絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 25 【絶唱光臨】 -B-

 眼前の惨状に唖然としながら、大地は真っ先にデバイザーを確認する。表示されている時間から見るに、まだ位相侵蝕のタイムリミットは50時間ほど残っているはずだ。だが目の前の状況はどうだ。自分たちが戦っている間にどれ程の蹂躙が行われたと言うのだろうか。

 一先ず通信を試みる。が、案の定すべての通信が使えなくなっていた。思わず額に手を突く大地。絶望的な状況だろうと思考を止めてはならないのは、彼自身よく知っている。装者の少女たちがショックを受けている今、それが出来るのは自分だけだと直感したからだ。事実その通りで、響やクリス、調と切歌だけでなく年上の落ち着きを持つ翼でさえも面影を遺すだけの壊れた街並みを眺め見る事しか出来なかった。

 その中で、響の目が破壊された街の中央で倒れる巨体を発見、思わず声に出していった。

 

「みんな、アレ見て!」

「怪獣、デス……?」

「あれは、確か……」

 

 全員が其処に眼をやった瞬間、クリスの口からは歯軋りが鳴り、調は驚愕と共に口を塞いでしまい声が出なくなってしまった。

 

「大地さん、あそこまで行ってください!」

「分かった。みんなすぐ乗って!」

 

 全員が乗車したことを確認しすぐさま発進するジオアラミス。瓦礫の中を右往左往しながらも辿り着いた其処には、誰もが見覚えのある巨獣が横たわっていた。

 

「ゴモラ!? でも、俺が知ってるのとは何処か違う……」

「彼はこの世界での古代生物をヤプールが改造強化した姿だと伺っています。……ですが、これは惨い……」

 

 傷だらけで血と泥に塗れながらか細い吐息を洩らすゴモラⅡ。何故此処に居るのか、何があったのかと疑問はあるが、そんな事はお構いなしにと響とクリスが飛び出し、調と切歌もその後を追った。

 

「大丈夫!? しっかりしてッ!!」

「なんで、こんな目に遭ってんだよお前は……! せっかく良さそうな居場所に連れてってやったのに……ッ!」

 

 ゴモラⅡは答えない。答える術を持たない。ただジッと彼女たちを見つめて、小さく口を動かしながら弱々しい鳴き声を上げるだけだった。

 後から追い付きながら、すぐにその鳴き声や受けた傷をガオディクションで分析する大地。結果はすぐに表示された。

 

「……彼の感情が分析できた。感謝と謝罪……そして、”守護る”」

「感謝と、謝罪……」

「ヤプールから解放されたことと、新しい棲み処をあげたことデスか……? でも、じゃあ謝罪って……」

「……きっと、彼も守護ろうとしたんだ。襲い来る”破滅”から、母なる地球(ほし)を……。でも守護り切れなくて、こうして……」

 

 大地のその言葉が、少女らの心に強く突き刺さる。そして図らずも感情が涙となって溢れだした。

 思わず響が抱き締めるようにゴモラⅡの鼻先へ擦り寄り、涙ぐんだ声でただ言葉をかけていった。

 

「ごめん……ごめんね、遅くなっちゃって……。もっと早く帰れてたら、一緒に戦えてたかもしれないのに……。こんな目に、遭わせずに済んだのかもしれないのに……!」

「……違う、そうじゃない立花。彼は、我々やウルトラマンが居なくなったこの地球(ほし)で唯一、破滅に対して己が命を賭して立ち向かったんだ。

 少なくとも私たちは皆、そうやって何かを守護る為に命を賭して立ち向かい、何かを託し散らしてきた者のことを識っているはずだ」

 

 翼の言葉で思い起こされる、響にとって運命の分岐点と化した一つの記憶――天羽奏の死。クリスの胸中には両親の姿が思い起こされ、調と切歌の脳裏には養母ナスターシャの姿があった。

 

「きっと私たちのうち誰かがこの世界に残されていても、彼と同じ事をしただろう。破滅に相対しても敢然と戦い、命を散らし……そして他の誰かに託しただろう。

 ――この地球を、守護ってくれと」

 

 その眼に涙を浮かべながらも、凛と強く言葉を紡ぐ翼。悲しくないわけがない。悔しくないわけがない。だがこの眼前の、巨獣でありながらも誇るべき魂を持った勇者に対し、謝罪の文句は侮蔑以外の何物でもないと彼女は思っていた。大切なものを守護る為に殉じた天羽奏に対し、この世の誰よりも心を砕いた彼女だからこそ。

 そんな翼の言葉を理解したのか、響は縋るように泣くことを止め、真っ直ぐにゴモラⅡの虚ろな瞳と目を合わせた。そして彼に向けて、強く誓いの言葉を立てた。

 

「……ありがとう。この地球(ほし)を……みんなの居場所を守護ろうとしてくれて。

 君の分まで……君の想いも一緒に乗せて、私たちが絶対に守護ってみせるからッ!!」

 

 響の言葉に賛同し言葉をかけていく一同。それを聞いて安心したのか、ゴモラⅡはもう一度小さく鳴き声を上げ、静かに瞼を閉じて永久の眠りに落ちていった。

 少女たちは誰も泣き声を上げない。ただその場に小さな涙の欠片を落とすだけに留めて。

 

 

 

 落涙と共にその場の全員の身体が淡い光で包まれる。皆は一瞬戸惑うが、響だけはそれがなんであるか察しがついていた。

 

「メフィラスさん、ですね」

(よくぞ気付いた、立花響。君たちを迎え入れよう)

 

 その言葉と共に淡い光に包まれた全員がその場から消失。数秒後、その目を開いた先にあったのはよく見知った人たちの微笑みだった。その中から一人、装者たちの――立花響の姿を確認するや否や弾けるように飛び出して彼女に抱き付いた者が一人。小日向未来だ。

 

「響ィッ!!」

「うわっ、とと……。ゴメンね未来、また心配かけちゃって」

「ううん、良かった……。ちゃんと帰ってきてくれて……」

「……帰ってくるに決まってるじゃない。未来は私にとって、一番あったかい陽溜りなんだから! だから今のうちに陽溜りエナジー補充ーッ!」

「ちょ、ちょっと響!」

 

 自分から抱き付いてきたと言うのに響に強く抱き返されると思わず焦ってしまう未来。他愛ない睦み合いだが、それが響にとって何よりも嬉しく温かく、安心を得られるものだった。

 

「だからお前ら、そう言うのは自分の家で……って、そんな悠長なこと言ってる暇はねーか」

「クリスさんの仰る通りだと思います。ですが、今この一時ぐらいは、みなさんの無事を喜ばせてください」

「そうよ。はい、あったかいものどうぞ」

「あったかいものどうもデス!」

「なんとなく、安心する。ありがとうあおいさん」

 

 だがクリスの言う事ももっとも。あおいとエルフナインが全員にあったかいものを配り終えた後に、皆に歩み寄って来た弦十郎と慎次がそれぞれ簡単にだが帰還した者たちを歓迎する。だが、すぐにでも彼女らに進んだ状況を把握させなければならなかった。

 その為にもまず、弦十郎は初対面である大地に対し声をかけていった。

 

「こうして顔を合わせるのは初めて……ようやくと言ったところだな。国連所属特殊災害対策組織S.O.N.G.機動部隊タスクフォース司令の風鳴弦十郎だ」

「国際防衛組織UNVER管轄特殊行動部隊Xio日本支部所属、大空大地です。改めまして、お初にお目にかかります風鳴司令」

「君の協力に感謝する。彼女らと一緒に、よく戻ってきてくれた」

「協力なんて……俺の方こそ彼女たちに助けられてばかりでした。だから今、此処に居られるんです」

 

「おかえりなさい翼さん。何処かお怪我などありませんでしたか?」

「ただいま戻りました、緒川さん。この身の傷は、バム星人の方々の治療のおかげで事なきを得ました。……十全、とは言いませんが」

 

 翼の言葉に合わせるように大地以外の全員が石化した変身道具を眺め見る。それは、未だこの世界にウルトラマンたちは戻っていない事を表していた。

 

「やはり、彼らの存在無くして破滅に勝利を得ることは出来ないか……」

「それでも、命を賭して抵抗してくれたものが居てくれました。守護ろうとしてくれたものが居てくれました。

 ――教えてください師匠。私たちが居ない間、何が起こっていたのかを。そして考えましょう。どうすれば、この地球(ほし)を守護れるのかを……ッ!」

 

