絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

56 / 62
EPILOGUE 【別離。そして時は未来へ】 -B-

 そんな少し前の在りし日を思い出しながらトレーに乗った飲み物を啜る調と切歌。口の中に広がる味は、まるで星司が居た時を思い出させるようだ。そこに、一先ずの仕事を終えた七海が自分のトレーと三つの見慣れないパンを乗せて二人のテーブルに入って来た。

 

「お邪魔するよー、お二人さん」

「どうぞデス!」

「お疲れ様です、七海さん。それは?」

「新商品の試作品だって。みんなで食べてみようよ」

 

 現れたのは可愛らしくイチゴの乗った、まるでスイーツのようなパンだった。星司が居た頃には見かけなかった、何処か目新しさを感じる一品だ。それを三人が口に運びながら率直な意見を言い合う。……とは言え、切歌も七海も特別舌が鋭敏などと言うこともなく、『普通に美味しいねー』で終わってしまうのだったが。ただ調だけは、食感から甘味と酸味のバランスなどを自分なりに意見を纏め語っていく。流石はおさんどん担当、と言うところだろうか。

 新商品の試作品を食べ終え、口の中の甘さを解消すべくブレンドコーヒーを飲む七海。一口飲み終えたあと、一際大きな溜め息を吐き出した。

 

「まったくカフェオーナーも楽じゃないよ……店長ってば、なんで私にこんなキツい仕事残して帰っちゃうかね。そりゃここで働いても良いですよーとは言ったけどさァ……」

「それだけ七海おねーさんの事を信頼してるんデスよ」

「うん。七海さんならきっと、このカフェをもっと素敵なものにしてくれる。星司おじさんはきっとそう思ってる」

 

 嘘の無い二人の言葉と笑顔に、七海の疲れ顔もやがて消えていく。不思議と、力が湧いてくるような気がした。

 

「……仕方ない、っかー。まぁまだ始めたばっかりだしね、すぐに投げ出したら店長にドヤされちゃうし、やれるだけ頑張ってみるよ」

「無理はしないでね、七海さん」

「お手伝いなら呼んでくださいデス! ここのバイトならお任せなのデスよ!」

「あれぇ~、リディアンはバイトするの駄目なんじゃなかったかなぁ~? バレたら先生に怒られちゃうぞぉ~」

 

 そんな他愛ない話で笑い合う三人。と、リディアンの名前が挙がったことでふと、七海が二人に問い掛けた。

 

「そういやさ、二人の先輩たちは元気してるの? 最近一緒に居るの見ないけどさ」

「あー、それがデスねぇ……」

「クリス先輩は大学の予習って言って凄くたくさん勉強してる。だから、偶にしか遊んで貰えなくなったの」

「うわッ、真面目だなぁ……。私そんなの全然やってこなかったよ……。あの元気な先輩たちは?」

「響センパイと未来センパイは、今日は二人でオープンキャンパスに行くって言ってたデス」

「なるほどね。時期だねぇ……」

「そういうもの、なんですか?」

「そぉよ~。私もそれぐらいの歳の頃にオープンキャンパス行って、色々大学とか見回って受験したんだから。あの日もねぇ……」

 

 長くなりそうな七海の昔話を避けるかのように、二人こっそり目を合わせカフェに置かれたテレビへと目を向ける。放送中のワイドショー、その大きなモニターには珍しく翼の姿が映し出されていた。

 

「あ、翼センパイデス!」

「本当だ。珍しいね、日本の番組に出るなんて」

 

 そのまま七海の語りは聞こえないフリし続けながらテレビに注目する調と切歌。

 画面の奥、翼の周りにはイギリスのレコード会社を取り仕切るトニー・グレイザーや他の関係者たちが居並び、画面の僅か端に眼鏡をかけた慎次の姿も見受けられた。番組内で流れるテロップには【世界に羽撃いた日本の歌姫、緊急会見ッ!!】と書かれている。

 画面がフラッシュで焚かれる中、翼がゆっくりと礼をして言葉を発し始めた。

 

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。この度、このような席を設けさせていただいたのは、皆さんに聴いて貰いたいことが出来たからです」

 

 いつも通りと言えばそれまでだが、凛とした翼の声は普段以上に切れ味がありそうな気がしていると、調と切歌は思った。何か強い決意をし、それに向かって臨み構える侍のような……そんな何かを感じ取ったのかもしれない。

 近しい者がそう感じ取る一方で、周囲の記者からは好奇の目線である方が多い。なんと言っても”あの”風鳴翼だ。先の怪獣侵略事変にて、救世の英雄マリア・カデンツァヴナ・イヴと同様に人々に勇気と希望を与え全世界が認める世界の歌姫と成った彼女。その口から一体何が飛び出すのか、気にならない方がおかしい程に鞘走る期待感が膨れ上がっていた。

 そして一拍の呼吸を置いた後、翼からついにその言葉が放たれた。

 

「この度は、私の歌手活動についてのご報告です。

 私風鳴翼は、勝手ながら自らの抱いた新たな夢を追い叶えるべく、歌手としての活動を縮小させていただきますことを決定いたしました」

 

 思わぬ言葉に会場にはどよめきが増しフラッシュが幾度となく焚かれていく。様々な記者から多くの声が上がる中、隣のトニー・グレイザーが記者をなだめるような仕草をし、幾分か静まったところで翼が再度言葉を発し始めた。

 

「何故、と仰られる声が多いと思われますが、若輩なる身なれど多くを考えて決断したことです。どうかご承知の程を、宜しくお願い致します。

 では、ご質問をお受けいたします」

 

 その言葉と同時に、すぐに数人が挙手をする。そのうち一人を先ず指定すると、記者は立ち上がり自らの所属と名前を言った上で質問を始めていった。

 

「歌手活動の”縮小”と仰られましたが、それはどういった意味合いでしょうか」

「言葉通りの意味合いです。夢を叶える為にやらなければならない事が多く、これまで通りに歌手活動に本腰を入れられなくなるであろうことから、”縮小”という言葉を使わせていただきました」

「念の為にお聞きしますが、”引退”ではないのですね?」

「勿論です。私は私である以上、歌うことを止めることはありません。新曲を出すなどの機会は減るでしょうが、自身の歌を鍛え上げることは決して止めません。この身に余程の事が起きぬ限り、風鳴翼の引退は有り得ぬ事だとお思い下さい」

 

 そこで一つ目の質問が終わり、次の質問者が起立する。先程と同じく所属と名前を明かした後、その記者が問うたことも至極当然の内容だった。

 

