国連がフロンティアより分離した遺跡宇宙船の内部に取り残されたナスターシャ教授の救出に向かった際、彼女を救助したシャトル乗組員は眠る彼女の姿を見て思わず呟いたという。

 

『光のメビウスリングが、教授を守護っていた。

 美しい光の中で安らかに眠る彼女は、何処か嬉しそうな微笑みを浮かべていた』

 と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 M78星雲、光の国。

 薄緑色の結晶で作られた幻想的な世界……その中心に位置する建物の中に、飛来したメビウスが静かに着地した。そんな彼を出迎えたのは、胸に幾つもの勲章を持つ歴戦の勇士ゾフィーと、両側頭部から伸びた巨大な角が印象的な宇宙警備隊を取り仕切る大隊長、ウルトラの父だった。

 

「よく戻ってきた、メビウス」

「今回の任務、よくぞ果たしてくれたな」

「……いいえ、僕は――」

 

 俯き声を詰まらせるメビウス。無理も無い。彼は救えたかもしれない命を手放して、この場に立っているのだから。そんな彼の心情を、二人の偉大なる大先輩はよく分かっているようだった。

 

「メビウス、確かに君はその人間の命は救えなかった。だが君は間違いなく、その尊厳を守護り抜いた。誇るべき行いを果たしたのだ」

「大隊長……」

「君のおかげで、並行世界を狙う影法師の次なる標的が明らかになった。そして観測員からの報せで、怪獣墓場でも異変が起きていることが判明した。

 今はまだ僅かだが、確実に動き出している邪悪の影がある」

 

 ゾフィーの言葉に思わず無言で返すメビウス。だが一瞬の思案の後、メビウスは弾けるように声を上げていた。

 

「大隊長ッ! どうか僕に、もう一度あの世界へ行く許可をくださいッ! あの世界を、守護る為に――ッ!」

 

 血気盛んに息巻く彼に対し、ゾフィーとウルトラの父は彼をなだめるように言葉を返していく。

 

「メビウス、君の気持ちは分かる。だが、今は休んで傷を癒せ。ノイズなる生命の理からも外れた存在との戦い……君にとっても無傷とはいかなかっただろう」

「ですが……ッ!!」

「案ずるな。彼の世界にはエースとエイティに行ってもらう。怪獣墓場より蘇らんとする邪悪な者には、ゼロが仲間を連れて向かってくれている。

 そしてメビウス。彼の世界、今後の動向如何では君にまた新たな任務を下すことも大いに在り得る。いずれまた、あの世界ともう一度繋がり関わることになるやもしれん」

「それは、どういう……」

「私とて確実な未来を視ることは出来ん。だが、あの宇宙から感じる僅かな時空の揺らぎ……その中枢。決して只事では終わらない……そんな予感がするのだ」

 

 ウルトラの父の言葉は余りにも不確定だ。

 だがそれでも、宇宙警備隊大隊長の言葉となれば不確定なれど信じざるを得ない重みが生まれる。

 その言葉を受け、メビウスも自らの身勝手さを改めるように一礼をする。

 

「了解しました、大隊長。今はまず、この身を回復させることに努めます」

「うむ。新たな任務は追って通達する」

 

 父のその言葉に、再度一礼をして去っていくメビウス。その場に残ったゾフィーが、ウルトラの父へと問い掛けた。

 

「時空の揺らぎ……。此度の黒幕や影法師たちとは関係があるのでしょうか」

「無関係とは言えまい。だが、それだけが原因とも限らんだろう。

 あの世界がどう変わり往くかは、今は何とも言えん状態だ。だが……」

 

 一拍を置いて、父が再度言葉を紡ぐ。

 その大きな胸を張って、自信を見せ付けるように。

 

「だが、何があろうとも……あの世界の人々は自らの力で危機を乗り越えていくだろう。

 我々が愛し、我々を信じてくれた数多の生命と同じように」

「……ですね」

 

 二人で遥かなる宇宙を見上げる。彼らにとってはまだ見ぬ【世界】の人間たちに、光の巨人たちは確たる信を以て見つめていた。

 

 

 

 end.


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