 決意に滾る目を向ける響。いや、他の装者や大地も同じだった。大切な、かけがえのない仲間を、友を救い守護る為に知らなければならないことを知る為に。そして最後まで足掻き切る為に。

 

「……分かった。だが本部の……いや、世界中の通信手段は完全に封鎖されてしまってな。少しばかり特殊な手段で見てもらう。メフィラス星人、お願いする」

「よかろう」

 

 ブリッジの中に紛れ込んでいた黒い影――メフィラス星人。この場は弦十郎の言葉に従うように、掌から光球を作り出した。かつてリディアンの校庭で見たものと同じものだ。そこに映し出されたのは天と地と海。異形の海に侵食された禍々しい空間だった。律儀にもその時点での残り侵蝕時間を記しており、その時間を見て察したのは大地だった。

 

「……此方が敵性怪獣との戦闘を終えたところからですね」

「野郎、こっちが帰ってくるのを見越した上で現れやがったって事かよ……」

「そういう事になるな。……来るぞ」

 

 暗黒の空から現れたのは、赤く巨大な翼を持つ怪獣だった。その首は非情に長く、鋭利な頭部も相まって竜を連想させる。それは無限に湧き続けるドビシを喰らい、口から放たれる劫火で点を焼き払いながら位相を越えて空を舞っていく。

 漆黒の海から現れたのは、青い巨体を持つ怪獣だった。即座に例えるならばセイウチなどの海洋に棲息する哺乳類。だがそれは二足で立ち上がり、巨大な爪と宝玉のような紅い眼をギラつかせていた。それは海を禍々しながら位相を越え、突き進んでいく。

 真黒の地から現れたのは、濃紫の肉体に血脈が滾り渡り、全身に鋭利な棘や角が生えている怪獣だった。他の二体とはやや毛色は違うものの、連なる複眼が黄色く輝き右腕はまるで棍棒のような鈍器と化していた。それは歩みと共に赤黒い血の池を生み出しながら位相を越えて歩いてい行く。

 最後の、陸を往く怪獣に真っ先に反応したのは、大地だった。

 

「――こいつ、まさかザイゴーグッ!?」

「正解だ。まぁ君は知っていて当然だろうね、大空大地。君は君自身の世界で、伝説の巨人たちと共に彼の者と戦い打ち破ったのだから。

 閻魔獣ザイゴーグ……とある地に封印されていた、”地の獄よりも遥か真獄(まごく)へ閉ざされしもの”」

「他の二体は?」

「あの赤き巨竜が、”天空より遥か彼方へ追放されしもの”……伝説宇宙怪獣シラリー。そしてあの青き巨獣が、”深海より遥か深淵へ封印されしもの”……伝説深海怪獣コダラー。皮肉なことにこの者たちは全て、地球自身が破滅を望み生み出した獣……広義でとれば、ヤツらは全て根源的破滅招来体であると言えるな。

 しかし流石の私もこれには驚いたよ。この世界の”地球のマイナスエネルギー”が、まさかここまで破滅を望んでいたとは。”天より舞い降りる赤き竜”、”海の中から上って来た一匹の獣”、”そしてもう一匹の獣が地中から上がって来る”……これではまるで本当の黙示録の再現だ。万象黙示録の完成を謳う暗黒卿の手引きがあったとはいえ、恐ろしい事だよ」

 

 そう言葉にするメフィラス星人だったが、声色からはむしろ歓喜を連想させられる。そんな彼に今は敢えて深入りせず、映像と共に弦十郎が言葉を続けていった。

 

「この時には既に通信網のほぼ全てが完全に遮断。映像のみが映し出されると言う事態に陥っていた。そして連携を欠いた各国と国連は、時を待たずしてその抜き身の刃を……振り下ろした」

 

 その言葉と同時に見せつけられる巨大な大量破壊兵器……ICBMの連続発射シーン。ただのそれだけで、ヒトは脅威を排除するために禁断の兵器を解き放ったのだと誰もが確信した。

 コダラー、シラリー、ザイゴーグに向けて発射されるミサイル群。その中に何発の核弾頭があったかは定かではないが、圧倒的な破壊力は破滅を齎す怪獣ですらも灰燼へと帰せると放った者達は思っただろう。事実、映像の中でも眩い光と炎が三体の怪獣のそれぞれを飲み込み焼き尽くしていく……。

 だがその炎の中で、ヒトの目論見を愚考と嘲笑うかのような鳴き声が響き渡っていた。そして――

 

「あれだけの爆発が……!」

「吸い込まれるように、消えたデス……!?」

「……ヤツらは、核を含む此方の全ての攻撃を受け止め、且つその爆発のエネルギー全てを……吸収した」

 

 爆炎を物ともせんとばかりに其々の歩みを進めるコダラー、シラリー、ザイゴーグ。コダラーは数多の戦艦や潜水艦を全て薙ぎ払い、シラリーは最新鋭戦闘機の数々を口から吐き出した火炎で爆散させ、ザイゴーグは道を塞ぐ幾多もの戦車を踏み潰し口から放たれる光線で蹂躙していった。

 だが其処に現れる巨大な姿が在った。地面を割って出で来る巨体、それはかつてウルトラマンたちが戦い救った怪獣、ゴモラⅡだった。

 

「ゴモラ……ッ!」

「しかと目に焼き付けておきたまえ。彼の勇姿をね」

 

 ザイゴーグと相対するゴモラⅡ。忌むべき敵と見定めたゴモラⅡは、すぐさま走り出しその巨体でザイゴーグに体当たりを放ち、相手が一歩退がったところに強靭な尻尾の一撃を叩き込んだ。だがザイゴーグはそれに一切怯むこともなく、棍棒のような右腕で殴り付け、強靭であり鋭利な爪を持つ足で強く蹴り込み、お返しとばかりに鋭い棘の持つ巨大な尾で叩き付けた。

 鳴き声を上げながら怯むゴモラⅡ。獰猛な意思を見せる眼を向けて鼻先の角から破壊光線を発射。だがザイゴーグの口からも鮮血のように赤い光線で迎撃し相殺した。

 まるで嗤っているかのようなザイゴーグに対し、再度接近戦を仕掛けようとするゴモラⅡ。だがその動きは突如封じられてしまった。思わず其方を向くと、其処には海から上がって来たコダラーが巨大な腕で己が強靭な尾を掴まれていたのだ。互いの視線が交錯した瞬間、コダラーがゴモラⅡの尾を引いて引き寄せ巨大な爪で胴を切り裂いた。痛みに依るものか、雄叫びと上げながら頭部の角から三日月型の光弾を連続発射するゴモラⅡだったが、コダラーはその全てを自らの肉体で受け止め、強く押し出すように増幅反射させた。

 倒れ込むゴモラⅡと其処に迫るコダラーとザイゴーグ。それでも抗戦を止めぬとばかりに起ち上がろうとするゴモラⅡだったが、背後から光が放たれその身体を貫いた。僅かな間を置いて、天を舞うシラリーまでもが障害を排除するために降り立ったのだ。その時に放たれた腕からのレーザー光線が、ゴモラⅡの強固なはずの肉体を容易く貫いたのである。

 

 ……そこからはもう、ただの私刑にも似た凄惨な光景だけが繰り広げられていた。ザイゴーグの腕が潰し、コダラーの爪が裂き、シラリーの嘴が貫く。そして光線、電撃、火炎の三種が一度に浴びせられ……ゴモラⅡは文字通り、蹂躙されていた。

 やがて攻撃は止み、三体の怪獣は何処へと去っていく。残されたものは無惨な姿となったゴモラⅡの肉体。四次元空間より皆が帰って来たのは、正にこの直後だったのだ。

 

 

 

 人類の足掻きを塵芥のように払い、怪獣でありながらも地球を守護る為に現れたゴモラⅡをいとも容易く討ち斃していく様は、正しく絶望の象徴。破滅の権化だった。そして更なる不幸は、唯一生存している映像回線がこの光景を世界の全てに流してしまった事だ。ヒトの叡智が生み出した兵器が通じず、奇跡を体現する光の巨人も全てが消え去り、命を救う為に奏でられてきた少女らの歌も聞こえない。世界には只々絶望感だけが色濃く澱み、それがまたマイナスエネルギーとして暗黒卿へと還元される。そんな負のスパイラルが、この地球を支配しているのが現状だった。