「それでは翼さん、貴方が仰っている”新しい夢”とは一体何なのですか? 何故それが、歌手活動に影響してくるのでしょうか」

「――そうですね、お答えします。私の抱いた”新しい夢”……それは、宇宙へ往く事です」

 

 思わぬ答えにどよめきが走る。だが翼の確固たる瞳に押されるように、記者は改めて質問を続けていった。

 

「……う、宇宙……ですか。確かに宇宙飛行士の訓練やライセンスを取得するのに多大な時間を使わなければいけないでしょう……。でも、何故そこで宇宙を……」

「……約束を、交わしました。私たちの命を守護ってくれた彼らに……遥か宇宙を駆け往く彼らに、必ず私の歌を届けに行く。なんとしても届かせてみせる、と。

 これは、その夢の第一歩なのです」

 

 記者たちが静寂に包まれる。普通ならば嗤って流されるような荒唐無稽な夢物語。だが、ただ真っ直ぐを前を向く翼の顔を見ているとそれを冷やかす気も失せて来る。

 彼女は本気だ。そう思わせるほどの決意が、その表情から溢れ出していた。それは会見現場だけでなく、ワイドショーの出演者から視聴者に至るまで、誰もが風鳴翼の放つ光に魅了されていたと言えるだろう。

 

『……はい、とまぁ……なんだか凄い夢を語ってくれましたね風鳴翼さん』

『まさか宇宙ですもんねー。私にはちょっと想像できないなぁ……』

『普通は想像できないからねぇ。でももしそうなったら、ゆくゆくは宇宙でコンサートとかやっちゃうんですかね。どうですTAIGAさん、同じアーティストとして』

『いやそりゃあビックリですよ~。でも、宇宙で歌うってなんかカッコいいですよね。本当にウルトラマン、ッて感じでッ! でも今や風鳴翼さんも世界の歌姫の一人。そんな彼女なら、間違いなくZYKですね』

『……ZYK?』

(Z)対、(Y)(K)えられる』

 

 一瞬の間と共に失笑じみた小さな笑いがスタジオに流れ出す。だがそれを言った本人――日本のロックアーティストの一人であるTAIGAにとってはいつもの事で満足顔。所謂芸風である。

 それをテレビで見ていた調と切歌は、彼についてはさほど興味無さそうにしていたが、翼が語り進もうとしている夢には強い衝撃を受けていた。

 

「翼先輩、宇宙にまで行こうとするんだ……」

「でもでも、……その、ギアを纏えば結構なところまで行けるデスよね?」

「うん……。でもきっと先輩は、自分自身の力で行こうとしてるんだと思う。……【他人の力を頼りにしないこと】」

「……やっぱあの人も、司令サンの親戚なだけあってスッゴい人なのデス……」

 

 それぞれのカップに残った飲み物を最後まで飲み切る調と切歌。頬を掌に乗せて一息吐いたまま、何方からともなく顔を合わせ笑い合った。偉大なる先輩の為そうとする偉業を、応援するかのように。

 

 

 またそれは、自室にて勉強の合間に飲み物を用意していたクリスの耳にも入り込んでおり、彼女もまた何処か挑戦的な強い笑みを浮かべていた。

 

「やっぱスゲェな、先輩は……。でも、アタシも負けてらんねぇなッ!」

 

 テレビを消し、再度机に向かうクリス。以前”先生”から教えてもらった参考書や問題集が何冊か積み上がっている現状を見て、彼女は鼻歌交じりで上から手に取り続きのページを開き書かれた問題に思考を巡らせていく。

 大学入学に向けて新しく用意した鞄には、リディアンに共に通っていた桃色のウサギのキーホルダー。その隣には恩師から貰った赤と銀の小さな御守り。机の上に立てかけられたカプセル型のスティックには、彼女を微笑みながら見守るように淡く優しく輝いているようにも見えた。

 

 

 

 またその一方で、S.O.N.G.内部でも変化は起こっていた。

 今回の怪獣侵略事変を越え、図らずも世界各国から核兵器が消失するという事態に陥ったことにより、結果的に軍備の再編成が大幅に且つ可及的速やかに為されていった。

 その中で、超常災害対策機動部であるタスクフォースにもシンフォギア装者や風鳴弦十郎などを揃えた特殊性に特化した単一の部署だけではなく、国連に加盟する各国が所持する軍や自衛隊、レスキュー隊などから優秀な人材を選別して集めた、タスクフォースとは別の機動部署を新設した。

 その目的はタスクフォースと同様に災害対策機動が主なものとなっているが、裏では怪獣侵略事変の際に真っ当に行動も出来ずにいた国連軍の実情を重く鑑みたことで、再編を口実に強化を図ろうという動きがあったのだ。

 彼らは恐れていたのだ。核兵器という無敵と思われた叡智の炎をも喰らい尽した”怪獣”という存在とその再来の可能性を。そして誰もが皆一緒に失ったからこそ、何処が一番先にもう一度その叡智の炎に手を出すかを牽制し合っていた。

 無論これを機に完全なる核廃絶を謳う国家もあるが、きっとそうはならないだろう。そうした点での対処を含めての、未だ名も無い超常災害対策機動部へ新規併設部隊の設立だった。

 

 マリアは弦十郎と共にその設立式典に立会い、今後任務を共にするやも知れぬ者たちと顔を合わせていた。その中でまた、あの時と同じ”なにか”が脳裏を走る。日本から派遣された三人の隊員と顔を合わせた瞬間だった。

 

「日本国航空自衛隊より派遣されました、真木舜一1等空尉でありますッ!」

「同じく日本国陸上自衛隊より派遣されました、西条凪准陸尉であります」

「お、同じく日本国、特別救助隊より派遣されました。弧門一輝と言いますッ!」

「超常災害対策機動部タスクフォース司令、風鳴弦十郎だ。互いに世話になることが多くなるだろうが、今後ともよろしく頼む」

「同じくタスクフォース機動部隊、マリア・カデンツァヴナ・イヴよ。……共に、命を諦めない者たちの為に全力を賭しましょう」

 

 三人と握手を交わし、弦十郎の後を付いて其処から立ち去るマリア。だが彼女の脳裏には消えぬ記憶が蘇っていた。彼らもまた、此処ではない何処にて光に選ばれ適能者(デュナミスト)になった者なのだと。だが、先に合った姫矢准や千樹憐と同じく、”この世界の彼ら”は適能者(デュナミスト)でも何でもない。極めて近く、限りなく遠い存在なのだ。