 そこまで映像を見せ終えて、メフィラス星人は更に語り出す。

 

「以上が、君らが知らぬ此方の光景だ。よく清聴して居られたものだと褒めてやろう」

「……いや、結構だ」

「涙はもう、さっきアイツの為に流しちまったからな……」

「……おぞましいし、恐ろしい。でも……」

「そんなの全部通り越して、どんどん怒りが沸き上がってきやがるデス……ッ!」

「あんなモノに私たちの世界が……みんなの居場所であるこの地球(ほし)が脅かされているのが、我慢ならない……ッ!!」

「止めなくちゃ……絶対に……ッ!」

 

 

 無惨な顛末を先に目にし、追いかけるようにその経過を見せ付けられた装者たち。滾る義憤に駆られる中で本題を切り出したのは、翼だった。

 

「司令、今後の作戦の方は」

「最大の目的自体は至極単純だ。我々の手でウルトラマンたちに、マリアくんに力を与えて復活。再度一体化を果たし、コダラー、シラリー、ザイゴーグ、暗黒卿を討つ」

「その為の作戦プランが此方です」

 

 エルフナインが大型モニターに作戦概要を出力する。映し出されたのはやや簡素な位置情報図だった。

 

「装者出動用の射出ポッドとバンカーバスターミサイルを改造し、超高速を以て暗黒の渦の中心に吶喊。ウルトラマンネクサスが変形したと思われる、位相防御フィールド中央に位置する石盾にエネルギーを注入することで回復させます。

 エネルギーには皆さんの歌……フォニックゲインを用います。ダウルダブラの技術から生まれた新機構、フォニックゲインコンバーターとイグナイトモジュールを掛け合わせれば、理論上ウルトラマンたちを復活させるだけのエネルギー量にはなるはずです」

「簡単に言ってくれるが、余りにもザルすぎやしねぇか……?」

「敵から妨害は免れないだろうし……」

「渦の中心って言っても、あんな大きな渦のド真ん中にズバッと行けるんデスか……?」

「クリスさんたちの仰る通りです。ですがそれらへの対抗策も可能な限り用意しました。

 敵の妨害に対しては、移動本部の所有する残りのバンカーバスターミサイルを出動と同時に全斉射。みなさんの乗った改造ポッドに併走させ、怪獣発見と共に先制攻撃へと転じます。正直なところそれでダメージを与えられるなどとは思っていませんが、バンカーバスターミサイルの特性上、衝撃波で敵怪獣を怯ませることぐらいはできるはずです」

「それに今回ばかりは、俺と緒川も地上から援護もする。みんなに手出しはさせんさ」

 

 力強く語る弦十郎の言葉から得られる心強さはとても大きなものだった。地上最強の男とその懐刀が前線に出る。ただそれだけだと言うのに絶大な信頼と期待が沸き上がるのもこの男たちの規格外の戦闘力に依るものだろう。

 そこに続ける形でエルフナインが策の続きを説明していく。

 

「そしてもう一つ、重要な点があります。

 それは、かつてフロンティア事変の際にみなさんが起こした一つの奇跡……地球人類の歌を一つに束ねた70億の絶唱を、もう一度行うことです」

「70億の絶唱……あの再演をしろと言うのか……ッ!?」

「でも、アレはマリアさんがみんなに呼びかけたから出来たことだったよね……。でも今は……」

「ハイ。マリアさんは不在ですし、破滅魔虫ドビシによって現在の人類が生み出してきた電波や光といった全てのネットワークは封じられてました。ですが唯一つ、今でも生きているネットワークが存在しています。

 地球全土に流れるエネルギーの走る道――龍脈(レイライン)が」

 

 エルフナインの言葉に装者たちは驚愕に眼を見開いた。だがその言葉を述べたエルフナイン自身は表情を一つも変えず淡々と言葉を続けていく。

 

「フォトスフィアを用いてレイラインをネットワーク化し、其処にフォニックゲインコンバーターで変換した歌を全世界へと伝播。映像機器をジャックすることで全世界に伝え訴えます。

 歌姫・風鳴翼の生存と、特殊災害の危機より人々を救って来た少女らの歌を以て、マリア・カデンツァヴナ・イヴ及びウルトラマンらの救出と暗黒卿打倒の為に地球に生きる人類すべてに力を貸して欲しいと」

「我らに……いや私に、もう一度墜ち征く月の時のように世界を一つとし、人々の命の音楽を束ねろと言うのか……」

「大役であることは承知しています。ですがマリアさんが不在の今、世界が応えてくれる程の声と歌を送れるのは、マリアさんと共に肩を並べ歌った翼さんしか居ないと考えます」

 

 全員の眼が翼に注目され、瞬間彼女の身体に震えが走る。それと同時に翼は思った。あの時の、マリアがやってのけたことを自分がすることになろうとは思っても見なかったと。彼女とて其処に至るまで様々な事情や葛藤などがあっただろう。だがアレは間違いなく、マリア・カデンツァヴナ・イヴが手繰り寄せ起こした奇跡なのだ。

 心が震えているのが分かる。これは武者震いなどでは無い、重圧に依る畏怖だ。だがそんな気持ちを押し込めて、凛とした声で『承知した』と答えた。やらねばならないのだ、なんとしても。

 

 

 エルフナインの言葉は続く。次は突撃箇所についてとそれに付随する不確定要素の説明だった。

 

「作戦の主旨から外れますが、前提部分としてお聞きください。自動保存されてあったみなさんのシンフォギアのデータから、ある時を境に特殊な電子波形が放出されていたことが確認されました」

「ある時を、境に?」

 

 響の問いに首肯し、更にエルフナインは言葉を続けていく。

 

「具体的には、エックスさんと大地さんがエタルダークネスと戦っている時に電光の翼で装者の皆さんを回復させた後からです。大地さんは、コレが何かご存知ですよね」

「ああ。俺の所有していたサイバーカード……ウルトラマンゼロ、ウルトラマンマックス、ウルトラマンギンガ、ウルトラマンビクトリー、ウルトラマンネクサス。以上五枚のサイバーカードがあの時同時に射出され、君たちシンフォギア装者へと向かって行った。その時にギアペンダントに宿っていったんだね」

「あの時に感じた、青い光か……」

「みんな思い当たる節はあるようだね。みんなのギアペンダントに宿ったサイバーカードは、電子情報体として変化したウルトラマン自身の力の一端だ。きっとそれが、シンフォギアの励起と共に普段は観測されない電子波形となって表れたんだと思う」

「大地さんの仰られる通りだと思います。そして観測の結果、翼さんの天羽々斬より今なお発せれている一定の電子波形が、位相防御フィールドの中央……マリアさんことウルトラマンネクサスが変化した石盾の座標を示していました。それが標となってくれている以上、位置情報に関しては問題ありません。其処へ向かって飛ぶだけですから」

 

 理路整然と語るエルフナインに、誰もが納得の色を示していく。そこに付け加えるように、大地が僅かながらでも有益と思われる情報を進言した。

 

「翼さんの天羽々斬に宿ったのは、恐らくゼロのカードだろうね。それがきっと反応して、ウルトラマンたちの居場所を特定しているんだ。そしてマリアさんのギアに宿っているのは、多分ネクサスのカード。恐らくは位相侵蝕を止める助けになっているだろうと思われる

 ただ他のみんなに宿ったサイバーカードは、誰のカードでどんな形で力になってくれるかは具体的には俺には理解らない。けど、必ずみんなの想いに応える形でその力を貸してくれる。それは間違いないよ」

「以上を、現状考えられる最善の策として提示します」

 

 その言葉で打ち立てた作戦の概要を締め括るエルフナイン。現状この場に有する全力を用いて、尚且つかつて起こした人類の意志統括――”70億の絶唱”と呼ばれた奇跡を人為的に再度引き起こすと言う無謀極まらぬ策だった。

 だが奇跡すら策に組み込まねば地球を覆う破滅の手を退けることなど出来ぬとエルフナインは考えていた。奇跡に縋るのではなくその概念を再度殺戮する為に、今出来る事は抜かりなく全て詰め込んだはずだ。

 決して負けられない戦いに赴くために講じた策、今は其処に一所懸命するしかない。そうやって昂らせている皆の想いを察しながら、メフィラス星人は深く溜め息を吐いた。其処に失意などは無いが、逸り過ぎているであろう気持ちに冷や水をかけるかのように沈黙を破っていく。