 そんなふざけた偶然を想い、鼻で笑うマリア。別に大したことではない。敢えて言葉にするのであれば、彼の光が齎した小さな奇跡のような奇縁……なのかも知れない。

 

「どうした、マリアくん?」

「いいえ、なんでもないわ風鳴司令。それより、エルフナインの方はどうなっているのかご存知で?」

「ああ、一応はまだ俺たちタスクフォースの一員という形を取っている。だが、彼女が要求した新しい部署も設立の方向にあるそうだ。

 ……【地球との調和(ユナイト)を基盤とした、環境再生保持計画。及び其れを推進する科学者団体】、か」

「【アルケミー・スターズ】と命名するんだと、あの子は言っていたわ。この地球に居る、”天才”と呼ばれる者たちの力を集めたいのだともね」

「天才、な……。了子くんやナスターシャ教授、Dr.ウェルが居たらなんと言う事か」

「ドクターが居る時点で、まぁロクなことにならないわね」

「違いない」

 

 そう言って笑い出す二人。本部内を弦十郎と共に歩きながら、タブレットに表示された資料に目を通すマリア。エルフナインから借り受けた、国連のデータバンクに秘されていた”天才”と呼ぶに等しい人間たちの名簿だった。

 其処に印された数多くの名前……《Hiroya Fujimiya》、《Charles Morgan》などの名が連なる中に、マリアの覚えのある名が幾つか有った。それはかつての同胞……レセプターチルドレンの少年たちの名だった。

 元来フィーネの魂の器として集められてきたレセプターチルドレン。今はもう米国の聖遺物研究施設の支配から解放はしているが、シンフォギアと適合、またはフォニックゲインを高め生み出せる可能性を秘めていた少女たちとは違い、少年らに求められていたのはなによりも高度な知性だ。その為に数多くの実験が為されていたことも、マリアは知っている。その被験者たちが、まさかこのような形で再度其の名を目にするとは思っても見なかった。

 もしも本当に、エルフナインが推進するアルケミー・スターズの中にレセプターチルドレンだった者が参加するとしたら、自分はどうすれば良いのか……。僅かに迷いかけた瞬間、彼女の瞳の奥に愛する養母(マム)の優しい笑顔が浮かんできた。標は、想い出の中にあったのだ。

 

(……そうね。もし再会をしたとしても、いつかマムがしてくれていたように私も接していく。上手く出来るかは分からないけど……きっと大丈夫)

 

 心で整理を付け、また前を向いて歩き出す。やる事は山積みだ。未だ世界の影に隠れ、暗躍する者の噂も聞こえてくる。そんな心無き者たちの為に誰かが犠牲になどならぬよう、マリアは一層気を引き締めていく。

 救世の英雄として……世界の歌姫として。そして、連綿と続く【しあわせの祈り】を受け継いだ一人として――。

 

 

 

 

 そして場所は移り、此処は城南大学。オープンキャンパスのこの日は普段以上に外からの人間も多く、賑わいを見せていた。

 立花響と小日向未来の二人もそれに参加しており、午前中は講義見学、午後はサークルや校内外の各施設を見て回っていた。……はず、だったのだが。

 

「はぁ……やっぱり付いて行けば良かった」

 

 溜め息を吐きながら手元のスマートフォンを確かめる未来。其処には響からのメールが延々と連なっていた。曰く、トイレに行ったは良いが広い城南大学のキャンパス内で迷子になってしまったのだと言う。

 助けてあげたい気持ちは山々だが、下手に動くと互いに迷いかねないこの状況。とりあえず自分の居場所を周辺にある目立つ写真と共に送り、待機しておくことを未来は選んだ。

 今日は天気は良く、布団を干すには実に良い日だ。未だ見ぬ明日を探る事も必要だが、安らかな眠りを約束する為にも布団は干して来るべきだったかと若干の後悔を思案する。辺りには自分と同じようにオープンキャンパスに参加したであろう年齢を問わない男女たちや、キャンパスライフを謳歌しているような様々な私服の大学生たちが校内を闊歩している。

 こんな賑やかで不慣れな場所でも響が居るなら怖くはない。そう思っていた未来だったが独りぼっちになってしまうと急に不安が沸き上がってしまう。そして何より、ハプニングはそんな時に限って起きるものだ。

 不意に顔を上げてみると、其処には下卑た笑みを浮かべた数人の男たち。過度な装飾を身に付けた男たちからしたら正反対のカジュアルな衣服を纏いながら何処か不安そうにしていた未来は格好の獲物のように見えたのかもしれない。そんな数人の男たちはすぐに未来の周りに立ち、馴れ馴れしく声をかけて来た。

 

「ねぇねぇキミ、さっきからこんなトコでどーしたの?」

「オープンキャンパスの参加者? だったらウチのサークルの体験していかない? 君みたいな可愛い娘、大歓迎だよ」

「……すいません、友達を待っているので」

 

 そう言ってその場から立ち去ろうとする未来だったが、男のうち一人はすぐに回り込み、厭らしい笑みを絶やさずに近寄ってきた。

 

「よっし、じゃあその友達待ちながらお茶でもしようよ。ここの喫茶店、結構イケるんだよね~」

「おぉそれいいじゃん。けってぇーい」

「あ、あの……」

「なに? 大丈夫だって君の分ぐらいは俺らが奢るからさぁ」

「いえ、その……困り、ます……」

 

 自分でも思った以上に声が弱くなっているのが理解る。今までノイズを始めとした死の危険に何度も直面したはずなのに、不思議と未来の心に恐怖や憎悪と言った感情が湧き出していた。

 今の彼女には何の力もない。強いて出来る事といったら、荷物を棄てて無理にでも走って逃げる事だろうか。だが未来が思考を整理するよりも早く、男の一人が彼女のか細い腕を捕まえ握り締めた。

 

「――痛ッ!?」

「あっ、ごめんねー、ちょっと強く握っちゃったか。まぁでも大したことないって。それじゃ行こっか」

 

 一方的に話を進められ引っ張られる未来。その傲慢な強引さに為す術は無く、だが負の感情はさらに増大する一方だ。ただそんな想いが溢れないように、思わず目を強く閉じて歯を食いしばり心で叫んでいた。

 

(――響、助けて……ッ!!)