 

「なるほどな、経験に基づく合理性がありながらも尋常ではない不安定さを見せる奇跡的な作戦だ。可能性など完全に慮外した机上論には称賛すら覚えるよ。

 しかしだが、それでも破滅の総てを祓うことは難しいだろうな。エタルガーも言っていたが、君らが70億の絶唱を束ねようとも地球のマイナスエネルギーを祓うには至らないだろう。それだけ今のこの世界にはマイナスエネルギーが満ち溢れている。他でもない地球意思と其処に生きる者たちによって増幅を続けながらね。

 マイナスエネルギーによって世界が滅ぼされると予見したDr.ウェルの先見は浅見などでは無かったと言うことだ。異形の海の位相侵蝕と、天と地と海の破滅魔獣の出現。ヒトが作りし母星を壊す威力をも封じられ、他者と繋がる事さえも奪われた。残された時間は48時間程となりながら、君たちを含む全ての人間は何処までも悪しき感情を、マイナスエネルギーを生み出している。暗黒卿に利用されていながらも、それを理解っていても止められない。止める術を持たない。挙句君らでさえもそれを以て戦おうとしている。

 歯止めの効かない想いの暴走こそが世界を滅ぼす。滑稽な真理だ。だが、それを愚かで嘆かわしいなどと言う心算は無い。それこそが、”生命あるもの”なのだからな」

 

 何処か冷ややかに告げるメフィラス星人の言葉に皆の心が幾分か冷静さを取り戻していく。言われなかったからこそ、逆に自分たちの愚劣さを思い知らされたような気がしたからだ。だがそれに叛逆の言葉を返したのは、意外にも静観を決め込んでいたキャロルだった。

 

「そうだな、貴様の言う滑稽な真理とやらは嫌というほど身に染みている。だがなメフィラス星人、それをそうやって高みから覗き語る貴様もまた”生命あるもの”ではないのか? それともなにか、貴様の種族は皆が超越的であり神が如く感情を制御、または喪失した中で生まれ出で来ては無限の彼方へ御高説を垂れ、かと言って大きな干渉もせぬまま興味が失せたら立ち去るような種族であったのか?

 そうであるならば早々に失せろ。そんな貴様にこの世界を手中に収めることなど出来んし、そうする資格すら無い」

 

 思わぬ言葉の反撃につい心を綻ばせるメフィラス星人。キャロルの言葉を受けて尚、彼の口は更に饒舌なものへとなっていった。

 

「ふむ、君の言う通り私や同胞たちも間違いなく”生命あるもの”だ。同胞の中には地球を手にする為に様々な手段を用いて行う者がいた。だがその多くが、感情を揺さぶられてしまい結果的に暴力での侵略と制圧に変わり、その度に阻止されてしまって来た。滑稽だと思うかね? 私は思った。同胞であるが故に。

 だがそれはあのウルトラマンたちも同じくであり、君らがカストディアンと呼ぶものらもまたそうであろうな。ウルトラマンにはベリアルと言うレイブラッドの邪心に墜ち、今なお自由なる暴君として宇宙を渡り歩いている者がいる。そしてカストディアンもまた、超越者然としながらも人類――ルル・アメルが自らと同じ位階に立つ事を良しとしなかったが故に月遺跡――バラルの呪詛を生み出しこの世界から共通言語を奪い取った。

 感情の総てを制御出来る生命体などこの宇宙にはほとんど存在しない。ほぼ単一の思考しか持たないスペースビーストや、グランスフィアと呼ばれる森羅万象を一つと化した暗黒惑星はそれを為した存在だとも言えるが、飽くまでもそれは余りにも数少ない例外だ。それに、私自身はその考えを否定している」

「感情に流される生命を滑稽と言いながらも、貴様は貴様自身が滑稽な存在であると認めると言うのか?」

「左様。でなければ私も、未だにこの場に居座ろうとはせんよ。私が欲した地球の終焉か存続かを決める48時間を切りながらも、僅かなる可能性が集結しつつある現状にガラにも無く心に昂ぶりを感じてしまっている。最早決められたものと思われた破滅と言う終焉を覆す可能性が……世界を救うと言う、ヒトの身に余りある奇跡を掴み取る為の道筋がほんの微かに見えつつあるのだ。ヒトが其処に辿り着けるかどうか、是非とも最後まで見届けたい。

 そして――そうして終焉を乗り越えた世界こそ私がより欲する地球に為り得ると考えているのだ。あまりにも滑稽だよ、私はね」

 

 相も変わらず、淡々とだが舌をよく回すメフィラス星人。だがその言葉の端々には歓喜や期待といった強い感情が滲みだしていた。

 

「その為にお前は、俺たちに足掻けと……?」

「地球をこの手にしたいと言う目的は変わらないからね。その為に私は君たちに問い掛け利用するし、君らによってこの身を利用されることも厭わない。それで構わないのだ。

 そして現状はどうかね。残された時間は48時間にしてシンフォギア装者が五人と地球防衛隊員が一人……その全てがウルトラマンに選ばれた者だ。君たちタスクフォースの人間にも犠牲者は居ない。完璧とは言わずとも、動くには十分な力は戻っているはずだ。

 対するは黙示録の再演が如く破滅を齎す三体の魔獣と邪心の王が集結した巨大暗黒卿。何れも常軌を逸した連中だ。そして迫り来る破滅位相……異形の海の侵蝕。だがそれでも尚ウルトラマンたちは、欠けた最後の歌姫は、未だこの世界を守護る為に足掻き続けている」

 

 己が実情と世界の現状を淡々と語り切るメフィラス星人。彼の深く青い瞳がその場に居る全員を貫くように見据え、そのまま問い掛けた。

 

「――この地球(ほし)を欲す一人の宇宙人として問おう。地球人よ、貴様たちは終焉(さいご)の最後まで足掻き切ることが出来るか? 例え待っているものが奇跡などでは無く、総てを失う残酷な結果だとしても」

 

 深く青い目と向かい合う人々は誰一人として揺らぐことは無い。ただ真っ直ぐと見つめ返しながら、皆を代表して響が答えていった。

 

「足掻きます。終焉(さいご)の最後まで、本当に大切なものを守護る為に……私たちはその為に帰って来たんです。

 ――そしてそれが、この地球(ほし)からの願いだから」

 

 響の言葉に全員が力強く首肯する。最早、この期に及んで迷いなど有りはしないのだから。

 皆の返答に何処か満足げに、メフィラス星人もまた首肯する。『ならば足掻け、持てる総てを尽くし切って』と言わんばかりに。

 

 

 

 全員の士気が一つに固まったところで、弦十郎がその右拳を左の掌に打ち付ける軽快な音が鳴り渡る。

 

「そうと決まれば俺たちは作戦決行の準備だッ! 現状は既にメフィラス星人の口から聞いたからな、準備と共に他の確実性を上げる妙案を出せないか思案するッ!

 エルフナインくんは各ギアの損傷チェックと調整。装者のみんなと大空隊員は、風呂入って飯食って寝ろッ!!」

 

 意気高く指示を出す弦十郎に、思わず数人の膝の力が抜けてしまう。すぐに体勢を立て直し食い掛ったのは、やはりクリスだった。其処に調と切歌、大地も加わっていく。

 

「この期に及んでなに眠てぇこと言ってんだオッサンッ!! 寝れると思ってんのかッ!?」

「そうデス! アタシたちはまだまだやれるデスよッ!!」

「無理はしてません。大丈夫です私たちは」

「敵怪獣に関しては、俺の知識もお役に立てれますッ! 休養の時間なんか――」

 

反論と否定の言葉を浴びせられつつも、腕を組む弦十郎はそれらすべてを聞き流し、おもむろに強く声を発した。

 

「響くんッ! ウルトラ5つの誓いを言ってみろッ!!」

「は、ハイッ!

 一つ、腹ペコのまま学校へ行かぬことッ! 一つ、天気の良い日に布団を干すことッ! 一つ、道を歩く時には車に気を付けることッ! 一つ、他人の力を頼りにしないことッ! 一つ、土の上を裸足で走り回って遊ぶことッ! ……ですッ!」

 

 響の言い放ったウルトラ5つの誓いを聞き終え、一人納得したかのように頷く弦十郎。そしてどこかしたり顔で、クリスら反論を唱えた者たちにその顔を向けて言葉を重ねていった。

 

「――つまり、そう言う事だ」

「いやどういう事だよッ!?」

「体調や機材は常に万全に整えておくこと。それでもなお細心の注意を怠らぬこと。他者は力になってくれるがそれに溺れないこと。そして自らの居場所をその肌で感じること……。

 大切な仲間たちが教えてくれた事だ。残り僅かな時間でも……いや僅かだからこそ、君たちみんなには万全を期してほしい。最後まで全力を尽くす為に、今は休んでくれ」

 

 優しい弦十郎の言葉に何処か渋々と引き下がるクリスたち。やがて仕方ないとばかりの態度で、司令の指示に従うように一歩退いた。其処で待ち受けていたエルフナイン。笑顔の彼女にギアペンダントを預けていく。その中でふと、先程メフィラス星人との語りを終えて顔を伏していたキャロルの方へ目が行く。響が彼女に声を掛ける理由など、ただそれ以外になかった。

 

「キャロルちゃん、さっきはありがとう。私たちに代わってメフィラスさんと話をしてくれて」

「……あんな揚げ足取りを、よくもそう好意的に取れるものだな」

「えへへ……私はキャロルちゃんみたいに頭も良くなければ、あんな風に強く言える度胸もないからね。でも、あとはみんなと一緒に私たちが頑張る番」

「世界を守護る為に、とでも言うのか。幾度も世界を守護って来た英雄として」

 

 それはキャロルの何気ない問い掛けだった。だがその言葉に響は一瞬顔をしかめてしまう。思い出されるのは自らが地球(ほし)に選ばれ託された光を掴み取った日。あの時櫻井了子は言った。『貴方のその想いこそが、行ないこそが英雄なのよ』と。それを心で反芻しながら、響は笑顔でキャロルに返答した。

 

「……私、守護りたいものがたくさんあるんだ。大切な家族、仲間、親友……そのみんなが大切に思っているものを、絶対に守護りたいと思ってる。それが、私が一番やりたい”人助け”。

 それこそが英雄だとか言われてもピンとこないし、そもそも私に英雄なんて言葉は似合わないって今も思ってる。でも、この”みんなを守護りたい”って想いに嘘が無いことも確かなんだ。

 その想いの先にあるのが”世界を守護る”ってことに繋がるのなら、私はこの世界を守護りたい。みんなの大切なものが、本当に大事なものが息衝くこの地球(ほし)を……」

 

 響のその言葉は、キャロルの胸の内を小さく打った。仔細な言葉は違う。だがその根底にある想いは、図らずも自らの父イザークのものと似通っていたからだ。

 錬金術の力は人を助ける為に使われるもの。叡智の探求の中で父はそう語り、誇り、そして実行していた。其れが原因で己が力を異端とされ排斥されたのだが、炎の中に消える最期の瞬間まで、自らの行いに恥じることも間違いが無いことも確信していたように思う。そんな微笑みで泣き叫ぶキャロルに命題を遺したのだ。

 眼前の響も、そして他の装者たちもあの時の父と同じような微笑みを浮かべていた。己が命を賭しても、本当に大事なものを守護り抜く覚悟を秘めた者の笑み。そんな顔をしながら、『私たち、頑張るからね!』などと言ってその場を去る少女らに、キャロルは皮肉の一つも言えなかった。何故か痛みを堪えるように胸を、表情を殺して押さえながら。

 

 

 

 

 ――そうして6時間が経過した。

 仮眠を終えた装者たちは其々が起き出し、まるでいつもの朝と同じように顔を洗っては準備運動行ない心身を整えていく。違うのは、窓の外から差し込む陽光は一切ないせいで一瞬夜と勘違いしてしまうことだった。

 綺麗に洗われ畳まれた衣服は未来たち非戦闘員によって洗浄されたものだ。袖を通し、ボタンを締め、髪を整え、五人の装者たちが何処からとも無く顔を突き合わせる。互いの眼に映っていたのは、先程までよりもハッキリと明確に生気に満ちた血色の良い顔。弦十郎の言った通り、食事と清潔と睡眠だけでヒトはこれ程までに力を沸き出せるものかと驚くばかりだった。

 

「行こうッ!」

 

 響の声と共に歩き出す装者たち。司令室の扉を開けた向こうには、仲間たちが待っていた。装備を整えた大地も既に其処に居り、結局早めに起きてすぐに作戦会議に混ざっていたようだ。そんな彼らに向かって、響が出来るだけ元気で明るくを意識した声を上げた。

 

「おはようございますッ!!」

「おうッ! みんなよく眠れたか?」

「おかげさまで、それなりには」

「体力はバリバリ全快デェスッ!」

「その割にはお前ら、いつもより食べる量少なかったんじゃねぇのか? そんなんでやれんのかよ」

「ふっふっふー、コレには深ーいワケが有るんデスよ」

「だから体調の方は大丈夫です。それが、負けられない理由にもなるから」

 

 意気高く語る後輩二人の心配をしながらも、クリスは秘めた強い想いに顔を緩めその言葉を信じることにした。

 

「みなさんのシンフォギアも調整完了しています。受け取ってくださいッ!」

「ありがとう、エルフナインちゃんッ!」

 

 エルフナインからそれぞれが自身に選ばれた奇跡の象徴の一つであるギアペンダントを受け取りつつ、全員が司令室に揃い顔を見合わせる。体力を取り戻した装者たちや大地とは裏腹に、藤尭やあおいたちブリッジスタッフには幾らか疲労の痕が見られる。残すは40時間弱、皆がそれだけ自分たちの休養の間に必死になってくれていたのだろうと、少女らは実感する。そんな中で声を出したのは翼だった。

 

「司令、作戦に変更点などは」

「結局特になかった、と言わざるを得んな……。すまんな翼、お前にばかり無理を強いてしまうようになってしまって……」

「いいえ、弱音などらしくもない。防人として……いえ、歌女としてこれ以上ない務めです、果たしてみせましょう」

 

 誰もが翼の、力のこもったその言葉に信を寄せていた。ただ一人、指令室の端に佇んでいたキャロルを除いては。彼女から発せられた言葉に、その場の誰しもが驚きを隠せなかった。

 

「――駄目だな、そんなものじゃ足りない。圧倒的に」

「キャロル、ちゃん……?」

「よしんばその作戦が成功して、ウルトラマンたちを回復させたとしよう。ウルトラギアを用いて、70億の絶唱と共に再度戦うとしよう。それでも恐らく、あのバケモノどもの総てには勝てないだろうな」

「テメェ! みんながこんだけヤル気になってる時に――」

「思いの強さで事を為し得ることを否定はしない。だが貴様らが為そうとしていることは何だ? 自分の命を棄てて、自己犠牲の果てに仲間や人間どもを助け出す事か、いいや違うッ!

 ――この世界の万象を救う、そんな大それた奇跡を起こしてやる心算なのだろうッ!?」

 

 怒りとも取れるキャロルの言葉に周囲が静まり返る。内心では皆が理解っていたのだ。これは勇敢ではなく無謀な作戦だと。それを強く指摘したキャロルが、更に追い打ちをかけるように言葉を重ねていく。

 

「此処までの6時間を経て思ったことだ。お前たちは未だ此方側にあるモノを把握しきっていない。甚だ疑問だよ、背水どころか崖淵にありながらも己が手に握られてるものを全て見えていない。いや、敢えて見ないようにしているのかもな。

 死ぬ気で頑張れば奇跡は起こるか? 今までを想えば確かに起きるかもしれんな。だが自己犠牲の果てに奇跡を起こせたとしても、それこそ無駄に命を落とすだけだろう。そうすればその時点でこの世界は終わりだ。貴様らの死と共にマイナスエネルギーが世界を蹂躙し破滅へと誘うだろう。それが望みならば好きにしろ。口を出すのも邪魔臭い」

「テメ……!」

 

 激昂に駆られそうになるクリスを制し、今度は翼がキャロルに問い詰める。

 

「ではキャロル、お前には此れよりも上策が有るとでも言うのか? 誰もが世界にひとりぼっちとなっている今、この場に在る限られたモノをなんとか紡ぎ合わせ作った世界を繋げる策よりも確実に世界を救う算段が有ると吐かせるのか」

 

 翼の煽り文句にも似た言葉を受け、キャロルは逆に獰猛に口角を釣り上げて笑った。そしてコンソールを操作し、メインモニターにDr.ウェルの遺したレポートを再度展開させた。