 

 そんな心の叫びが通じたかは知らない。だが、無理矢理に自分の手を引く男たちの足が止まったことに、彼女は気付いた。

 

 

 

「あぅぅ……こっちだっけ、あっちだっけ、ああぁ~もおぉ~!」

 

 未来からの写真を受け取った響は、その景色が何処にあるのか分からずに校舎内を右往左往していた。

 せっかくだから一緒に行ってみようと、未来が居るから大丈夫だとタカを括って好奇心だけで参加したのが悪かったのか、用を足すのにわざわざ校舎内の綺麗なトイレを使いに行ったのが悪かったのか、あそこで右に行ったからとかそこで左に曲がったからだとか、今の響の思考は全てを悪い方向へと考えてしまっていた。

 とにかく写真から未来は校舎の外に居ることは理解っていて、自分は未だ校舎の中。ならば一刻も早く校舎を出なければならない。それだけを考えて響は駆け出していた。すぐさま彼女を迎えたのは、一体何処へ出るのか全く分からぬ曲がり角。だが道はそれしかない。大きく考えずにそこを曲がった瞬間、響の眼前には歩いていた一人の青年が居て――

 

「わっ、わあああッ!!」

「うわぁッ! な、なにッ!?」

 

 派手に衝突すると共にお互い転んでしまった。

 

「ご、ごめんなさいッ! 大丈夫ですかッ!?」

「う、うん、こっちは大丈夫。そっちこそ怪我はない?」

「は、はいッ! 鍛えてますからッ! ――って言ってる暇じゃない、急がなきゃッ!」

 

 ぶつかってしまった男にキチンと謝りつつ、急いで駆け出そうとする響。だがそれを、男の方が止めて来た。

 

「ちょ、ちょっと待って待って! そっちは院生の研究室ばっかりで、一般の人は許可なく入っちゃ駄目なんだよッ!」

 

 彼の言葉を聞き、響の身体が硬直するように制止する。そこからゆっくりと男の方へ向けた響の顔は、不安と焦燥で酷く歪んでいた。まるで不安に押し潰されて泣きそうなほどに。

 だがその中でも残った理性を総動員し、無様ながらも眼前の男に頼みごとをしていった。

 

「……ずびばぜん、この写真の場所ってどうやったら行けますかぁ……?」

 

 

 恥を忍んで聞いたかいがあったのか、男はすぐに写真の場所を把握し、迷わずに響を送り届けるよう進言した。無論響は一度それを拒否したが、実際問題また迷ってしまっては元も子もない。なので、彼の好意に今は甘えることにした。

 

「しかし、こっちの方に来ちゃうなんて珍しいなぁ。別に方向音痴ってワケじゃないんだよね?」

「はい……。でもなんだかこう、二択問題を全部外したような感じです……」

「なるほど、言い得て妙だ。負の循環は人が感情によって無意識的に引き寄せているという仮説もあるぐらいだし、君の不安や焦燥が無意識で悪い選択を選ばせていたのかもしれないな」

「はえー、そんなこともあるんですね……」

「そういう事を専攻してる研究室もあるよ。難しいけど、やりがいはある。っと、あそこだね」

 

 男の案内通りに進んでいくと、確かにそこには未来のメールに添付してあった写真と同じ建物が映されていた。彼女の待っている場所までもうすぐだと理解ると、響の顔がパアッと明るく光るように開いていった。

 

「あぁー、良かったあそこですッ! 本当に一時はどうなる事かと――」

 

 そう言った途端、件の場所から物々しい喧騒が聞こえてきた。もしかして未来が巻き込まれてるんじゃないか――そんな直感が響の思考を駆け抜けると同時に身体も弾けるように走り出していった。

 

 

 

 未来の腕を握る男達の前に立っていたのは、また別の青年だった。真面目で素朴を絵に描いたような顔付きの男が、普段は決して見せないような険しい顔で男達を睨みつけていた。

 

「……なぁよぉ、これから俺たち、このオープンキャンパスに来た娘とお茶しに行くワケよ。ココの事色々教えてあげるためにさ。理解ったらさっさと――」

「その娘を離してあげてください。彼女、嫌がってるじゃないですか」

「――ちゃんと先輩様の話を聞けってんだよッ!!」

 

 ついに腹を立てたのか、男の一人が青年目掛けて拳を振り被って来た。だが青年はその拳を捕まえ、強く握り締めていった。

 

「いっ、いってえぇぇぇ! は、離せよオイィッ!!」

「僕は争い事をしたいんじゃありません。だけど、困っている人は見過ごせない……ッ!」

 

 そのまま拳を掴んだ男を放り投げる青年。そしてすぐに未来の周りにいる二人へと走り出し、驚かれるままに一人を押し退け、未来の腕を掴んでいるもう一人の男の腕を強く握り締めた。痛みで思わず離してしまった隙に数歩引き下がる未来。それを見てすぐに男たちと未来の間に、その青年が割り込んでいった。

 

「あ、あの……」

「もう大丈夫。君は僕が守るから」

「カッコイーこと言ってんじゃねぇよッ!!」

「――あ、未来ッ!!」

 

 男たちが襲い掛かる。そこに響が到着し、即座に未来の元に走り出す。だが彼女の思考はまた迷いに支配された。

 あの男たちを一蹴することは容易い。それだけの実力は身に付いていると理解っている。だが、それを容易く行なえるほど響の心に覚悟は無い。如何にして誰も傷付けずこの場を治めるか、その為に如何すれば良いのかを走りながら必死で考える。だがもう距離は無い。最悪師のように震脚――まだ僅かに出来るようになった程度だが――を用いて注意を引きその隙に……。

 などと考えているところで、響の背後から大きな声が放たれた。声の主は、響に案内をしてくれた青年だった。

 

「ハイハイそこまでー! それ以上やると色々マズい事になるぞー!」

 

 その場の全員が彼の方を向き、動きを止める。そして殴りかかろうとしていた男たちの顔が忌々しく歪んだ。

 

「お、おいアレ……!」

「た、高山准教授ッ!?」

「オープンキャンパスでやってきた校外の子、しかも未成年に力で押さえ付けて無理矢理連れてこうとするのは、校則は勿論法としても人としても大変な違反行為だな。はい、生徒証出して」

 

 准教授と呼ばれた彼……響と一緒に来た青年が自らの身分証明をチラつかせながら男たちに詰め寄っていく。渋々出された生徒証を確認し、その中に違反印を押し込んでいった。

 