 

「これは、マリアが受け取ったドクターのレポート……」

「でも、コイツが一体何の役に立つって言うデスかッ!?」

「あのたくらんけはエタルガーの目論みのみならず、邪心王……根源的破滅招来体の何たるかを、相応の破滅魔獣を呼び出すことを既に予見していた。予見していたなら次はどうする? アイツの事だ、どうやって我が物として御するかを考えるだろう。

 その力であるダークルギエル……万象の時を止めて人形へと化するその能力がもし通じないとなるとどうするか。暴食の巨凶であるネフィリムの力を用いても通じないなら――敵として破壊するしかあるまい」

「だからなんだッ! ンな当然のことをべちゃくちゃを――」

「理解らんのか、ヤツは”マイナスエネルギーを以てマイナスエネルギーの塊を破壊しよう”としていたのだぞ? 至極単純に考えても、同方向にして同性質のエネルギーをぶつけたところで斃せるはずがないだろう。だがヤツは、既にその術を確立していたのだぞ」

 

 その言葉で聞き入る者達は我に返る。理路整然としたキャロルの言葉は未だ続いていた。

 

「闇を祓うは相反する光の力。ヤツはこの人形に囲まれたひとりぼっちの世界の何処から光を得ようと考えた? 何処にそんな光があると思う」

「人形……スパークドールズ……まさかッ!?」

「一人ぐらい察しが良いのが居るようだな。異世界人、貴様の考える通りだ。ヤツは自らが変化させた人形から……世界に遺る時の止まった命から光の力を取り出し、集束させて放つことで邪心王らを消し去ろうと考えていたようだ。言うならば、今再度70億の絶唱を束ね放とうとしている貴様らのようにな。

 それだけじゃない。ヤツはそこに自らが制御するマイナスエネルギーを過剰暴走に伴い爆裂燃焼させ、その力をもを光の力に混在させることで混沌と化したエネルギーを以て破滅すら”破滅”させようとでも考えていた。

 いずれにせよ貴様らよりか現実的な考えは出来ていたようだな」

 

 キャロルの発した言葉に思わず藤尭がその内容を加えた作戦シミュレートを走らせる。僅かな間を得て割り出したシミュレートの結果は、明晰な彼をも唸らせた。

 

「すごい、成功率が一気に倍にまで……ッ! 司令、これならッ!」

「で、でも待ってください! そのDr.ウェルの策を用いるのであれば、前提として強大なマイナスエネルギーを保持し、尚且つその燃焼機構を持っている存在が必要となりますッ! 今この場にそれを持つ者なん、て――」

 

 そこまで言ったところでエルフナインの言葉が止まる。そしてその目線は、未だ口角を釣り上げていたキャロルの方へと向けられていた。

 

「まさ、か――」

「居るではないか、いま正に此処に。奇しくも邪心王の支配から脱したマイナスエネルギーの塊であり、そこに満ち満ちたマイナスエネルギーと共に70億の絶唱すらも凌駕する”想い出”を燃焼させられる存在……このオレ自身がな」

 

 誰もが戦慄する。彼女はこの局面において、特異なる自らの身を最終兵器として用いろと提言してきたのだ。それに対し真っ先に否定を口にしたのは、誰よりも彼女を想っていたであろう同一にして別個の存在であるエルフナインだった。それを発端として、各々がキャロルに向けて想いをぶつけていく。

 

「そんなの駄目だよキャロルッ! せっかく……せっかくみんなで繋げてもらって、今此処に在ると言うのに……ッ!」

「さっきは自己犠牲を嘲笑ってたくせに、テメェが犠牲になるのはオカシイだろうがよッ!」

「繋いでもらった命を使う事は悪い事じゃないと思う……。でも、だからって命を捨ててまで事を為すのは、きっと違う……ッ!」

「それともまだアタシたちを……奇跡ってモノを信じられないんデスかッ!?」

「さぁな。だがオレは奇跡を鏖す者だ。信ずるよりもこの叡智で凌駕せんとするのは最早(サガ)なのだろう。……それに、どうやらこの身には時間もあまり残っていないらしい」

 

 自分の手を見つめるキャロル。全員の眼に触れていた小さな掌は、黒い粒子が漏れ出すと共に透明度が増していた。

 

「マイナスエネルギーが、溶けだしていると言うのか……ッ!?」

「みんなの想いと歌を乗せたエクスラッガーでも、届かなかったのか……ッ!」

「いいや、届いたからこそ我が身はこうして此処に在る。元より骸の残滓に宿りし思念の肉体、無様でもよく保ったと言うべきだろうよ。

 そんな僅かなる生命を、本当に大切なものの為に使う事を何故貴様らに止められるものか。愛する父が愛した世界を守護る為に残された生命を燃やし切ることの、何処に躊躇する事が在ろうかよ」

 

 何処か諦観しながらも自身の持つ真意を語るキャロル。そのおぼろげな手を見た瞬間、響が思わず彼女の手を握り締めた。温もりは未だ、感じられていた。

 

「そんなのって無いよ……やっと、こうしてちゃんと手を繋げれたのに……。キャロルちゃんの手、ちゃんとあったかいのに……こんな戦いが終ったらもっとあったかくなれるはずなのに……ッ!

 そんな理由(ワケ)を聞いちゃったら、どうして良いのか分からなくなっちゃうよッ!」

 

 涙声で訴える響。いや、その場の誰もが己が身を犠牲にするキャロルの考えに是非を示せずにいた。訪れた沈黙は否定を意味するものでは無い。キャロルの真意とその覚悟に打ちのめされてしまったのだ。だがそれでも、響やエルフナイン、他の装者たちや大地もまたキャロルの生を望んでいる。生きて欲しいと願っている。

 そんな互いの想いを理解するかのように、キャロルと響の二人の頭に弦十郎がその大きな掌を優しく乗せていった。

 

「作戦の変更は無い。そしてこれ以上犠牲を出すつもりも無い。それはキャロル、君に対しても同じだ。だが、君のその想いと覚悟を聴いてしまった以上、俺たちに君を止める権利など無いかもしれない。……だからこれは、俺たちの勝手な我侭だ。

 俺たちを信じ任せてくれ。同じ世界を愛し、同じ世界を守護りたいと思う同志としてな」

 

 微笑みながら語る弦十郎にキャロルは一瞬目を合わせた後、乗せられたその手を振り払い背を向ける。そしてそのまま、小さな少女の背中で返答していった。

 

「崖淵に在って尚も青臭い連中が……貴様らを信用する心算はない。力を使うべきと判断すれば、この生命の総てを想い出と共に燃やし尽くして破滅をも砕いて消してやる。

 ……オレを同志と呼び、貴様らもまたその想いを通すならば精々好きにしろ」

 

 吐き捨てるようにそれだけを言い残し去っていくキャロル。その背に向かって大きく言葉をぶつけたのは響だった。

 

「――諦めないよ。世界を守護ることも、キャロルちゃんを消させないことも、私は――私たちは、絶対に諦めないからッ!!」

 

 それに返される言葉は無く、指令室の鉄の扉は音を立てて閉じ少女たちを隔てる。それでも、この言葉がきっと彼女の心へと届いていると信じて、ただ拳を握り締めていった。

 

 

 

 

 

 東京、レイラインの終着点付近である都庁の屋上。其処には一人の少女と、収音マイクやテレビカメラといった其処に佇む彼女にとっては見慣れた様々な機材からよく理解らない機械が持ち込まれていた。

 地球に残された時間は34時間。大きな動きが無かったからか、此処までとても静かに過ぎていったと思う。だが計測されるマイナスエネルギーの数値は明らかに上昇している以上、人々はその場に居る者とさえ上手く繋がれぬままに過ごして来たのだろうという事実が分かるようだった。

 屋上に佇み暗い空を見上げる少女・風鳴翼の下に、彼女が信を置く仲間たち――立花響らシンフォギア装者が歩み寄って来た。

 

「翼先輩、司令たちからの伝言です」

「レイライン・ネットワークは準備完了、エルフナインと大地おにーさんも準備万端だそうデス」

「そうか。ありがとう、二人とも」

 

 言伝を聴き、伝えてくれた調と切歌に笑顔で感謝を述べる翼。彼女に向かって、今度は響とクリスが言葉を続けていく。

 

「いよいよですね、翼さん」

「期待してんぜ、先輩」

「……そうだな。やるしか、ないものな」

「翼さん……?」

 