「結構違反印溜まってるなぁ。この調子だと停学処分も免れないかもな」

「チッ、わぁってるよクソッ……!」

「白けちまった……おい行こうぜ」

「あーあーまったく、天才様には俺らの苦労やストレス解消法なんか分かんねぇよなー」

 

 嫌味を言いながら立ち去っていく男たち。喧騒が静まり返った時、緊張の糸が切れた未来が芝生の上へとへたり込むように腰を落としてしまった。

 

「未来ッ!」

「だっ、大丈夫ッ!?」

 

 すぐに駆け寄る響と一緒にしゃがみ込む青年。安堵した未来は二人に対して笑顔で応対していった。

 

「す、すいません、大丈夫です。響も、ゴメンね。心配かけちゃって」

「心配かけちゃったのはこっちだよぉ~……。本当にゴメンね未来、こんな目に遭わせちゃって……」

 

 思わず未来を抱き締める響。彼女を不安にさせた贖罪のつもりだろうが、未来にとってはこうして息を切らせて駆け付けてくれた事が嬉しかったから先程までの嫌な感情もリセット出来ていた。

 そしてもう一つ、未来にとって気掛かりなことがあった。響が来るよりも……いや、他の観衆の中で唯一、迷わず未来を助けに乱入してきた青年の事だ。彼は今も傍に居て、先程までは険しく構えていた顔が今は面影も見せず、少し焦りを含みながら未来に怪我が無いか慌てて確認していた。

 

「本当に大丈夫!? もし何処か怪我でもしてたら……」

「……フフ、本当に大丈夫ですよ。ほら、響ももう離れて」

「あうぅ~」

 

 そう言って抱き付く響を引き剥がした後、スッと立ち上がって身体に大事が無い事を報せていった。その姿に安堵したのか青年も一緒に起ち上がる。

 ……こうして改めて並んでみると、随分背の高い人だった。そして何より目を引いたのは、自分よりも年上であるはずの彼なのに、自分よりも遥かに屈託のない笑顔をしていたこと。それは不意に傍に居る立花響や後輩の暁切歌を思い出す。が、彼女らとはまた違う既視感を未来は彼に感じていた。それを確かめる為に軽く問うてみる。

 

「あの……勘違いだったら申し訳ありません。何処かでお会いしたこと、無かったですか? こう、今と同じような感じで」

「うーん……いや、無いはずだけど……」

「……重ねて申し訳ありません。お名前はなんと……」

「僕は”伴 浩人”。ここの工学部の二回生だよ」

 

 伴浩人。そう名乗った青年はまた一段と朗らかな笑顔で未来に返していった。

 相対する未来の中に去来する、不思議な感覚。彼とよく似た男から同じような笑顔を向けられたことが、1年程前にもあったような気がする。ただそれだけの、余りにも頼りない既視感(デジャヴ)。そこに囚われてる最中、首を挟むように声を出してきたのは響だった。

 

「ありがとうございます、伴さんッ! 未来が、親友が大変お世話になりましたッ!」

「そんな大したことじゃないよ。ただ助けなきゃって思ったから」

「またまたそんなこと言ってー、普通じゃあんまりああいうこと出来ないですよぉ。 もしかして、未来に惹かれちゃいました? いやぁーお目が高いッ!」

「な、なな何を言って――ッ!」

「そうだよ響、伴さんも迷惑してるでしょ?」

 

 思わず赤面して慌てふためく浩人に対し、未来はいたく冷静にツッコミ返していく。

 

「じょ、冗談だよ~。それに一番の親友として、未来とお付き合いするんだったら先ず私を倒してからにしてもらおうッ! なんてね♪」

 

 何をそんなドヤ顔で言っているのかといった具合で溜め息を吐く未来。一方で浩人はずっと困惑気味で、そんな彼の顔を見ると何処か居た堪れない気持ちになっていた。

 其処へまた一人、此処までの様子を観察していた一人の青年が声をかけて来た。先程響と一緒に来て不良男たちを一蹴した、准教授と呼ばれていた男だ。

 

「君たちは随分仲が良いんだね。まるで夫婦か姉妹……家族みたいだ」

「あッ! すっ、すいませんッ! 貴方にも色々助けて貰ったのにほっといちゃって……」

「夢中になるって言うのはどうしても周りが見えなくなることだからね。研究者やってる身からすればよく分かる事さ」

 

 そう語る彼にふと了子やエルフナインにも似たようなところがあるなと思う響。科学だろうが錬金術だろうが、やはり研究者というのはそういうものなのだろうか……などと考えていた時、今度は未来から響に問い掛けて来た。

 

「響、こちらの方は?」

「うん、私が校舎の中で迷子になってた時に、急いで戻ろうとしてたら思いっ切りぶつかっちゃって……。それからここまで案内してくれたんだ」

「この方は”高山 我夢”准教授。若干十七歳で量子物理学の博士号を取り、二十歳でこの城南大学で准教授をしながら量子物理の世界を研究する、正真正銘の天才なんですよッ!」

 

 まるで自分の事のように嬉しそうに彼を語る浩人。それだけこの高山我夢と言う人物が、この大学において有名な人なのだろうと理解できた。さっきの不良男達の捨て台詞も鑑みると、良くも悪くも……なのだろうが。

 

「そうだったんだ……。そんな凄い方にこんな響が大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。それに私も一緒に助けて貰ってしまって……」

「良いって良いって。それより伴くん、僕の自己紹介を盗らないでほしかったなぁ」

「ああ、ごめんなさいッ! つい思わず……」

 

 笑いながら我夢が浩人に注意するも、彼はその注意を真面目に受け取ってしまったらしく思わず頭を下げていった。それこそ我夢の気にするところじゃないし彼らもお互い初対面だったが、この僅かなやり取りだけで彼の真っ直ぐで純朴な人柄が凄くハッキリと見えていた。

 とりあえず一頻り笑った後、再度我夢が口を開く。この後についてだった。

 

「さて、それじゃ二人はどうする? オープンキャンパスは自由参加だから帰っちゃっても良いけど、もし良ければ嫌な思いをさせたお礼ぐらいはしたいな。

 一応ここの准教授としては、この大学の良いところも色々紹介したいし」

「どうする、未来……? 嫌な目に遭ったのは未来だし、私が勝手に決めちゃいけないと思うから未来に決めて欲しいんだけど……」

 

 心配そうな顔で覗き込み尋ねる響。その隣では浩人も同じような顔で此方を見つめている。ただのそんな事で、未来はあの時響が言っていた事を少しだけ分かったような気がした。

 『私を照らしてくれるたくさんの陽溜り』……初めて会ったはずの浩人や我夢でさえ、間違いなく自分を照らし温めてくれる陽溜りの一つだ。そして何より、響は自分にとって太陽のような存在……だがそれは、ただ一際強いだけの陽溜りではないのか。そんな一つの答えを得た未来が、我夢の提案にどうするかなど自然に答えは出ていった。

 

「続き行こ、響。せっかく凄い人に会えたんだし、あんな事ぐらいで帰るなんて勿体無いよ」

「未来……うんッ!」

 

 二人手を繋ぎ合いながら笑顔で意思確認をする響と未来。そこへ寄って来たのは我夢だった。

 

「決まったようだね。それじゃ、オープンキャンパスの再開と行こうか。伴くん、君は今ヒマ?」

「えっ、あ、はい。時間は有りますが……」

「じゃあ君がアシスタントよろしくね。もしまた何かあった時、僕一人じゃ対処できないかも知れないし」

「えっ、その……いいんですか、僕で」

 

 我夢はもちろん響と未来にも顔を向けて確認する浩人。准教授を前にしているからか一緒に行く相手である響と未来……特に良からぬ騒動に遭ってしまった未来の方を心配してるようでもあった。

 そんな彼に対し、二人は顔を見合わせ首肯した後、笑顔で浩人の方へ近寄り軽く頭を下げていった。

 

「よろしくお願いします、伴さんッ!」

「助けてくれたお礼もしたいですし、宜しければお願いします。それに――」

 

 未来が小さく微笑んだ。少し意地悪を仕掛ける年相応の少女の微笑みを浩人に向けて。

 

「なにかあったらまた守ってくれる。ですよね?」

「――ッ! も、もちろんですッ!!」

 

 顔を赤くし背筋を伸ばして肯定する浩人。そんな余りにも純粋な彼の姿に、未来はもう一度、今度は楽しそうな笑顔を咲かせていた。

 

 

 

 こうして再開した二人の初めてのオープンキャンパスは、この後は滞りなく――やや我夢の独断と偏見が混じった一般的に理解しにくい研究室巡りなどをしながら――進み、日も傾いたところで何事もなく終わりを迎えたのだった。

 

「伴さん、高山さん、今日は本当にありがとうございました」

「色々と勉強になりましたッ! 大学生って凄いんですねッ!」

「本当に勉強になった? 立花さんはたまに凄い顔になってたけど」

「いやぁ~実際のところ、もうなに言ってるか全然全くこれっぽっちもわかりませんッ!って時も結構ありました。でもそういうところも含めて、私はまだまだ知らないことが多くて、私なんかよりそれをよく知ってる人たちも、もっともっと深くまでそれを知ろうとしてるって事が、本当によく理解りました。

 私も自分の夢の為に、もっと色んなことを知っていかなきゃいけないんだなってことも」

「うん、なら良しだね。どんな事においても、ヒトは全てを知ってるわけじゃない。まだまだ知れる事があるはずなんだ。

 だから僕たちは研究し続ける。いつか、世界を識る為に」

 

 我夢の語る言葉は奇しくもエルフナインを連想させられた。錬金術師と研究者、互いに叡智を追い求める者としてどれ程の違いがあると言うのだろうか。そんな偶然の出会いにある種の感動を覚えながら、響は改めて我夢と握手を交わした。

 それに続くように未来も感謝の言葉を述べながら浩人と握手をし、言葉を交わしていく。

 

「今日は色々と、本当にどうもありがとうございました。結果的にではありますが、参加して良かったです」

「そんな、こっちこそ。良ければまた遊びに来てください。小日向さんなら大歓迎ですよ」

「おっ、伴さんってばまた未来のこと口説いてる~。やっぱり気になっちゃいました? くぬくぬ~」

「ええッ!? ち、違、その……僕は、そんなつもりじゃ……ッ!」

「そうだよ響、伴さん困ってるじゃない。最後まで本当にすみません、この子ったらこんな子で……」

「いやいやそんなッ! それに、本当にそんなやましい気持ちなんて――」

「無いって言えるかい?」

 

 我夢からの思わぬ問いかけに、赤面しながら俯いてしまう浩人。本当に嘘の付けない男だと誰もが思った。よくこんなにも純粋で、正直で有り続けられるなと感心してしまうほどに。そんな彼の姿には、つい響も自分の軽率な発言を謝ってしまうのだった。

 

「あ、あははー……すいません、伴さん……」

「いや、その、こっちこそ……ゴメン、ナサイ」

 

 なぜ彼が謝る必要があるのか、コレが分からない。

 ともあれオープンキャンパスと言うイベントはコレで終わりだ。在校生である浩人は勿論、准教授である我夢は立場上参加者である彼女らを早々に、且つ安全に帰さなければならない。……とは言うものの、沈み始めた夕日はまだ道を明るく照らしているし、ふたりが在籍しているリディアンの寮もここからそう遠くないはずだ。そこまで送る必要もなければそうするだけの義理もない。そう結論付けた我夢は振り返りながら浩人の肩に手を置き、促すように声をかけていった。

 

「じゃあ僕たちは片付けがあるから、これで失礼するよ」

「二人とも、気を付けて帰ってくださいねッ!」

「もっちろんですッ! 『道を歩く時には、車に気を付けること』ッ!」

 

 さも当然のことを胸を張って言う響に我夢も浩人も一瞬首を傾げてしまうが、それだけの注意意識があるならば大丈夫だろう。そう思って笑顔で首肯した。

 

「今日は本当にお世話になりました、ありがとうございます。……それでは、失礼します」

 

 そして最後は未来が礼儀正しく一礼で締め括り、響に声をかけて振り返り歩いていく。此方に手を振りながら仲良く手を繋いで帰って行く二人の姿を、我夢と浩人は晴れやかな笑顔で見送っていた。

 

 

 

 

 

「いやぁ~、色々あったけど楽しかったね、オープンキャンパス。高山さんも伴さんも良い人だったし」

「そうだね。でも、どうして急に行こうと思ったの?」

「ん~……クリスちゃんが頑張ってるのを見たら、なんか自分も何かをやらなきゃって思っちゃって。でもよく考えたら、私は何が出来るんだろう、何がしたいんだろうってなっちゃってさ」