 蠢く漆黒の空を見上げ、翼が小さく一息吐く。胸中にあるモノは不安から焦燥へ……それは、普段彼女らの前では見せない表情だった。

 

「……どうしたんだよ先輩、らしくねーな」

「らしくない、か……。そうだな、少し考えてしまっていた」

「何をデスか?」

「【世界を一つにする歌】とは、なんであるのか……。あの時マリアは、何を想って歌っていたのだろうかと。

 そしてそれは、本当に私に歌えるものなのだろうかと……な」

 

 自分でも驚くほど素直に、翼は自信の胸中にある弱さを後輩たちに晒していた。マリア・カデンツァヴナ・イヴであればこそ起こせたであろう奇跡。その再現を為すのに、自分は本当に出来るのかと言う自信の無さ……ずっと封じ込めていた”泣き虫で弱虫な風鳴翼”が小さく顔を覗かせているようでもあった。

 そんな彼女を後ろから抱き締めてくれる優しい”彼女”はもう居ない。その背を叩き押す”彼”は未だ遠き闇の中。だが、彼女の前にはその手を繋いでくれる者たちがいた。何も言わずとも、求めずとも、彼女らは自然と――翼を支えるかのようにその手を握り締めていた。

 

「翼さんなら、絶対大丈夫ですッ! だって――」

「今や世界に羽撃きその名を渡らせる歌姫で、アタシらの一等自慢の先輩だ」

「私たちじゃ何の力にもなれないかも知れないけど……」

「マリアと一緒に楽しそうに歌うセンパイの姿は、よく知っているのデス!」

「みんな……」

「私、翼さんの歌に何度も力を貰いました。きっとそれはみんなも同じです。

 だから……翼さんのありのままの想いを届ければ、きっとみんな応えてくれます。だから――」

 

(だから、言っただろ? ――翼のやりたい事は、周りのみんなが助けてくれるってさ)

 

 響が言葉を言い終えるより前に、スッと立ち上がる翼。笑顔で見守る仲間……後輩たちを見回していく中で、”彼女”の笑顔を垣間見たような気がした。”彼女”の声が囁かれたような気がした。

 それだけで十分だった。声を放つことも呼び掛けることもない。ただのそれだけで、翼の心は強く固まって行く。何処までも羽撃いて往けると思えるのだから。

 

「……すまない、ありがとうみんな。私は私の、ありのままの想いを世界に届けるよ。露払い、よろしく頼む」

「任されましたッ! 絶対に、邪魔はさせませんッ!」

 

 響の言葉と共に一同が強く頷き合う。そして互いに背を向き合い、作戦位置についていく。

 

 其処はステージと言うにはあまりにも簡素な舞台。大した照明器具も無く大がかりなセットもない。翼は一人その中央に立ち、ただ時を待っていた。流れた時間は数分か、数秒か……片耳に付けたイヤホンマイクからエルフナインの声が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。

 

『翼さん、其方は――』

「問題ない。始めてくれ」

『……了解しました。お願いしますッ!』

 

 移動本部から電力が送られ、機材が光を放っていく。同時に翼以外の装者たちがそれぞれの聖詠を謳い、シンフォギアを身に纏いフォニックゲインをコンバーター経由でエネルギーに変えてレイラインへと打ち放っていった。

 放たれた五色の光は白く混ざり合い、レイラインの流れに沿うかのように地球へと流れていく。無論それは地球の総てを回復させるほどの力など持ってはいない。だが、皆に翼の声や歌を届けるぐらいには足りるはずだ。エルフナインの立てた計測は正しく、且つ正確にエネルギーの道筋を定めることで世界各地のシェルターや家にある映像機器にのみ、輝きを蘇らせていった。

 

「見て、テレビが……ッ!」

「あれは……風鳴翼……?」

「良かった、無事だったのね……」

 

 何処からとも無く沸き立つ民衆の声。十数時間振りに見た輝きの中に映っていた日本の歌姫の姿を、世界中が注目していた。

 

 

 いつものコンサートライブのステージのような観衆は誰一人としていない。だが翼は己が肌で理解していた。それ以上の目線が、自分一人に向けられていた事を。圧し掛かる大きすぎる重圧に、”剣”であるこの身は折れそうになる。

 だがそれでいい。それもまた、己自身の感じた”ありのままの想い”なのだ。弱くて、脆くて、それでも世界を……みんなを守護りたいと願っている。その為にみんなの力を借りたいと思っている。包み隠す必要など何処にあるものか。ただ届ければいいのだ。生まれたままの、自らの感情を。

 

 意気込みと共に目を開き、カメラに向かって一礼する翼。言の葉は、其処から紡ぎ出されていった。

 

「……光が失われ、悪しき思いが空を覆う中……これを見ているみんなは、どんなことを想っているんでしょう。

 世界に破滅を齎す怪獣が現れ、多くの人が傷付いた。繋がりを絶たれてしまった。数多もの怒りが、悲しみが、憎しみが……この世界に溢れていると思います。

 今も絶望により立ち尽くし、その重圧に押し潰されそうになっている人もいるでしょう。

 この暗黒の空では、見ていた夢にも届かせれぬまま諦めてしまいそうになっている人も、いるかもしれません。

 ……私も同じです。描いてきた夢は、あの暗黒の空に覆い隠されてしまいました。心を繋いだ戦友(とも)たちは、あの漆黒の渦の中へと世界を守護る為にと飛び立っていきました。

 失意もあります。絶望だってしてきました。――でも、それでも私は歌いたい。例え光の見えぬ暗黒の中であろうとも、最後まで……一欠片でも希望を持って、みんなの為に歌いたい。だってそれが、私に”現在(いま)”と言う時間を与えてくれたみんなの為に、私が出来る唯一の事だから……」

 

 世界の人々が翼の言葉を聞き入るその時、彼女に向けて数多のドビシが襲い掛かって来た。破滅を齎す尖兵として、彼の者の存在を許してはならぬと言わんばかりに。だが――。

 

 モニターに広がる爆音と黒煙。目にしている者たちが更なる絶望に突き落とされそうになったその先に、風鳴翼は何ら変わることなく静かに佇んでいた。彼女の周りには少女らの歌が流れ、歌と共にドビシの群れと戦う者たちの姿が在った。

 機械仕掛けの金腕(アーム)を構える者。紅蓮の嚆矢を放つ銃把を固く握る者。異形なる緋翠の刃を重ね合わせる者たち。歌で人々を助けてきた者たちが、この場に揃っていたのだ。

 

「ビッキー……キネクリ先輩……きりしらちゃんたちも……ッ!」

「みんな、ちゃんと無事だったんですね……ッ!」

「ったくもー……。アニメじゃあるまいし、こんなカッコいい登場は無しでしょあの娘らッ!」

 

 歌姫に向けて襲い来る破滅の尖兵をなぎ倒していく少女たちや大人たちの姿に、その中心に居る翼の姿に、人々は小さくとも確実に笑顔を取り戻していた。絶望の暗雲の中に、一筋の光を見出し始めていた。

 翼の言葉は続く。残す時間は僅かだが、その中に精一杯の想いを込めて。

 

「私たちは歌う。最後まで希望を持って、それを歌にして世界を覆う破滅と戦い抜く。……だけど、私たちの歌だけでは世界の全てを救うことが出来ない。だから、みんなにも力を貸して欲しいッ!

 以前の月の落下事件の時のように……みんなの胸の内にある、本当に大切なものへの想いを、希望の欠片を歌にして、私たちと一緒に奏で歌って欲しいッ!

 それが、今もあの闇の渦の中でこの世界を守護ろうと抗い続けているウルトラマンたちの力にもなるのだから……ッ!