「人助け、じゃないの?」

「そりゃ人助けはしたいよ。いつだってしたいと思ってるし、シンフォギアの力もウルトラマンだったことも、私が望む【人助け】の為のモノだと思ってる。

 でもそれとは別に、私の夢……みんなで手を繋いで、みんなで幸せになれる未来(あした)。そんな世界。それを叶えるにはどうすれば良いのかなーって思ってさ。結局今日だけじゃ、ほとんど何も分からず仕舞いだったけどね」

 

 自嘲するように頭を掻きながら笑う響。だがその夢は美しく尊い。そしてそんな夢の前に立ちはだかる現実はあまりにも大きく険しく、其処へ進もうとする彼女を突き放し押し潰してしまうかもしれない。

 だからこそ知ろうと思ったのかもしれない。見果てぬ夢を追う友が近くに居るのだから。人々の夢と未来を信じ、それを守護り切った歌と光があったのだから。

 

「ただね、今日分かった事もあったんだ。みんながみんなってワケじゃないかも知れないけど……こんなに身近で小さな世界の中でも、人は誰かの未来(あした)の為、そして自分の未来(あした)の為にみんながそれぞれ精一杯頑張ってるんだなぁって。

 そのみんなの精一杯……一所懸命が寄り集まって、独りじゃ出来ないような凄い事が出来るようになるんだって。そうやって、この世界が回ってる。地球が、生きてるんだなって思ったんだ」

 

 夕日の先を見ながら語る響に、未来は何処か感嘆としていた。彼女がこんなにも大きな目を持ち、世界を見据えているなんて思いもしなかった。こんなにも――誰よりも傍に居たと言うのに。

 そんな彼女を改めて見直して、優しく声をかけた。

 

「……響、変わったね」

「ふえ? うーん、そうかなぁ……」

「変わったよ。色んな人と出会って、たくさんの人に手を伸ばして、繋がってきて……。

 でもそれは、響らしい……響のまま、少しずつ変わっていったんだと思う。それが、成長したって言うことなのかな」

「えへへ……自分じゃよく分からないけど、未来にそう言ってもらえるとなんだかとても嬉しいなあ。だって、私が私のまま変われたと言うのなら、それは間違いなく未来のおかげだもん」

「私の?」

「うん。前に未来が、『響が響のまま成長するんだったら私も応援する。響の代わりは何処にも居ないから』って言ってくれたから。その言葉が私の胸にあったから、私は私のまま頑張ろうってずっと思えてたんだもの。

 だから翼さんやクリスちゃんと手を繋げれた。了子さんとも理解り合うことが出来た。調ちゃんとも手を繋げられて、その手が切歌ちゃんとマリアさんにも繋がってくれた。キャロルちゃんやエルフナインちゃんとも繋がって、もう二度と繋げられないと思ってたお父さんとも手を繋げられることが出来た。

 そして今回も、北斗さんや矢的先生、ゼロさんやエックスさんと大地さん。それだけじゃなく、バム星人の人たちやこの地球(ほし)に生きた怪獣、そしてメフィラス星人のエルヴィスさん。こんなにたくさんと手を繋ぎ合うことが出来たんだ。

 それは元を辿れば、未来の存在や私にかけてくれた言葉があったからなんだよ。だから、未来のおかげ。ありがとう、未来」

 

 優しく、明るく、暖かい……落ち征く陽の中で尚も輝く太陽のような笑顔が、未来に向けられた。それはとても嬉しく、愛おしく……だが同時に未来の心に去来したのは一片の羨望だった。

 どう足掻いても誰もが変わり往く中で、”自分”のままに歩みを進めて成長していく最も親愛なる者。否が応でも比較してしまう。彼女の身体と心を癒し涙を乾かす陽溜りでありたいと願った我が身は、歩みを進める彼女に対してただなにも変わらぬままに待ち続けるだけで良いのかと。

 そんな想いが、零れ落ちるように呟かれた。

 

「――私も、変わっていっちゃうのかな」

「……未来は、変わりたくない?」

「……分からないの。響が響のまま変わり成長していったのは凄く良い事だと思うし、羨ましく思う事だってある。でも、私が変わってしまう事で響の陽溜りで居られなくなったらと思うと、なんだか怖くなっちゃって……」

 

 語る未来の両手を、響が包み込むように握り締める。その温もりと共に、胸の中の想いを真っ直ぐに伝えていった。

 

「へいき、へっちゃらだよ」

「響……」

「小日向未来は私の一番の陽溜りなの。たくさん手を繋いで、たくさんのあったかいものを貰って来たけれど……やっぱり未来の傍が一番あったかいところ。私が、絶対に帰ってくるところ。

 これまでもそうだし、これからもそう。たとえこの先、お互いの未来(あした)がどんな風に変わっていこうとも、其処だけはきっとずっと変わらない。変えたくないし、変わって欲しくない」

 

 立花響と小日向未来。互いの関係の最もな核であるところ――【陽溜り】。それを再認識するかのように、響は未来と額同士をくっつけあった。

 

「未来が未来のまま成長しようと頑張るんだったら、私はそれを誰よりも強く応援する。でももしそれが間違った方向へ進んじゃうようなものだったら、私が絶対に止めて見せる。未来が世界で一番優しいって言ってくれたこの拳で。

 私の一番の陽溜りの代わりは、世界の何処にも居ないからね」

 

 額を離し、満面の笑みを向ける響。そんな彼女に思わず抱き付く未来。その暖かな温もりで、此方を安らかで愛おしい気持ちにさせてくれる響もまた、未来にとって他に代わりなど存在しない、唯一不変の【陽溜り】なのである。

 変わり往くものと、変わらないもの。何よりも大切な人が言ってくれた言葉は、彼女の心にも小さな勇気を芽生えさせていった。

 

「……ありがとう、響。私も、私のまま成長できるように頑張るから」

 

 それ以上の言葉は続かせなかった。言ってしまいたい想いを胸に秘め、一つの決意を打ち立てる。もしもこの想いが本当に変わらないものであれば、いつか自分が成長した時に改めて彼女に打ち明けよう。そしてもし、この想いが自らを縛り付けている”過去”に依るものならば、それこそ破り捨てなくてはならない。でないともう、彼女を暖める陽溜りとして傍には居られないから。

 想いを受け入れて貰えるかなど、今は考えるべきではない。大好きな人が傍で応援してくれるのだから、それに応えたい。彼女はただ、それだけを思っていた。

 

 

 

 そしてまた歩き出す。日は沈みかけ、空は濃紫色へと変わっていく最中だ。そんな中でふと空を見上げた響が、思わず未来を呼び止めた。

 