  ――私たちみんなの歌で、もう一度ウルトラマンたちがみんなと共に戦う事が出来るのだからッ!!」

 

 その言葉にざわめきが増す。何時か何処かで誰かが言っていた虚言……ウルトラマンの死と敗北。それを世界に羽撃く歌姫が真っ向から否定していったのだから。

 子供たちは心を昂らせて周囲の大人に豪語する。『ウルトラマンは負けない、絶対に帰って来てくれるんだ』と。そんな無垢な子供らに釣られるように周りの大人たちもその心に光を宿していく。奇跡と言う夢物語を信じるようになっていったのだ。

 世界中で高まる流れ、それを今の翼が知る由は無いが、皆の心に希望を与えられたことを信じて最後の言葉を贈るように放つ。

 

「私の不器用な言葉で何かを感じてくれるなら、本当に喜ばしく思う。もしそうであるならば、私からの此度最後の言葉を送ります。

 ――みんな、『生きることを、諦めないで』」

 

 炸裂する光が交錯する中、翼が言葉の終わりと共に大きく一礼し、振り返った。流れ出すは、衆目には聞き馴染みの無い曲――天羽々斬の起動聖詠。同時に奮われた蒼き雷迅が数十匹のドビシを両断したと同時に、青い光に包まれた翼は既にその場から消え去っていた。

 被写体の居なくなったカメラは、昏く蠢く空にて輝きを纏い歌を歌いながら破滅の尖兵を打ち倒していく者たちの映像を送り続けていた。

 

 

 

 

 シンフォギアを纏って地上に降り立った翼。其処へ真っ先に駆けつけたのは響だった。

 

「翼さん、スピーチお疲れさまでしたッ! もー感動モノでしたよッ!!」

「……茶化さないの。エルフナイン、現状は?」

『地球を覆うマイナスエネルギーの量に未だ大きな変化は見られません! ですが、その発生量は確実に減っていますッ! 翼さんの言葉が、みなさんの歌が、世界中の人たちの心を揺さぶったんですッ!』

「そうか……ッ!」

 

 やはり素直に嬉しいのか、顔を綻ばせ笑顔になる翼。釣られて笑顔になった響が、すぐに彼女の手を引いて走りだした。

 

「行きましょう翼さんッ! 私たちのやるべきことは、まだ終わっちゃいませんッ!!」

「そうだな、我らの舞台はこれからだッ!!」

 

 響が脚部のバンカーで跳ねながら、翼は脚部ブレードに内蔵されたスラスターを吹かせながら埠頭に向かいひた走る。襲い来るドビシの群れを払い除けながら進む途中で、同じ場所を目指す仲間たちと合流した。

 クリスは自らの生み出した大型ミサイルに乗り、切歌は腕部のアーマーから伸びる鎖で器用に建物の間を飛び回り、調は禁月輪のままで真っ直ぐ走行していた。調の後には、大地が乗っていた。

 

「おせーッスよ先輩ッ!」

「すまんな、慣れぬトークライブだったんだ。多少の遅れはこの場で取り戻すさ」

「でも翼センパイ、カッコ良かったデスッ!」

「本当にねッ! さすが現役アーティスト、映されるってことに慣れてるよなぁ。俺たちなんか――っとぉ!?」

「全速力だから、あんまり余所見してると振り落ちちゃうよ大地お兄さん」

「了解、言ってる傍からヤツらも来るしねッ!」

 

 其々が撃ち、砕き、斬り裂きながらドビシの群れを掃い突き進む。やがて見えてきた埠頭に待機していた移動本部、その甲板にすぐに飛び乗り、指定されていた射出口に入り込む。響とクリス、調と切歌、翼は大地と其々の搭乗口に乗り込んだ。すぐさまアームドギアを収めシートベルトを装着、流れるような作業を終えた後、全員が確認を取り合うと大地がすぐに本部ブリッジへと伝えていった。

 

「装者一同及び大空大地、射出準備完了ッ!」

『了解ッ! 射出しますッ!!』

 

 ブリッジで藤尭が出動用ポッドとバンカーバスターミサイルの射出コードを入力、一切の躊躇いや間を置かず即座に起動する。炎を吹きだした出動用ポッドは数秒も経たぬうちに最高速度へと到達。群がるドビシを弾きながら三本の矢のようにポッドが合体し、闇の渦の中心部へと突進していった。

 そんな希望を湛えたポッドを発見したからか、地底からはザイゴーグが、海からはコダラーが、空からはシラリーが現れた。

 

「やはり邪魔をしに来るかッ!! 大空さん、距離はッ!!」

「残り1,200ッ!!」

『バンカーバスターミサイル、目標変更ッ! 加速吶喊ッ!!』

 

 藤尭の声と共に数発のバンカーバスターミサイルが軌道を変え、更なる加速を以てコダラーとシラリー、ザイゴーグに向けて吶喊した。元より核攻撃ですら効かない相手なのは理解っているが、そんなことは些細な問題だ。僅かな足止めにさえなればそれで良いのだから。

 だがコダラーの電撃とシラリーの火炎、ザイゴーグの光線はバンカーバスターミサイルをそもそも寄せ付けず、着弾する間もなく全弾破壊していった。

 

「全部撃ち落とすとか、そんなクリスセンパイみたいなことをやるデスかッ!」

「それでも振り切るしかない……なんとしてもッ!」

「目標距離まで残り1,000ッ! 予定より早いけど、使うなら今しかないか……ッ!?」

「ふんわり考え事してる暇はねぇだろうがよッ!!」

「雪音の言う通りだな……。コイツらを越えて往かねばならんことに変わりはないッ!!」

「だったらやろうッ! イグナイトモジュールッ! オールセーフティリリィィィィスッ!!!」

「フォニックゲインコンバーター全開ッ! イグナイトの力を推力に変えてぇッ!!」

 

 五人の装者が魔剣ダインスレイフの力を宿す決戦用ブースター・イグナイトモジュールを起動、即座に全セーフティを解除しフェイズ:ルベドへと移行させる。そこから発生した爆発的なフォニックゲインを大地がその場で操作し、推進力へと変換していく。

 ポッドは爆発的な加速を見せ、コダラーは勿論シラリーをも頭一つ追い抜き始める。だが大きく羽撃いたシラリーは、すぐにポッドに追いつき併走する形となった。

 

「まだ追い縋る……立ち塞がれるッ!?」

「距離残り500ッ! もうすぐ其処だって言うのに……ッ!」

 

 同じくブリッジでモニターしていた藤尭とあおいも叫ぶように現状を声に出す。未来やエルフナインはただ両手を握りしめていた。それは世界中の人も……誰から始めたかは知らなければ誰もが同じように両手を握っていたわけでもないが、唯一の映像の先へ想いを込めていた。

 誰しもが胸の内にある本当に大切なものを想う、心からの歌を奏でながら――。

 

「……フォニックゲインの量が更に上昇。世界中から、少しずつだけど……」

「なるほど、言うだけのことは有る。コレが――」

「70億の、絶唱……」

 

 ブリッジに居るキャロルやメフィラス星人も、不意に圧巻の声を洩らす。世界中から漏れだした小さな光の粒が、全て漆黒の渦へと向かっていた。だがそれは、やや無軌道でバラバラでもある。しかし、そんなものは――!

 

「S2CAッ!! みんなの歌は、私が束ねてッ!!!」

「響ちゃんの束ねたフォニックゲインは、俺が更なる推力へと変えるッ!!」

「みんなの想いと一緒に進むこの舟はッ!」

「もう絶対に止められやしないのデスッ!!」

「全力全開のフルストレートッ! これ以上はねぇぇッ!!」

「故に届かせるッ!! マリアの、ゼロの、皆の下へッ!!!」

 

「響……みんなッ! いっちゃえええええええッ!!!」

『いいぃっっけえええええええええッ!!!!』

 

 光を纏う槍となって突進するポッド。その速度は徐々にだが確実に、遂にシラリーを追い抜いて突き放す。だがそれをさせんとばかりに口から爆炎を吐き出すシラリー。その爆炎に包まれ、ポッドは其処で四散した。

 

 

 

 誰もが絶望に溺れかけた。

 誰もが諦観に流されかけた。

 無理もない。思い知らされたのだ、届かなかったのだと。

 

 だが……だがそれでも、

 人々は手放さなかった。

 希望の欠片を。それが奏でる、自分自身の胸の歌を。

 生きることを――未来(あした)を生きる為の現在(いま)を諦めないことを。

 

 

 

 破滅の化身が跋扈する世界に、少女らの歌が流れ出した。

 其処へ集いし希望の欠片は、やがて大きな光と化していく。

 一つの大きな光は六つに分かれ、大地へと立ち並んだ。

 その光の中にあったのは、世界中が待ち望んでいた六人の巨大なる勇姿。

 世界中が信じ貫いた、赤と銀の身体を持つ光の戦士。

 

 世界が絶望に飲まれかけた瞬間、その光は歌と共に帰って来た――。

 

 

 

 

EPISODE25

【絶唱光臨】

 

 

 

end…

 


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