「あッ! ほら未来見て見てッ! 一番星、みーつけたッ!」

「――あ、本当だ」

「一緒に見た流れ星も綺麗だったけど、こういう一番星ってのも良いもんだねぇ」

「うん、オレンジと紫の空に輝いてる星……なんだかすごく綺麗。でも、あれなんて言う星なんだろう……?」

「うえッ!? う、うーん……北極星とかじゃないと思うけど、私も詳しくないからなぁ……」

 

 突然の質問に頭を悩ませる響。それを笑いながら静止しようとする未来。そんな二人の隣を、白いワンピースを着た赤い靴の少女が歩き去っていった。二人を追い抜く瞬間、なにかを口にしながら。

 その声に驚き、思わず周囲を見回す響と未来。だが其処にはもう人影すら見えなくなっていた。だが、彼女の発した声は二人の耳にハッキリと残っていた。

 

「――願いを、聞き届ける光……」

「――ウルトラの、星……?」

 

 呟いた瞬間、見つけた一番星が一際強く輝いたように見えた。思わず二人が顔を合わせ、両手を合わせて胸の想いを天高くに光る星へと投げかけていった。そして僅か数秒の間を置いて目を開くと、輝く一番星の周囲全天に小さな星々も光を齎し始めた。夜が来たのだ。

 

「……響は、何か願い事をしたの?」

「うんッ! 翼さんやクリスちゃん、マリアさんや調ちゃんや切歌ちゃん、エルフナインちゃんや師匠や緒川さんたち……とにかく私が繋がって来れたみんなと、ずっと仲良く居られますように、ってことッ!

 それと、未来ともこれからもずっと、ずぅーっと一緒に、なかよしで居られますようにってッ!」

「フフフッ……響らしい、素敵な願い事だね」

「やだなぁそんなに褒めないでよぉ~。そう言う未来は、何かお願いしたの?」

「私? 私は――」

 

 一瞬の間を置く未来。星に願ったのはたった一つ、『響とずっと一緒に居たい』と言う願いだった。だが、先程の決意を無にする訳にもいかない。心で吐き出した願いを星に受け取って貰い、いつかの日まで預けておく。未来はそう、あの星を見て感じたのだった。

 なればこそ、響からの質問に答えることは出来なかった。

 

「――教えない」

「ええぇ~、なぁんでぇ~!?」

「こういうのって、教えちゃうと願いが叶わなくなるって言うじゃない? だから、私は言わない事にするの」

「ずるーい! だったら私のお願いは叶わないってことじゃん!」

「ゴメンゴメン、冗談だよ。それに、響なら絶対に自分の力で願いを叶えられるって信じてるから」

 

 未来から真っ直ぐな笑顔を向けられ、一瞬呆気にとられた響もまたそれに応えるように、いつもの笑顔で『うんッ!』と強い一言だけで返していった。

 

 少しの間立ち止まっていた二人はやがてまた歩き出す。二人が共に暮らすリディアンの寮までもうすぐだ。

 

 夜天に輝く星々が、彼女らを……そしてこの地球(ほし)に生きとし生けるものたちを、優しく見守り続けていた。

 

 

 

 

 

 絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア

 

 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間の何処か、メフィラス星人エルヴィスが自らの乗る円盤の端末を操作していた。そしてそれは、数分の後にリアリティのあるホログラムとして顕現する。

 赤いワンピースと、編み込んだ黄金のブロンドヘアー。幼い顔立ちからは何処か敵意を押し殺しているようなものを感じるが、逆にそれがエルヴィスの心を昂らせていった。そして、彼女が少しばかりたどたどしく問いかける。

 

『――……わたしは、誰だ?』

「君はこの円盤のメインコンピューターであり、私のナビゲーターだ。少し殺風景だったので手を加えてみてね、精神生命体であった君の僅かな破片を使わせてもらった。

 これで少しは、快適な旅になるだろう」

 

 エルヴィスの一方的な物言いに対しイラつきを隠さず、ナビゲーターの彼女は再度と問い掛けた。一方で彼はその反応すらも本物と同じだと確信し、喜んで問い掛けに応えていった。

 

『……もう一度聞く。わたしは、誰だ?』

「言っただろう、君は名も無きメインコンピューターの頭脳兼私のナビゲーターだ。……が、やはり名前は必要になるものな。どうせ長い時を共に星の海を往くんだ、答えてやろう。

 私はメフィラス星人エルヴィス。今は君のマスターという訳だね。そして君の名は――【キャロル】だ」

「……福音(キャロル)だと? 何故そんな名を……」

「さてね。”君”がこの世界に生まれたことを喜んだ者が付けたのだろう。私はそれを拝借したに過ぎん」

 

 言いながら深く椅子に腰掛けるエルヴィス。ホログラムのナビゲーター【キャロル】は、そんな彼に再度問い掛けた。

 

『マスター、貴様は何故私を生み出した』

「話し相手が欲しかったのだ。ただそれだけだよ」

『……理解に苦しむな』

「結構、大いに苦しんでくれたまえ。さて、君に課す任務は単純にして明快だ。これから君には私と共に様々な世界を見てもらおうと思う。そこで君には、その惑星環境から現住民族や生物の調査、データの集積を行ってもらう。

 ――キャロル、君は”世界”を識るんだ」

 

 エルヴィスのその言葉にキャロルは一切の感情や変化を見せず、ただ淡々と『了解だ、マスター』とだけ返して振り向いた。

 

 眼前に広がるは星の海。無限とも言える”世界”を識り、何時の日か彼女が”自分自身”、またはそれと関する者に邂逅した時にどのような変化を見せるのか。絶えず変わり往く未来(みらい)を想い、悪質宇宙人はほくそ笑む。

 統一言語を奪われ相互理解を阻む呪詛に包まれながらも、命と光が歌で一つになった彼の世界。それでも一時の奇跡ごときでヒトは変わらぬだろう。そう、だからこそ面白いのだ。

 

 

 そんないつかの未来を想いながら、彼らはまた星の海を行く。

 いつかまた、あの地球(ほし)に降り立ち”友”とこの手を握り合う為に――。

 





今まで多くの方に読んでいただき、またこちらの予想を超える皆さまに応援していただき、誠にありがとうございました。
今回を持ちまして、【絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア】の本編を完結とさせていただきます。
長らくのお付き合い、本当にありがとうございました。










まだ少し書きたい事があるので、過去回の修正をしながらやっていこうと思います。
どうかその時は、また気軽に楽しんでいただけると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。